3.半分でも良い
静心堂薬局は精神科の門前薬局として今日も機能している。
午後の薬局は、少し甘い香りがする。
待合に置かれている栄養補助飲料のサンプルのせいかもしれない。
私は棚の整理をしていた。
そのとき、自動ドアが静かに開いた。
入ってきた女性は、すぐに目を引いた。
黒いワンピースに細いベルト。足元はヒールのあるブーツ。髪もきれいに整えられていて、メイクも上品だ。
いかにもアパレル関係の仕事をしていそうな雰囲気だった。
「こんにちは」
女性は軽く会釈して、処方箋をカウンターに出した。
私はそれを受け取る。
処方内容を見て、少しだけ視線を止める。
診断名は摂食障害。
処方はエンシュア。
栄養補助飲料だ。
女性は少し笑って言った。
「これ、栄養ドリンクみたいなものですよね?」
軽い口調だった。
でも、どこか様子をうかがっているようでもある。
私は箱を棚から取り出しながら答える。
「そうですね。飲む栄養食みたいなものです」
女性は箱を見つめた。
「カロリー、結構ありますよね」
私は頷く。
「ありますね」
少し間が空いた。
女性は視線を落としたまま、小さく聞いた。
「……太りますか?」
その質問は、よく聞くものだった。
私は少しだけ言葉を選ぶ。
「体が必要としている分の栄養を補うためのものなんです」
女性は黙ったまま聞いている。
「食事が十分に取れないときの、栄養の点滴みたいなものですね」
女性は箱を受け取った。
細い指だった。
そのとき、待合の椅子に座っている制服が目に入った。
——あの高校生だ。
この前の女の子だった。
今日は静かに紙パックを持っている。
よく見ると、それはエンシュアの小さいタイプだった。
ストローをさして、ゆっくり飲んでいる。
女性もそれに気づいたらしい。
少し驚いた顔をする。
女の子は視線に気づいて、少し困ったように笑った。
「……甘いですよ」
小さな声で言う。
「思ってたより飲めます」
女性は少し目を丸くした。
それから、ほんの少しだけ笑う。
「そうなんだ」
私は箱を袋に入れながら言った。
「全部飲まなきゃいけない、というものでもないんです」
女性が顔を上げる。
「え?」
「半分でも大丈夫です」
私は続けた。
「三分の一でも、 体はちゃんと栄養を受け取ります」
女性は少し考えるような顔をした。
「……半分でも?」
「ええ」
「それなら」
女性は小さく息を吐いた。
「飲めそうです」
袋を受け取りながら、少しだけ肩の力が抜けたようだった。
「ありがとうございます」
女性は軽く頭を下げて薬局を出ていく。
ヒールの音が遠ざかる。
しばらくして、高校生の女の子がカウンターに来た。
紙パックは、もう半分くらい減っている。
私は笑って聞いた。
「飲めました?」
女の子は頷いた。
「半分くらい」
「それで十分です」
女の子は少し照れたように笑う。
自動ドアが開く。
制服の背中が外の光に溶けていった。
私は空になった紙パックを見た。
食べることは、生きることに近すぎる。
だから人は、ときどきそれが怖くなる。
でも。
半分でもいい。
三分の一でもいい。
体は、ちゃんと受け取ってくれる。
午後の静心堂薬局には、今日も静かな時間が流れていた。
どうでも良いことですが、これ新幹線の車内で書いてるんです。新幹線の乗り心地最高です♪
と思ったら座席を倒しすぎてる人が来て大迷惑です。
テーブルが使えません…
あと他の作品ですが、読んでくれる人が増えて300から400pvを超えていることに感謝です。全く大したことはないのですが、素人的には嬉しいことです。
目指せ、500pv、1000pvです(笑)




