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幕間『宇宙食』

 ちょっとした日常の一幕を覗いてみましょう。一息ついたって良い。彼らとて、普通に生きているのだから。



「アテナ、今日のご飯は何?」

 如月が問いかけるとアテナは待ってましたと言わんばかりにすぐ答えた。『本日の献立は、ハンバーグのアボカドソース風でございます』

「へぇ、そんなものも出るんだね」星野が感心すると、如月はそれを鼻で笑った。

 理解できなかった星野はそのまま如月の様子を見ていたが、すぐにその理由が分かった。提供口から出されたのはハンバーグとは程遠い、液状の何かが入ったパックだったからだ。

「……一応、聞いておきたいんだけど、それは?」

「ハンバーグのアボカドソース風よ」

 吐き捨てるように答えると如月はキャップを回して中身を吸い出し始める。音からして細かく刻まれたハンバーグが入っている感じでも無いことを星野は悟った。

「アテナ、あいつの分も出して」

『かしこまりました』

 するとプシュ、と吐き捨てるように追加のパックが排出された。如月はそれを星野へ投げる。受け取った星野は風を開けて中身を口に含んだ。するとなんということだろうか。中身は完全にゼリーであった。だが味はしっかりとハンバーグと濃厚なアボカドソースだ。食感と味覚が合わない不思議な感覚に星野は脳がバグりそうになる。

「これが何でできてるか分かる?」

 その反応を興味なさげに眺めていた如月はそんな質問を星野に投げかけた。見当もつかない星野は何も言えずに首を振った。如月は認めたく無いとでも言いたげにため息をつくとこう答えた。「合成サプリメントよ。中身は完全栄養食ってわけ。お父さんは最悪、ここで永住するつもりだったんじゃ無いかしら」

 笑えない冗談に自虐気味に笑う如月を見ながら、星野はもう一口その栄養食を含んでみる。如月の説明から推測するに、このわざとらしい味付けは風味だけだと言うことだ。星野は中身を飲み干すと、抑えきれない感情のままに口を開いていた。「ダメだよ、如月さん」

「ダメって何よ、私はこれで……」

「如月さん! 明日、うちに来て」

「……あんた、レディを家に呼ぶってのはどう言う意味か———」

「———良いから、来て!」

 星野がまっすぐに見つめて強く言うので、如月は何か言おうとして諦め、ため息をついて頷いた。「……分かったわよ」



 次の日の放課後。

 星野宅でまるで割れ物のように丁重にもてなされた如月はダイニングテーブルに座らされていた。

 賑やかしのテレビは如月の希望でニュース番組が流れている。崩壊の続くこの世界では連日の刃禺による被害状況を伝える内容ばかりだが、如月はそれが気になっているようだった。それを見ていると星野は日々の戦いは少しでも世界の平和に繋がっているのだろうかと考えてしまう。

「……いやいや、今は世界の平和より如月さんの平穏だ」

 星野は頬を叩いて気持ちを入れ替える。如月は不思議そうな眼差しを星野に向けていた。星野はもうそんな視線に怯んだりしない。

「待っててね、如月さん」

 キッチンで忙しなく星野が奮闘しているうちに、如月はダイニングテーブルでうとうととしていた。日々の疲れもあったが、一人暮らしとは思えない星野家の居心地の良さに当てられたのだろう。何も分かっていないコメンテーターのちんぷんかんぷんな言い分を聞き流しながら、如月は重くなっていく瞼を閉じた。


 如月は夢を見た。

 両親と食卓を囲んでいた幼い頃の情景。料理は母親の得意分野だった。たまに皿に変な生命体が混ざっていた気もするが、それも今となっては良い思い出かもしれない。あれからすぐに母親はゲートの中へ消えていった。その後、こんな良い匂いのするテーブルを囲むことも無くなったのだ。

———こんな良い匂い?

 如月は違和感によって自身が夢の中に居ることを確信し、その瞳を無理やりこじ開けた。人の家で無防備に眠ってしまっていた。その事実が如月の鼓動を一気に早める。慌てて体を起こすと、びっくりした様子で星野が見ていた。「ご、ごめん。起こしちゃった?」

 星野はちょうど、テーブルに料理を配膳していたところだった。良い匂いの正体はこれだ。如月はようやくそれが星野のお手製ハンバーグである事に気付いた。

「こ、これ……あんたが作ったの?」

「え? うん。如月さんにはもっとちゃんとした物を食べて欲しくて」

 盛り付けこそ家庭的と言うべきか、レストランのそれとは程遠いが、匂いも見た目もプロが作ったような完成度だ。なんと言うお節介だろう。あの完全食を知っただけでここまでしてしまう星野の行動力に如月は何も言えなくなってしまっていた。

「さぁ冷める前にどうぞ。口に合えばいいんだけど」

 星野は丁寧にカトラリーを並べると、如月に料理を勧めた。ようやく意識が夢の淵から帰って来たところで如月は自分のお腹が鳴る音に頬を赤らめた。星野はニコニコと如月が自身の料理に手をつけるのを待っている。ゆっくりとナイフとフォークを構えた如月はハンバーグを小さく切り分けることにした。ハンバーグに切り込みを入れると、中から閉じ込められていた肉汁が溢れ出してくる。そのまま一口大に切ったハンバーグを口に含むと、ハンバーグの肉肉しい味わいとアボカドソースの濃厚さが一気に押し寄せる。一口噛むと染み込んだ肉の旨みが更に脳に刺激を与える。如月は自分の身体が震えるのを感じていた。やはり本物は違うと言うことが嫌でも思い知らされる。

「……な、なかなかやるわね」如月は精一杯強がってみるが、星野は和やかに笑っていた。「お気に召してくれたなら何よりだよ」

 炊き立てのご飯に、香ばしいオニオンスープまで後から机に並べられ、如月は星野に見守られながらそれらを楽しんだ。固形物を喉に通すのは久しぶりだったからか、ゆっくりとしたペースで食べ進めていた如月。だがそれでも最終的には綺麗に食べ切ってしまっていた。

「……あんた、剣士よりもコックの方が向いてるんじゃない?」

「そうかなぁ」

「こんなに料理がうまいなんて聞いてないもの」

「一人暮らしでやることもなかったからね」

「とにかく、あんたには料理長の肩書をあげるわ。邁進しなさい」

「つまり……これからも如月さんにご飯を作っても良いってこと?」

「毎日作ってくれても良いわよ。スターブレイダーとしての活動に支障が出ないのであれば」

 如月は星野に笑顔を向けた。星野ははにかんで頷いた。

「喜んで。銘を受けるよ、如月さん」


 お読みいただきありがとうございます。

 感想・コメント、お待ちしております。


 たまに思いついて書き散らした茶番ですね。今回は食事事情について。

 彼らの普段の様子を想像してみると、意外と面白いという事に気付きまして。思い出した時に書いて追加していきたいと思っています。本編はそろそろ終わりそうですが。

 サイドストーリー的な感じで受け取ってもらえればと思います。とにかく今は、本編の続きをお楽しみに!

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