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第9話 まずは使用人から(8)

しばらく経ち、侍女長の調子が戻りつつあるとの報告を受け、父と母と共に地下牢へ足を運んだ。


鉄格子の中には侍女長がいた。しかし、いつもの威厳ある佇まいはどこにもなく、髪は乱れ、頬は痩せこけている。


私たちに気づいた侍女長はゆっくりと顔を上げたが、私の姿を見た途端、その目に怯えが宿った。

「…魔王だ、魔王だ…。」


その呟きに、父と母は眉をひそめる。


「侍女長、アリシアは魔王ではない。」

父が静かに言葉を放つ。


「むしろ、私にはあなたの方が魔王に見えるが?」

侍女長の顔が怒りで歪み、鉄格子を掴む手に力が入る。


「あなた方のためを思って、私は全てやっていたのです!」

叫びながら、侍女長の視線が私に向けられる。


「いずれ、そいつは魔王となり、この国を滅ぼします!」

「黙れ!」

父が低く怒声を放つ。


「何を根拠にそんなことを言う!」

侍女長は薄く笑みを浮かべた。その笑みには嫌悪感すら覚えるほどの邪悪さがあった。

「根拠?それはその黒髪よ。デロワ家に黒髪の者など代々いなかった。それなのになぜ生まれた?」

「双子の妹とは顔立ちがそっくりなのに、なぜ髪色だけが違う?それこそが証拠だ。魔王だからだ。」


父と母が驚きの表情を浮かべる中、侍女長はさらに続けた。


「魔王が生まれる周期は大体200~300年に一度。前の魔王が滅びたのはいつか知っていますか?290年前です。」

侍女長は格子越しに鋭い目を父に向ける。


「あなた様の父、つまり先代は、その時点で魔王の再来を予期していました。そして亡くなる直前に私にこう命じたのです。『あれを殺せ』と。」

その言葉に父と母は完全に動きを止め、沈黙が重く場を包む。


侍女長は満足げに笑みを浮かべ、私を鋭く睨みつけた。

「だから私は命令に従い、使用人たちと協力してお前を不幸にしてきたのだ。何度も自害するよう仕向けたが…しぶといものだ。」

侍女長は鉄格子を握り締め、憎々しげに私を指さす。


「お前が毎日飲んでいた紅茶、あれには毒を入れていた!気付かなかっただろう!? 毎日飲ませてもなぜか効かない。あまりの異常さに、お前が魔王だと確信したわ。」

彼女は狂気に満ちた声で叫んだ。


「魔王だからだ!だから毒が効かないんだ! さっさと自害しろ、この忌まわしき存在が!」


私は目の前が真っ暗になった。

紅茶に毒が…?

いつからだろう。ずっと苦い紅茶だと思っていた。ただの嫌がらせだと割り切っていたのに。


混乱する私の肩に、ふと母の腕が回る。彼女は優しく抱きしめ、耳元で語りかけた。


「魔王ではありません。あなたが魔王であるはずがないでしょう。今もこうして普通に話し、私たちと一緒にいるじゃない?侍女長の言葉は間違っています。あなたは、いじめにも屈しない強くたくましい、私の誇り高き娘です。」


母の言葉に、胸の奥が熱くなり、涙が溢れそうになる。

きっと私は魔王になるべくして生まれている。でも、覚醒しない可能性だってある。私は母の声に応えたい。


涙をこらえ、深呼吸を一つ。私は、自分に言い聞かせた。

――そう、私は強くてたくましいの。


侍女長に視線を向け、冷ややかな笑みを浮かべる。


「私は魔王にはなりませんよ。あなたがしてきたことを正当化するための妄想に過ぎないのでは?」


その言葉に侍女長は声を荒げた。

「ふざけるな!妄想ではない!」


私は肩をすくめ、わざと軽蔑するような笑みを見せた。

「毒?ただの苦いだけの液体だったのでは?きっと誰かに騙されたのでしょうね。」


煽るように鼻で笑うと、侍女長は憤怒に駆られた表情で叫んだ。

「忌々しい!あれは本物の毒だ!私は間違っていない!」


「へえ、そうですか。」

私は手に握った"最も愛された宝石"を持ち上げ、ゆっくりと侍女長に近づく。


「じゃあ、試してみましょうか――あなたで。」

宝石を侍女長の手に触れさせると、彼女は悲鳴を上げてのたうち回った。


「ああああああああ!」


彼女の狂乱する姿を見た瞬間、父が私の目をふさいだ。


「もういい、アリシア。これ以上見る必要はない。」

父の声は静かでありながら、どこか重々しい響きを帯びていた。


「処罰は私が決める。お前は今日のところは休むんだ。侍女長の戯言など心に留めるな。大事なのは今、お前がここにいるという現実だ。アリシア、お前は魔王ではない。」

「はい、お父様。」

父の言葉に、私は小さくうなずいた。


母と共に地下牢を後にした。帰り道、母は何も言わなかった。ただ、私の手をそっと握りしめてくれていた。


この手がなければ、私はきっと心が折れてしまっていた。


父も母も、胸中は穏やかではないだろう。

もちろん、私も同じだ。


朝が来れば、侍女長をはじめとする複数の使用人は屋敷から姿を消しているはずだ。処罰は確実だが、それでも、この一連の出来事が後味の悪い結末を残していることは否めない。


暗闇の中、私は天井を見つめながら祈った。

どうか、これ以上悲しい出来事が訪れませんように。

どうか、これからの日々が心穏やかなものでありますように――。


その願いを胸に抱え、ゆっくりと瞼を閉じた。


翌朝、侍女長と複数の使用人に処罰が下された。具体的な内容は知らされなかったし、父も母もそのことについて語ることはなかった。


毒についても、実は毒性のない偽物だったと聞かされた。売人に騙されて購入したものだという説明だったが、父の瞳にはいつもの力強さが感じられず、どこか曇っているように見えた。


優しい嘘だ――そう直感的に理解した私は、追及することなくただ黙って受け入れることにした。それ以上真実を知ることが、きっと家族を苦しめてしまうと思ったからだ。


これから先、私は未来を見つめて生きていく。私が幸せで、魔王に覚醒しないこと。それがきっと、この悲劇に対する最高の「復讐」になるはずだから――。

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