第6話 オオカミさん!
(三人称)
━━━━約10年前。
その日は吹雪だった。
白雪は自室━━では無く、母親の部屋にいた。義母では無く、実母の方だ。
「白雪姫、そんなに顰めっ面をしては普段からそんな顔になってしまいますよ?」
ふわりと微笑む彼女の実母は、数年前よりほせてしまった腕を上げて手招きする。
大人しくやって来た白雪は、同い年の子ども達より一回りは小さな体で、よいしょとベッドの上に座った。
丸い頭を優しく撫でる母はクスクス笑っているが、その顔色は青白い。
元々病弱だったが、白雪を産んでからというもの、彼女の体は更に弱々しく変わってしまったのだ。
「今日は……屋上で母様と父様と、ランチの予定でしたのよ?」
「そうね、でもこの吹雪では難しいわ」
万年雪に閉ざされた北の国では、屋敷の屋上や中庭に、特殊な魔法結界を張っている。彼女達の住まう王城の屋上にもソレはあった。
結界内には四季があり、春や夏の気候を感じる事が出来る。だが、猛吹雪の日にはその結界は内部を守る事に魔力が集中するため、とても四季など感じられなくなる。
「仕方ないわ」
白雪は転生者だ。
母に甘えたい盛りと言うものは無いが、人並みの寂しさや悲しさは分かる。
━━この人は……、来年もこの世に居るか分からない。いや……下手をしたら、1ヶ月後には居なくなっているかもしれない。
白雪は、決して自分が両親との屋上でのランチを楽しめなくなった事に怒っているのでは無い。
自分よりも母の方が現状を憂いている。だから余命短い母親の楽しみを奪った理不尽に怒っていた。
母親との面会時間は、いつもそこまで長く無い。
自室に戻るためにトボトボ歩く彼女は、ふと見知った人影を見つけて小走りで近寄った。
「オオカミさん!」
とても精巧な、本物の頭をそのまま加工したのでは無いかと思われるような狼の被り物と、ローブ姿のその人間が階段を降りて来たところだった。
背はそこまで高く無く、まだ成人(※この世界では15歳)はしていない少年だった。
白雪の父が一年ほど前に連れて来た少年で、喋らないので声も、被り物を絶対に取らないため顔も知らないが、白雪は彼に惚れていた。
というのもこの狼、口は出さないが面倒見が良かったのだ。
少し転んで擦りむいただけなのに即治癒魔法。
お昼寝してたら毛布を提供、ついでに服を掴めば読書しつつ、その場で膝枕も提供。
家庭教師の課題でへとへとになっている所に、スイーツの差し入れ。
極め付けは、先日起きたある事件である。
王城では毎年1〜2回、大規模な夜会が行われる。
白雪はまだお子様のため夜会には出られない。
故に、自室で大人しくお留守番をしていたのだが、若い来賓客が休憩室と間違えて彼女の部屋まで来てしまったのだ。
普通なら首チョンパされる案件だが、かなり酔っ払っていた為、こっそり知らぬ存ぜぬで帰してやろうと思ったのが仇になった。
重度の酔っ払いは、正常な判断どころか他人からの気遣いに気付く事すら出来ない。
生意気な子どもだ! 等と怒鳴り、白雪に手をあげようしたのだ。
それを寸前で回避したのが、狼の少年だった。
背後から男の手を捻り上げて一緒に来ていた騎士数名に引き渡した動きは鮮やかなものだった。
普段の態度+吊り橋効果で、白雪は完全に落ちた。
「あ、オオカミさん次のお勉強に行く所でした?」
狼が持っているのが魔法の教科書だと分かると、白雪はピタリと動きを止める。
この狼は、白雪の国に滞在する3人の魔法使いの弟子なのだ。
王城の雑用を手伝ったりしてもいるが、主な仕事は勉強である。
狼は首を左右に小さく振った。
「良かったですわ。どちらへ行かれるんですか? 私も着いていって良いですか?」
狼は少し考える素振りを見せてから頷いた。
手を差し出されたので繋ごうとした白雪だが、ソレは抱え上げる合図だった。
軽々と持ち上げられて申し訳なくも思ったが、即座にハッとした表情を浮かべて首に手を回す辺り、チャッカリしている。
そうしてたどり着いたのは屋上に繋がる扉の前だ。
「もしかして、結界の確認ですか?」
コクリと頷いた狼は扉を開けた。
扉の向こうは、四季が無いなどという、可愛らしい光景では無かった。
全ての生命活動が止まったように、植物の葉も噴水の水も、飛んでいた最中なのだろう蝶々も、ピタリと時と止め、灰色に色褪せていた。
━━こうなっちゃうんだ。
ガラスのように隔てられた結界の向こうの吹雪は激しいのに、時間が切り取られて死んだような空間が、白雪には少し恐ろしかった。
「今日の昼食は……お前の誕生祝いだったんだろう?」
一瞬だけ、ソレが誰の声なのか理解出来なかった白雪だが、この場には彼女以外に狼しかいない。
初めて聞いたその声に、目を皿のように丸くして狼を見るが、狼は白雪を降ろして天を見上げていた。
雨模様を確かめるかの如く片手を前に差し出した狼の、その手の中で光が煌めく。
高速で、魔法適正の無い者には理解出来ない詠唱を終えると、光は空へ真っ直ぐ伸びて、
国全体を覆う雲を蹴散らした。
広がる澄んだ晴天。
積もるはずだった雪は形を変えて、たくさんのシャボン玉となり舞い上がっていく。
キラキラと七色に光る世界に、結界魔法も効力を戻し始めて、灰色の世界が色付いた。
柔らかな風に、花の香り。
草木の揺れる音。シャボン玉の光。
その光景は、いつまでも白雪の脳裏に焼け付く景色となる。
「時期に昼食の準備が始まる。楽しめ」
白雪の頭をポンポンを撫でると、狼は屋上から先に退散してしまった。
呆けている間に、狼の姿は無く、お付きのメイドが「良かったですね姫様!」とニコニコ覗き込んでいた姿に慌てた白雪。
━━後で、絶対にお礼言わなきゃ。
そう決意して両親と楽しい一時を過ごしたのだが━━━━オオカミとはその後、一度も会えなかった。




