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第七話『約束』

 時は来た。過去はひとつに重なり、新たなる未来を切り開く。それがどのような結末を迎えるとしても。彼らは先に進まなくてはならない。

スタブレ第七話



 その光景を忘れた時はない。

 あの日、街の燃える音と怪物の呻き声と焦げた臭いに包まれ息も苦しい中、既にほとんど崩壊した街を走っていた

 ようやく辿り着いた家は瓦礫の山に変わっており、その山頂で妹は怪物に串刺しにされていた。腹部から突き出ている剣先は赤く、それをまるで見せつけられているようだった。伸ばされた手を、助けを求めるその手を握る事も叶わず、妹はゴミのように投げ捨てられた。

 それからの事はほとんど覚えていない。

 怒りに身を任せて怪物たちに攻撃を仕掛けたが、そのどれも有効打にはならず、自身の手を傷めるばかりだった。その苦みと悔しさだけが残っている。

「大人しくしていろ! それはお前の仕事じゃ無い!」

 突然聞こえた声と共に腕を引かれ、無理やり戦場から引き摺り出された。

「黙ってろッ!! 妹がッ……沙耶が殺されたんだよッ!!」

「落ち着け! そんな装備じゃアイツらは倒せない! お前には無理だ!」

 羽交締めにされ、小型の搬送車に押し込められる。他の人は居たのかも知れない。だが見向きもしなかった。ただ開かない扉を叩いて、窓の向こうに向かって叫んだ。声にならない声で、ただ泣き叫んでいた。

 気付けばシェルターの中に居た。避難して来た人で溢れ返っている。不安を口にする人、泣き喚く子供をあやす人、不満を職員に怒鳴り散らす人。様々な人が居たが、皆、ここに留まることを選んでいた。

 それを見て居ても立っても居られなくなり、シェルターの出口へ走り出す。するとすぐに帽子を被った男が立ち塞がった。よく分からないバッジを付けたここの職員だ。

「戻りなさい! 外は危険だ」

「黙れ。俺は行く」

「分からないのか!? ここから出るなと言っているんだ!」

「あぁ分からねぇよ!! こんな所に居ても何にもならねぇだろうがッ!!」

 言い争いを聞いて数人の男が集まって来た。だが止めに来た感じでは無い。各々の目には確かに怒りの炎が宿っていた。

「よく言った、兄ちゃん!」

「そうさ、アイツらを野放しにして良いもんか!」

 口々に思いを声に出す。状況が傾いた事を感じ取り、そのまま前に進む。すると職員は警棒を取り出して構えて見せた。

「それ以上抵抗するなら、実力行使で黙らせるぞ」

「カハハッ……良いぜ、こんな所で負けてちゃ、話にならねぇからな!」

 人数の有利もあり、勝負はあっさりと決まった。数人の男たちと共に駆け出し、外へ飛び出す。

 外ではまだ、避難して来た人たちの列が残っていた。その横を抜けて、職員の制止も聞かず、自衛隊の用意した装甲車を借りて戦場へ戻る。その瞬間までは何もかも、うまく行き過ぎていた。

 戦場に戻ったは良いものの、前線はほとんど崩壊していた。自衛隊の残骸が至る所に転がっていた。そこから各々武器を拝借して、どんどんと戦場の奥地へと進んで行く。

 そこで不思議な音を聞いた。炎の燃え盛る音と瓦礫の崩れる音に混ざり聞こえた、金属と金属がぶつかり合う音だ。誰かが戦っている。姿は見えないが、確かにそこにいる。

「噂の剣士じゃないか?」男のひとりが言う。「これまで刃異人の侵攻を遅らせていたのは自衛隊ではなく、ひとりの剣士だって」

 一際激しい音が鳴る。その音に崩れかけたビルの向こう側に視線を移す。そこで見たのは高速で動く人の影。そして、星空のように輝く剣の刃だった。

「俺たちも戦うぞ! 仇を打ってやるんだ!」

 誰かが戦っている。その事実は男たちを勇気付けた。奮い立った男たちは各々の武器を持って怪物たちに襲いかかった。

 だが結果は見るも無惨なものだった。

 訓練を受けていない一般人が武器を握ったところで、いきなり戦える道理はない。感情だけではどうにもならないことはいくらでもある。

「クソッ! クソッ! クソがぁあ!!」

 倒すには至らないが、銃撃やミサイルの衝撃で吹き飛ばし、時間を稼ぐ事はできる。ひしゃげた鉄棒を捨て、弾薬の限りを尽くして怪物たちを後退させる。

 目の前で男たちが殺される姿を見て他の男たちは皆、戦意を喪失し、後退する隙を窺っていた。だが腰が抜けたり怪物に追い付かれたり、ほとんどの人が逃げられずに殺されてしまった。もはや戦いになっていない。

 『お前には無理だ』その言葉が脳裏を過ぎる。怪物の一匹もまともに倒せないこの事実が、その言葉が、現実を突きつける。

「クソがぁああ!!」

 生き残らなければ復讐は果たせない。足は少しずつ戦場の中心から離れて行っていた。心の内で燃え盛る怒りの炎は治らず、頭の血は沸騰したように頭痛を引き起こす。それでも身体は生き残ろうとしている。それが許せなかった。生存本能が身体を突き動かすその理屈は理解していても、魂がそれを否定していた。

 だがその時は突然に訪れた。怪物たちが一斉に踵を返して去って行ったのだ。まるで何かに呼ばれたように、戦場の中心に向かって消えて行った。

「おいッ……待て……!!」

 口ではそう言うが、身体は限界だった。全く追いかける事ができないまま、やがて戦場は死んだ街へと変わった。

 周りを見渡しても、立っている人は居なかった。車も死んでいる。本来帰る場所ももうない。

 仕方なく、飛び出したシェルターまで戻る事にした。扉を開けて中へ入った時に向けられた目といったらない。まるで家出して帰って来たような気分だった。

 まず生きて帰って来た事に驚かれ、そして飛び出した事について説教をされた。この特殊な状況の出来事だったからと大目には見てもらえたが、もはやこのシェルターに居場所など無かった。

