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第一話『覚醒』

【聖剣伝説】

 剣を地面から引き抜く行為は、所有者が誰であるかを知らしめる行為である。

 剣を天に掲げる行為こそ勇者の証であり、勝者のポーズなのだ。

 



 サイレンの音が鳴り響いている。街が燃えていた。ビルの吐いた黒煙が夜空へ溶けていく。そんな煤で焼ける黒い空をひとりの少女が見上げていた。悲鳴を上げながら走り去っていく人たちの流れに逆らうように、混沌の中心に向かって歩きながら。その最中、不思議と彼女は誰ともぶつからなかった。まるで誰もが彼女を避けているようだった。

『シラハ! グズグズしてる暇はねぇぞ! ゲートは閉じたみたいだが、"刃禺"は全く消えちゃいねぇ!』

「分かってる」

『だったら、さっさと剣を抜いた方が良いぜ。このオレ様、星剣レオがついてんだ。あんな奴らは瞬殺だ』

「……分かってる」

 シラハと呼ばれた少女は声の主である棒を構えた。それは剣の柄の部分だ。刃の代わりに付いている小さな丸いディスプレイにはドットの両目が映っていた。

 周りにはもう誰もいなかった。燃え盛る街に立っているのは、彼女と刃禺と呼ばれる怪物だけだった。街は今、怪物達に蹂躙されている。

「———ウェイクアップ、レオ」

 少女が呟くと、オーラのようなものが全身を包み、握る柄から刃が出現した。剣の柄は、星の輝きのような刃を持つ剣となったのだ。少女はそれを構えて、街を破壊する怪物……刃禺を睨む。少女の剣に気付いた刃禺たちは破壊活動を止め、一斉に振り返った。少女は怯まない。空を駆けるように飛び出すと、得物を振り翳して叫んだ。「ぶっ壊れろ!!!」

 衝撃と剣撃が街に響いた。




***

 



如月白刃キサラギシラハさん」

「はい」

「事情は聞いてるよ。だから彼らには何も言ってない。普通の女子高生としてキミは認識されるはずだ」

「まるで私が普通じゃないみたいな言い方をするんですね、先生」

 如月が冷たく言い返すと、先生はそれを鼻で笑った。

「そうだな。まぁ、転校生って時点で、キミは普通じゃないか」

 職員室で必要な書類と配給品の受け取りを済ませた如月は、今日から担任となる先生の元を訪れていた。先生は事前に渡していた資料を机に置いた。如月は先生の態度に不満を隠さなかったが、先生はどこ吹く風で笑っていた。

『……災害から三日が経ちました。街の復興は難航しており、人々は避難所での暮らしを強要される状況です……』

 テレビのニュースが灰色になった街並みを映していた。思わずそれを見ていた如月の視線を先生が追う。

「アレとキミは無関係。その認識で良いんだよね?」先生は意地悪っぽく笑って見せる。「そう嫌そうな顔をするな。人的被害は最小限に抑えられたんだろう?」

「……当然です」

「良いね。……キミを一人の生徒として扱う前に、最後にこれだけ言わせてくれ。……キミは何も間違ってない。ただ使命を全うしただけだ。だから、この結果に対して気に病む必要はない」

「…………」

 如月は何も言わなかった。ただ頷いただけだった。その返答に満足したのか、先生も頷き返した。

「さぁ、そろそろ行こうか。教室まで案内しよう」



 朝から教室はざわついていた。誰が言い始めたのか『美少女転校生が来る』という噂で持ちきりだったからだ。扉が開いて先生が入ってきても、教室はなかなか静かにならなかった。

「じゃあ如月、入って来て良いぞ」

 ある程度静かになったところで先生が扉の向こうの如月に声をかける。教室はついに訪れた転校生登場の瞬間に息を呑んで静まり返った。扉の開く音がいやに響く。そこから靴音と共に如月が姿を現すと、教室にはどよめきが起こった。黒髪セミロングの、噂通りの美少女が現れたからだ。そんなクラスメイトの反応に如月は目もくれず、堂々と教壇に上がりマーカーを手に取ると、ホワイトボードに自身の名前を書いた。

「如月白刃です。趣味は読書。よろしくお願いします」

 流れるような自己紹介に拍手が遅れる。その淡々とした態度はクラスメイトに冷たい印象を与えただろう。現にクラスメイトは皆、どう言葉をかけたものかと視線を互いに交わしていた。

