第三話『邂逅』
スターブレイダーとして覚醒した星野くんと、仲間を手に入れた如月さんですが、数日間は剣雨の被害が出ることもなく、それなりに平和に過ごしていました。そんな二人の日常を覗いてみましょう。そろそろ事件が起こる頃合いです。
跳ねるような息遣いと地を蹴る音が規則正しく鳴っている。この時間帯の街はそんな少女の小さな足音さえもよく聞こえるほど静かだ。
街灯もまばらな何も無い夜道を走るのが如月の最近のトレンドだった。ポニーテールに結んだ髪を揺らしながら夜の街並みを流し見る。公園に差し掛かったところで、一際目立つ明かりが目に入った。それは自動販売機だった。暗闇の中でぼんやりと光るそれに何故か安心感すら覚えてしまう。
ちょうど良い頃合いだろう、と如月は歩調を緩め、自販機の側で立ち止まる。汗を拭って息を整える。測定モードの腕時計をウォレットモードに切り替える操作をしながら自販機のラインナップを確認してみる。街の外れとは言えど管理されているのだろう。比較的よく見かけるラベルたちが並んでいた。
「なに、これは」
その中でも如月の目に留まったのは“おでん味”の缶だ。素直な発想をするのならば、その中にはおでんの出汁が詰められているはずだ。冷静に考えるほど、喉も渇く中でおでんの出汁を選ぶなど自殺行為だろうという結論しか出ない。だが如月は好奇心には勝てなかった。特別水分を欲している訳でも無い。最悪、改めて買い直せば良い。如月は脳内で言い訳を連ねて、自販機のボタンを押した。
「お前、センスあるな」
突然の声に如月は飛び退いて距離を取る。変なポーズをしてしまったが、おでん缶は手に握られたままだ。そしてすぐに冷静になった如月はそのまま徒手格闘の構えを取る。
「おいおい、少し話すくらい良いだろ。こっちとしちゃ、久しぶりにまともに話せそうな奴と出会えたんだからよ」
そう言うと男は自販機のボタンを押す。ガコン、とわざとらしい音がする。男が取り出したのは“いちごミルク味”の缶だった。予想以上に可愛らしいパッケージに目を取られた如月は、いよいよ男に戦意がない事を悟り、構えを解いた。
「少し話し相手になってくれないか。そこの公園でさ」
「……それで私が行くって言うと思う?」
「おでんを選ぶやつに悪いやつは居ない。きっと言うさ。言葉にしなくても、行動で示してくれる」
そう言って男は公園の中へ歩いて行ってしまった。如月は男の言う通りについて行くのは癪で走り去ってしまおうと考えたが、手に持ったままのおでん缶が如月を呼んでいるような気がしてならなかった。この生ぬるい缶を持ったまま走る気にもなれず、如月は仕方なく男の後を追う事にした。
「来てくれると思ってたぜ」
「あまり調子に乗らない事ね。たまたまおでん缶があったせいなんだから」
公園に入ると、薄暗いベンチに男が座っていた。ボロボロのロングコートの裾からロングブーツが生えている。顔はよく見えないが、自販機の光で一瞬だけ見えた顔を如月は覚えていた。若い男子と言うのが第一印象。もしかしたら同世代かもしれない。
「それにしても、よくそんなの選ぶよな」
「これ? まぁ、私もどうかしてると思う」
少し離れた位置に腰掛けて、手に持っていた缶の蓋を開けてみる。まったくおでんの季節という訳でもないが、妙に安心できる出汁の匂いが鼻を抜けて行った。
「あんたのも意外だったけどね。そんな可愛いの飲むんだ?」
「可愛いは余計だろ。……妹が好きでな。いつの間にか飲むようになったんだ」
「へぇ。妹が居るのね」
「まぁ……な」
男の歯切れが悪い。そんなに恥ずかしがることだろうかと一瞬考えて、如月はある結論が頭をよぎった。
「……家はこの辺なの? あまり見かけない顔だけど」
「なんだ、警察ごっこでもすんのか? ……家は燃えて無くなっちまった。避難所は居心地悪くてよ」
「それでこんな時間まで?」
「それだけって訳じゃねぇ。……なぁ知ってっか? 警報が鳴った後の地上の世界ってやつを」
その質問を如月にするのは釈迦に説法と言うものだが、普通の人は如月の存在を知らないのが当たり前だ。如月は何も言わずに頷いた。