 それから毎日シェルターを飛び出し、怪物を倒す方法を模索した。どんな武器も効かなかったが、怪物の習性や特徴は段々と理解し始めていた。

 そんな時だった。死んだ街に立つ墓標のような、細身の剣が目に入ったのは。

 あの時に見た影を思い出す。あの戦場で戦っていた剣士は確かに剣を持っていた。つまり、怪物相手に有効な武器は剣だ。

 そしてその剣は、普通の剣ではダメだ。星のような煌めきが必要だ。

「カハハッ……答えはこんなに近くにあったんだな」

 瓦礫の山を登り、突き刺さった剣を握る。

 瞬間、凍りつくような冷たさと切り裂かれるような痛み、そして脳に直接響く怪物の叫び声に襲われ、思わず手を離す。

「……へっ、上等だ」

 包帯で覆われた手は相変わらず血に染まっているが、傷が開いた感じでは無い。痛みは内部から発生しているということだ。

「そんなもんで、俺を拒めるかよ」

 息を吐いて、もう一度柄を掴む。全身から体温を奪われるような感覚と、手が引きちぎられるような痛みと、耳を塞ぎたくなるほどの叫び声に一気に襲われ、立っていることもままならない。膝をついて姿勢を変えながら、なんとかそれらに耐える。

「———負けねぇ!! テメェらにはッ!! 絶対にッ!!!!」

 叫び、足に力を込めて立ち上がる。そして一気に剣を引き抜いた。

 瞬間、苦しめていた全てが止んだ。凪のような静寂が訪れる。その手には確かに剣が握られている。あの怪物と同じ剣だ。

「……カハッ……カハハッ!! ———う」

 笑い声を上げた瞬間、胃液が逆流し、口から吐き出される。三半規管をはじめとした体内が悲鳴をあげているのだ。だがその代償は軽すぎると言っても良い。

「カハハハハッ!! これで奴らを……」

 今すぐにでも倒しに行きたい気持ちはあった。だが身体が追いついて来ていない。今日のところは休んだ方が良いだろう。

 公園のトイレで顔を洗い、夜風にあたりながら先ほどまでの興奮を冷ます。

 そして口直しをしようと自販機に向かうと、そこには見慣れないポニーテールの少女が居た。なんと彼女は数あるボトルの中からおでん缶を選んでいた。思わず声をかける。

「お前、センスあるな」



***



 今日も如月は学校を休んでいた。星野には如月の言う『根回し』が何か知る由もなかったが、やはり彼女は特別な存在なのだと思い知らされていた。今この世界では他でも無い彼女の力が求められている。

 先生は如月の欠席については何も触れず、昨日の演説について一言だけこう言った。「キミたちがすべき事は、何事もなかったように、普通に過ごす事だ」

 如月の分まで。まるでそう言ったように聞こえたが、星野は気のせいだと首を振った。

 ふと気になって柊木の方に視線をやる。朝はいつものように挨拶をしてくれた。本当に昨日のことは無かったことにしようとしているようだ。先生の言葉に柊木は頷いていた。

 一方で神名の方は重症のようだ。朝から上の空で、俯きがちだ。いつもふわふわしているが、今日は特にぼんやりとしているように見える。異常を察知したクラスメイト達は朝、神名に声をかけていたが、神名は曖昧な返事を返していた。何かあったのだろうか、と星野も心配になるが、これ以上巻き込むのも違うと思い、静かに見守ることに決めていた。

