第四話『好敵』
進入禁止区域。そこは刃異人の領土であり、彼らによって奪われた土地である。どんな武器も通用しない刃異人を相手にする人は居ない。刃異人見たさに命を落としに行く者か、命を懸けてでも刃異人を倒しに行く者だけがそこに足を踏み入れるのだ。
スタブレ 第四話
まるで嵐のようだと、如月はその闘いぶりに圧倒されていた。その激しい剣戟の音はまともな人間の出せるものではない。乱暴で、力強く、野生的だ。刃異人に侵食されることなくそれを振り回し続けている事も如月は信じられなかった。
「カハハッ! 最高だな、おい!」
男は見えない誰かと話しているように叫んでいた。刃が欠けようが反動が来ようが構わないと言いたげに力任せに剣を振っている。
そして如月はその様子を見ながらようやくその男が、公園で出会ったあの男だと気付いた。如月の忠告も聞かずに、自身のやりたいことを彼は優先したということだ。
「星野くん、加勢するわよ」
「え? う、うん」
「迷う事ないわ! アイツをあのままにしたら、拠点の中心まで突撃するのも時間の問題よ!」
「分かった。———レオ!」
『分かってんよ! 行くぜ、ハジメ!』
「———イグニッション!」
光が差して星野を包む。風と共に炎が吹き荒れる。如月は防御姿勢を取ることで衝撃に耐えることができたが、突然の嵐に数体の刃禺が吹き飛んでいた。
「なんだ……?」
さすがに男も手を止めて異常な光景に警戒した。刃禺たちもつられて光の方を見ている。
やがて光が収まると、白い鎧の剣士がそこから姿を現した。スターブレイダーレオの目が光る。その手に握られた星剣の輝きを見た刃禺たちは矛先をレオに変え、一斉に飛びかかった。
一閃。横薙ぎの剣が刃禺たちを両断する。刃禺たちは粉微塵に爆散し、炎を撒き散らす。勝負は火を見るより明らかだ。戦意を失った刃禺たちが背を向けて逃げ出していく。
「お、おい! 待て!」
刃異人を手に持つ男は逃げる刃禺を追いかけようとするが、レオがそれより早く飛び出して男の前に立ち塞がった。
「な、なんだよ……! テメェ、何者だ⁉︎」
男がボロボロの刃異人を構える。その手は少しずつ結晶に覆われて来ていた。刃異人の侵食を受けているのだ。レオは空いている左手を前に出して男を制止した。
「まずはその手に持っている武器を捨ててください! 話はそれからです!」
「ふざけんな!! ようやく手に入れた力だぜ? そう易々と手放せる訳ねぇだろうが」
「どうしてそこまでするのですか? 死ぬかもしれないのに」
「復讐のためさ! それ以外に俺には生きる意味がねぇ! ……そうさ、生き残った意味が無い」
レオは……星野は男から発せられる戦意をビリビリと全身で感じていた。一歩だって退いてくれるつもりは無さそうだ。
「邪魔するってなら……誰だろうと容赦はしねぇ」
「待ってください。あなたとは戦うつもりなんて———」
「———御託は良いっての!」
思い切り迷いなく刃異人が振られ、星野は咄嗟に剣でそれを受けた。鋭い金属音が響く。そして星野は、あと数回も剣を交えればその刃異人が粉々になってしまうことを悟った。所詮は変哲も無い刃異人のひとつに過ぎない。星剣の前には無力なのだ。
「ちょっと待って二人とも! 何か来るわ!」
「うるせぇぞ! 男同士の勝負に水刺すんじゃねぇ! ……って、あんた、なんか見覚えあるな?」
男が呟いたのと警報が鳴ったのはほとんど同時だった。そして大きな地響きが聞こえる。それは確かに何かが近付いて来ている音だった。
尚も押してくる男を軽く突き飛ばし、星野はだんだんと近付いてくる音の方を向いた。すると大きな影がモヤの向こうから跳躍し、目の前に着地した。激しく地面が揺れる。