「……俺は“あの夜“に全てを失った。街は一瞬にして怪物たちに蹂躙され、俺たちは何も分からないまま、用意されていたシェルターに逃げることを強要された」
まるでこうなる事が分かっていたように。それは比喩ではない。本当に分かっていてシェルターを用意したのだ。だがそれを言ったところで混乱を招くだけだと如月は知っている。だから如月は黙ってその話を聞いていた。
「けど、俺だけは絶対に逃げるわけにはいかなかった」
「それは何故?」
「……家族を皆殺しにされたんだ。瞬殺だったさ。沙耶……妹なんて、降ってきた剣でひと突きだった。仇を打ってやらなきゃ、浮かばれねぇ。俺の家族を、居場所を奪ったアイツらを、絶対に許せねぇんだよ」
男は拳を握りしめていた。血が滴っている。よく見るとその手には血の滲んだ包帯が巻かれていた。何をしたのかは想像に容易い。如月は思わず唇を噛んでいた。
「……無駄よ。どんな兵器だろうとアイツらを傷付けることはできない」
「知ってるさ。嫌と言うほどな。アイツらを野放しにしてるのは、抵抗する手段が無いからだ。ただ一つを除いて」
如月は身体が反応するのを抑えられなかった。幸い、男にはバレていないようだった。深く息を吐いて如月は冷静に努める。
「俺は見たんだよ。あの怪物と剣を交える奴の姿を」
「……都市伝説でしょう? そもそも、ただの女の子が剣を振れる訳が無いじゃない」
「なんでそいつが女だって言い切れるんだ? まだ性別の話はしてないだろ」
如月は嫌な汗が全身から一気に噴き出る感覚が分かった。語るに落ちるを体現してしまった如月は瞬時に言い訳を考える。
「都市伝説ではそう言われてるのよ。だから私は信じてないってだけ」
「へぇ。……まぁ噂なんてどうでも良いが」
こういう咄嗟の機転が効く頭を待っていて本当に良かったと如月は心の中で両親に感謝した。別にバレたからと言って何という訳でもないが、情報は伏せておくに限る。何せまだお互いに名前も知らないのだから。
「とにかく、アイツらに抵抗する手段はある。俺はそう確信したんだ」
力強く言うので如月は思わず男の顔を見た。目深に被ったフードでほとんど見えなかったが、真っ直ぐに空を見上げているようだ。つられて如月も上の方を見る。星がまばらに光っていた。街の電気の復旧が間に合ってないのだろう。いつも見ている空よりも幾分も綺麗に見える。
「私に止める権利は無いと思うけど忠告しておくわ。その拾った命をどう使うか、もう一度よく考えることね」
「必要ない。俺の中で結論は出てんだ」
男は言い終えるなり立ち上がった。まるで話は終わりだとでも言いたげに。如月はすっかり冷えてしまったおでん缶を飲み干すと、変に喉に絡みつくそれで咽せてしまう。男はそれを見て初めて笑い声を出した。
「かははっ、あんたのことは覚えとくよ。……あんがとな、話聞いてくれて。おかげでスッキリしたぜ」
「ごほっ……はいはい。それならさっさとシェルターに戻りなさい。この時間帯は比較的活動が少ないとは言え、遭遇したら危ないんだから」
「せんせーかっての。わーってるよ」
じゃあな、と男は別れを告げて振り返ることなく去って行った。結局、名前すら分からなかったが、被災者の生き残りの話が聞けたのは貴重な経験だったと如月は頷いた。
「それにしても……」
如月はすっかり冷えてしまった身体を延ばしながら、先ほどの話を少しずつ振り返っていた。気になるところと言えば、あの夜……“流星の夜“と呼ばれている大災害の発生時、如月の戦う姿を少なからず見ている人がいたと言う事だろう。
思惑通りに、と言って良いのか分からないが、ほとんどの人はシェルターへ逃げて行ったので、目撃者というのは居ないものだと如月は考えていた。剣が空から降ってくる関係で剣雨に対してはヘリを使用した撮影を禁止しているうえに、立ち止まって撮影をできるような状況でもなかったのが功を奏したのか、映像として如月の姿を捉えているものは今のところ見つかっていなかったからだ。
確かに、都市伝説という形で話が残っているあたり、初めに言い出した人は本当に見たのかもしれないと如月は思い直す事にした。
「さて、もうひと踏ん張り行きますか」