「星野くん」

 だが向こうから声をかけられたのではそうもいかない。星野は声の方を向いて頷いた。「どうしたの、神名さん」

「あのね、迷ったんだけど、やっぱり星野くんにお願いしようと思って」

 不安そうな顔をしながら神名はそう言うと、小さな箱を取り出した。赤い小さなリボンで包装されている、手のひらサイズの箱だ。

「無月っちに渡して欲しいの。本当は帰って来たら渡そうかと思ったんだけど……」

 神名は続きを言い淀んだ。星野には嫌でも次に続く言葉が分かってしまう。だから星野は優しく微笑んだ。

「心配ない。きっと帰ってくるよ」

「……星野くんは、優しいね」

「僕に任せて。これは必ず剣人くんに渡すよ」

 そう言って星野は箱を受け取る。そしてポケットに大事に仕舞った。

「帰って来たらお礼を直接言うように、言っておくから」

「うん。……ありがとう、星野くん」

 神名は少しだけ微笑み、離れて行った。先ほどまでの暗い雰囲気が落ち着いて来たようだ。柊木と何かを話している。

「…………優しい、か」

 星野は呟く。優しさで言った覚えはなかった。柊木との約束もある。神無月はなんとしてでも連れて帰る。それが今の星野の使命だった。

 ポケットの箱の形を確かめながら、星野は静かに息を吐いた。




『姫、先日の演説、お見事でした』

「…………」

 ドレスを見に纏った沙耶は何も言わない。その表情は暗く、まるで死人のようだ。

『人類も無駄な抵抗をせず、我々との“話し合いの場”を設けることでしょう。これでまた、人類共生の道に一歩近付きました』

「…………」

 あまりに返答が無いので、ツルギは窓の外を見たまま立ち尽くす沙耶の傍に行き、その顔を覗き込んだ。

『どうかされましたか、姫』

「…………」

『……そろそろ限界ですか。3日は悠長だったかもしれませんね。もはや、私のサポートがなければ歩くこともままならないとは』

 ツルギが手を差し出すと、沙耶の細く白い手がゆっくりと持ち上がり、その手の上に添えられた。糸で繋がれたような不自然な動きだ。

『いきましょう、姫。まだ貴方には、矢面に立って頂かなくてはならないのです』

 ツルギの引く手に導かれながら、引き摺るような足取りで沙耶は部屋を出る。

『そう、全ては人類共生のために』




 日も暮れ、夕焼けと夜空が混ざり合った空から風が吹いている。

 ボロボロのコートをはためかせながら神無月は二人が来るまで赤く染まった街を見ていた。

「……よう、待ってたぜ」

 近付いてくる足音に神無月は振り返る。

 先に待ち合わせていた星野と如月が並んで立っていた。

「準備万端って感じ? やる気があって良いわね」

「当然だ。今度こそケリをつけなきゃならねぇからな」

 如月は神無月の様子を見て頷くと、手を天に掲げた。

「———トーラス!」

 すると空に一筋の光が走り、星剣トーラスが地面に突き刺さった。

「受け取って」

「ああ」

 神無月はトーラスの柄を掴む。初めて刃異人を握った時の光景が重なる。

『……貴様、悪魔に贄を捧げたのか』

「———。……なるほど、お前ら基準だとそう表現するのか」

 触れた時の異常な冷たさや理解不能な叫び声は無く、代わりに冷たい声が剣から聞こえてきた。

『貴様と契約してから、ほんの僅かだったが、貴様の中に奴等の存在を感じていた。心の剣の形を見ればそれは分かった』

「……ハッ、どうやら本当に魂ってのは俺たちの中にあるらしい」

『まさか我が少々居なくなった程度でそこまでするとは、貴様という奴は……』

「勘違いするなよ。これは不可抗力って奴だ。……それに、俺を救ったのは間違いなく天使だったぜ」

『であれば尚更、それを焚べた貴様は罪深き人よ……』

「ねぇ、何を話してるの?」

 星野は堪らず二人の会話に口を挟んだ。急に悪魔だとか天使だとかが出て来て、理解が全く追いついていなかった。

「……あんたの手、侵蝕が進んでるのね」

 神無月が星野に対して何と説明しようか迷った隙に、如月が神無月の右腕を指差してそう言った。

「気付いてたのか」

「さっきの話でなんとなくね。……はぁ、治療ポッドの効きが悪いと思ったらそういうこと」

「右手が何? どういうこと?」

「あのね、星野くん。あんたが初めてコイツと出会った時の事、覚えてる?」

「え? う、うん」

「その時にコイツは刃異人を武器にしていた。その時点での代償は手に小さな結晶が出来る程度だったけど、一度死にかけた事で侵蝕が進んで、手が変形してしまっているのよ」

 星野は改めて神無月の手を見た。確かに包帯で覆われたそれは歪な形をしている。まるで何かが生えているような凹凸が目立っていた。

「なるほど……それで天使は?」

「それは一旦置いておきましょう。そもそも、今回の戦いでその点については重要じゃないし」

 ため息をついて如月は話を打ち切った。星野はあまり理解が進まなかったのか不満気だったが、神無月が気まずそうに視線を逸らすので、仕方なさそうに頷いた。

「よし、行こうぜ」

 それを見て神無月はようやく剣を地面から引き抜くと、それを肩に乗せた。それを見て如月は腕を組んでため息をついた。

「待ちなさい。まずはトーラスに変身してみて。上手く治したとは思うけど、念のため確認しておきたいの」

「まぁ、それもそうだな」

 神無月は自身の星剣を空に掲げた。

「———イグニッション!」

 叫ぶと一筋の光が空を裂き神無月を包んだ。暴風が吹き荒れる。如月は咄嗟に腕で顔を覆って防御姿勢を取った。

 そして光の中からひとりの剣士が姿を現す。初めて変身した時よりも鎧の意匠が進化しており、如月が手を加えたことが分かるようになっていた。

「どう? トーラスの改修機、スターズレイダー・ブースト・トーラスは?」

「ああ……コイツは良い。最高だ!」

「ふふん。もっと褒めても良いわよ? なんて言ったって、パズルみたいにバラバラになった鎧を縫合するのはすっごく大変だったんだから」

「さすがシラハ! 人類の産んだ奇跡! 天才美少女女子高生!」

「もう、褒め過ぎよ!」

「……僕も何か言った方が良いかな?」

 盛り上がっている二人を見て、昨日の夜にもっと言っておくべきだったと後悔した星野はそんなことを如月に問いかけた。

「昨日お礼してもらったでしょ。だからあんたは良いのよ」

「へっ……良いねぇ。ハジメ、お前もなかなか漢気あるじゃねぇか」

 何の話か全く分からなかったが、昨日空を飛びながら楽しそうに笑っていた如月の笑顔を思い出し、星野はそれだろうと納得して頷いておく事にした。

「大丈夫そうね。よし、それじゃあ殴り込みよ! 星野くん、神無月を運んであげて。事前に共有した通り、ツルギたちはここから数キロ先の旧住宅ビル街に潜んでいるわ。そこへ向かえば出てくるはずよ」

「それは分かったけど、如月さんは?」

「私は空から援護するわ。ここ一帯は進入禁止区域とは言え、あのツルギたちをカメラに収めようと何人も入り込んでは行方不明になってるの。だから情報統制と人員の配置と管理をしなきゃいけないのよ」

「つまり、まだやる事が残ってるって事だね」

「そういう事よ。……全く、あんた達が居てくれて本当に助かるわ」

「……その方が都合が良い。シラハ、悪いが俺に言わせちゃ、お前は今回の戦いにはついて来れねぇ。一緒に戦うってなら止めるつもりだったんだ」

「わざわざどうも。でもあいにく、私は私の立場をよく理解しているつもりなの。……だから、ツルギたちはあんた達に任せるわ。絶対に勝って」

 如月は真っ直ぐに二人の目を見てそう言った。星野は頷く。初めてスターゲイザーに行った時と比べて随分と信頼してくれるようになったと、星野は優しい笑みを浮かべた。

「……当然だ。それとハジメ。お前にも言っておかなきゃいけねぇ事がある」

「何かな?」

「———沙耶には手を出すな。アイツは俺がやる」

「……分かった。でも約束して。絶対に勝つって」

「…………ああ。約束する」

 そこでふと、星野は神名から頼まれていた贈り物の事を思い出した。ポケットの中から箱を取り出して神無月に見せる。

「んだ? そりゃ」

「神名さんから、渡して欲しいって頼まれたんだ」

「こんな土壇場で渡す奴があるか」

 そう言いながらも神無月は小さな箱を手に取った。トーラスの手で潰してしまわないように慎重に包装を取ると、中から出て来たのは指輪だった。指先でつまむようにして顔の前に持っていく。すると神無月はまるでそれを今から食べるかのように眺めた。

