幕間『ファンクラブ』
彼らの日常の一幕を覗いてみましょう。どうやら悪魔の居ぬ間に天使と戯れようとしているようです。
一時の平和を取り戻すと、ふとした日常の謎が気掛かりになる。星野は思い出したように降ってきた疑問を口に出していた。
「———ファンクラブって、何?」
隣の席で本を読んでいた如月が振り向く。
「……どうしたの、急に」
「如月さんは知ってる? このクラスにもファンクラブがあるらしいって話」
「知らないわよ。……てか、あるの?」
「噂だけど」
「そう……」如月は呟きながら、とある人物の顔が思い浮かぶ。「……まぁ、愛理でしょうね」
「え?」
「クラスのアイドル。それは神名愛理を指す代名詞よ。あのピンクツインテールのゆるふわマシュマロ女子を好きにならない人は居ないわ」
「……如月さんって結構、神名さんのこと気に入ってるよね」
「べ、別にそんなんじゃないわよ」
珍しく如月は照れている。星野が優しく微笑むと、如月はますます顔を赤くした。
「———ともかく、ファンクラブがもしあるとするなら、それは愛理のものの可能性が高いわ」
言うなり如月は席を立つ。
「なんだか私も気になってきたし、少し調査してみましょう」
「調査?」
「まずは存在そのものを確かめてみましょう。架空のものかもしれないし、悪質なものなら排除しないと」
「……変な方向に話が進まないと良いけど」
「いいから、行くわよ!」
*
「———と、言うわけなんだけど」
手始めに星野は仲良くしているクラスメイトに話しかけてみた。すると、クラスメイトは真剣な顔をして星野の肩を組んで如月に背を向けた。
「……お前、どこでその話聞いたんだよ?」
顔を近付けて小声で問いかけてくる。
「噂だよ。廊下で誰かが話してるのを聞いたんだ」
星野もつられて声が小さくなる。背中に如月の視線が刺さるのを感じる。
「……あのな、あれは非公式でこそこそやってんだ。存在が割れたら面倒だから招待制にしてるってのに」
「なにか都合が悪いことがあるの?」
「別にやましい事があるわけじゃねぇ。……本人の許可が無いのがそうだと言われちゃあれだが」
「……とにかく、存在はしてるんだね?」
「おい、くれぐれも如月ちゃんには言うなよ?」
「どうして?」
「どうしてって……そりゃあ———」少しだけ振り返って如月を盗み見る。「———あの顔は『潰してやる』って書いてあるぜ?」
「そんな事ないよ。それに、やましい事がないなら潰す理由もないでしょ?」
「そうだけどよ」
「———内緒話は終わったかしら?」
背中から如月の声が聞こえる。表情を確認されて良い気分ではないだろう。
クラスメイトは諦めたように息を吐くと顔をあげた。
「……結論から言うと、ファンクラブは存在する」
「そう」
「でも聞いてくれ。これは愛あっての行動の結果なんだ! だから頼む、潰すなんて言わないでくれ」
「…………それを聞いて潰したくなってきたわ。何をそんなに慌ててるのかしら」
如月は鋭い。今のはほとんど墓穴を掘るような発言をしたクラスメイトが悪いが、このファンクラブには何かあると聞こえて仕方ない。
「いーや、何も無いね。……それで、その話を持ちかけて来たって事は、興味あるんだろ?」
反転、クラスメイトは強気な姿勢でそう如月に問いかけた。
「無いと言えば嘘になるわね」
「だよな? ほらみてみろよ———」クラスメイトに言われて視線を辿ると、柊木と話している神名の姿があった。「———あのあどけない仕草。裏表の無い無垢な笑顔。サイズが合わなくてブカブカの袖。あのギャップもまた萌えポイントだよな。あんな子を好きにならないやつが居るか? いいや、居ないね」
「……クラスメイトをそんな風に見てるの?」
さすがの星野もこれには苦笑いするしか無かった。だが如月は腕を組んで頷いていた。
「よく見てるじゃない。あれはバストサイズ的に大きめの制服を選ぶしか無い故に生まれた萌え袖なのよ。あのアンバランスさが良いのよね」
「なんだ如月ちゃんも分かる口なのか!」
「あんたも、ただ好きってだけじゃ無いようね」
いつの間にかクラスメイトと如月は腕を交わし合っていた。意気投合したらしい。星野には理解できない領域だった。
