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第17話  早すぎる出会い(2)

恥ずかしさでしばらく何も手がつかなかったが、汗をたくさん流した身体をきれいにし、アデルに手伝ってもらいながら着替えを済ませた。


「旦那様から、着替えたら応接室に来るように伝言をいただいております。」

「お父様が?何かしら…。」


ヴェリアン様と会っているはずだが、なぜ私が呼ばれるのだろう?胸の奥で嫌な予感がする。これ以上、勇者と親しくなるわけにはいかない。それに、先ほどの握手の件だってまだ頭から離れていないというのに…。


私は重い足取りで応接室に向かった。扉の前に立つと、中から楽しそうな会話が漏れ聞こえてくる。遮るのは申し訳ない気もしたが、意を決してノックをした。


「アリシアです。」

「あぁ、入ってくれ。」


父の声に扉を開けると、父は立ち上がり、私をヴェリアン様の近くに案内した。


「もうお互いに自己紹介は済んだと聞いている。彼は私のアカデミー時代の友人の息子だ。そして…これから剣術を一緒に教えようと思うんだが、どうだ?」


嫌な予感は見事に的中した。一緒に剣術の稽古をするなど、何としても回避したい。


「父上は、私に剣術を教える際、結婚前に剣術を習っていることを他人に知られてはいけないとおっしゃっておりましたが…。」

自分でもわざとらしい反論だと思いつつも、精一杯の抵抗を試みた。


「あぁ、そう言ったな。だが、君の腕は確かだ。もはやお遊びではなく、剣術で食べていけるレベルだと思っている。」

父は一呼吸置いて、少し柔らかな口調で続けた。


「正直、言い過ぎだったと今では反省している。それに、ヴェリアン君はもう君が剣を振るっているところを見たというじゃないか。素晴らしい太刀筋だと褒めていたよ。」


ヴェリアン様がうなずき、柔らかい声で口を開いた。

「確かに見せてもらった。アリシアさんの剣筋は見事だったよ。僕もアリシアさんと一緒に練習することで、もっと成長できると思う。競争相手がいる方が伸びも早いからね。」


私は言葉を失った。褒められること自体は悪い気はしない。だが、彼が勇者である以上、私が近づくことでいずれ避けられない結末を引き寄せてしまうかもしれない。それだけは…それだけはどうしても嫌だった。


「アリシア?」

父の声にハッとして顔を上げた。返事をしなければならない。しかし、どうすればいいのか。


胸の中で葛藤しながら、口を開いた。

「でも、あの…、このような素敵な殿方に、汗を垂れ流しながら鍛錬している姿を見られるのは恥ずかしいです…。」


自分でも言い訳としてどうかと思う内容だった。案の定、父とヴェリアン様は唖然とした表情でこちらを見つめている。焦る頭で何か取り繕おうと考えたが、時すでに遅し。


「ははははは!」

突然、父が大声で笑い始めた。

「アリシアにもそんな一面があるとはな!」


父は笑い過ぎて涙目になり、しばらく声を抑えられない様子だった。その反応に、私の方が恥ずかしくなり、視線を思わず床に落とす。


「アリシア、今後剣術を続けるなら、その程度のことにはすぐ慣れるだろう。心配するな。」

父はようやく笑いを収め、真面目な声に戻った。


これだけはっきり言われてしまっては、もう逃げられない。ため息を飲み込み、覚悟を決めて頭を下げる。

「わかりました。よろしくお願いします。」


顔を上げると、ヴェリアン様が何とも言えない表情でこちらを見ていることに気付いた。よく見ると、彼の顔がほんのり赤く染まっている。


――え?…私は自分が何を言ったのか気付いてしまった。


先ほど自分が口走った「素敵な殿方」という言葉。それが相手本人に向けられたものであることを思い出してしまった。改めてその事実が胸に押し寄せ、私の顔もみるみる赤く染まる。


「……。」

「……。」


視線を交わすと、お互いに気まずくて言葉が出ない。仕方なく心を無にする努力をしつつ、なんとか平静を装った。


――これは、早く慣れないといけないのは剣術だけではなさそうだ。


心の中でそう呟きながら、私は視線を正面に戻し、今後の稽古の心配をするのであった。


「アリシア、私は用事があるからこれで失礼するよ。」

父の声にハッとし、顔を向ける。

「ヴェリアン君の見送りをお願いしても良いか?」

「…はい、お父様。」


「ではヴェリアン君、明日の午前中に来てくれるか?」

「はい、よろしくお願いいたします。」

父は満足そうにうなずき、にっこり笑って立ち去った。残された私たちには気まずさがまだ漂うが、私は口を開いた。


「…ヴェリアン様、明日からよろしくお願いいたします。」

少し頭を下げると、彼は柔らかい笑みを浮かべた。


「こちらこそよろしく。それと、これから一緒に剣術を学ぶんだ。堅苦しくなく、ヴェリアンと呼んでくれるかな?僕もアリシアと呼んでもいいかな?」


「はい、問題ありません。それではヴェリアンと呼ばせていただきますね。」

そう答えると、彼の笑みが少しだけ明るくなった気がした。しかし、まだ何か言いたげな様子だ。


「あと、その…敬語もなくしてもらえるとありがたい。君とは仲良くしたいんだ。」


――仲良くしたい…。私は内心複雑な思いを抱えたが、断ることもできない。


「わかったわ。これからはそうするわね。」

努めて冷静に答えると、彼は安心したようにうなずいた。


ヴェリアンを見送りながら、胸の奥に重たい感情が広がるのを感じた。

――勇者と出会い、これからも関わり続けることになるなんて…。


もし私が魔王になったら、彼に殺されるのだろうか――その思いが、私の心に影を落とし続けた。

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