まず星野の目に映ったのは馬のような四つ足。だんだんと視線を上げて行くと、それが巨大な刃禺のものであることが分かった。人と馬が合体した、ちょうどケンタウロスのような姿をしている。高さにして三メートルはあるだろう。よく見ると、四つ足は何匹もの刃禺が捻じ曲げられて構成されているようだった。所詮、刃禺が人の見た目をしていたのは仮初の姿だったという事だろう。
「新種よ! 気をつけて!」
如月の声がする。星野は慌てて星剣を握り直した。それに反応して刃禺ケンタウロスは巨大な剣を振り翳し、前足をあげた。
地響きを警戒して星野は飛び上がり、星剣で攻撃を迎え撃つ。そして剣が交わった瞬間に星野は、パワーがこれまでの刃禺とは明らかに違うことを悟った。空中でその一撃を受け切れるわけもなく後方へ吹き飛ばされる。が、地面にぶつかる瞬間に脚部のブースターが起動して、すぐに体勢を立て直して着地する事ができた。
「おおい、大丈夫かよ!?」
男の声がする。男はもう立ち上がって剣を構えていた。まったく怯んでいる様子もない。彼の覚悟は相当なモノなのだと星野は確信した。
「大丈夫です。それよりも逃げてください。あなたでは太刀打ちできません」
「知るかよ! やってみなくちゃ分からねぇだろうが!」
「まったく……そう言うと思いましたよ」
星野はそれ以上何も言えず、男を置いて前へ飛び出し、再び刃禺ケンタウロスに対して剣を振り翳した。ケンタウロスの動きは目に見えないほどではない。攻撃を回避してから剣を振る事は容易だった。
「……ッ!」『うぉかってぇなオイ!』
だが、星剣がその身体を捉えても金属音が鳴るだけだった。手応えがない。星野が攻撃の反動で怯んだ隙にケンタウロスは剣を振り回す。星野は飛んで回避するしかない。だが空中からの攻撃ではダメージが通らないようだ。
「———トーラス!」
如月の声が聞こえる。振り返ると如月が天に向かって手を掲げていた。すると、どこからともなく一振りの剣が空中に現れて地面に突き刺さった。片刃の大剣の見た目をした星剣。それを如月は握った。
「———ウェイクアップ」
星剣トーラスは何も言わない。だが如月の声に応えたのか、如月はオーラを纏う。なんとか剣を地面から抜き取ると、重そうに肩に乗せて見せた。
「私も加勢するわ! 硬い装甲にはパワーよ!」
如月は身体ごと大剣を回してケンタウロスに近付く。反応したケンタウロスが剣で迎え撃つ。剣が交わると、激しい金属音と共に互いの剣が弾き合う。ケンタウロスがよろめいた隙に星野は距離を詰め、至近距離でキックやパンチを繰り出した。
『ダメージになってねぇ! だが、どこかに弱点があるはずだ!』
「どこにあるの?」
『それを探すんだよ!』
ケンタウロスの足は地面を踏み鳴らすだけで揺らし、剣を振るだけで風を起こす。その上、半端な攻撃では傷一つ与えられない。確かに攻略法を考えなくてはならないようだ。星野はまた距離を離すしかない。
「はぁぁああああ!!」
入れ替わりで如月が回りながら大剣を振り回す。遠心力を使って無理やり持ち上げているのだ。だがそれではコントロールが大雑把になってしまう上に、攻撃も見てからの対応が容易過ぎる。ケンタウロスは冷静に自らの剣で迎え撃つ。
「うぉぉぉおあらああああッ!!」
その傍からもうひとつの影が飛び出す。刃異人を持ったあの男だ。星野は焦って前へ切り返す体勢に移る。
如月の大剣とケンタウロスの剣が弾き合う。如月は剣に引っ張られる形で後方へ。動きの止まったケンタウロスの懐に潜り込んだ男は、そのまま背面に回り込み、地面を蹴ってケンタウロスの背中に飛び乗った。そして上体の刃禺の背中に刃異人を突き刺した。
「くたばりやがれッ!!」
背中に刺した刃異人を執拗に捩じ込む。ケンタウロスは背中に手が届かないことに焦ったのか、無茶苦茶に暴れ始めた。星野は完全に近付けなくなってしまい足を止めた。
立ったままロデオが出来るわけがない。男はケンタウロスの後方へ転がされてしまう。それを見たケンタウロスはようやく動きを止めた。だが星野はその背中に刃異人が刺さったままなのを見逃さなかった。
