6 浮かび上がる疑問
白い光で辺りが覆い尽くされるとともに、浮遊感に襲われる。次第に白い光は消え失せ、暗闇が広がる。それと同時に、ぼんやりと意識が浮かび上がってきた。
カイはまるで深い水の底から這い上がるような感覚に包まれながら、ゆっくりと目を開けた。
視界に映るのは自室の天井。柔らかな朝の光がカーテンの隙間から溢れ、白い壁に淡い影を作っている。現実世界に戻ってきたはずなのに、胸の奥にはまだ昨夜の興奮が渦巻いていた。
「……夢じゃなかったんだな……」
カイは小さくつぶやきながら、自身の掌を顔の前に持ってきてじっと見つめた。指先が微かに震えている。行方不明だったはずのアイリスとの再会、未知の電脳世界、そしてあの戦闘――全てが夢のように思えるが、確かに現実だった。
身体の奥に妙な感覚が残っていた。まるで《ネクサス・オービット》の空気がまだ指先に染みついているような、そんな錯覚。それとも、本当に何かが変わってしまったのか――。
カイはベッドからゆっくりと起き上がり、深く息を吸った。頭の中に昨夜の出来事が鮮明に浮かんでくる。
アイリスが最後に言った言葉。
『今のあなたなら、きっと——』
その続きが気になって仕方がなかった。アイリスが何を伝えようとしたのか、自分が何を求められているのか。その答えは、きっと《ネクサス・オービット》の中にある。
カイはスマホを手に取り、時計を確認する。時刻は朝の七時半。学校へ行く時間ではあったが、今の彼はそれどころではなかった。
「今日は休むか……」
そう言いながら、服の袖をまくり上げると、腕に微細な電子回路のような模様が浮かんでいた。
「昨日まではこんなのなかったような……」
一瞬疑問が浮かんだがすぐに理解する。
これは《ネクサス・オービット》を離脱した直後に現れたものだと。触れるとわずかに熱を持ち、微弱な電流のような感覚が肌を走る。
この模様の正体。新たに知りたい疑問が浮かんだ。答えは仮想世界の中にあるはずだ。カイは軽くストレッチをし、冷たい水で顔を洗うと、すぐにVRゴーグルを手に取った。
『——ログイン』
青白い光が視界を包み込む。カイの意識は、再び仮想世界へと吸い込まれていく。だが、今回は違った。
前回よりも明確に、身体が仮想世界へと溶け込んでいく感覚があった。まるで自分自身がデータそのものになっていくかのように——。
『——ようこそ、ネクサス・オービットへ』
無機質な音声が響くと同時に、カイの身体は再びあの世界へと降り立った。
彼の足元には仮想世界の光の粒がゆっくりと広がり、地面の輪郭を描いていく。空気は前回よりも鮮明に感じられ、周囲の景色もどこか現実と遜色ないほどリアルだった。
カイは深呼吸をしながら、自分の手を握りしめた。その瞬間、彼の脳裏にアイリスの姿がよぎる。昨日のあの戦闘、彼女の鋭い眼差し、そして最後に伝えた言葉。
「アイリス……お前は俺に何を伝えたかったんだ?」
彼は周囲を見回しながら、彼女の姿を探した。そこへ、不意にシステムメッセージが表示された。
《―他プレイヤーとの連絡先交換が可能になりました。0/10―》
カイの胸が高鳴る。これで、アイリスと連絡先を交換すれば居場所が分かるのか――?
「……まだ時間はあるし、《ネクサス・オービット》を見て回るか」
そう言うとカイは周囲の散策を始めた。仮想都市の中心には巨大な塔がそびえ立ち、無数のホログラムが情報を流している。通りにはさまざまな装備を身に着けたプレイヤーたちが行き交い、各所にはマーケットやトレーニングエリアが広がっていた。
「ここが……《ネクサス・オービット》の中心街か」
街の案内板を確認しながら、カイは気になる場所をいくつか目星をつける。戦闘の訓練ができる《バトルアリーナ》、アイテムや装備を売買できる《マーケット》、そしてプレイヤーが集まる《交流広場》。どこから見て回るべきか考えつつ、彼はゆっくりと歩き始めた。
広場ではプレイヤー同士が情報交換をしていたり、戦闘のコツを教え合ったりしている様子が見える。中にはギルドの勧誘をしている者もおり、初心者らしきプレイヤーが興味深そうに話を聞いていた。
「なるほど……ここならアイリスの言葉の手がかりも見つかるかもしれないな」
そう考えながら、カイはさらに歩を進め、《ネクサス・オービット》の世界をより深く知るための探索を始めた。