5 vsアイリス その2
瞬間、地を蹴る音が響く。カイが最初に動いた。双剣を交互に振るい、縦横無尽にアイリスへと迫る。彼の動きはまるで風のように軽やかで、それでいて鋭い。まるで獲物を追う獣のような軌道で、アイリスを翻弄する。
アイリスもまた、それに呼応するように体を旋回させ、刀を抜く。その一閃は月光のごとく美しく、敵意を込めたものではなく、ただ純粋な技として素晴らしいほどに洗練されていた。その一撃一撃に無駄はなく、彼女の動きはまるで舞うようだった。
「速い…!」
カイは驚きながらも笑みを浮かべる。刹那、アイリスの剣がカイの頬をかすめ、一筋の血が宙を舞う。しかし、カイは怯まなかった。むしろ、彼の目はこの状況を楽しむ者のそれだった。
「でも、それじゃ足りない!」
双剣の刃が青い光を帯び、風を切り裂く音が大気を震わせる。カイは一気に加速し、アイリスとの距離を詰める。まるで影が重なり合うように、二人の剣戟が交錯する。
アイリスはその場に踏みとどまり、迎撃の構えを取る。カイの一撃をギリギリで受け流しながら、彼の動きを観察する。だが、次の瞬間、カイの双剣が虚空を切り裂き、まるで残像を残すように彼の姿がブレた。
「なっ…!」
アイリスが目を見開く。カイの動きが先ほどまでと明らかに違う。まるで電脳世界そのものが彼の動きに適応し、さらに加速しているかのようだった。
(カイ…あなたは、まだ本当の力を知らない)
二人の刀剣の刃先は互いの首スレスレで止まる。
一瞬の攻防の後、二人は互いに跳び退く。そして、静かに相手を見つめた。
「…これで終わりか?」
「さあ。あなたが望むなら、まだ続けるけど?」
アイリスはわずかに微笑む。そして刀を鞘に収め、ゆっくりと歩み寄る。
「十分よ。カイ」
「何が?」
「今のあなたなら、きっと———。」
カイは双剣を見つめる。その青い光が、彼の心の奥底に眠る何かを目覚めさせた気がした。
アイリスは彼の表情を見て、確信する。カイはまだ未完成だ。しかし、その才能は確かに本物だ。
「楽しかった。またやろう、アイリス」
アイリスは少しだけ目を見開くと、再び僅かに微笑んだ。
「ええ、楽しみにしてる」
二人の戦いは終わった。しかし、これが始まりに過ぎないことを、カイは本能的に理解していた。
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遠くから二人の戦いを見守っていた創始者が、一歩踏み出す。
「———やはり、彼は目覚めつつあるようだな」
その声は低く、それでいてどこか含みのある響きを持っていた。暗闇の中から現れた、長いコートを纏った男。その目はまるで深淵を覗くように冷たく、それでいて鋭い光を湛えていた。
「カイ・アークライト…お前が本当に———の器なのか…楽しみだ」
男は静かにその場を後にする。
「儂は惜しいことをしてしまったな———」
天を仰いだ男はうっすら儚げな表情を浮かべると、その場を後にした。
男が去っていた後、アイリスはカイを連れて地上へ戻る。
「カイ、今日はここでお別れ。また明日以降、時間があるときにここに来て。待ってるからね」
そう言うとアイリスはカイに微笑みかける。そして、迷いなく踵を返し、闇に紛れるように去っていった。
カイはその背中をしばらく見送っていたが、やがて視線を上げ、《ネクサス・オービット》の広大な景色を見渡した。ここにはまだ未知の何かが眠っている———そう思うと胸が高鳴る。
「……もう少し、探索してみようか」
そう呟いて歩き出そうとした瞬間、突如として激しい眠気が襲ってきた。思考が霞み、身体が鉛のように重くなる。どうやら長時間の接続による負荷が限界に達したようだ。
「……また、明日にしよう」
カイは諦めて深く息を吐き、意識を切り替えるように接続解除した。