「……まぁ、貰っといてやるか」

 言うなり指輪を握り込んだ。そして握った拳を軽くフルフェイスの仮面に当ててみせた。

「帰ってお礼を言う事。良い?」

「カハハッ……せんこーかよ。わーったって」

「もうやり残した事はない? それじゃあ、作戦開始よ」

「行くよ、レオ!」

『おう!』


「———イグニッション!」





『星野くん、聞こえる?』

「うん。バッチリだよ、如月さん」

『もうすぐあいつらの拠点よ。そろそろ降下して戦闘に備えなさい』

 神無月を抱えたまま飛んでいた星野は言われた通りに高度を下げた。先に神無月を降ろし、ブースターと光の翼を停止させると、星野は着地する。

 人の居ない灰色の街は風の音が反響する程に静かだ。風に混ざる金属音が刃異人の生息を知らせている。

「行こう」

「ああ」

 少し歩くと、倒壊が比較的少ないビル群が姿を現す。ホテルとオフィスが並んだ区画だったようだ。崩れた壁から広い部屋や狭い部屋が覗いていた。

『……まさか、あなた達が来るとは思っていませんでしたよ』

 突然聞こえた声に振り返ると、そこには赤い鎧を見に纏った剣士が居た。

「へっ……不意打ちしなかった事だけは褒めてやる」

『騎士道精神というものに抵触しますので』

「何が騎士道だ。バカバカしい」

『それで、あなた達が来たということは、人類側は降伏したという事で間違いありませんか?』

「あ? んでそうなる」

『あなた達は既に、我々に敗北しています。話し合いをご希望なら、喜んでいたしますが?』

「するわけねぇだろ!」

『だと思いましたよ。……はぁ、どこまで人類は愚かなのでしょうか。これだけ話し合いを要求しても、送られてくるのがこんな人材とは。底が知れるというものです』

「……剣人くん。よく分からないけど、今バカにされた?」

「そうだな。確かに俺たちは話し合いには向いてねぇよ。けどな、お前を倒すにはこれ以上無いって事を教えてやるよ」

『……良いでしょう。そこまで死にたいのなら、お相手して差し上げます』

 雰囲気が一気に変わる。明確な殺意を向けられ、星野と神無月は剣を構えた。

「おい、沙耶はどうしたんだよ」

 神無月は今にも飛び込んできそうなツルギに問いかける。言われて星野は眼だけで辺りを見てみるが、確かに姿が見えない。

『姫の手を煩わせるまでもありません』

 金属音が響く。トーラスの剣とツルギの剣が触れ合った音だ。

「そうかよ。悪いが俺は沙耶に用事があんだ。あいにく、お前に時間を使ってる暇は無くてね」

『いつまでその余裕が保つか、見ものですね』

 鍔迫り合いの状況で睨み合うツルギと神無月。星野は加勢しようとするが、通信がそれを引き止めた。

『星野くん! 囲まれてるわよ!』

「———ッ!?」

 慌てて周りを見ると、ツルギと似た鎧の刃禺が数体、駆け寄って来ているのが目に入った。

『ツルギ様! 助太刀します!』

 刃禺たちは星野とツルギの間に入り込んであっという間に星野を包囲してみせた。

『ちょうど良いわ。オーバーロードを試しましょう』

「オーバーロード?」

『アリエスを送り込むわ。それを使ってちょうだい』

 如月が言い終えたタイミングで空に光が走った。そして目の前に一振りの剣が突き刺さる。刃禺達は驚いて身動いだ。

『さぁ、私を使ってください!』剣から声がする。

「キミがアリエス?」

『無事に届いたみたいね。さて、説明が遅れたけど、レオは改修中に私が手を加えたおかげで、他の星剣の力を借りられるようになったのよ! さっそく空いてる手で掴んで叫んでみて!』

「よく分かんないけど、やってみるよ」

 星野は言われた通り、空いている左手でアリエスの柄を握る。そして地面から引き抜き、構えた。

『私の力をお貸します!』

『違うな、オレ様が奪って使うんだよ! これは———支配の力だ!』

「———オーバーロード!」

 瞬間、左腕が淡く光り、金色の装甲が姿を現す。それらはレオの装甲の各所と合体し、強化パーツのようにその形状を変化させた。

『アリエスは防御力と攻撃力の両方を備えた星剣だぜ。装甲が増すのはもちろん、一瞬の加速によりインパクトをアシストするんだ』

「なるほど、とりあえずやってみる!」

 星野は両手に持った剣を構え、一気に刃禺たちとの距離を詰める。刃禺は目の前で起こったレオの変化に戸惑いながらも、近付いてくる攻撃に対して反応する事が出来ていた。

 だが、合わせる刃が一瞬だけ遅れる。

「はぁッ———!!」

 いや、星野の振るう剣が一瞬だけ加速したのだ。刃禺が剣で受けるよりも速くその防御をすり抜け、鎧を切り裂く。

『ぐぁぁあああッ!!』

 刃禺が呻く。動きが止まる。星野はその隙を逃さない。

「———行けるッ!!」

 攻撃に使った右手の剣は振り上がってしまっているが、左手の剣がまだ動く。勢いのままにアリエスを振り、刃禺にトドメを刺した。

 両断された刃禺は爆散して虚空へ消えた。

『こいつ……前見た時より強くないか……?』刃禺たちが動揺の声を漏らす。

『良いわよ、星野くん! 早速使いこなしてるようね! 奴らを圧倒してるわ!』

 調子が上がって来た星野は勢いのまま次の刃禺に狙いを定め、地面を蹴った。


 一方、神無月はツルギと数度剣をぶつけ合うも、膠着状態となっていた。

「あいつ、なかなかやるじゃねぇか」

『交戦中に余所見とは、随分となめられたものですね』

 その一瞬の隙をついてツルギはトーラスの剣を押し退けると、そのまま蹴りを入れる。神無月は突き飛ばされる形になるが、動けないほどのダメージにはなっていない。すぐに体勢を整える。