 そんな皆の反応には興味ないとでも言いたげに如月は小さくため息をつくと、「先生、私の席は?」と先生に投げ掛けた。

「あ、ああ。如月は……そこの空いてる席に座ってくれ。星野の横だ」

 星野と呼ばれた生徒は小さく手を振っていた。その横の席は確かに誰もいなかった。如月は場所を確認すると教壇を降り、机の間を歩いてそこへ向かった。

 おっかなびっくりと言った様子でクラスメイトは如月に視線を向けるが、如月はそのどれにも応えない。だが席に座ると向けられた横からの視線を如月は無視するわけにはいかなかった。如月はそっとその視線の方を向く。

「僕は星野創ホシノハジメ。よろしくね」

 まっすぐな瞳を持った少年だという印象を受ける。如月は小さく頷くと、前に向き直った。そして支給の教科書を出して机の上に並べてみる。「最初の授業は社会科だよ」と隣から聞こえてきた。反射的に声の方に振り向いてしまう。そこには笑顔の星野が居た。

「あ、ありがとう……」

 如月は小さく礼の言葉を口にする。如月は自分の頬が熱くなるのを感じ、それがまた恥ずかしくて、俯きながら教科書を片付けた。机の上には社会科の教科書とノート、筆記用具だけが残った。

「じゃあHRはこれで終わりにする。各自、次の授業に備えるように」





 授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。教師が去っていくと教室に騒々しさが戻ってくる。各々が次の授業のための準備をしたり、友達と他愛無い事を話したり、思い思いの時間を過ごしている。

 だが今日は如月の転校初日。教室に現れたイレギュラーに皆は興味を示し、転校生は質問攻めにされるのが定番ではあるが、今回は違うらしい。すぐに如月の席まで行って話しかける人は居なかった。どう話しかけるか悩んでいるのだろうか。周りでこそこそと誰が最初に話しかけに行くかを押し付け合っていた。如月はそんな様子を見て、ため息をついて席を立とうとした。「あの、如月さん」そのタイミングで声をかけられ、浮きかけた腰が椅子に戻る。

「なに?」如月は不満げに声の方を向く。星野が優しく笑って立っていた。

「まだ時間あるよね? 学校の中を案内するよ」

 そう言うと、星野は如月の手を掴んで席を立たせた。少し強引だが、乱暴な感じでは無い。如月が文句を言おうと口を開きかけたタイミングで星野が振り返ってこう言った。「ごめんみんな。如月さん、借りてくね」

 クラスメイトは呆気に取られて、誰も反論することはなかった。星野は満足げに笑みを浮かべるとそのまま如月を教室の外へ連れ出した。

「ちょっと、そんなこと頼んで無いんだけど」

 半分引き摺られるように廊下を歩く如月はようやく星野に文句を言った。だが星野は気にせず如月の手を引いて先へ進んでいく。「頼まれて無いけど、知っておいた方が良いでしょ?」

 廊下を進んで階段を降りて少し歩くと職員室が見えてくる。この道は如月も朝に通っているので知っていた。狙いが見えない如月は何か言いかけたが、そこにちょうど次の授業のために担任の先生が出て来た。

「先生!」星野が先生に呼びかける。気付いた先生は足を止めてこちらに寄ってきた。

「どうした、星野。うん? 如月も一緒か」

「はい。これから如月さんに学校を案内するので、次の授業は休みます」

「休みますって……初日からか?」

「如月さんはそうかもしれませんが、僕は違います」

「そうじゃないだろ。はぁ……すまんな、如月。星野は一度こうなると止まらないんだ。授業のノートは誰かに見せてもらってくれ」

 つまり、それは授業を休む事を了承したという事だ。止めてくれると思っていた如月はいよいよ諦めるしかないことを悟り、ため息をついた。「分かりました」

 水を得た魚のように星野は如月を引き摺りながら、学校の様々な施設を回って行った。授業で使用する化学室や視聴覚室をはじめ、体育館やプール、図書館、食堂と、日々使う場所を二人で巡った。どこかに着くたびに星野はそこでどんな事をしてきたか、如月に楽しそうに話をした。最初こそ如月はつまらなそうにしていたが、星野があまりに楽しそうに話すので段々と気分が良くなったのか、時々笑顔を漏らすようになった。星野はその反応が気に入って、話にますます熱がこもっていく。

