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第2話 まずは使用人から(1)

心臓に突き刺さる剣の痛みを感じながら、早く絶命することだけを願っていた。その時、目に映った剣の持ち主である勇者の顔が、なぜか切なげに歪んでいた。遠のく意識の中で、彼が何かを言いかけるのが聞こえた。


「次に会うときは――」


最後まで聞き取れないまま、私の意識は闇に沈んでいった……。



鳥のさえずりで目が覚めた。今のは夢?いや、あれは確かに8度目の人生の最期だった。目を閉じると胸の痛みが蘇り、思わず左胸を押さえながら、ゆっくりとベッドから身体を起こした。勇者は一体何を言おうとしたのだろうか…。


考えようとしたが、廊下から人の気配がする。使用人たちが朝の支度をしているのだろう。私の身支度のために来る使用人のことを考えると、自然と顔が険しくなった。あのロザリー。彼女は意地が悪く、顔を洗う水も冷たく汚いものをわざと用意してくる。それを我慢して使ってきたせいで、顔には吹き出物が絶えない。だが、もう我慢はしない。記憶が戻った今、私には少しだけ魔法を扱う力があるはずだ。


「まずは確認しないとね」


意識を集中して自分の中の魔力を探る。――やはり、魔王としての素養があるこの体には十分な魔力が宿っている。窓のカーテンに視線を向け、影を操って少しずつ開閉する訓練をした。音を立てながらカーテンが開くたび、魔力の感覚が体に馴染んでいく。これでロザリーへの“お返し”は万全だ。


廊下から台車の音が聞こえてきた。心の準備をしながらカーテンを開き、「もう好きにはさせない」と静かに宣言した。


ノックもせず、荒々しく扉を開けて台車を転がし入ってきたのは、赤毛の30代ほどの女性、ロザリーだった。彼女は嫌味たっぷりの目つきで私を見下ろし、嘲笑するように口を開く。


「あら、起きていたのね」


その無礼な態度と、乱雑に運ばれてきた汚れた水の桶を見ると、かえって笑いがこみ上げてくる。ロザリーが桶をこちらに差し出した瞬間、私は彼女の影にそっと魔力を注ぎ、足をもつれさせた。


「きゃあっ!」


悲鳴とともに、彼女は桶の水を盛大にぶちまけ、見事に床に倒れ込んだ。びしょぬれで床に座り込むロザリーを見て、私は必死で笑いをこらえる。泣きそうな顔でこちらを睨む彼女に、冷たく命じた。


「新しい水を持ってきて。まだ暖かい季節で良かったわね。」

秋や冬なら多少の罪悪感もあっただろうが、今は夏も終わりかけで寒くもないから問題ないだろう。


怒りに顔を真っ赤に染めたロザリーは、ふんっと息を荒げて立ち上がると叫ぶ。

「あんた、いい気になってるんじゃないわよ!!」


勢いよく掴みかかってきた彼女だが、私はまたしても彼女の影に魔力を注ぎ、足を滑らせた。


「きゃあっ!痛い…どうなってるのよ…」

床であたふたするロザリーを冷ややかに見下ろしながら、私は淡々と言い放つ。


「早く新しい水を持ってきなさい。朝食に遅れたら、心配性のお母様がここにいらっしゃるかもね」

その一言で、彼女の顔に焦りが浮かぶ。悔しそうにしながらも、ロザリーは渋々桶を台車に戻し、急ぎ足で出ていった。


しばらくして戻ってきたロザリーは、より汚れた水を桶に入れてきたようだった。


「持ってきたわよ!さっさと準備してちょうだい!!」

慎重に運ぼうとする彼女だが、再び影で足をもつれさせる。二度目の転倒で、水が床にぶちまけられ、今度は異臭が漂ってきた。


「痛い…どうしてこんな目に…」

涙を浮かべるロザリーに、「きれいな水を持ってきて」と冷たく告げる。


「もう朝食の時間が始まるわ。早くしないと本当に"来る"わよ。」

すると、焦りと怒りをにじませた顔で台車を押しながら退出していった。


しばらくして戻ってきたが、桶の水はおそらくきれいな水が入っていた。

何年振りかのきれいな水に感動し、顔を洗う。温度は冷たいが、私には十分なものだった。

顔をふくタオルを取ろうとすると、そこにはタオルではなく見るからに汚い雑巾が置いてあった。


「タオルをもらえる?これは雑巾よ」

ロザリーは嫌な笑みを浮かべた。


「あんたにとってはそれで充分よ。さっさと準備しな」

「床を拭く雑巾と間違えているわ。早くタオルを持ってきなさい。」

こちらの折れない態度に腹が立ったのか、またつかみかかってこようとする。

懲りない人ね…とあきれながらまた彼女を床に転がす。


「いたたた…さっきからこけるのはあんたのせいね!!」

怒鳴りながらロザリーが起き上がるが、私は廊下に意識を集中していた。

…来ている。

またつかみかかってくるロザリーを今度は床に転がさなかった。

髪の毛をつかまれ、引っ張られる。


「痛い!!やめて!!」

「うるさいわね!!外に聞こえるじゃないの!!さっさとこれで顔をふけっていってるのよ!!」

ロザリーは雑巾を握り私の顔に押し付けようとする。


「いや!!やめて!!」

私は廊下の奥にも聞こえるような大きな声で叫び、必死の抵抗をする。


バンッ!!勢いよく扉が開いた。


「何をしているの!!」

そこには鬼の形相で私たちを見る母の姿があった。

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