第10話 初めての友達(1)
使用人が減ったことで、新しい使用人を雇うことになった。同じような問題が二度と起きないよう、父と母が慎重に厳選することにしたため、朝の剣術の稽古は3日に1度となり、残りの日は自主練習をするように言い渡された。
小屋には姿見の鏡が用意されており、素振りをしながら自分の動きを確認できるようになっていた。少し重いが、毎朝その鏡を持ち上げて小屋に立てかける。
その日も姿見を設置していると、草むらから何やらガサガサと音が聞こえた。不思議に思い音のする方へ近づくと、小さな声が聞こえてきた。
「やめろ!近寄るな!食べても美味しくないぞ!」
何事かと思い声のする方へ向かうと、一羽のカラスと、その前で口を大きく開けて威嚇している白いトカゲがいた。
「だからやめろって!つついたら許さないからな!」
どう考えてもトカゲがしゃべっているように聞こえる。戸惑っていると、小枝を踏んでしまい音が鳴った。
驚いたカラスは羽ばたきながら飛び去り、残されたトカゲはじっとこちらを見上げている。
もしかして、しゃべれる…?
そんな考えがよぎり、私は恐る恐る声をかけてみた。
「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
「けっ、言ったところでわからねえだろうに、何話しかけてんだよ。」
どうやらこのトカゲ、口が悪いらしい。
「あの…私、あなたの言葉がわかるみたいです。」
「え?」
トカゲの瞳が驚きに見開かれる。しばらくの沈黙が、なんとも言えない奇妙な空気を生み出した。
「おい、今…俺の言葉がわかるって言ったのか?」
トカゲはじりじりと後ずさりしながら、警戒心をむき出しにして尋ねる。
「ええ、どうやらそうみたいです。私もなぜかわかりませんが…あなたの声がちゃんと聞こえています。」
私は恐る恐る答えた。この状況がどうして起こっているのか、まったく理解できないが、嘘をついても仕方がないと思った。
トカゲはしばらく私をじっと見つめていたが、やれやれといったように首を左右に振った。
「お前は俺に危害を加えないな?」
「はい、そのつもりはありません。」
「ふーん」
そう言うと、トカゲはこちらに近寄ってきた。
その体は真っ白なうろこで覆われ、日の光に照らされてキラキラと輝いている。黒くくりっとした目に、ぷっくりとした尾。爬虫類なのに妙に可愛らしいと感じてしまう。
私はしゃがみ込み、目線を近づけた。
「助けてくれてありがとうよ。俺こんな見た目だから生きていくのが難しいんだ。」
確かに、こんなに目立つ輝きを放っていたら、狙われてもおかしくない。
「間に合ってよかったです。私はアリシア・デ・ラ・クロワと申します。こちらの屋敷の娘です。」
そういってそっと手を差し出した。
「おいおい、貴族のお嬢様が、俺なんかに自己紹介かい?たいしたもんだぜ。」
あきれながらもなぜか手に乗ってきた。
トカゲはしっぽは乗り切らないが、何とか手に収まるサイズだ。ひんやりとしたうろこの感触が心地よく、少し笑みがこぼれる。
「俺は…名前なんてないんだ。気づいたらここにいて、生きるのが毎日大変でさ。どうだい、嬢ちゃん。トカゲ助けだと思って俺のこと飼わないかい?」
トカゲの目をじっと見つめる。近くで見ると、口角が少し上がっているように見え、その表情がさらに愛らしい。ペロッと舌を出しながら首をかしげる様子に、私は思わずうなずいてしまった。
「これからどうぞよろしくお願いします。ただ…会話ができるのに『飼う』っていうのは少し違和感がありますね。どうでしょう、お友達になりませんか?もちろん住む場所と食事はお任せください。」
「そうかい?それじゃ、友達としてよろしくな。」
トカゲの軽い返事に、私は思わず小さく笑みを浮かべた。
今まで私は、この黒髪のせいで友達なんて一人もいなかった。周囲からは気味悪がられ、遊びやお茶に誘われたこともない。
けれど、このトカゲはそんな偏見とは無縁で、自然に言葉を交わしてくれる。それが妙に心地よくて、嬉しかった。
奇妙な関係ではあるけれど、初めてできた友達。その響きに胸が少しくすぐったくなる。
私はそっとトカゲを手に乗せたまま、思わず微笑んだ。
「なんだよ、笑って気持ち悪いな。」
トカゲはそう言いながらも、心なしか尾を小さく揺らしている。どこか照れくさそうに見えるのが面白くて、私はさらに笑みを深めた。
「ごめんなさい。でも、なんだか嬉しくて。」
「けっ、あとな、友達なら敬語はやめな。やりにくいぜ。」
トカゲはなぜか挑発するように目を細めてこちらを見た。
「…そうね、そうするわ。」
私もお返しかのように目を細めてにやりと笑った。