 あっという間に学校中を回り切ってしまった二人は屋上に来ていた。ここは普段は施錠されているが、今日はそうでは無かったようだ。雲ひとつない快晴で、遠くの街まで見渡せる。

「あれが東都タワーだね。あっちの方は災害で大変だって聞くけど、如月さんはどこの出身なの?」

「……お察しの通り、あっちの方よ」

「え、そうなの? それはその、なんと言うか」

 如月はその反応を見て、当たったのはたまたまだという事に気付いた。そして被災者に対する反応はどこも変わらないことが分かり、呆れたようにため息をついた。

「気にしないで。……それより、どうしてこんな事をしたの?」

「こんな事って?」

「こうやって私を連れ回して、わざわざ授業までサボって。迷惑だって思わなかったの?」

 如月はそこまで言って、責めるような言い方になっていた事に気付いた。言ってしまえば星野は如月のためにわざわざ時間を取ってくれたのだ。それに対してそんな言い方は無いだろうと如月はすぐに後悔した。

「思わない。だって、僕だったらこうしてくれた方が嬉しいし」

 だが星野は爽やかに笑った。如月は呆気に取られて何も言えなかった。星野はそんな如月に優しく笑いかける。二重にも三重にも恥ずかしくなった如月は俯いてしまう。

「……実は、僕も転校生だったんだ」星野は遠くの空を見ながら呟くように言う。「最初は馴染めなくて苦労してさ。だから如月さんには同じ思いをして欲しくなくて」

「……あんたって、ほんとにお節介ね」振り返る星野と如月の目が合う。如月は優しく笑った。「ありがとう」

「ようやく笑ってくれたね。キミにはその方が似合うと思うな」

 如月は星野の返答に驚いて表情を失う。「何を言ってるの? あまり調子に乗らない事ね」

 だが星野はそんな如月を見て可笑しそうに笑った。「如月さんって面白いね。表情豊かでさ」

 如月はため息をついて視線を外す。まだ頬の熱が残っている事を自覚していた。「全く、調子狂うわね……」



 その後、午後の授業を真面目に受けた如月たちは何事もなく過ごしていた。相変わらずクラスメイト達は如月の扱いを決めかねており、遠巻きに見ているだけだったが。

「HR始めるぞー、席に着け」

 先生が教室に入ってくると生徒達は段々と静かになっていく。皆が前を向いたところで先生は話しはじめた。内容は他愛もない連絡事項だ。生徒達は黙って聞いている。如月も倣って聞くふりをして、何事もなく過ごせた今日を思い返していた。ここまで順調な初日を迎えられたのは如月にとって初めてのことであった。そしてそれはあの時、手を引いてくれた星野のおかげだと気付く。初めは戸惑いはしたが、結果的に彼は如月にとって気軽に話せる相手となったのだ。ちらっと如月は隣に座る星野の方を見る。星野は真面目に先生の話を聞いていた。だが如月の視線に気付いたのか、如月と目が合う。そして優しく微笑んだ。如月は恥ずかしくなって視線を逸らした。


———————!


 その時、耳を刺す警報が鳴り響いた。教室が一気に混乱で満たされる。唯一、如月だけが座ったまま、ため息をついていた。

「みんな、落ち着いて。まずは訓練通りに避難しよう。星野」

「はい」

「如月を頼む。彼女は避難経路を知らないはずだ」

「分かりました」

 先生に続いて生徒達は教室を出ていく。それを見ながら星野は振り返り、如月に手を差し伸べた。「如月さん、行こう」

 如月は座ったまま差し出された手を見て、どう返答するか悩んでいた。いつもなら、このどさくさに紛れて消えることも容易だが、今日は星野が居る。だがここで断ると、後で面倒なことになるだろう。如月はその手を取ることにした。「……ええ。行きましょう」

 人の流れに沿って歩いていくと、すぐに学校の外へ出る事ができた。ふと街の方を見ると、黒い煙が高く登っていた。如月は焦る鼓動に急かされて今にも走り出しそうだったが堪え、冷静になろうと努める。

「災害……こんなところにまで来るなんて」

 前を行く星野が呟く。ますます如月は居た堪れない気持ちになり、必死にどうやって抜け出すかを考えた。そしてようやく思いついた言い訳を口にした。

「ごめん、忘れ物をしたから戻るね」

「え? ちょっと、如月さん!」

 星野は突然列から離れた如月の腕を掴もうとしたがその手は宙を切る。そしてそのタイミングで激しい地響きが辺りを襲った。混乱で乱れる人の波の中へ消えた如月を完全に見失った星野はただ、掴めなかった手を伸ばしていた。