ストレッチを終えた如月は腕時計のモードを戻して、公園を出る。あの男が待ち伏せしていないか念のため確認してみるが、人ひとり居ない。考え過ぎかと如月はため息をついて夜の道を走り出した。規則的な足音と息遣いが暗闇に溶けていく。
**
ここ数日で刃禺たちが街で暴れたという情報は上がってこなかった。やはりスターブレイダーの出現による影響が大きいのだろう。如月は何も無い日常を過ごすことが出来ていた。
今、如月たちはグラウンドに来ていた。もちろん、体育の時間だからだ。体操服に身を包んだ生徒たちが準備運動をしている。如月も倣って腕を伸ばしたり足を伸ばしたり腰を捻ってみたりしている。
「如月さん、今日はポニーテールなんだ。似合ってるね」
星野が横から如月に声をかける。運動する時はいつも結んでいたからというだけなのだが、褒められて悪い気はしなかった。如月は得意げに微笑むと、前屈運動に入った。体を折り曲げて手を地面に付ける。そして身体を起こして上体を反らす。思わず星野は目を逸らした。そして如月と同じように前屈で身体をかがめた。
「如月さんって結構運動とかするの?」
周りの生徒からの視線が気になりだした星野は如月に問いかけてみる。足の間から後ろを見てみると、思い思いのストレッチをしながら如月を見ている生徒たちの姿が見えた。
「まぁ、それなりにかな」
「あはは、趣味、読書だもんね」
さすがにここで普段から戦闘に備えている、なんて回答は如月はしない。言ってから星野は少し意地悪な質問だったかも知れないと反省した。
「……あんた、何やってんの?」
後ろから如月の声が聞こえる。星野は改めて自身の体勢について答える事にした。
「何って……逆立ちだけど」
「逆立ちって、そんなぬるっとできるものなの? 全然違和感ないわね……」
「そうかな? ……ってなんで逆立ちしてるんだろ、僕」
「知らないわよ」
気まずそうに周りの生徒が視線を外したのを確認すると、星野はゆっくりと背中から足を下ろして立ち上がった。如月が目の前で口を開けていた。
「……あんたそれ骨入ってんの?」
「え?」
星野はケロッとしている。テレビでしか見たことのない星野の動きに如月は若干引いていた。
そうこうしているうちに号令がかかる。体育の教師が今日のメニューについて説明をする。どうやら100メートル走をするようだ。スタートダッシュの仕方についてレクチャーをしている。
如月はつまらなさそうに話を聞いていた。どちらかと言うと長距離の方が得意な如月は、どうしても短距離走に興味を示せなかった。とは言え、加減をしなくても普通に振る舞えるのはプラスに捉えられるかも知れない。
そんなことをぼんやりと考えていると、いつの間にか計測が始まっていた。生徒たちが順番に呼ばれて走っている。男子と女子に分かれて走るようだ。
すぐに如月の番が来て、如月はスタートラインに立った。軽く足首と手首を振ってからスタートダッシュの構えを取ると、合図とともに手を叩く音がした。
瞬間、地面を蹴って如月は前に飛び出す。するとあっという間に並走していた生徒が後方に流れていき、如月の独走となった。
焦った如月は後ろを少し振り返ると、邪魔そうに胸の双丘をたゆらせながら走っている女生徒の姿が見えた。一瞬で振り返ったことを後悔した如月は容赦なく走り抜けた。12.2、と計測係の声と、まばらな拍手とどよめきが聞こえる。如月の中でも最速記録だった。怒りなのか嫉妬なのか分からないが、感情の力の凄さに如月は慄いていた。
息を整えながら列に戻るところで、隣の区画で男子が走っているのが見えた。何やらとても盛り上がっているので、如月は思わず足を止めてそちらの方を眺める。
「行けー! 星野!」
誰かの掛け声にスタート地点の方を見ると、星野が手を振っていた。まるでアイドルか何かのようなファンサをしている。と、先生に何か言われて星野はスタートの構えに入った。
合図と共に駆け出した星野は一瞬にして並走する生徒を置き去りにし、ゴールへ駆け抜けた。10.1と聞こえてきた。待機している生徒たちは立ち上がって星野を出迎えた。星野は困ったように笑いながら男子たちに囲まれている。
「気になるの?」
「……ッ」
如月は突然聞こえてきた声に反射的に身を引いて振り向いた。そこには見慣れない女子が立っていた。