「……ただ、愛理ちゃんの魅力はそれだけじゃ無い。大事な要素がまだ出て来てないぜ」
「当然分かっているわ。それは———」
「「———太ももの絶対領域」」
何故か二人の声が重なる。
「あのむちっとした太ももとニーハイソックスの組み合わせってどうしてあそこまで悪魔的な魅力を放つんだろうな?」
「そこに目をつけるとはあなた相当の観察眼の持ち主ね。つい上半身に目を奪われがちだけれど、あの純白の領域にこそ彼女の魅力が詰まっていると言っても良いわ! 長いスカートをわざわざ加工して見せてくれている愛理に感謝しないと」
二人のボルテージはだんだんと上がって来ている。本人に聞こえるのも時間の問題だろう。
「———気に入った。如月ちゃん、キミにはファンクラブに入る資格がある! 秘蔵の写真や映像を見ながら語り合わないか?」
「そ、そんなものが……?」
「おっと、中身を確認するのは『入る』って言ってからだぜ? こいつはどこにも出回ってない貴重なワンショットなんだ。会員限定だぜ」
如月は迷う素振りを見せてから頷いた。
「………分かったわ。入る。私もそのファンクラブに入れてちょうだい!」
「へへっ、じゃあ会費として500円貰おうか」
「———って、お金取るの? あんた、いい商売してるわね」
「いや、これ良いやつなの? 写真も無許可で撮ってるんでしょ?」
星野が口を挟むが、二人は聞こえないフリをしていた。如月は小銭入れを出して500円をクラスメイトに渡した。
「毎度あり! ……じゃあ、放課後にまた来てくれ。これは会員の証明書だ」
クラスメイトは如月に何かを手渡した。それは小さな名刺のような紙だった。何やら数字が書いてある。
「……意外と人数居るのね」
「女性会員は二人目だがな」
と、そこで休み時間が終わるチャイムが鳴る。
「———じゃあ、また放課後に」
慌ただしく皆が自分の席に戻る。星野の隣で如月は会員証を眺めていた。
「……いつの間にか入らされていたわ。あの男、なかなかやるわね」
如月がちょろいだけ、とは言えない星野は笑顔で誤魔化した。
*
放課後、ファンクラブの定例会があると言って空き教室に呼び出された如月はその扉を開けて中に入った。
「待ってたぜ」
すると数名の生徒が机を囲んでいた。見たことのある顔がいくつか。如月を見た途端に慄いていたが、それは如月もだった。意外な人がそこに居たからだ。
「……柊木さん?」
神名の親友である柊木が居たのだ。如月と目が合うと、顔を赤くして動揺していたが、最終的には諦めたのか、腕を組んで胸を張って見せた。
「何? 悪い? あたしがここに居るのは」
「いいえ。……でも意外ね。友達を売るような真似をして」
「なにか勘違いしてるみたいだから教えてあげる。あたしは友達を自慢してるだけ。大好きな愛理の良さをみんなに分かってもらえるように、情報を共有してるだけなんだから」
「そうだぜ、如月ちゃん。柊木ちゃんのおかげで合法的に愛理ちゃんの写真や動画を見る事ができるんだ! ……このクラブは柊木ちゃんのおかげで成り立ってると言っても過言じゃねぇって事だ」
意外にも創設者は身近に居たのだ。なるほどと如月は頷いた。柊木が普段から撮っている写真や動画を共有するだけなら、別に法に触れるような事はない。盗撮されている線も疑っていただけに、妙な安心感を覚える。
個人情報だとか本人の意志が無視されていることは一旦見なかった事にする。
「……それにしても、あなたもここに来たという事は、愛理の写真目当てって事だよね?」
「うぐっ……」
とは言え、この状況では別の問題が発生していた。それは柊木に、如月が神名を溺愛している事がバレてしまったという事だ。普段から神名の胸を枕にして頭撫で撫でをしてもらっている内に大好きになってしまったなどと口が裂けても柊木にだけは言うわけにはいかなかった。
「———何か悪いわけ!? 大好きな友達の写真が見たいと思う事は、何もおかしくないわよね?」
今度は如月が開き直る番だった。この言葉に嘘はない。冷静になりかけている頭が『お金を払ってまで写真を見るのは友達としてどうなのか?』と疑問を提唱してくるが、如月は必死にそれを無視していた。