「……ただ直しただけってわけじゃ無さそうだな」

 確かめるように呟く。トーラスは当然と言いたげに鼻を鳴らした。

『我が身は鍛錬の末、より強固なモノになったのだ。この程度ではびくともせんさ』

「頼もしいね、まったく」

 神無月は剣を構え直した。ツルギの繰り出すキックやパンチは鋭く、装甲を貫通して衝撃が伝わってくるほどだった。時間をかけて何回もあれを喰らうと、さすがに耐え切れないだろうことを神無月は悟っていた。

『どうしました? もう終わりですか?』

「減らず口はどっちだよッ!」

 神無月が地面を蹴ると、大砲のような音が鳴り、続け様に激しい金属音が鳴り響いた。真っ直ぐな突進。小細工無しの攻撃。ツルギは避けるでも無く、己が剣でその全てを受け切って見せる。

『あなたのその攻撃はもう見切りました』

「そうかよッ!!」

 叫ぶと、それに呼応するようにトーラスの各部ブースターが唸りをあげる。まるでロケットが飛ぶ寸前のような炎が吹き出し、それがトーラスの剣を押し上げる。

『———これはッ!?』

 ツルギの足が徐々に地面から離れていく。剣と剣がぶつかり合ったまま互いに刃を喰い合い、その剣を逃す事を許さない。

「———うぉぉぉぉおおおおおおッッ!!!」

 そのままツルギを押し込み、真っ直ぐにビルの中へと突っ込んだ。派手な衝撃音と共にビルが崩れていく。

「剣人くん!?」

 星野は咄嗟に加勢に向かおうとするが、なおも刃禺はその行手を阻む。どれだけの軍勢を集めいてたのだろうか。連携を崩そうと頭数を減らしても、すぐにその穴に補充されて体勢を整えられてしまっていた。

「くっ……これじゃあキリがない!」

 比較的簡単に切り伏せられるとは言えど、手練れの剣士を相手に連戦を強要されては、体力の消耗が激し過ぎる。しかも星野は慣れていないオーバーロードを使っている状況だ。星野は自身が息切れしている事に焦りを感じていた。

「———ぅぅうううぉぉぉおおおおおおおあああああああッッ!!!」

 神無月の叫び声が木霊する。姿は見えないが、地面を揺らしながら崩れ続けるビルのその煙の中に確かに居る。

「トーラスッ!! ——————オーバードライブ!!」

『我が名の元にッ! 地獄の業火に灼かれて消えろッ!!』

 瞬間、熱を持った光が辺りを包んだ。

 爆風が駆け抜け、申し訳程度に残っていた窓ガラス達を粉砕し、瓦礫の山を吹き飛ばす。

 星野は咄嗟に剣を地面に突き刺して衝撃に耐えたが、周りの刃禺たちは何が起きたかも分からないまま風圧で吹き飛んでいった。地面に転がる間も無く視界から消えていく。

『ちょっと!? 星野くん! 何が起きてるの!? 星野くん——————』

 如月の声が星野を呼ぶが、返事をする余裕はない。やがて通信は途絶えた。衝撃波の影響だろうか。

 そして風と光がおさまった。爆心地に居たトーラスは鎧を少し焦がしながら、肩で息をしていた。

 少し離れたところにツルギが横たわっている。熱と爆風でビルは跡形もなく崩壊し、瓦礫だけが無惨に広がっており、その低い山の上に転がっていた。

 神無月は息をなんとか整えようとしながら、視界の端にあるモノを捉えていた。それは地面に打ち捨てられたように転がっている沙耶の姿だ。崩落に巻き込んでしまっていたらしい。無惨に地に伏すその姿はあの日の光景と重なってしまう。まるでゴミのように捨てられたあの光景と。

「沙耶……」

 神無月は呟く様にその名を呼ぶと、フラフラとした足取りで沙耶の方へ歩き始めた。

『……仕方、ありません……ね』

「———ッ!?」

 力尽きたかと思われたツルギから声がする。神無月はすぐに声の方を向く。するとツルギの手が力無く持ち上げられている所が目に入った。

『作戦……変更、です。……この手、は……使いたく、ありません……でした』

「やめろッ!! 沙耶に手を出すなッ!!」

『……もう、遅いッ!!』

 ツルギの鎧は溶けたように形を変えて、真っ直ぐに沙耶の方へ伸びていった。

 咄嗟に割って入ろうと神無月は一歩踏み出したが、オーバードライブの反動で身体が思うように動かず、膝をついてしまう。

「やめろぉぉおおおッ!!」

 神無月の叫びも虚しく、ツルギだったものはあっという間に沙耶の身体の中へ入っていく。と、ゆっくりと沙耶の身体は宙へ浮き、瓦礫の破片を巻き込み渦を描きながら、姿勢を正していく。

