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第6話 まずは使用人から(5)

夜が更け、くたびれた身体をベッドに投げ出す。

父の「今日はゆっくりするように」という言葉とは裏腹に、護身術の鍛錬や汚れた部屋からの引っ越しなど、一日中忙しく動き回った疲労が全身に重くのしかかっていた。


ふと、ベッド脇に目をやると、クマのぬいぐるみが置いてあった。

朝には無惨な姿をさらしていたそれだが、今はきれいに縫い直されている。

手に取って抱きしめると、わずかではあるがほんのりとした暖かい神聖力を感じ取ることができた。


――きっと母が、この短時間で直してくれたのだろう。

その優しさが胸に染み、目頭が熱くなる。


「明日、お礼を言わなくちゃ…。そして、もう二度と壊されないように対策もしないとね…。」

クマを大事に抱きしめたまま、そんなことをぼんやり考えながら、意識は次第に薄れていく。

疲れた身体を重い眠りが包み込み、静かな夜が訪れた。



「お嬢様、朝でございます。お目覚めの時間でございますよ。」

優しい声が耳に届き、私はゆっくりと目を開けた。慌てて起き上がろうとするが、昨日の鍛錬のせいで体の節々が痛み、思わず呻き声が漏れる。

「うぅ…、おはよう。」

「大丈夫でしょうか?」

カーテンを開けていた使用人が、私を心配して近づいてきた。淡い栗色の髪に深い緑色の瞳を持つその人は、そう、アデルだった。


一生懸命に身体を起こそうとする私を、アデルは優しく支えてくれる。

「おはようございます、お嬢様。本日からお嬢様付きの使用人となりました、アデルと申します。精一杯お仕えいたしますので、ご不便なことがございましたら、何なりとお申し付けください。」


これまでの使用人たちとは全く違う、穏やかで柔らかな表情に、自然と笑みがこぼれる。

「こちらこそ、よろしくお願いします。」


優しいアデルのおかげで、朝の支度はこれまでとは違い、穏やかで心地よいものとなった。


「お父様、使用人を付けてくださりありがとうございます。お母様もぬいぐるみを直してくださり、本当に感謝しています。」

朝食を待ちながらお礼を述べると、父と母は優しい笑みを浮かべた。


「かしこまってどうしたんだい?これくらいどうということはないさ。」

「そうよ、あの程度しか直せなくてごめんなさいね。」


父と母は顔を見合わせ、少しうなずく。

「今までの宝石はほとんどなくなってしまったんだろう?これは私たちからのプレゼントだ。」

父が光沢のある黒いビロードの箱を取り出し、私に手渡す。


受け取った箱を丁寧に開けると、中には深い青色のサファイアのネックレスが入っていた。紫が差し込むような色味もあり、その美しさと大きさから、宝石に疎い私でもその価値がわかるほどだった。

宝石が大好きなアメリアが驚いた表情をしているのを見て、さらに特別なものだと実感する。


「古い宝石で申し訳ないが、これほどのものはなかなか手に入らない。昔、ある皇女が“最も愛した宝石”と言われていてね、盗難防止魔法を施すほど大切にしていたそうなんだ。長い間私が持っていたが、良ければお前に譲りたい。」


「…ありがとうございます。大切にします。」


父は立ち上がり、私の背後に回るとネックレスをそっと付けてくれた。何かを小声でつぶやいているが、その言葉は聞き取れない。

ネックレスが首元に収まると、ずっしりとした重みがあり、その重さが宝石の価値を物語っているようだった。サファイアの輝きを見つめると、自然と背筋が伸びるのを感じる。


「あら、よく似合うわね。」

「素敵ね!私も欲しい!」


見せてほしいとアメリアが手を伸ばしかけるが、父が制する。

「それはアリシアのものだ。アメリアの分はまた改めて選びに行こう。」


むくれるアメリアを横目に、父は私に向き直った。

「今日はそのネックレスを付けて過ごすといい。とてもよく似合っている。」


宝石を付けたまま部屋に戻る途中、廊下ですれ違う使用人たちの視線が、サファイアに釘付けになるのを感じた。

部屋に戻り、胸元のサファイアを見下ろす。


…うまくいくかしら?


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