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【ホラー】5回目の北海道

ちょいとホラーを書いてみました

 これは私がまだ旅行好きだった頃の話。


 10数年前、当時の私はバイクに跨り日本中を旅することを趣味としていました。


 キャンプをしたり、旅館で温泉を堪能したり、はたまた無計画に野宿をしながら旅してみたり。色々な出会いと美味しいご飯を求めて、日本中をひとりで走り回っていたのです。

 特にハマっていたのは北海道。雄大な自然の中、真っ直ぐな道を走り続けるのは、飽きないものでした。ですが、6回目に訪れた北海道を最後に私は旅を辞めてしまいます。


 日本最後の紅葉を求めて向かった10月の北海道。4泊5日を予定した5回目の旅は、2日目までは順調でした。ところが3日目の昼下がり、下道を走っていると何かを踏んでしまったのか、バイクの後輪がパンクしてしまいます。勿論、パンク修理キットを持っていたため、路肩のスペースでなんとか修理しましたが、それに安心していたら、今度はチェーンの異常が出て途中のバイク屋に寄ったりで、なかなか予定通りにいきません。

 思えばここで、一度休憩した方が良かったのかも知れませんが、私は大して無い貯金を叩いて予約した温泉宿にどうしても向かいたかったのです。

 当然、無理に進めようとする旅程が上手くいく筈もなく、突然降り始めた雨と想像以上の暗闇に、峠越えを諦めて峠前にある温泉街で宿を探すことにしました。

 ところが紅葉シーズンということもあってか、満室、1人部屋なし、受付時間終了と、なかなか宿が見つかりません。かと言って、寝袋もテントも用意せず野宿するには、北海道の秋は寒すぎました。

 夜の9時に温泉街に到着して、温泉街の端から端まで、ひとつひとつ旅館を回り、すでに時刻は夜の11時を迎えた頃、温泉街から少し外れた川の側、トンネルとトンネルの間に、やっとのことでホテルを見つけます。

 祈るような思いで見つけたホテルは、いかにもバブルの頃からやっていそうな内装で、既に消灯を始めていたのか、中も薄暗く、どこか不気味でした。


「すいません」

「何の用?」


 受付にいたおばちゃんに声を掛けた返事はぶっきらぼうで、愛想も全くありません。ホテルに尋ねて来る理由なんて、泊まりたい以外にないだろうと思いながらも、疲れ切った体を休めたい意思を伝えます。


「1人なんですが、今から泊まれますか?」

「こんな時間からかい?まぁ良いがねぇ。こんな時間からだとこっちも大変なんだけど」

「すいません」


 態度の悪いおばちゃんに悪態を吐かれても、宿なしで泊まるよりマシだと、平謝りするしかありません。疲れた体にこれ以上鞭を入れるくらいなら、多少態度が悪くても出入りの時に、態度の悪いおばちゃんと話す方が幾分か楽でしょう。


「はい、これ部屋の鍵。326号室」


 名前と住所と連絡先を書いた紙を提出した後、ぶっきらぼうに渡された部屋の鍵は、普通の錠前の鍵。付いているキーホルダーのホテル名は掠れていて、部屋の番号がかろうじて読めるくらいのものです。


 その鍵から察するに大して期待せず部屋に向かってみると、古びてはいるものの、しっかり掃除はされていて、風情があっていいんじゃ無いか?と思う程度の状態でした。


〈ドドドド〉


 と何処からともなく音が響いてくる以外は……


 少し気になったその音ですが「周りの部屋の誰かが、何かしているとしても自分には関係ない」そう思うことにして、0時に閉まる温泉に急ぎます。


 温泉は1人おじさんが居た以外は時間もあってかガラガラで、ゆったりと入ることが出来ました。設備も古かったのですが、今まで経験した中でもいい温泉と言える湯でした。

 しっかりと今日のトラブルによる疲れと、雨による寒さを温めて、コーヒー牛乳を片手にエレベーターに乗り込むと、館内図が目に入ります。

 それによると、どうやら自分の部屋の真下が畳の宴会場で、先ほどの〈ドドドド〉という音は、そこから響いてくるようでした。自分の部屋に帰って来ても、その音はまだ続いていますが、いきなり転がり込んだ自分が文句を言うのは如何なものかと、0時を少し回る時間まで、近くのコンビニで買った食事をして、缶ビールを一本だけ流し込み、眠りにつきました。


 ところが寝ようとすると、どうにも響く音が気になります。廊下からは子供の声が聞こえ、下の階からは話し声や笑い声、走り回るような〈ドドドド〉と響く音。疲れてウトウトしていても、どうにもうるさくて目が覚めてしまいます。


「もう限界だ」


 酔いと眠気と疲れに勝って私が思ったのは、午前1時を過ぎた時。

 まだまだ終わる気配がしないどんちゃん騒ぎに嫌気がさし、電話を取りました。ところがその電話は古くて壊れているのか使えないのです。


 仕方ないので直接フロントに向かおうと、廊下に出ると子供の姿はなく、いつの間にか子供たちの話声や笑い声が無い事に気づきます。ですが引き続き響く階下の宴会場の音は、廊下にいても聞き取ることが出来るほどでした。


