迫る危機、そして過去の影
木製の車輪が、けたたましく悲鳴を上げ、馬車全体が、まるで、打ち震えているかのようだった。早朝の冷たい空気が、開け放たれた窓から容赦なく入り込み、レイアの肌を刺す。レイアは、窓の外を睨みつけ、小さく、舌打ちをした。くすんだピンク色のパーカーのフードを深く被り、鋭い視線を、遠くの森に突き刺す。古代遺跡「緋色の夜明け」へと向かう道。だが、レイアの心は、既に、不穏な予感に、ざわめいていた。
鮮やかな真紅のポニーテールが、馬車の激しい揺れに合わせ、まるで、怒っているかのように、激しく跳ねている。普段は、背中で静かに揺れているだけのポニーテールが、今日は、まるで、神経を逆撫でされているかのように、不規則に、そして、苛立たしげに震えている。レイアは、そのポニーテールを、鬱陶しそうに、手で払い除けた。
「……どうしました?レイアさん」
ルイスが、馬車の向かい側の席から、レイアの様子を、窺うように、心配そうな声をかけた。その薔薇色の瞳は、早朝の薄暗がりの中でも、変わらず、美しい光を放っているが、その奥には、僅かな不安の色が、見え隠れしていた。ルイスは、深い青色のローブを身につけ、銀色の刺繍が施されたそのローブは、朝日に、微かに照らされ、鈍く光っていた。腰には、宝石が散りばめられた魔術書の鞘が下げられており、それは、単なる装飾品ではなく、魔力を増幅させるための、魔道具でもある。
「……別に、何でもない。ただ、この揺れが、少し、癇に障るだけだ」
レイアは、冷たく、突き放すように答えた。その声は、普段よりも、さらに低く、そして、刺々しかった。馬車の揺れは、彼女の神経を逆撫でし、過去の忌まわしい記憶を、呼び起こそうとしているかのようだった。
「……そうですか。何か、ありましたら、遠慮なく、おっしゃってくださいね」
ルイスは、少しだけ、怯んだように、後ずさりをした。
「……ああ、分かった」
レイアは、そっけなく、返事を返した。彼女のポニーテールは、まるで、ルイスの言葉を拒絶するように、ピクリと跳ね上がった。
(……本当に、最悪だ。また薄気味悪い古代遺跡に行かなくちゃならないのか。絶望的な記憶が蘇ってくる気がして、吐き気がする)
レイアは、心の中で、そう毒づいた。彼女は、窓の外に広がる森を、鋭い眼光で、睨みつけた。その森は、不気味なほどに静まり返り、まるで、獲物を待ち構えている捕食者のようだった。
馬車は、やがて、王都の境界線を越え、森の中へと、深く侵入し始めた。木々の枝葉が、空を覆い隠し、陽の光を遮る。森の中は、薄暗く、じめじめとした空気が、レイアの肌に、まとわりついた。腐葉土と朽ちかけた草木の、入り混じった匂いが、鼻腔をくすぐり、不快感を増幅させた。ポニーテールは、森の陰鬱な雰囲気に、まるで、苛立ちを募らせているかのように、激しく震え続けた。
「……ルイス、警戒を最大限にしておけ。何かがおかしい。この静けさは、まるで罠だ」
レイアは、低い声で、命令した。その声には、確かな緊張感が、滲み出ていた。彼女の琥珀色の瞳は、鋭く、そして、冷たく、周囲の状況を、捉えようとしていた。
「……はい、承知いたしました。私も、そう感じます」
ルイスも、頷き、魔術書の鞘に手をかけた。その指先は、やはり、微かに震えていたが、その瞳には、強い決意が宿っていた。
馬車は、さらに奥へと進み、やがて、獣道に入った。木の根が、道に張り出し、馬車は、まるで、今にも壊れそうなくらい、激しく揺れた。そして、その時、突然、馬車の周囲の静寂が、暴力的に、破られた。木々の間から、黒い影が、一斉に飛び出し、馬車を取り囲んだ。黒いローブを身につけた、複数人の人影。黒曜の守護者たちだった。
「……やはり、来たか」