「いい加減に……ッ!!」
三度、如月は大剣をケンタウロスへ向ける。その瞬間、ケンタウロスは距離を詰め、剣を振り上げて如月の大剣を空中へ弾き飛ばした。思わぬ攻撃に如月は対応できずに尻餅をついてしまう。星野は迷わず地面を蹴り、ブースターで駆け、如月の前に滑り込み、ケンタウロスの返しの刃を星剣レオと自身の左手で受け止めた。
『がぁぁあああッッックソッ!!!』
「耐えてくれ、レオ!!」
『なんてこたぁねぇ!! 歯ァ食い縛りやがれッ!!』
上から押し潰そうとケンタウロスは力をかけて来ている。潰されないように足で踏ん張って星野は押し返す。本来であれば力を逃すために後ろへ下がりたいところだが、今はすぐ後ろに如月が居る。下手に受け流そうとすれば巻き込んでしまうだろう。そのため星野は真っ向からの力勝負に挑まざるを得ないのだ。
一方、宙を舞った大剣は円を描きながらケンタウロスの後方へ飛び、地面へ突き刺さった。ちょうど、男の目の前に。
「クソッ……もっと力が……俺に力があれば」
男は地面に転がったままボロボロの拳を握っていた。包帯からは血が滲み、刃異人の侵蝕を受けた部分は謎の金属が生えてきている。
『……問おう。汝、力を欲するか』
「あ……?」
声がして顔を上げるが、そこには誰も居ない。剣が突き刺さっているだけだった。
『その意志を貫くための力を、欲するか』
また声が聞こえる。そして間違いなく、声はその剣から聞こえて来ている。男は立ち上がりながら答えた。
「ああ……! あぁ欲しい! 力があれば、俺はアイツらに借りが返せる!! 生きて、いられるんだッ!!」
『ならば我が腕を取れ! 求める力を貸してやろう。その代償に、貴様の魂を貰い受けるがな!』
男は迷わずに大剣の柄を握った。そして剣を地面から抜き、天に掲げて見せた。
「良いぜ、俺の何でも持って行きな」
『ほう……』
「だがその代わり、……俺を、ガッカリさせるなよ?」
『面白い! 良いだろう、契約成立だ!! さぁ、我を天に掲げて叫ぶのだ———』
「———イグニッション!!!」
瞬間、光が差して男を包んだ。凄まじい爆風が辺りを吹き散らし、激しい炎が吹き荒れる。
ケンタウロスの気が一瞬だけ逸れた。そして星野はそれを見逃さなかった。
「『うぉおおおおおおおおあああああああッッ!!!』」
星野は渾身の力でケンタウロスの剣を押し返し、弾いた。ケンタウロスがよろめきながら下がったため、星野と距離ができる。その隙に星野は振り返って如月を抱き抱えて後方へ飛んだ。まずは如月を前線から外して安全を確保することが最優先だと考えたのだ。
「ありがとう、星野くん……」
「如月さんはとにかく隠れてて。後は何とかしてみる」
如月は何か言いかけたが、星野は踵を返して戦場に戻っていく。
その先で、光の中から現れた新たな剣士の姿を見た。灰色の鎧を纏い、赤く光る大剣を担いでいる。レオの鎧と比較すると無骨で力強い印象を受けた。
「『スターブレイダートーラス、ここに見参!』」
ふたつの声が同時に聞こえる。そこに居ない人の声が聞こえるのは慣れないものだ。それ故にすぐその声の片方が、星剣トーラスのものだと星野は気付くことができた。
ケンタウロスは新たな脅威の出現に警戒して、剣を構えて迎撃体制に入っていた。それを見てトーラスは剣を下ろすと、腰を低くして構えた。
瞬間、大砲が発射されたかのような衝撃音と共にトーラスの姿が消える。金属音がして視線を移すと、ケンタウロスが剣を振り上げていた。いや、あれはトーラスの剣に弾かれて姿勢を崩しているのだ。星野はすぐに駆け出した。
「うぉぉぉおおおおおお!!」
トーラスの怒涛の連続攻撃にケンタウロスは圧倒されている。剣を挟む余裕も、足を踏み込む隙も無いようだ。頑丈な下半身はトーラスの大剣により叩き崩され、金属片が撒き散らされている。その剣筋はまるでバッドで人を殴っているような乱暴なモノだが、力任せに振るわれる剣は確実に相手を破壊している。
