第14話:魔王の『天誅』は黒炎よりも熱く。車上の家臣を焼き尽くす
王都を出発し、ドワーフの里へと向かう馬車の中。
御者台ではランが手綱を握り、車内にはノエルとミツルギ、そしてヒュデが乗り込んでいました。
「うんうん、やっぱり僕の目に狂いはなかった! 今の王都の令嬢たちの間じゃ、こうやって緩く巻いた三つ編みが大流行してるんだよ。ノエルちゃんの美しい黒髪なら、絶対に似合うと思ってさ!」
ヒュデはノエルの背後に座り、手慣れた様子でスルスルとわたくしの髪を梳いては、見事な手さばきで流行りの三つ編みを結い上げていきます。
チャラチャラとした男だが、さすが毎日女性と戯れているだけあって女の扱いが上手く、心地いい。
それに、誰かに髪を触らせるというのも存外悪くない。安土での執務続きで凝り固まっていた頭皮が、心地よい刺激でほぐれていく気がする。
ノエルが目を細めてくつろいでいると、向かいの席から、軍師であるミツルギが腕を深く組み、眉間に深いシワを寄せながら、『トントン、トントン……』と、音は聞こえないが一定のリズムで指を肘で鳴らして、ノエルの髪を弄るヒュデの手元を鋭く睨みつけていました。
……さっきから、ミツルギはずっと不機嫌だ。
腕を組みながら、苛立ちを隠そうともしていない。はて、わたくしは何か彼の気に障るようなことでも言っただろうか?
それとも、この馬車の揺れが気に入らないのだろうか。頭脳労働ばかりの彼には、長旅は少し堪えたのかもしれない。
ノエルが呑気にそんなことを考えていると、ヒュデが三つ編みの毛先をリボンで結びながら、クスクスと意地悪そうに笑いました。
「それにしてもさぁ。ノエルちゃんの周りには、こういう女耐性のない『堅物男』しかいないから、僕としてはちょっと心配だよ」
「……堅物とはなんだ」
ミツルギが地を這うような低い声で凄みます。
さらに、外の御者台から会話を聞いていたランまでもが、小窓越しにチラッと顔を覗かせました。
「ノエルちゃんみたいな、やると決めたら突っ走って周りが見えなくなってしまう純粋なお姫様にはね、僕みたいな色男とか、いろんなタイプの男を見て免疫をつけておかないと、いつかとんでもなく悪い男に騙されて引っかかっちゃうんだからさ」
「貴様のような男が一番『とんでもなく悪い男』だろう!」
「『悪い男』を見極めるには、沢山の『悪い男」を経験しなきゃわからない!ってことさ〜」
国のエリートコースである王家直属の軍師ミツルギが珍しく声を荒らるが、質屋の店主ヒュデは悪びれる様子もなく、それどころか挑発するように口笛まで吹く始末。
ノエルはヒュデに髪を自由にさせたまま、馬車の窓枠に肘をつき、騒がしい男たちを眺めながら小さく息を吐きました。
(わたくしが男に騙される?)
「はい、完成! やっぱりノエルちゃんは最高に可愛いね!」
ヒュデが満足そうに手を打つと、彼はふと馬車の窓の外——遠ざかっていく王都の方角へ目をやり、やれやれと肩をすくめました。
「まったく、アルフレッド殿下も大バカだよね。こーんなに可愛いノエルちゃんと婚約破棄しちゃうなんてさ。今頃、王城で後悔して泣いてるんじゃないの?」
「それについては同意する」
ミツルギが、眼鏡の奥の瞳をスッと細め、静かに頷きました。
「ねえノエルちゃん、今王都で大流行している『おまじない』があるんだけど、ちょっと僕の真似してやってみてくれる?」
ヒュデが、ミツルギには聞こえないほどの小さなボリュームで、わたくしの耳元に囁きました。両手を顎の下に添え、小首を傾げてこう言うんだ、と。
暇といえば暇だったので、わたくしは少しだけ声を高くして、向かいに座るミツルギを見つめながら試してみました。
(えーと、両手を顎の下に添え、小首を傾げ、こうか?)
「こ〜んなに可愛くても、ダメですか?♡」
「っツ!!!!??」
普段のノエルなら絶対に言わなそうなセリフで不意打ちを喰らったミツルギが、限界まで目を見開き、弾かれたように視線を外の景色へと逸らしました。窓ガラスに反射する彼の眼鏡が、怪しく光っています。
それを見たヒュデが、お腹を抱えて爆笑してしまいました。
「あっはっはっは!ノエルちゃんの破壊力が高すぎて、おまじないが効きすぎちゃったかな!あっはっはっは!!やばい!ツボった!!死ぬ」
ヒュデは涙を目に溜めながら、苦しそうに悶えています。
ノエルは、ミツルギの反応が思いの外面白かったので、さらに悪ノリして追撃をかけることにしました。
外の景色へと逃げていた彼の視界にわざと入り込むように、ぐっと身を乗り出します。
そして、逃げ場を塞ぐように彼の服の袖口を指先でちょこんと摘まみ、縋るような上目遣いでじっと見つめました。
(甘ったるい吐息混じりの声ね……)
「今日だけは、う〜んと甘えても、いいですか?♡♡♡」
「ノエル様ッ!!!!!!!!」
ノエルの放った言葉の圧倒的な破壊力に火傷しそうなほど、耳まで真っ赤にしたミツルギは、両手を力なく頭上に挙げて完全降参のポーズをとりました。
ノエルは普段余裕ぶったミツルギが焦っている姿をニヤニヤ見て、満足した後、元の座席に座り直しました。
「ちなみに、このおまじないはあの聖女エマが王都で流行させたんだ。彼女がライブでこれを言うだけで、それはもう!狂信者たちが地響きするほどの大絶叫!」
呼吸を整えたヒュデが両手を顔の前に重ねて下ろしお祈りのポーズをしながら言い終わると、ミツルギはゴホンとわざとらしく咳払いをした後、静かに頷きました。
「……なるほど。これは確かに……初めて、あの狂信者たちの気持ちがわかった気が……しないでもない……いや、しかし……ブツブツ……」
「ノエルちゃん!! 君も結構あの聖女に負けないぐらいの才能があるんじゃないのかい!? ノエルちゃんグッズなんて出来たら、お店の一番いい場所に置いちゃう! 絶対置いちゃう!!」
目をキラキラさせた商魂たくましいヒュデが、興奮しながら語ります。
外の御者台で手綱を握るランには、車内の細かい会話までは聞こえていないようでしたが、中で何をやっているのか気になったらしく、小窓からチラチラとこちらを覗き込んでいました。
やがて馬車が目的地であるドワーフの里に到着し、外へ降り立ったわたくしは、終始蚊帳の外だったランにも、小悪魔的な表情を作りながら近づきました。
そして、指を鉄砲のような形に作ると、ランに向けて攻撃を放ちます。
「よそ見する悪い子には『天誅☆』しちゃうぞっ?♡♡」
「わぁぁぁぁっ!?ノエル様の目に!目に星が!!!星が!?!?」
本当に撃たれたかのように、ランは後ろに倒れて転がってしまった。
顔を真っ赤にしてその場に崩れ落ちるランを見て、ヒュデが再び腹を抱えて笑いました。
(……ふむ。
どうやらわたくし、魔力や経済力に加えて、また一つ恐ろしい『新しい武器』を手に入れてしまったようだわ)