「別に。……ちょっと盛り上がってたから見てただけ」
「星野くんを?」
「……そうよ」
如月はそっぽを向いて腕を組み、列に戻ろうと歩き始める。「随分と仲が良いんだね」と背中から聞こえる声に足を止めた。
「もしかして、付き合ってる、とか?」
「そんなんじゃないし」
「へぇ。……だったら、距離感とかもっと考えた方が良いよ。これはあたしからのアドバイス」
「……どうも」
半分だけ振り返って如月は列に戻った。心臓が痛い。なんとか冷静を保っていたが、実際には如月は血の気が引いて今にも倒れそうであった。絶対に目を付けられた。明日にも上履きを隠されたり体操服を捨てられたりするに違いない。それに、星野と付き合っているかなんて、そんな勘違いをされていたとは思いもしなかった。
「志穂ちゃん、何話してたの?」
「なんでもないよ。行こう」
先ほどの女子と、並走したあの女子が話している。あの二人は仲が良いのだろうか。こちらを見ていた気がしたので如月はまた俯いて視線を外した。その後も如月は全く気が休まらなかった。
*
昼休み。食堂で昼ごはんを食べる人。弁当やパンを買って食べる人。各々が食事をしながら午後からの授業に備える時間だ。
如月は購買部で残ったパンを買うことに決めていた。購買部の争奪戦に参加したり、食堂の長い列に並ぶのは嫌だったからだ。
星野はと言うと、いつも小さな弁当を持って来てそれを食べている。親は帰ってないという情報から、それが星野の手作りである事は確定事項だ。如月はそれを横目にパンを頬張るのがルーティンになりつつあった。
人気のパンや弁当はすぐに売り切れるので、5分も待てば購買部は空き始める。そのタイミングを見計らって如月は教室を出て、食堂に続く廊下にある購買部で、残っているパンを買い漁る。大抵残っているのは変わり種のパンや惣菜パン、あとは小さいサイズのものであることが多い。如月はそのどれもが好奇心を刺激されて好きだった。
2、3個買って腕で抱えながら教室に戻り、いつものように席に座ろうとしたところでその異様な光景が目に入ってしまう。
「星野くん、料理もできるなんて凄いね」
「あはは、仕方なくやってたらできるようになってたんだ」
「そうなんだ。才能あったんだね」
星野の前に誰かが座って話している。あのカチューシャ女は体育の時に話しかけて来た女子、柊木志穂。学級名簿を使って名前は調べたものの、特にこれといった情報は出てこなかった。先生になんとなく聞いてみたところ、成績は全体的に平均より少し高いくらいで品行方正、いかにも優等生という感じの生徒らしい。いじめを起こすような人柄じゃない事が分かってようやく安心した如月ではあったが、先生から「他人に興味を持つ事はいい事だ」なんて言われ、なんとも複雑な気持ちになったのは1時間前の話。
それよりも、そんな女が突然、星野の前に座っているというのがなんとも気がかりであった。普段は星野はひとりで食べるのが好きだと言って友達からの誘いも断っているのを如月は見ていたが、柊木はそれを突破したと言うのだろうか。
如月はとりあえず隣の自分の席に座ってパンを机の上に並べてみた。そしていつものように隣を気にしないようにしながらパンの包装を開けて、中身を出してひと口齧る。だが今日は横から楽しそうな声が聞こえてくるのがいけないのか、なんだか味がしない。
別に星野に友達が居るのは当たり前のことだ。昼休みに星野が誰とどう過ごそうが星野の勝手だろう。誰かにとやかく言われる筋合いはない。そんなことは分かっているが、どうしても気になってしまう。如月にとって不思議な感覚だった。もしかしたら、スターブレイダーの事をうっかり喋ってしまうのではと心配しているのだろうか。だがそれは無いと如月はすぐに可能性を否定した。星野は約束を違えるタイプの人間では無い。それはここ数日過ごして確信していた。
「あたしも明日、お弁当作って来るね。おかずの交換とかしようよ」
「え? いや、悪いよ。わざわざ作るなんて大変だし」
「ううん。あたしがやりたいから作るの。だから、明日も一緒に食べよう、ね?」