「すいません、下の階がうるさくて……もう少し静かにしてもらえるように、言ってもらえませんか?」


 受付にいる態度の悪いおばちゃんに言いましたが「はいはい、言っときますね」と、あしらわれて終わり。


 いきなり泊まった一人旅の男が、予め予約していた団体の文句を言いに来れば、いい思いはしないだろうと言うのは、当然と言えば当然の事で安易に予想できたので、それ以上は言わない事にして、おばちゃんが注意してくれることを祈りながら、自分の部屋に戻ります。


 〈ドドドド〉と響く階下の大騒ぎに耳を塞ぎながら、目を閉じると体に限界が来ていたのか、すぐに睡魔が襲い掛かりそのまま眠りにつきました。



〈ドドドド〉


 まだまだ続く音に再び瞼が開いたのが、午前2時半。私のイライラは、睡眠を邪魔されたことで限界に達してしまい、部屋を出ることにします。

 フロントのおばちゃんに話しても、注意したのかしていないのか埒が開かない。夜中の2時半まで騒ぐ団体に、ひとくさり、ふたくさり直接文句を言ってやろうと、エレベーターに乗って2階に向かいました。

 おそらく自分の部屋の真下にあるだろう宴会場に行き、少し襖を開きます。ところが、そこには誰もいません。先程までの喧騒が嘘のように静かです。でも、畳敷きの大きな宴会場の中は、お膳と酒瓶が散乱していました。

 ついさっきまで宴会が行われていたかのように。


「ちょっと」

「はい!」


 唐突に話しかけられ、声が裏返る。


「何か用?」


 声の主はフロントのおばちゃんだった。何処からともなく現れたおばちゃんの、隠密能力に驚きながらも、勝手に入ってしまった事を謝罪する。


「すいません、あまりにうるさかったので、、、直接言おうかと」

「部屋に戻りなさい」

「すいませんでした」


 自分の謝罪を最後まで聞くことなく、おばちゃんは2階の奥へと去って行った。

 こちらとしても、うるさくなければ2階に用はない。ところが大人しく部屋に戻ってみると、さっきまで静かだったはずの階下がまだ五月蝿い。文句を言おうにも、これ以上動くのも面倒だと、目を閉じた。まだまだ続く騒音もトラブル続きの疲れからか遠くなり、あっという間に眠りに落ちます。


 翌朝はホテルの朝食を食べて旅を再開。そこから何事もなく進んだ旅は、無事に全行程を終えました。



 私が次に北海道を訪れたのは、一年半後の春。遅咲きの桜を見ながら旅する私は、トラブル続きだった前回の旅のことなど、すっかり忘れていました。


 その時もたまたま昼間に通ることとなった温泉街。トンネルを抜けた先、トンネルとトンネルの間にある川の側のホテルを見かけると、前回の北海道を思い出します。折角だから前回泊まった場所を振り返ろうと立ち寄ってみると、前回泊まったホテルは元々ボロボロだった壁が崩れ落ち、壁には植物が這っていて、窓ガラスは割れていました。

 廃墟荒らしでも入ったのだろうかと、予想を立てながら周囲を見て周り、どう見ても潰れているホテルに、当然だという感情が浮かんできました。施設の古さと職員の対応の悪さからみるに、今まで残っていた事の方が不思議とも感じます。


 そのまま温泉街を後にして、当初泊まる予定のホテルでゆっくりしていると、寝る直前にどこか引っ掛かりを覚えました。一つ一つ今日見た記憶を思い出し、昼間見た潰れたホテルの事を思い出します。


「なんか、ボロボロだったな」


 なんて感想しかなかったホテルの様子は、思い返せば古過ぎるような印象を覚えました。明らかにここ1〜2年で潰れたような印象を受けないボロボロさです。

 自分に気のせいだと言い聞かせながら、まずは地図アプリを開き、自分が泊まった場所に間違いがない事を確認します。そして問題のホテルは地図アプリでは出てきません。

 次にネットで検索を掛けると、数件出てきます。その見出しは、【バブルの遺構】【廃墟探訪】と、その界隈の趣味にまつわるサイトでした。

 少し嫌な感じを覚えましたが、一つを開いてみると最初に目に飛び込んでくる見出し。


【バブルの遺構:廃業から20年の〇〇ホテル】


 心臓が締め付けられるような感覚を覚えました。廃業から20年?自分が泊まったのは去年の話で、確実に営業をしていて朝食まで食べたあのホテルが20年?


 どうにも可笑しい話ですが、他のサイトを見に行っても、【20年前にバブルの崩壊と共に廃業したホテル】だとか、【バブル当時の雰囲気を感じられる廃墟】だとか、建物がある場所も、建物の形も、部屋の中の構造も、全てが自分の記憶の通りで否定する材料は一つもありません。


 では、あの時自分が泊まったホテルは何だったのか、食べた朝食は何だったのか。態度の悪い受付のおばちゃんや、うるさい宴会の宿泊客や、廊下を走る子供の声は何だったのか。

全てが自分の記憶違いである事を祈りながらも、確かに存在する記憶を否定する事は出来ませんでした。

私はそれ以来、旅行をしていません。


はじめまして。都津トツ 稜太郎リョウタロウと申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。

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