「珍しく素直だね。……無理もないよね、あたしの愛理は世界一可愛いんだから」
「世界一可愛いのは認めるわ。でも勘違いしない事ね。愛理はあんたの友達だけれど、私の友達でもあるのよ?」
「……何が言いたいわけ?」
「分かってるんでしょう? それとも、口にしないと分からないのかしら」
火花散る睨み合いに周囲のクラスメイトたちは完全に怯えてしまっている。
「ま、まぁまぁ、まずは愛理ちゃんの今月の活動について語り合おうじゃないか。なぁ?」
クラスメイトのひとりが仲裁に入った。睨み合う二人はその手に持っているファイルに目を取られ、互いの矛を収めた。
「これは柊木ちゃんの報告をもとにまとめた今月の活動報告書ですぞ。まず初めに———」
*
次の日。星野が教室に入るともう如月は登校していたらしく、席に座ってスマホの画面を楽しそうに眺めていた。
星野はそっと後ろから覗くと、そこには寝巻き姿の神名の姿があった。
「……ファンクラブはどうだったの?」
「ヒェッ!?」
如月が跳ねて振り返る。突然声をかけたのが悪いとは言え、なんとも情けない驚きの声に星野は思わずため息が出てしまった。
「………やましい事は無いんじゃなかったの?」
「何も無いわよ!? ええ、何もやましい事はなかったわ!」
この反応は何かあるなと、さすがの星野でも勘付いた。
「さっき見てたのは神名さんの写真?」
「そうね。入会記念にって譲ってもらったのよ。……本当、何を着ても可愛いんだから」
うっとりと如月はその写真を再び眺め始めた。星野はもう何も言えず、荷物を置いて席に座った。
「———もしかしてそれ、志穂ちゃんに送ってもらったの?」
「ピェ———ッ!?」
再び素っ頓狂な声で如月が振り返ると、いつの間にか来ていた神名が後ろに立って笑っていた。
「あ、い、いや……え、ええ。そうなの! 送ってもらったの!」
「そうなんだ。なんだぁ、二人ともいつも喧嘩してるから心配してたけど、ちゃんと仲良くしてたんだね」
「あ、あはは……」
「それで……わたしの写真が欲しいの?」
「え?」
「いつも志穂ちゃんが撮ってくれるからいっぱいあるんだ! ……言ってくれれば良かったのに」
通知音がして如月は自身のスマホに目を戻すと、神名からの画像送信の通知がいくつも来ていた。
「え? い、いいの?」
「もちろん。だって、わたしたち友達でしょ?」
そう言って何も疑いもせずに笑う神名。如月は自身の中で欠けていた何かがハマった音を聞いた。
「愛理〜! 本当に大好き!!」
「くすぐったいよ、白刃ちゃん!」
神名の胸に飛び込むと、そのふわふわに頭を擦り付けて如月は甘えて見せた。神名はそんな如月を嫌な顔ひとつせずに受け入れている。隣で見ていた星野は、見慣れたその光景の中に何か違うものを感じていた。
その後、如月はファンクラブを退会したらしい。そこに居ても意味が無いとのこと。それで良いのかと星野は首を傾げたが、如月は満足げだったので、あまり考えない事にした。
お読みいただきありがとうございます。
感想・コメントもお待ちしております。
幕間の第二弾ですね。みんなのアイドル(だった)神名ちゃんのお話です。
冷静に考えると友達の写真を売って金銭を得ている柊木ちゃんが黒幕っぽく見えますが、お金を集め始めたのはクラスメイトの方です。そのお金を使って神名ちゃんにコスプレさせるのが目的だとか。そして何を着せるかは血で血を洗う戦いの末に決められるそうです。怖いですね。
如月さんはそんなコスプレ写真に目が眩みお金を払いましたが、最終的には友達だからとタダで写真を手に入れていました。それを見て思ったのは、いつもタダで写真を撮らせていただいてるコスプレイヤーさん本当にありがとう、という感謝の気持ちでした。拡散してくれる人もありがとう。いつも見てます。
とまぁ話が少し逸れましたが、如月さんはクラスメイトたちと何とか仲良くやれてましたというお話でした。本編はそろそろ完結も近いですが、また思いついたらこういった短編を挟んでいこうと思います。
それではまた本編でお会いしましょう。次回をお楽しみに!