 日が傾いている。夜空が夕陽を溶かしていく。だが今はそんな景色を見ている場合では無い。街から煙が上がっている。地響きは建物が崩落した音だったようだ。歯抜けたような街並みが被害の大きさを遠くからでも伝えてくる。

 走りながら如月は懐から何かを取り出す。それは剣の柄の部分。

「起きて、レオ」と如月はそれに向かって声をかける。すると丸く小さなディスプレイにドットの目が映り、それがパチパチと瞬きをした。

『おいおい、今日は随分と呼び出しが遅いんじゃねぇのか? 変なモン食ったんじゃねぇよな?』

「違うって。それより、やっぱりアイツら、私を追いかけてきてるよね。せっかく逃げてもこんな近くに現れるなんて」

『刃禺どもの狙いはこのオレ様だ。アイツらにとっちゃオレ様は脅威だからな。排除したくなる気持ちもわかる』

「いい加減諦めてくれると嬉しいんだけど。……そろそろ無駄話は終わり。行くよ、レオ」

『しょうがねぇ。今日もキバって行きますか』

「————ウェイクアップ、レオ」

 如月が呟くと、全身がオーラのようなもので包まれる。そして柄の部分から刃が現れる。瞬間、如月はまるで空を駆けるように宙へ飛んだ。景色が凄まじい速度で流れていく。燃える街が急速に近付いてくる。

「はぁぁああああ!!」

 身体を捻り、剣を振り抜きながら着地する。衝撃波が大量の刃禺を吹き飛ばした。呻き声を上げながら転がっていくのは未知の金属で出来た鎧を身に纏う刃禺と言う怪物。ある日を境にそれは人間達に襲いかかり、街を破壊し、その数を増やしていた。立ち上がった如月の前には増え続けた刃禺の軍勢がいた。いちいち数えるのもバカらしくなる。それらが一斉に如月の方を向いた。殺意の眼差し。鎧兜の奥から向けられる視線に震える自身の体を如月は押さえつけた。

『ビビるこたぁねぇ。一匹あたりは大した事ねぇんだ』

「うるさい、ビビってるわけ無いでしょ!」

 直接響いてくるレオの声に如月はすぐ反論したが、震える声を誤魔化しきれていない。レオはそれ以上何も言う事はなかった。刃禺たちが如月に飛びかかって来たからだ。

「いい加減にしなさい!」

 バッドのように剣を振り回す。乱暴な剣筋だが刃禺たちはそれでも蹴散らされていく。薙ぎ倒し、吹き飛ばし、襲いくる刃禺の波を押し返していく。

『おいおい、ちょっとこりゃあ……マズいんじゃねぇのか?』

 だが刃禺の数は一向に減らない。アリのように次から次へと湧いてくる。如月は戦線を下げていく事を強要されていた。囲まれてはさすがの如月も対処しきれない。奥歯を噛み締めて如月は後退しながら刃禺の突撃を凌ぎ続けた。

 少しずつ街から離れていく。今は街の近くの丘が戦場だ。的確に如月だけを狙って刃禺たちは襲いかかってくる。街への被害はこれ以上広がらないだろう。その分、如月の負担は大きくなっていくが。

「……ッ」

 刃禺の一撃が如月の腕を掠める。足を、肩を、少しずつ刻まれていく。如月の足が重くなる。剣を振る力が落ちていく。

 そんな中でチラリと後方を確認する如月。学校が見えて来ていた。これ以上の後退は許されない。学校の周辺で被害を出せば、また通う場所を変えなくてはならないからだ。如月の脳裏にはあの屋上からの景色が、星野の微笑む顔が浮かんでいた。つい、この場所を失うのは惜しいと思ってしまう。それは如月にとって初めての事であった。如月は息を吐いて剣を振るう。刃禺が吹き飛ぶ。破片が散らばる。

『おい、なんかさっきから変じゃねえか?』

「なに、が!」

『コイツら、デカくなってないか?』

 言われて如月は、確かに最前線に居る刃禺の数が減っている代わりに、その一匹あたりのサイズが大きくなっていることに気付く。攻撃が押し返せなくなっていたのは、単に如月の体力の問題だけでは無かったのだ。