「コイツは良い! 最高だ!! こういう力が欲しかったんだ!!!」
横薙ぎの剣はケンタウロスの足を破壊し、ケンタウロスは姿勢を崩して蹌踉めく。続けざまにもう片方の足も叩き折られ、前に倒れる形となった。背中が完全にガラ空きとなる。
『今だ!! ハジメ!!!』
「———はぁぁぁあああああ!!!!」
後ろに回り込んでいた星野は跳躍し、ケンタウロスの背中目掛けて剣を振り下ろす。もちろん、狙いは刺さったままの刃異人だ。脆くなったその位置を叩き切り、星野は滑りながら着地する。
両断された刃禺は力無く腕を下ろして爆発四散し、虚空へ消えた。
ようやく終わったことを悟った星野はゆっくりと立ち上がる。だが変身は解かない。問題がまだ残っているからだ。
「やるじゃねぇか、あんた」
トーラスが近付いてくる。今すぐ切り掛かってくる感じでは無いが、油断はできない。星野は身構えた。
「……それで、続きはどうします?」
「あ? 続き? ……おいおい、お前バカか? どう考えてもやってる場合じゃねぇだろ」
そう言うと男は排気管から煙を勢いよく噴き出すと、変身を解除した。つまり戦意はもう無いという事だ。星野も倣って変身を解く。
「そうこわい顔すんなって。確かにいきなり切り掛かったのは悪かったけどよ。まずは聞かせてくれよ、コイツの事を」
そう言って男は星剣トーラスを見せる。レオのような顔は付いていないが、刃の輝きは間違いなくレオと同じ星剣だ。如月が呼び出した瞬間に感じた雰囲気よりは幾分柔らかい印象を受けた。
「その必要はないわ。あなたは今すぐその剣を置いて、何もかも忘れてシェルターに戻るのだから」
如月は歩いてくるなりそんな事を言い始める。星野は驚いて如月の方を見ると、呆れたような表情をしているので、不思議に思って男の方を見た。
「はっ、ヤなこった。絶対に返さないね」
「はぁ……そう言うだろうと思ったわよ」
如月はため息をつく。なるほど、如月は初めから彼を巻き込まないで済む事を諦めていたらしい。
「なぁあんた、やっぱりあん時のおでんだろ?」
「その呼び方はやめてもらえる? 私には如月白刃という名前があるの」
「へっ、あん時はまた会えるとは思わなかったから聞きもしなかったよな、名前。よろしくな、シラハ」
「馴れ馴れしいわね……。それで、あんたの名前は?」
「俺は剣人。神無月 剣人だ。よろしくな」
ボロボロの手で自身を指して男……神無月は笑う。星野はそれを見てどう反応するのが正しいのか迷っていた。
「えっと……僕は星野 創って言うんだけど」
「おう、よろしく、ハジメ」
「どこから聞けば良いのか分からないんだけれど……。……とりあえず、おでんって何?」
「よりにもよってあんたそれ聞くの? やめてって言ったよね?」
「カハハッ……良いねぇ。やっぱおでんを選ぶやつに悪いやつはいねぇんだな」
「おでんって何?」
「星野くん!?」
「カハハハハッ!」
こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。神無月は漫才を見ながら、ふと思い返していた。怪物を殴っても蹴っても、全く気が晴れることは無かった。だが、今日この瞬間、肩の荷がひとつ降りたような、そんな気持ちで笑えていた。それが不思議で、可笑しくて、神無月はまた笑った。
*
「……というわけなんだ」
スターゲイザー内。手すりにもたれながら神無月は口を開いた。如月は椅子に座って腕を組んで何も言わない。
「……何が?」
星野はポカンとしていた。何とも間抜けた返答しかできない。
「何がじゃねぇよ。察しろよ」
「神無月くん、ひとつ教えてあげる。星野くんにとって“空気を読む”とか“察する”って事が一番難しい事なのよ」
「なんかそんな感じはするよな。……ところでシラハ、お前メガネなんてしてたか?」
