2 送付者不明のメッセージ
真夜中。ネオンの明かりがちらつく薄暗い部屋で、少年は無機質な光を放つ画面を見つめていた。
カイ・アークライト——ただの高校生。少なくとも表向きはそうだった。彼は学業の合間に、電子世界でのハッキング技術を磨き、不正アクセスによって得たデータを売ることで生計を立てていた。社会に不満があったわけではない。ただ、“ここではないどこか”を求めていた。
この夜もまた、仕事を終えたカイはダークウェブを漁っていた。すると、奇妙なプログラムが送信されてきた。
【アクセスコード:NEX-0001】
【タイトル:《ネクサス・オービット》】
【送信者:不明】
「……なんだこれ?」
プログラムの詳細は一切不明。しかし、そのデータは異様に洗練されており、まるで“誰か”が意図的にカイへと送りつけたかのようだった。
慎重なカイは直感的に警戒したが、それ以上に好奇心が勝った。
カイはプログラムを起動する。
『VRゴーグルをコンピュータに接続してください』
埃をかぶったVRゴーグルを取り出し、指示通りに接続させ装着する。すると、視界が白に塗りつぶされ、瞬間、浮遊感に襲われた。
——次に目を開けた時、カイは全く知らない場所に立っていた。
仮想空間特有の滑らかな空気。天空には無数のデータリンクが光の帯となって流れ、ビル群の間を縫うように電子回廊が走っている。
「……夢?」
いや、違う。これは仮想現実だった。
目の前に無数の情報ウィンドウが浮かび上がる。
【ようこそ、《ネクサス・オービット》へ】
【あなたは新規ユーザーとして認識されました】
【現在のステータスレベル:NEW PLAYER】
【データ適応率:99.87%】
「適応……? 俺は一体どこに……?」
混乱するカイの背後で、冷たい電子音が響いた。
「高水準適合者、発見」
その声に振り向いた瞬間、カイは息をのんだ。
白銀の装甲をまとった人型の存在。淡い青の瞳を持ち、無機質な美しさをたたえた少女——まるで神話の騎士のようだった。
「お前……誰だ?」
少女は一歩前に進み、静かに名を告げた。
「私は《監視者No.07》……アイリスだ」
カイの目が驚愕に見開かれる。
「……アイリス? まさか……なんで、お前が……」
彼女はカイの幼馴染だった。幼い頃から共に過ごし、いつも隣にいたはずの少女。しかし、数年前に突如姿を消したまま行方知れずになっていた。そのアイリスが、今この仮想世界で監視者として現れた。
「久しぶりね、カイ」
彼女の声はどこか懐かしく、それでいて冷たかった。
「カイ、あなたにはこれからとある場所に付いて来てもらうわ」
そう言い、銀色の長髪をなびかせながら身を翻す。
カイは戸惑いながらも、アイリスの後を追った。
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10分ほど歩いただろうか。カイの目の前には要塞のような巨大なタワーがそびえ立っていた。
「なんだここ?」
「ここは《オービット・コア》。《ネクサス・オービット》の中枢よ」
アイリスの説明にカイは困惑する。だが、それに気づいたアイリスはほんの一瞬、柔らかい表情を見せた。
「この世界は《ネクサス・オービット》。そして、このタワーはその中心に位置するもの——」
そう言うと、アイリスは《オービット・コア》の中へと入っていった。
エスカレーターで下層へと降り、さらに延々と続く螺旋階段を下っていくと、最深部に重厚な扉が現れた。
アイリスはそこで一度膝をつくと——
「連れてまいりました。創始者」
と静かに告げた。
重厚な扉が開かれる。
「よくやった、No.07」
無関心な声色で淡々と告げる男。男はカイを見つめると、何かを見定めるように目を細め、やがて満足げに微笑んだ。
「この者の実力を測る。No.07、相手を務めよ。手加減は不要だ」
「……了解しました」
アイリスの目が鋭く光る。
カイは状況を理解する間もなく、アイリスと戦うこととなった。