レイアは、冷たく、呟いた。彼女は、背負っていた大剣を、ゆっくりと抜き放った。その剣身は、朝の光を反射して、冷たく、そして、鋭く輝いた。レイアのポニーテールは、まるで、獲物を狙う獣のように、背筋に沿って、逆立ち、今にも、飛びかからんばかりの勢いだった。
「……ルイス、ここは、私が、片付ける。お前は、後ろに下がってろ」
レイアは、ルイスに、命令した。その声は、普段の、ぶっきらぼうな口調とは違い、僅かに、優しさを滲ませていた。彼女は、ルイスを、これ以上、危険な目に遭わせたくなかった。
「……レイアさん、だめです。私も、戦います。あなたを、一人で行かせるわけにはいきません」
ルイスは、そう言いながら、魔術書を収めた鞘から、魔術書を取り出した。宝石を散りばめた鞘が、朝の光を浴びて、まるで、星のように、きらきらと輝いた。ルイスは、魔術書をゆっくりと開くと、呪文を唱え始めた。その瞳は、真剣な光を帯びていた。
「……Ancient Crystal - Break!」
ルイスの声は、古代の言葉と現代魔術の詠唱が組み合わさった、独特の響きを持っていた。それは、彼が、長年の研究によって、理論的に解析し、そして、編み出した、渾身の術だった。彼の周りに、薔薇色の魔力が渦巻き、瞬く間に、巨大な結晶を作り出した。それは、巨大な薔薇の花のように、美しかったが、その美しさとは裏腹に、その結晶には、強力な魔力が秘められていた。結晶は、まるで、意思を持つかのように、ルイスの指示を、待っていた。
黒曜の守護者たちは、ルイスの魔法に、一瞬、驚愕の表情を浮かべた。そして、次の瞬間、彼らは、黒い炎のような魔法を使い、レイアとルイスに、襲いかかった。レイアは、大剣を、まるで、風を斬るかのように、激しく振り回し、黒い炎を、叩き落とした。その剣技は、長年の戦いで、完全に、研ぎ澄まされており、黒曜の守護者たちの攻撃を、いとも簡単に、防ぎきった。
そして、次の瞬間、ルイスが、結晶を操った。巨大な結晶は、まるで、意思を持つかのように、鋭い刃を形成し、高速で、黒曜の守護者たちに、襲いかかった。結晶は、黒曜の守護者たちのローブを、まるで、紙のように、切り裂き、そして、その身体を、容易く、貫いた。結晶は、まるで、花が散るかのように、砕け散り、同時に、三人の黒曜の守護者の動きを、完全に、止めた。彼らは、絶望的な表情を浮かべ、その場に、倒れ伏した。
(……ルイス。まさか、ここまで、強くなっていたなんて)
レイアは、心の中で、少しだけ、驚いた。ルイスの魔法は、以前よりも、ずっと強力になっていた。そして、その力は、黒曜の守護者たちを、完全に圧倒していた。黒曜の守護者たちは、仲間が、瞬く間に、倒されていく様子を、目の当たりにし、僅かに、動揺した。彼らの魔法は、明らかに、先程よりも、威力が弱まっていた。
(……面倒なことばかりだ。けど、それでも、私は、戦わなければならない。そして、この戦いが、次の冒険に導いてくれると、信じよう)
レイアは、心の中で呟いた。彼女は自分の力を信じ、そして、ルイスを守るために、戦い続けた。その姿は、まさに、鋼の心を持つ、女戦士だった。彼女のポニーテールは、まるで、彼女の心の炎のように、激しく、そして、力強く、揺れていた。大剣の刃は、朝の光を浴びて、鋭く、そして、冷たく輝いていた。
(……さあ、来なさい。私は、あなたたちを、絶対に、倒して見せる。そして、私は必ず、未来へと辿り着いてみせる!)
レイアは、静かに、そう思った。そして、彼女は、大剣をさらに強く握りしめた。その瞳には、決意と、そして、希望の光が、確かに、宿っていた。そして、黒曜の守護者たちを、睨みつけた。残りの黒曜の守護者たちは、僅かに、怯んだように見えた。