「ダテよ。雰囲気出るでしょ?」
「何のだよ」
全く話がまとまらない。星野は困ったように笑うことしかできなかった。
「いきなり『というわけなんだ』って言われても、何も分からないんだけど」
「そりゃあそうだ。何も言ってないんだからな」
神無月はケロッとしてそう答えた。星野はいよいよ怒ってもいい頃合いだろうと内心で拳を握っていたが、神無月にパワーで勝てないことは分かっていたので、あくまでもにこやかに努めた。
「冗談だよ。そう怒るなって」
だが神無月は流石に星野の内心を悟ったらしい。如月と初めて出会った時の話をざっくりと星野に伝えた。
「……じゃあ、今日再会したのは本当にたまたまだったってこと?」
「そういうこった。なぁ、シラハ」
「馴れ馴れしく呼ばないで。まだあなたの口から私たちに協力すると言ってもらえてないもの」
如月は簡単に刃禺と星剣について神無月に話した。都市伝説になっている人物こそが如月であり、通常、刃禺に対抗できるのは星剣のみであることを伝える。
「つまり、あんたが刃異人を使って戦ってたのは異常なのよ。下手したら、魂を乗っ取られていたかもしれないのに」
「……随分とスピリチュアルな話だな? 俺はそういうのは分かんないし、正直どうでも良いけどよ」
「どうでも良くはないわよ。あんたの手、結晶化してるでしょう? それはもう戻らないわよ」
「ぁんでだよ? 病院に行きゃ治んじゃねぇのか?」
「だからあんたを野放しには出来なかったのよ。……あのね、まだ名前も無い鉱石の摘出なんて出来るわけがないでしょう? そんなものを医者に見せてみなさい。二度と外を歩けなくなるわよ」
「そんなわけ無いだろ。大袈裟だなぁ」
如月は諦めてため息をついた。未知の鉱石なんて見せたら最後、学会に提出できるほどの成果が出るまでモルモットにされるに決まっている。それが刃異人を握るだけで生成されるなんて噂になれば、イタズラに刃禺被害が広がるだけだ。もしそうなれば、いくらアテナのサポートがあれど如月には手が付けられなくなるだろう。
「……まぁ一旦、それは良いとしましょう。それで、あんたは私たちに協力してくれるの? それとも———」如月は椅子に座ったまま足を組み、指を鳴らして残りの9本の星剣を召喚してみせた。「———秘密を抱えたまま死んでくれる?」
「ぅおいおい、ちょっと待てって!」
さすがの神無月も手すりから跳ね起きて身構えた。星野にとってこの光景は二度目だが、この圧力には慣れないものだ。横から見ているだけでもこの重圧なのだから、正面に居る神無月はこれだけで胃炎になるかもしれない。
「もちろん、協力するさ! そうすれば、コイツを使えるんだろう? だったらそれ以上望むものは無ぇって!」
「……これは契約よ。あなたは今日のことを、そしてこれから起こり得る全てを、誰にも話してはいけない。それが約束できるのなら、その剣を預けても良いわ」
「任せとけって。俺は口が硬い方なんだ」
それに話すような相手も居ないしな、と神無月は自虐気味に笑った。如月はため息をついて星剣たちを虚空へ帰した。
「……まったく、自分から戦場に出ていくバカが本当に居るとは思わなかったわ。あんた、今日が初めての戦場じゃ無いでしょ?」
星野は驚いて神無月の方を見た。神無月は自身の手を開いたり閉じたりしながらそれを眺めていた。
「まぁな。刃禺? だっけか。アイツは相当硬かったぜ」
「当たり前でしょ。……あなたのその憎しみと執念を買うわ。ようこそ、スターゲイザーへ」
*
神無月はシェルターへ帰って行った。スターゲイザーのメインルームには如月と星野のふたりしか居ない。正確にはアテナも居るはずだが、席を外しているのかモニターは暗いままだ。
「如月さん、あれで良かったの? ……って聞き方はおかしいかもしれないけど」
「そうね。ああするしか無かった、ってのが正直なところかしら」如月はため息をつく。「……私がトーラスを使いこなせなかったのが悪いのよ。足を引っ張ってしまってごめんなさい」