「どこでそんな芸当、覚えて来たのよ!」

 如月の1.5倍ほどのサイズになった刃禺の連続攻撃を受けきれず、如月は後方へ吹き飛ばされた。剣は宙を舞い、如月は投げ捨てられたゴミのように地面を転がって地に伏した。

『シラハ!』

 レオは叫ぶが、如月の手の届かない距離で地面に突き刺さってしまった。手を離れてしまえば所詮はただの剣であるレオには、倒れたシラハをどうすることもできない。

『くっそ、どうしたら……』

 如月は手を伸ばして剣を掴もうとするが、身体はまったく起き上がらない。その間も刃禺たちはジリジリと如月との距離を詰めて来ていた。まるで勝ちを確信したかのようにゆっくりと歩いてくる。如月もまた、レオの力が無ければただの女子高生でしか無い。自身の無力さに如月は拳を握りしめた。

『あ、おい! そこの少年!頼む、こっちに来てオレ様を握ってくれ!』

 突然、レオがどこかへ向かって叫び出した。誰も居るはずがない。辺りの人は皆、避難用の地下シェルターへ行っているはずだ。そう思いながらも如月はゆっくりと顔を上げて声のする方を見る。

 赤い夕陽が飛び込んでくる。その影になったレオは地面に突き刺さっている。そこに誰かの影が伸びて、レオを掴んだ。そしていとも容易く剣を引き抜いてみせた。天に掲げるように剣を翳すその人物の顔を、ようやく光に慣れて来た目が捉える。

「……星野?」

 見間違えるはずもない。何度も思い返した優しい笑顔を如月に向けている。幻覚でも見えているのだろうか。如月は目の前の光景が信じられず、何も言う事ができなかった。

『お前、なかなかいいモノを持ってるな。オレ様に貸してくれないか』

「僕はどうすれば良い?」

 星野は握る剣を目の前にして問いかける。星屑のような装飾が夕日に反射する。確かに声はそこから聞こえていた。

『そのままオレ様を天に掲げて叫ぶんだ! 心の剣に火を点せ!』

「……よく分かんないけど、わかった!」星野はもう一度、剣を振り上げた。

「————イグニッション!」

 瞬間、天を裂く光が星野を包み、強い風が吹き荒れる。突然の光の嵐に刃禺たちの動きが止まる。如月も咄嗟に腕で顔を覆い爆風から身を守った。

 光が収まると、あたりは地割れ、小さな炎が上がっていた。そしてその中心に、彼は居た。

「……なに、あれ」

 如月は呟く。煙を上げながら姿を現したのは、白い鎧を纏った剣士だ。機動性に考慮されたシンプルながらに洗練されたデザインの装甲はその場の誰もの目を惹いた。その視線に応えるように、フルフェイスの仮面の目が光る。

 刃禺たちは一斉に新たに現れた剣士の方を向いて警戒する。その手に握る星剣の存在が、剣士が刃禺にとって敵であると認識させるのだろう。

『……コイツはすげぇ! 星剣を操る剣士、"スターブレイダー"といったところかな』

「これ、どうなってるの? まるで僕が僕じゃないみたいだ……」

『詳しいことは後だ! 今はとにかく、コイツらをぶっ倒すぞ!』

「分かった!」

 星野が地面を蹴ると、一瞬にして刃禺と剣士の間合いが詰まる。対応が遅れる刃禺を星野は右手の星剣で両断した。吹き飛ぶ刃禺が空中で爆散する。飛んだ破片からは火が出ていた。それを見ていた刃禺たちが、同時に星野へ襲いかかる。星野はまず一匹にアッパーカットを入れそのまま飛び上がると、残りの刃禺をまとめて上からの蹴りで吹き飛ばした。爆発するように炎が舞い上がり、刃禺たちが派手に粉砕されていく。

 圧倒的だった。一方的な蹂躙を目の前で見た刃禺たちは一匹、また一匹と背を向けて逃げ始めていた。闘志を絶やさなかった前線の刃禺をあらかた片付けた星野は、残りの刃禺が皆逃げていったのを確認すると、追いかけずにその場で変身を解除した。剣士の排気部分から煙が勢いよく噴き出すと、纏っていた鎧は一斉に虚空へ消えて、中から星野が現れた。

「如月さん!」

 星野は倒れる如月を見つけると、一目散に彼女に駆け寄った。起き上がる気配のない如月を前に行動に迷うと、『おい、肩でも貸してやれ』と剣が言うので、星野は屈んで彼女に肩を貸して抱き起こした。