視界の端で星野が明らかに困っている顔をしているのが見えてしまう。柊木も困っている相手に対して強気過ぎないだろうか、と如月は気が気では無かった。
「志穂ちゃん、さっき人様に説教してなかった? 人との距離感がどうとか」
「愛理⁉︎ ちょっと、引っ張るのは無しだよ」
そこで、柊木の後ろから、つまり如月の前方から歩いてきたのは、如月と並走したあのマシュマロ女子、神名愛理だった。同じ高校生とは思えないほどグラマラスな体型をしている。先生の情報によると、彼女はクラスのアイドル的な存在らしい。どちらかと言うと小動物的な可愛さを持っており、クラスメイトからはよく餌付けされているとか。その脂肪が全部胸に行った選ばれし存在という事だ。
如月はいよいよ居た堪れなくなり立ち上がった。椅子が派手な音を立てるので、三人の視線が如月に集まる。何か言わなくては。如月は何故かそんな気持ちに急かされて口を開いた。
「屋上に行くわよ!」
*
何をしているのだろう、と如月は燦々と輝く太陽を見上げながら現実逃避をしていた。逃げてばかりいても状況は進展しない。如月は現実から目を逸らす事を諦めて、目の前の光景を改めて見てみる事にした。
「……何よ」
すると、三人と如月の目が合う。星野は困ったように笑っているが、柊木はなんとも難しい顔をしている。あれはおそらく、第一声を悩んでいるのだろう。
「まさか、如月ちゃんの方から誘ってくれるとは思わなくて」
まず口を開いたのは神名だった。彼女は購買部で買ったであろうメロンパンを膝に乗せている。
「机一個に集まり過ぎなのよ。そんなに一緒に食べたいならこうした方が良いと思っただけ」
「気が利くんだね、如月ちゃん。あ、そう言えば自己紹介してなかったよね」
初日があれで、クラスメイトは結局、如月に話しかけに行くタイミングを失ったままだった。今日、初めてまともに話したと言っても良いだろう。だからこそ、如月は名簿と先生を使って情報を集める羽目になったのだが。
「わたしは神名愛理。で、こっちのムスッとしてるのが志穂ちゃん……柊木志穂ちゃん」
「二人は仲良しなんだよね。よく一緒にいる所を見かけるよ」
星野は普段からよくクラスメイトを見ているらしい。神名は言われて、背中から抱きつくように柊木にくっついてみせた。胸部が凄いことになっているが、星野はひたすら困って笑っていた。
「よろしく」
如月は小さく頷く。それを見てようやく、神名に何をされても全く動じてなかった柊木が口を開いた。
「それで、二人はどういう関係なのかな?」
二人とは、もちろん如月と星野のことだ。神名が驚いて口をまんまると開けて柊木から離れる。
「志穂ちゃん、今それ聞く?」
「この際だからはっきりさせておきたいんだよ。如月さんが転校して来てから、星野くんの様子がずっと変だし」
「……変? 僕が?」
「そうだよ。星野くんてば、何かあれば如月さん如月さんって」
「そうだっけ? よく見てるんだね、柊木さん」
「……ッ! そ、そういうのじゃないから!」
柊木は頬を赤らめて叫ぶ。反応が理解できなかったのか、星野は笑顔のまま首を傾げていた。呆れたように神名が首を振るのを見て、如月はため息をついた。
「……どうもこうもないわよ。星野くんとは、そう、友達よ」
「そうそう、たまたま最初に話しかけたのが僕だったってだけだよね?」
「そう考えると星野くんってやっぱり凄いよね。あの空気の中で如月ちゃんを連れ回しちゃうんだもん」
神名が感心したように言う。如月としても想定外の出来事だったが、あれが無ければこの場に居る事も叶わなかった可能性を考えると、感謝しても仕切れない。ましてや、そんな相手に剣を向けるなんて言語道断だろう。
「え、あれ? 如月ちゃん、泣いてるの?」
神名に指摘されて如月は慌てて目元を拭った。「泣いてないし!」と強がるが、目は既に赤く腫れていた。
見かねた神名は如月の横へサッと移動すると、自身の胸に如月の頭をそっと乗せ、そのまま頭を撫で始めた。
「おおよしよし。ごめんね、寂しかったよね。不安だったよね。もっと早く話しかけておけばよかった」
なんという包容力だろうか。嫌な感情が体から抜けていく感覚と、代わりに幸せな感情で満たされていく感覚が、同時に如月を襲った。その温かいものに身を委ねると、何もかもを許せそうな気がしてくる。