「良いんだ。如月さんは結果的に無事だったんだし」
「……正直に話すと、神無月のように戦場に丸腰で出ていく人は他に居るんじゃ無いかと思っていたの。流星の夜に家族を失ったのはなにも私だけじゃ無い。彼のように刃禺たちに恨みを持っている人が確かに居る。あの公園で話を聞いた時、そう思ったの」
「それでパトロールを?」
「……本当は星野くんに刃異人の生態について知ってもらってさっさと帰るつもりだったんだけどね。まさかあんな場所に人が居るなんて」
「じゃあ如月さんは運が良かったんだ。今日、神無月さんを見つけて、あの人を救う事ができた」
「そうかしら? むしろ、彼の破滅を手伝っただけかもしれないわよ」
「それはどうして?」
「彼と私たちは刃禺を、ひいては刃異人を殲滅するために戦っている。でも彼と私たちには決定的な違いがあるの。それは目的よ」
如月はどこからともなくホワイトボードを取り出して何かを書き始めた。星野は驚き過ぎてリアクションを取れなかった。だが如月は星剣をいきなり呼び出せる人なのだからホワイトボードくらい呼び出せるだろう、と星野は無理やり納得することにした。
「私たちはこの街を、ひいてはこの地球を守るために戦っている。けれど彼は自分の復讐のために戦っている。どちらも刃禺を倒すという行為かもしれないけど、この違いは大きいわ」
ホワイトボードにはイラスト付きで今の話が簡潔にまとめられていた。あのぐちゃぐちゃのものはおそらく神無月だ。星野は幼稚園児が書いたような絵と理路整然な文字のギャップに思わず微笑んでいた。
「ちょっと、真面目な話なのよ?」
「聞いてるってば」
星野の反応に如月は納得いってないようだったが、ため息をついて続きを話し始めた。
「……彼は目的のための手段を手に入れた。ある一面では確かに、刃異人による侵食で死に至る可能性から救ったというのは事実ね。けれど、力を持った彼はもっと無茶をするようになるはずよ。例えば、刃異人の拠点に単身で潜り込むとか」
「トーラスの力があれば、あっさり勝てたりしてね」
「だと良いけど。……とにかく、攻撃的な目的を持つ彼と、守るべきものがある私たちでは歩調が合わない可能性があることを覚えておいて。もし彼が暴走するようなことがあれば、星野くん、あなたが殺してでも止めてあげて」
如月の真っ直ぐな瞳が星野を貫く。なるほど、彼女は彼女なりに神無月のことを心配しているのだ。そして彼を止められるのは、同じ力を持つ星野だけだということをよく分かっているらしい。
「……分かった。頑張ってみるよ」
「任せたわよ。彼はあんたみたいに聞き分けが良いタイプじゃ無いと思うし、これから苦労するかもね」
如月はやれやれと肩をすくめた。困ったように笑って星野は頷いた。
お読みいただきありがとうございました。
ブックマーク登録をして、次回をお待ちください。
感想・コメントもお待ちしております。
第四話です。二枚目の登場回ですね。敵の力を借りて戦う、奇想天外な発想の持ち主、神無月くんとスターブレイダートーラスのお披露目会。
個人的にこの覚醒シーンはかなりお気に入りですね。全部力を入れて書いてるので、どれもお気に入りではありますが。やはり復讐に魂を燃やす男が全てを投げ打ってでも勝とうとする執念、良いですよねぇ。
ちなみに、目に見えないスピリチュアルな話が今後も出てきますが、それっぽい仕組みについては最終回あたりで開発者からお言葉をいただける予定なので、しばらくは”そういうもの”だとご理解ください。あと、神無月くんはかなり霊感が高いです。スピリチュアル耐性あります。理解はできていないようですが。
スターブレイダーの新たな仲間が増え、物語もそろそろ大きく動き出しそうです。二人のスターブレイダーの前に立ちはだかるのは何か、次回をお楽しみに!