8 電脳樹
エレーナに連れられ、カイは《エデン・コア》の大通りから外れ、細い脇道に足を踏み入れる。そこからさらに迷路のように入り組んだ裏路地を進んでいくと、やがて広い通りに出た。エレーナによると、ここは「二番通り」と呼ばれるエリアで、主に商人や職人が行き交う場所なのだという。
二番通りには、路面店が立ち並び、通りの両側には果物や香辛料を売る屋台、手作りのアクセサリーや武具を並べる店が軒を連ねていた。活気に満ちた人々の声が飛び交い、香ばしい焼き菓子の匂いが漂ってくる。カイは辺りを見回しながら、「現実の都市と変わらないな」とつぶやいた。
「ここは《ネクサス・オービット》一の大都市だからね。現実と同じくらい発展しているし、生活もかなり充実しているのよ」とエレーナが説明する。
二人は通りに沿ってしばらく進み、やがて大きな広場にたどり着いた。最初に《エデン・コア》へ入った際に通った大広間とは異なり、この広場の中央には巨大な大樹がそびえ立っていた。その樹からは、淡く輝く神秘の力のようなエネルギーが感じられる。
「これが電脳樹よ。この中央都市を象徴する存在で、都市全体の流れをAIが調整しているの」
エレーナの言葉に、カイは神秘的な雰囲気に圧倒されながら、しばしその大樹を見つめた。風が吹き抜けるたびに、樹の葉が静かに揺れ、まるでささやくような音を立てている。
広場の隅には掲示板が設置されていた。しかし、それはイベントの案内ではなく、様々な共同集団への誘いが掲示されているものだった。鉄道愛好家、料理研究会、アイドル応援団など、多岐にわたるジャンルの集団が存在しており、中には一つの小説を徹底的に研究し、考察するという変わった共同集団もあった。
「ここでは、どんな趣味でも仲間が見つかるってわけか」
カイはその掲示板を眺めながら、《ネクサス・オービット》の世界の奥深さを改めて実感するのだった。
エレーナの説明に感心していると、遠くから元気な声が響いてきた。
「おーい、エレーナ! そいつは新入りかい?」
そう問いかけてきたのは、渋みのあるダンディな風貌の男性――タイゾウだった。彼は穏やかな笑みを浮かべながら、こちらへと近づいてくる。
「初めまして。カイと言います」
カイは礼儀正しくお辞儀をした。
「いやいや、そんな畏まらなくていいさ。何せ、俺達のモットーは自由だからな」
そう言ってタイゾウは豪快に笑い、周囲の仲間たちもつられるように笑みを浮かべる。その場の雰囲気が一気に和やかになった。
「俺たちはこの世界を愛している者の集まりだからな。何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれよ」
カイは気がつけば自分も自然と笑顔になっていた。
「そうさ、そうやって笑っていれば楽しく過ごせる!」
タイゾウの言葉は軽快だが、どこか温かみがある。その眼差しには経験豊富な者ならではの優しさが宿っていた。
「よかったですね、カイさん」
エレーナも穏やかに微笑みながらカイを見つめる。その表情には、仲間が増えたことへの喜びが滲んでいた。
カイは胸の奥にほのかな安心感を覚えながら、ゆっくりと息を吐いた。
その瞬間、広場の中央にある電脳樹が、一瞬淡く光を放った。カイは思わず目を細める。
「今の……?」
エレーナも不思議そうに電脳樹を見つめた。
「時々こういう現象が起きるんだよな。でも、大丈夫さ。昔からこの街を見守ってきた樹だ、問題はない」
タイゾウがそう言うが、カイの胸にはかすかな違和感が残る。
カイはこの時間がずっと続けばいいのにと内心呟く。しかし、今はあんなことが起こるとは誰も予想だにもしていなかった。