「白刃ちゃんって呼んで良い?」
「もちろん」
「わぁい! わたしたち、もう友達だね」
如月が神名の胸の中で溶けている様子を見ていた星野は安心したように頷くと、自身の弁当を片付け始めた。柊木はどこか安心したように微笑むと、立ち上がって神名の肩を叩く。
「ほら愛理。もうお昼休み終わっちゃうよ?」
「ええ、もうそんな時間? しょうがない、白刃ちゃん、もうおしまいだって」
「……ありがとう、神名さん」
ゆっくりと如月が神名から離れる。表情には出してないようだが、すごく残念そうにしている雰囲気は誰が見ても分かるほど出ていた。
「もう、愛理って呼んでよ。わたしたちの仲じゃん」
「……愛理、さん」
「ふふん、今日はそれで許してあげる」
なるほど、確かにクラスのアイドルかもしれないと、如月は内心納得していた。ここまで小悪魔ムーブをされたら、大抵の人はイチコロだろう。
「二人ともありがとう。如月さんとも仲良くしてあげて欲しいな」
星野は荷物を待って立ち上がりそう言う。まるで父親のようだと如月はツッコミそうになったが、黙っておくことにした。
*
放課後。いつもならそろそろ緊急サイレンに急かされる時間帯だが、今日も特に警報器は仕事をしなかった。何事もなくHRが終わり、生徒たちは部活へ行ったり、家に帰ったり、バイトに向かったりしていた。
そんな中、示し合わせたわけでもないのに教室に残っている生徒達がいた。如月と星野だ。柊木と神名は星野に一言二言声をかけてからどこかへ行ってしまった。その方が都合が良いので如月は内心胸を撫で下ろしていた。
「……今日も鳴らなかったね、警報」
星野が隣から如月に問いかける。不思議そうにしている声だ。あれだけの数の刃禺を見たからこそ、そいつらが今どこでどうやって身を潜めているのか分からないといった感じだろう。
「星野くん。刃禺たちが普段、何をしているのか気にならない?」
如月はどこからともなくメガネを取り出してかける。くいっ、と位置を整えながら星野に問いかけた。
「え、普段? えっと、破壊活動以外のことを、彼らはやってるって事? それは……ちょっと気になるかもしれない」
「じゃあ、街に出ましょう。実際に見る方が早いと思うし」
「街に? まだ立ち入り禁止区域になってるってニュースで見たけど」
「あら、ちゃんと見てるのね。そう。その禁止区域に秘密があるの。……レオを起こして。スターゲイザー経由で行きましょう」
「うん。……ところで、如月さんってメガネかけるんだっけ?」
「ダテよ。この方が解説者っぽくて良いでしょ?」
星野は特に気にしないことにした。
*
何とも言えない浮遊感が消え、地面に足がつく。思わず閉じていた目を開けると、そこはあの日の丘の近くだった。星野は一目見てそれが分かった。
「……今更だけど、このワープ? 的なやつも機密事項だったりするの?」
「当たり前でしょ。これはお父さんが趣味で作ったワームホールを使ってるだけなんだから。消えるところも出て来るところも、誰にも見られてはダメよ。……さ、こっちに」
趣味。如月は確かにそう言った。如月の父……如月仁は本当に星野の想像する何倍もの技術を持っていたのだろう。星剣を作製出来てしまうのも納得だった。
丘から離れ、街の方へ星野と如月は歩いていく。この辺りはまだ被害が薄いようだ。特に刃禺の面影も見られない。何事もなく進んで行くことができた。
だが、街が近づくにつれて様子がおかしくなっていることに星野は気付いていた。明らかに破壊の跡が刻まれている箇所が増えている。人の気配も無くなって、不気味さが辺りを包んでいた。
やがて街の入り口まで辿り着く。ここから先は立ち入り禁止区域に指定されている。災害による二次被害を抑制するためだと星野は聞いていたが、如月の言い方から、この先に何が待っているのかを星野は想像できてしまっていた。
「……如月さん。念の為、変身して行った方が良いんじゃないかな」
「心配ないわ。今日はただの見学だもの」