「……どうしてこんなところに居るのよ。避難してなくちゃいけないじゃない」

 如月はぶっきらぼうに応える。少し非難するような言い方だ。だが如月はすぐにその発言を後悔した。助けてもらった相手に対してそんな言い方はないだろうと思い直したからだ。

 キョトンとしてしまった星野に対して「ち、ちがっ……今のは……」如月は咄嗟に否定しようとするが、星野はふわりと笑った。

「ごめん、なかなか戻ってこないから、道に迷ったのかと思って」と質問に答えた後、「如月さんも僕の事を心配して言ってくれたんだよね? ありかとう」と笑った。

 そう、単に星野は如月が心配で探しに来ただけだったのだ。星野の優しい笑顔を見た如月は羞恥心と罪悪感から、思わず視線を外してしまう。どこまで彼はお人好しなのだろう。もう引き返せないところまで巻き込まれてしまっているのに、何故まだ笑っているのだろう。如月は言葉をまとめられず、冷静になろうと努めるが何も言えないでいた。

「如月さん? もしかして傷が痛むとか? ど、どうしよう。救急車……は、来ないよね……」

 なかなか顔を上げない如月を前に今度は星野が取り乱し始めた。星野が混乱しているのを見ると、如月は逆に冷静になっていくのを自覚した。ため息をつく。呆れたような感じではなく、覚悟を決めた人のため息だ。

「……落ち着いて。私は大丈夫よ」

「き、如月さん!」

「心配かけてごめんなさい。でも、私がシェルターまでの道を迷うなんてことは、万が一にもありえないの」

「どうして? キミは今日、ここへ来たばかりじゃないか」

「……あの地下シェルターを配備したのは、私なの」

「なんだって?」

「あの時に鳴った警報もそう。全部私がやったのよ」

「……落ち着いてよ、如月さん。今は冗談を言ってる場合じゃないよ」

「本当に冗談だと思う? ……あんたも気付いてるんでしょ。その剣と一緒に戦ったあんたなら」

 何故、シェルターに他の人を避難させたのか。何故、如月だけが地上に残っていたのか。何故、地上に怪物があんなにも居たのか。その答えはすべて、一つの真実を示していた。

「……まさか、如月さんはこれまでずっと一人であの怪物たちと?」

「無関係な人を巻き込みたく無かったの。……まさか飛び出してくるなんて、思わなかったけど」

「それは……キミが心配だったからで」

「でもあんたが来なかったらきっと……。だから、その」如月は屋上で言われた星野のセリフが脳裏を過ぎり、精一杯笑顔を作って見せた。「……ありがとう」

 星野は驚いた顔をした後に、また笑顔に戻った。安心したような微笑みを浮かべる。「だったら、やっぱり探しに来て良かったよ」

 二人が見つめ合う。肩を抱き合っている形になっている関係でお互いの体温が嫌でも伝わってしまう。曖昧な空気が流れる。

『おいシラハ! まずは傷を癒した方が良い。立ってんのもやっとだろ』

 そんな静寂を破ったのはレオの声だった。星野は握ったままだった右手の剣を持ち上げる。刃が消えた代わりに現れたドットの目が映ったディスプレイから声がしていた。

「そうね、色々整理する時間も必要でしょうし、一度戻りましょう」

「戻る、って……どこに?」

 星野が問いかけるが、剣は答えない。星野は如月の方を見る。如月はため息をついた。

「私たちの拠点よ。もちろん、あんたにも来てもらうから」

 如月はイタズラっぽく笑みを浮かべながらこう続けた。「あんた分かってると思うけど、このまま何事もなく帰れるなんて思わない事ね」

 星野はただ、笑うことしかできなかった。



 読んでいただきありがとうございます。

 ここでは本篇で入りきらなかった内容を書いたり書かなかったりします。

 しばらく毎日投稿する予定ですので、ぜひブックマークして続きをお待ちください。

 感想、コメント、お待ちしております。

 

 第一話はまさに掴み・導入を意識した回ですね。

 これが書きたくてこの話を書き始めたと言っても過言ではありません。

 後々読み返してみると、「この時の如月さんは尖ってたよね」ってなるのですが、それは彼女の過去がそうさせていたり。まぁ、そのあたりは追々ということでひとつ。

 とにかく、スターブレイダー誕生の瞬間を目の当たりにしたあなたと、共にこの物語の行く末を追っていきましょうという話です。これからどうなるのか、楽しみにしていてください!

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