第11話 初めての友達(2)
「名前がないと呼びにくいわね。希望の名前はあるの?」
「特にないな。嬢ちゃんが呼びやすい名前にしな。」
「うーん、どうしようかな…。」
頭の中にいくつかの名前が浮かぶが、どれも何かが違う。しっくりくるものがない。その時、ふと耳元で何かが囁いた気がした。
「…コルナス?」
口をついて出たその言葉に、自分でも驚く。思わず視線をトカゲに向けると、彼は微かに目を見開き、まるでこちらを探るような表情を浮かべていた。
「フン、好きにすると良い。」
「気に入った?」
「知らね。」
そっぽを向きながらも、トカゲの尻尾がわずかに動いているのが目に入る。その仕草に、なんだか微笑んでしまった。
"コルナス"。どこからともなく聞こえてきたその名前。不思議なことだが、ここ最近の出来事を思えば、これくらい気にする必要もない気がする。
「もう少し鍛錬してから、家に戻ろうと思うんだけど、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。近くで狩りでもしてるから終わったら呼んでくれ。」
掌に乗せていたコルナスを地面に降ろすと、しっぽを左右に揺らしながら草むらに入っていった。私もカラスが再び来ないよう気を配りつつ、鍛錬を再開することにした。近くの草むらからはずっとガサガサと音が聞こえている。
「…疲れた、もう限界。」
素振りをしていた腕はだいぶ重く、きれいなフォームを保てなくなってきた。変な癖がつく前に切り上げよう。
コルナスを探すと、草陰からこちらをじっと見ていた。
「もう終わりかよ?」
「うん、今日はこれ以上無理かな。さ、帰ろうか。」
しかし、屋敷に帰る途中で考え込んでしまう。家の人にどう説明する?新しい友達を連れてきました、と紹介するべき?いや、それはさすがに無理がある…。
「そんなに悩むことじゃねえだろ。そこの小屋に入れておけばいいじゃないか。明日の朝、鍛錬に来る時に出してくれればいい。」
コルナスがぶっきらぼうに言う。
確かにそれも手だけれど、小屋は扉が閉まる密室だし、父が来たら見つかるかもしれない。それに、もう秋も近づいている。夜は寒いんじゃないか?
悩んでいると、腰につけているポーチに目が行った。
「ねえ、ここに入って一緒に私の部屋に行こう?ご飯も寝る場所もトイレも、後でゆっくり考えればいいから。」
ポーチの中はハンカチしか入っていない。柔らかい布がクッションになって居心地が良さそうだ。私はコルナスの前にしゃがみ込み、ポーチを広げてみせた。
「ほう…悪くない提案だな。」
コルナスは少し考える素振りを見せた後、すんなりとポーチの中に入った。
「大丈夫?苦しくないなら閉めるわよ。」
「平気だ。閉めてくれ。」
慎重にボタンを閉めると、中を覗き込んだ。コルナスは柔らかいハンカチに包まれ、まるでベッドに横たわるように満足げだ。
「これなら問題なさそうね。」
私はポーチを丁寧に扱いながら、屋敷へ向けて歩き出した。
自室に戻ると、机の上にポーチを置き、ボタンを開けた。
「着いたわよ。大丈夫だった?」
「もう着いたのかよ?ポーチの中、結構快適だったぜ。」
コルナスは名残惜しそうにポーチから出てきた。そして部屋をきょろきょろ見回す。
「ふーん、なかなか悪くねえ部屋だな。で、俺はどこで過ごすんだ?」
「それが悩みどころなのよね。トイレとかご飯とか、どうしたらいいかしら…。」
「トイレも食事も、朝鍛錬に行く間に済ませるから、そんとき外に出してくれりゃ十分だ。それ以外は部屋でおとなしくしてりゃいいだろ?」
「そうね、でも使用人が準備の手伝いや掃除に入るのよね…。」
「もうめんどくせえから紹介しちまえよ。」
「そうね、私の専属の使用人は一人だけだから、それもいいかも?」
紹介する前に、コルナスが危険ではないと目でわかるといいのが…。
考えるとあることを思いついた。
「ちょっと試したいことがあるんだけど…いい?」
コルナスはじと目で私を見上げる。
「…変なことじゃねえだろうな?」
「そんな怪しいことじゃないわよ。ちょっと待っててね。」