『……私の力の大半を、姫の修復に使ってしまっていたのが良くなかったのです』

 俯いた沙耶からツルギの声がする。空間が震えて直接響くような声だ。そこでようやく地面が揺れ、空が揺らぎ、風が荒れている事に気付く。

『私が納まることで、ようやく全ての力を以て姫を復活させる事ができるのです!』

 そしてゆっくりと、沙耶の手が彼女の後頭部へ伸び、そこから何かを引き摺り出していく。

『……さぁ、最後の仕事です、姫。———ウェイクアップ。……今、お迎えにあがりました』

 真紅に鈍く光る刃が姿を現す。天地を揺るがし、鳴動させるその刀が引き抜かれ、沙耶はゆっくりと顔を上げた。

「———イグニッション」

「……ッ!」

「……決着をつけましょう。我々と、人類の、生存を賭けた戦いの」

 沙耶の口から、沙耶の声で、そう言った。もうツルギは沙耶の中へ完全に納まってしまったのだ。

 まるで台風のように風が吹き荒れ、空は雲が覆ってしまった。地響きはマシになったが、相変わらず沙耶の周りには不思議な力が働いているのか、小さな破片が宙を浮いていた。

『———星野くん? 星野くん! 聞こえる?』

 ようやく通信回線が復帰したらしい。如月の声がレオの鎧を通じて聞こえてくる。

「聞こえるよ」

『よかった! ねぇ、何があったの!? 刃禺の反応はロストして、代わりに何か巨大な反応が……』

「沙耶だよ」

『サヤ? 神無月の妹の?』

「そう。ツルギと沙耶が融合したんだ」

『融合? よく分からないのだけれど……』

 如月が困惑したような声を出す。無理もない。目の前にその現象を見た神無月も星野も、何が起こっているのかを理解できなかったのだから。

『とにかく、あんたも加勢しなさい! オーバーロードしたレオ・エアリアルなら、十分に対抗できるわ!』

「それはできない」

 即答だった。一瞬の迷いもなく星野はそう答えた。

『……何? どういうつもり?』

「剣人くんに、言われたんだ。『沙耶には手を出すな』って」

『あのね、そんなの律儀に守ってる場合? ログを見たら神無月は勝手にオーバードライブを使ってショートしてるし、あんなの相手にできる状態じゃないのよ?』

「……約束したんだ」

 如月はため息をつく。こうなった星野はテコでも動かない。彼の一度決めたことに対する意志の固さと言ったらない。説得するのは現実的ではないだろう。

『しょうがないわ……信じるしかないのね、あの男を』

 神無月はトーラスを構えていた。まだ鎧は動くらしい。肩で息をしながら、抵抗の意志を見せていた。

 一方で沙耶はボロボロになったドレスの裾を切り捨て、血だらけの素足で地面に降り立った。腹部から赤い稲妻を走らせ、それが真紅の刀にまで伝わっている。ドレス越しでもその禍々しさが分かってしまう。彼女は人の見た目をしているが、決定的に人間という存在からは外れてしまっているのだ。

「……心の剣を、構えなさい」

 沙耶は呟くと、ゆっくりと身体を前に倒し、体重を移動させる。まるで倒れるように重力に身を任せている。

「沙耶……そこにはもう、居ないのか……?」

 神無月は問いかける。迎撃体制に入る。

 沙耶は答えない。一瞬にしてその姿が掻き消える。

「———ッ!!」

「もう知ってんだよ、その技は」

 大剣を傾け、沙耶の刀を絡める。撫でるように刀の軌道を逸らし、沙耶の体勢を崩す。

 上下にひっくり返った沙耶が地面に転がり、すぐに受け身をとって立ち上がる。神無月はゆっくりと振り向いた。

「返せよッ! そいつは……俺の妹だ!」

 ブースターの唸る音が響く。爆発するようにトーラスの身体が吹き飛ばされ、沙耶と神無月の距離が一気に縮まる。

 そして剣と刀がぶつかり合う音が響く。細身の刀はあの大剣をまともに受けては折れてしまうだろう。だからこそ弾くように、先ほど神無月がやってみせたように、受け流す刃で力を逃す必要がある。