如月は言いながらどんどん街の中を進んで行く。星野は慌てて後を追いかけた。景観は一気に変わり、灰色の世界が広がり始めた。人が住んでいたとは思えないほど変わり果ててしまっている。
「音……?」
「聞こえる? 刃異人が鎧を作製している音よ。あいつらは地上の亡霊とリンクして、刃禺に変身する工程を日夜行っているのよ」
パキパキ、と結晶が軋むような音が遠くから聞こえる。その姿は見えないが、どこかで変化が起こっている。
「……愚問だと思うけど、その無防備な刃異人をあらかじめ破壊しておくことはしないの?」
「敵の拠点に単身乗り込むって気合いは認めるけど、私は遠慮しとくわ。あんたは見たか分かんないけど、あいつらの頭数は尋常じゃないわよ」
星野はあの日の光景を思い出す。初めて変身した時、目の前には確かに数えるのも憚られるほどの刃禺の大群が居た。あれの全員を一斉に相手するとなると、スターブレイダーの力があるとは言え、かなり大変だろう。
「ちょっと待って。あっちの方、何か騒がしくない?」
星野は遠くから聞こえる金属音を捉える。不思議な音だが、不規則に聞こえるそれは、まるで何かを誰かが叩いているような音だ。
「……行ってみましょう。嫌な予感がするわ」
如月と星野は音のする方へ走り出す。だんだんと音が大きく、激しくなってきている。これは明らかに戦闘音だ。誰かが戦っている。
「オラァ!!」
叫び声が聞こえる。それと同時に聞こえるのは刃禺の鳴き声だろうか、金属の弾ける音と共に解読不能な音が鳴っている。
「あれは……!」
そこに居たのはひとりの男だった。ボロボロのロングコートをはためかせて戦場を荒らしているその男は、手に何かを持っていた。男が手に持つそれは刃禺に当たると、刃禺の鎧の破片を撒き散らした。つまり、ダメージを与えられているということだ。
「……どうして、こういう予感だけは当たるのよ……!」
通常の武器では刃禺に傷を付けることもできない。それは刃禺が世界で初めて発見されてからの常識だった。つまり刃禺に対抗する手段はない。ある“たったひとつの方法“を除いて。そしてその男は、普通の人間では到達できないその方法を用いて、刃禺と対峙していた。
「ようやくだ……ようやく、てめぇらにお礼参りができる……! もっと早くこうしておくんだったぜ!」
風が吹く。勢いよく突然吹いた風は、男からフードを剥ぎ、男の顔が露出する。男はギラギラとした目をし、歯を剥き出しにして笑っていた。
そして、その手には刃禺と同じ剣が握られていた。つまり、刃異人そのものだ。だが、鎧は顕現していない。生身のまま、刃異人を振るっている。
「こっからは、俺のターンだ」
お読みいただきありがとうございました。
ブックマーク登録をして、続きをお待ちください。
感想、コメントもお待ちしております。
第三話ですね。一気に登場人物が増えて、文量が増してきました。日常回。変身していないので、そういう回です。
割と茶番が多い今回ですが、意外と初版は受けが良かった印象です。面白かった!という方は是非コメントまで。個人的には神名ちゃんと如月さんの絡みがとても良いなと思っています。
そんな神名ちゃんと柊木さんの二人ですが、当初は本当にただのクラスメイトの予定で、スターブレイダーの件に関わらないモブ、日常回にしか出てこない癒し枠、として考えていました。いつの間にか二人は引き返せないところまで行ってしまうのですが、それはこれからの展開にご期待ください。ここで言っておかないと、モブとして忘れられそうなので、敢えてこう言います。二人はメインヒロイン面してます。
触れないわけにはいかない謎の男についてですが、彼については次回、詳しく見ていこうと思います。なんとも劇的な登場にわくわくしてきますよね?しませんか?おでんに引っ張られているかもしれませんね。読み返してみて、敢えてこの回で名前を出さなかったのは謎を深める要素になっているような気がしてきました。別に名前を思いついていなかったわけでは無いです。単に名乗るタイミングがなかっただけです。設定集には最初から居ました。本当です、信じてください。
というわけで、謎の男と出会ってしまった星野くんと如月さんたち、彼らはいったいどうなってしまうのでしょうか。次回をお楽しみに!