第13話 初めての友達(4)
朝食を食べた後、素振りの時に使用していた姿見をそのままにしていたことに気付いた。
コルナスはまだ寝ているだろうから、先に片付けてしまうことにした。
鏡を片付けている最中、ふと視線を感じた気がした。しかし周囲には誰もいない。
何かの気配が怖くて、足早に屋敷へと戻った。
部屋に静かに戻ると、アデルがコルナス用の水と小さなクッションを用意してくれていた。
そのクッションの上には、コルナスが満足げに寝転がっている。
「遅かったな。何をしていたんだ?」
「鏡をしまい忘れて、外に行っていたの。」
「ふーん、何も問題はなかったか?」
「うん、特にないよ。ただ…。」
「ただ?」
「気のせいかもしれないけど、誰かに見られている気がしたのよね。」
「ほう?」
「でも、誰もいなかったんだよね。それが少し気持ち悪くて…。」
コルナスはじっと考えるように目を細めた後、鼻を鳴らしてふんぞり返った。
「…しょうがねえな。外に出る時は俺がついていってやるよ。」
「ふふ、守ってくれるの?」
その言葉に、コルナスはさらに得意げな顔で尻尾を揺らした。
「おうよ、任せな。」
小さな体のくせに、なんて頼もしいことを言うのだろう。
ふんぞり返るコルナスの姿がなんだか滑稽だが、その姿に不思議と安心感を覚える。
「ありがとう。でも、今日初めて会ったのに、どうしてそんなふうに言ってくれるの?」
「けっ、それは嬢ちゃんも一緒じゃねえか。初めて会ったのに助けてくれたじゃねえか。」
「それに、こんな快適な環境はそうそうないぜ。特にこのクッションは最高だ。礼ぐらいさせてくれよ。」
コルナスの言葉に思わず笑みがこぼれる。
「ふふ、じゃあお言葉に甘えて、これからはお願いするわね。」
こんなにも小さいのに、なんて頼もしいのだろうか。初めての友達――心優しいその存在に、私の胸もじんわりと温かくなる。これからの日々は、きっともっと楽しくなるに違いない。
コルナスはまだ眠いのか、瞼が落ち始めている。
「ふふ、おやすみなさい。私は今日は予定があるから、ゆっくり休んでね。」
この地は秋になると、黄金に輝く草原が広がる。それは「家紋繁栄のご利益がある」と貴族たちの間で信じられており、首都からも多くの人々が訪れる。その賑わいの中で毎年行われる舞踏会は、もはや伝統行事の一つとなっていた。
舞踏会は16歳からの参加が許され、私とアメリアも今年からその一員になる。
それに向けたダンスレッスンが最近始まったが、正直なところ気が進まない。舞踏会は若い男女が結婚相手を探す良い機会とされ、参加者たちは皆、ダンスに力を入れている。
しかし、私は黒髪の地味な外見ゆえに誰にも誘われることはないだろうと思っているし、踊る必要はないとさえ感じていた。それでも父が「娘たちと踊りたい」と言い出したため、渋々レッスンを受けている。
ダンス自体は嫌いではないけれど、舞踏会のことを考えると、どうしても憂鬱な気分になってしまう。
(ダンスだけ終わったら、さっさと帰っちゃおう。)
そんなことを考えながらも、ひたむきにダンスの練習に励んだ。
夜になると、コルナスが目を覚ましていた。自然界ではありえないほどぐっすり眠れたらしく、見たこともないくらい満足そうな表情を浮かべている。
「たくさん寝られたみたいね。良かったわ。」
「おうよ。本当に居心地が良いぜ。」
コルナスは尻尾をゆっくり揺らしながら、部屋を見渡す。その仕草に、私も思わず微笑んでしまう。
「お腹すいたり、喉が渇いたりしていない?」
「大丈夫だ。俺たちはそんなに飲み食いしなくても平気なんだ。」
「へえ、そうなのね。」
コルナスのことをまだよく知らないけれど、少しずつその独特な生態に興味が湧いてくる。
「明日も朝から剣術の練習に行くけれど、一緒に来る?」
「そうだな。寝てばっかりだと体がなまっちまうから、外に出るか。」
「ふふ、わかった。じゃあ明日は一緒ね。」
コルナスは軽く頷き、再びクッションの上に身を沈めた。
「私はそろそろ寝ようと思うけれど、コルナスはどうする?」
「俺も寝るさ。この部屋は静かで落ち着くからな。」
「ふふ、それなら安心ね。おやすみなさい。」
「おう、おやすみ。」
小さな部屋に漂う穏やかな空気が、心を優しく包み込む。
明日は友達と外に出かける。相手は人ではないが、それでも十分幸せを感じる。
ずっとこんな毎日であることを願うばかりだ。