 神無月はそれを分かっているので、一撃を重く、逃しきれない程の威力で再び振りかかっている。

「……ッ!」

 だが沙耶は更にその先にいた。まっすぐな神無月の剣筋をとっくに見切っていたのだ。流し、返す刀は既に神無月を捉えていた。

「———がぁぁぁあああああッッッ!!」

 神速の刃が神無月の仮面を切り裂いた。鎧は砕け、赤い飛沫が上がる。

 よろめく神無月はそれでも退かず、大剣を下段に構え直そうとする。半分だけ顔が露出した神無月は血で染まった目を、沙耶の姿を見逃すまいと見開いている。

「———王手」

 そうしているうちに沙耶と神無月の距離は0になった。沙耶が大剣を踏み台にトーラスの上から刀を突き刺すように振り下ろす。

 最も簡単にトーラスの鎧は突き破られ、真紅の刀が身体を貫通する。

「カハッ——————」

 顔と顔がぶつかる寸前まで二人の距離は詰まっていた。神無月の吐いた血が沙耶の頬を掠めて赤く染める。ほとんど沙耶が覆い被さるような形で、二人は動きを止めた。

『星野くん! あんた、いい加減に……!』

「待って、まだだ!」

 如月が我慢できずに声を荒げるも、星野はある事に気付いてそれを制止した。

 少しだけ顔を上げた神無月が、笑っていたのだ。

「———ようやく、捕まえたッ!」

 神無月は両手を沙耶の両手に重ね、手を握り込むようにした。とても動ける状態とは思っていなかった沙耶は反応が遅れ、神無月に手を拘束される形になる。


「—————————」


 瞬間、神無月は感じ取っていた。この刀は沙耶の心の剣が具現化したもの。沙耶そのものだという事を。

 握る手と、刀を通じて、その姿が見えてくる。

「——————沙耶?」

「お兄、ちゃん?」

 気付けばそこはどこでもない場所だった。神無月と沙耶はどこでもない場所で浮いたまま向かい合っていた。

「……そっか。お兄ちゃんも気付いたんだね。こうして手を握り合えば、何でも通じ合えるって」

「俺のは……事故みてぇなもんだが」

「それでも嬉しいよ。……どうかな。こうやってみんなが手を繋げば、絶対に分かり合えるよね?」

「これがお前のやりたかった共生の方法か? 相変わらずバカだな」

「バカって言った! 先に言った方がバカなんだから!」

「手を繋いで心の内を明かして、正直な気持ちで話し合う。そんなのは互いに傷付くだけだ」

「もう、お兄ちゃんってば。こんな時にも、喧嘩なんてさ」

 沙耶は悲しい声色でそう言ってみせるが、表情は複雑だ。寂しそうな、楽しそうな、笑顔をしている。

「……本当、わたしたちって」

「俺たちって……」

「「どうして仲良くできないんだろう」な」

 声が揃い、沙耶は堪えるように、少しだけ可笑しそうに笑った。

「人間同士でも仲良くできないのにさ、よく分からない生き物と仲良くなんて出来っこない。……わたしも本当は分かってた」

「だったら……」

「でも、どうしても言いたかったんだ。わたし、お兄ちゃんにさ」

 手を繋いだまま、割れた仮面越しに神無月の頬に触れる。まっすぐに神無月の顔を見た沙耶は優しく微笑んだ。

「———そんな顔しないでよ、お兄ちゃん」

 神無月は奥歯を噛み締めてあらゆる感情と衝動から耐えていた。先からある考えが神無月の頭を巡っていたからだ。

「悪い、トーラス。やっぱり作戦通りになりそうだ」

『……やむを得ん。どのみち貴様はもう長くない』

「トーラス———リミットブレイク」

 神無月が呟くと、足元から結晶が勢いよく出現した。神無月の手に生えていたあの結晶だ。星野は見た瞬間にそれを理解した。

『まさかッ!』

「どうしたの、如月さん! 剣人くんは何をしようとしてるの?」

『結晶化よ! 刃異人の持つ侵蝕能力を解放して、沙耶諸共に結晶に呑まれようってわけ! 何考えてんのよあいつは!』

「そうなると、どうなるの?」

『当然、死ぬわよ! あの結晶は今の技術じゃどうにもならない! 絶対に助からないわ!』

 星野はもう一度、神無月たちの方を見た。結晶は広がって二人の足を呑み込んでいた。侵蝕のスピードは徐々に上がっているらしい。二人を青白い光が包んでいる。

「……ダメだ」

『え?』

「それは……ダメだよ! 絶対に———」

 星野は言い終わらないうちに光の翼を展開して飛んでいた。

「———絶対にダメだッ!!」

 亜音速まで一気に加速した星野は、アリエスの加速を使って振るった剣を投げ、結晶に呑まれかけていたトーラスの柄の部分に突き刺した。

「ハジメ!?」

「そうじゃ無いだろッッッ!!!」

「———ッ!?」

 間髪入れずに星野は結晶に飛び付き、トーラスの柄を空いた左手で握った。

「そんな選択、絶対にダメだッッ!! 生きて、帰るんだろッ!?」

「てめぇ、手を出すなって言ったろうが!」

「先に約束を破ったのはそっちだろッッッ!!」

「———ッ」

 神無月は何も言い返せなかった。裏切ったのは、星野を怒らせたのは、間違いなく神無月だったからだ。

「——————オーバーロード!!!」

『レオ! 貴様、この我を支配しようと言うのか!?』

『こうなったハジメは止まらねぇ。悪いが付き合ってもらうぜ!』

「———ぅぅうぉぉおおおおおおあああああああッッッ!!!!」

 星野は叫ぶ。制御を失ったトーラスを抑え込むために。そしてそのパワーを借りて、無理やり結晶から剣を引き抜くために。

 だが結晶の侵蝕は尚も進む。結晶が星野の足を捉える。

「———ぁぁぁあああああああああッッッ!!」

 咆哮に呼応するように左腕が光り、トーラスのアーマーが姿を現し、レオの装甲と融合する。強化武装がレオの鎧と結合する。

「———ぁぁぁあああああッッ!!」

 そして生み出された圧倒的なパワーによって、星剣トーラスが引き抜かれる。結晶の破片を撒き散らしながら。後方に星野は吹き飛んでいく。

 瞬間、二人を捉えていた結晶は砕け散り、虚空へ消えていった。それを確認するなり沙耶は刀を神無月から引き抜いて距離を取った。

 血を吹き出しながらも神無月は何とか耐え、ボロボロの鎧を維持したまま、沙耶と再び対峙した。

「剣人くん!」

 星野が呼ぶ声に顔を動かすと、その方向から剣が飛んできた。咄嗟に手でそれを掴む。それは星剣トーラスだ。

「僕はそんな結末、認めない。誰であろうと、何であろうと、ぶっ倒すんでしょ!?」

「……カハハッ! ……そうだな。俺がやらなきゃな」

 神無月はトーラスを構える。もう迷いは消えていた。沙耶をまっすぐに見つめる。

 沙耶は静かにその時を待っていた。赤い血を滴らせた真紅の刀を構えている。まるで神無月を呼んでいるようだった。

「———ありがとう、お兄ちゃん。わたしの我儘に付き合ってくれて」

「まったくだぜ。だがおかげで、俺にまだ迷いがあった事に気付けた」

 トーラスが最後の力を振り絞ってブースターを稼働させる。煙と血を吐きながら、その心に火を灯す。

「……俺はもう迷わない。沙耶を殺して、沙耶を殺したアイツらを全員殺す」

「うん……来て」

「———トーラス、オーバードライブ」

 爆音と共にトーラスが吹き飛ぶ。大剣はまっすぐに沙耶の刀へ振り下ろされた。

 渾身の一撃をまともに受けた刀は耐える事ができず、粉々に砕け散った。

 そして小さな爆発が起こり、沙耶が吹き飛ばされる。力無く地面を転がり、土煙を上げながら停止した。

「ガハッ———」

 神無月は割れた仮面から溢れるほどの血を吐き出す。剣を杖代わりに身体を支えながら、起き上がらない沙耶の元へ駆け寄った。

 そしてようやく辿り着くと、トーラスを地面に差し、膝を折って沙耶を抱き抱えた。

「……ごめんな。守ってやれなくて」

 沙耶は何も言わない。ただ、天使のような微笑みを浮かべたまま目を閉じている。

 神無月は祈るように右手を沙耶の手に重ねた。だが、何も見えない。聞こえない。


「——————そんな顔しないでよ」


「……ッ」

 幻聴だろうか。沙耶は変わらず笑みを浮かべたまま眠っている。

 だが、ついにその身体が徐々に光となって崩れて来ているのが分かった。輪郭を少しずつ失い、質量と共に消えていく。

「……そうだな。死んでいった奴らが、浮かばれねぇよな」

 神無月は何とか笑おうと口角を上げてみる。だが、すぐにそれは血反吐となって返って来た。仮面から溢れた血が飛び散るが、沙耶にはもう掠りもしない。

「……最後くらい、笑ってなきゃ」

 言い終わると同時に沙耶は跡形もなく消え去っていた。

 全てが終わった事を悟ったトーラスもまた、鎧を虚空へ返し、その役目を終えた。そこには座り込んだ神無月だけが残された。

 と、どこからか転がり落ちて来たものが血溜まりに沈んだのが見えた。

 霞む視界の中で神無月はそれに指を這わせる。

 それは間違いなく、星野から受け取った神名の指輪だった。

「…………」

「———無月っち! 死なないでッ!!」

 幻聴はまだ続いているらしい。神名の声が聞こえる。こんな戦場のど真ん中に、彼女が来られるわけがない。神無月は心の中で自分の甘さ加減に笑っていた。


 そしていつの間にか視界は暗くなり、ついに真っ暗になった。





 夢だ。

 また夢を見ている。

 夢は海の中から始まる。

 もがく事も出来ないまま、息苦しさを強いられる。暗い海の底へと引き摺り込まれるように沈んでいく。

 このまま身を任せれば、楽になれるのだろうかとよく考えたものだ。抵抗する力が無い以上はどうする事も出来ない。

 だがそれは魂が許さなかった。絶対に方法はある。手を伸ばせば、何かを掴めるかもしれない。

 そこには何も無いように見える。だが手を伸ばさなければ、何も掴めない。

 だから手を伸ばす。全てが暗く染まる前に。

 そして何かの輪郭に触れる。

 指。それは手だ。

 互いにそれを認識した瞬間、一気に海上へ引き上げられる。

 あの日見た夢もそうだった。

 この手を引いてくれたのは、確かに存在する天使そのものだった。



「——————ッは」


 浮上する勢いのまま身体を起こす。

 激痛が走る。

「あわわ……寝てなきゃダメだよ!」

「———てっ!?」

 チョップが頭に炸裂し、神無月は再び身体を寝かせた。硬めのベッドが受け止めてくれる。

「……あ? アイリか? てか、ここどこだよ?」

「病院だよ。また、戻って来ちゃったね」

 言われて神無月はゆっくりと天井を経由して辺りを見回してみた。もはや見慣れてしまった部屋だ。間違いなくあの病室だった。

「……俺、助かった、のか?」

「もう、本当に死んじゃうところだったんだよ?」

 神名は今にも泣き出しそうな顔をしている。神無月は困ってしまった。終わった後の事など何も考えていなかったからだ。他でも無い、神名と再び会えるとは思ってもいなかった。

「……謝り損じゃねぇか」

「え?」

「あぁ、いや。……まさか、とは思うんだが、あの場に居たのか?」

「あの場って?」

「違うなら良いんだ。そんなわけ無いもんな」

 神名はハッとした表情をする。神無月はものすごく嫌な予感がした。

「あのね、本当に大変だったんだよ! 無月っちが呼ぶから学校を飛び出して、志穂ちゃんにタクシー出してもらって、職員の人に運んでもらって、最後はかっこいい剣士の人が連れてってくれたんだ!」

「……いや、呼んでねぇし」

「嘘ばっかり。そういうの、分かるんだから」

「ああ…………そうだったな」

 もはや言葉にしなくても通じる。あの場がどこか急に神名が理解した理屈はそれ以外ない。

 そこでさらに嫌な予感が重なって、神無月は自分の身体を確かめた。

 幸いな事に、まだ殆どが生身の身体だった。だが右腕は言い訳できない程に変形しており、完全に何かを纏ったような角張った見た目をしている。それを上から包帯で無理やり隠そうとしている状態だ。ギプスと言えば何とか誤魔化せるだろうか。

「……それは無理だと思うな」

 ナチュラルに心を読まれ、神無月はいよいよ笑えなくなってしまった。そして神名との間に何が起きてしまったのかを完全に理解した。

「ねぇ、まだあの言葉、聞いてないよ」

 神名は唐突にそんな事を言い出した。神無月があまりに暗い表情をするので気を遣ったのだろうか。

「……あれか? 助けてくれて、ありがとうな」

「違う。それもそうだけど」

 神無月は何となく神名が言って欲しい事が分かってしまった。これは推理でも何でもなく、心を通じ合った間柄だから分かるのだ。

「……ただいま」

「うん。おかえり、無月っち!」

 天使の笑顔が、神無月を出迎えた。




 お読みいただきありがとうございました。

 ブックマーク登録をして、次回をお待ちください。

 感想・コメントお待ちしております。

 

 第七話。神無月くんストーリーのメイン部分です。新規システムの紹介回でもあります。

 なぜ神無月くんが如月さんの説明もなしにシステムを使えたのか、それはトーラスがこっそりと説明していたからです。トーラスは神無月くんの魂を覗き見て、何をしたいのかを先に察していたのです。元より、生きて帰ってくるつもりなんてなかったと。

 それを、二人の人物がその運命を変えてしまったのです。約束をした二人でした。相手は違えど、違う約束をした二人が動いたことで、結末を変えてみせました。そこに力があったかどうかは関係なく、飛び出したからこそ引き起こせた出来事なのです。

 何が起こっていたのか、それは次回解説されるようです。このままだと、如月さんはひとり、状況を理解できないままなので。

 というわけで強大な敵を退いた一行は、この出来事に何と名前を付けるのか、次回をお楽しみに!

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