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不穏な噂と、新たな冒険への出発

 レイア・ナラタは、朝もやの立ち込める王都イグレシアの冒険者ギルドの路地で、静かに立ち止まった。ピンクのパーカーのフードを深く被り、鮮やかな赤いポニーテールが、その下から、まるで、炎のように、小さく揺れている。背中の大剣は、いつもと変わらず、静かに、しかし、どこか、警戒するように、かすかに、震えていた。まるで、彼女自身の感情を表すかのように。


 (……そして、今日の空模様は、快晴ね。まるで、私たちを、新しい冒険へと、誘っているみたいに。だけど、この先には、きっと、嵐が、待ち受けている。)


 レイアは、自嘲気味に呟きながらも、ギルドの扉をゆっくりと押し開けた。

 

 ……扉が開いた瞬間、ギルドの中は、一段と大きな騒がしい声で、満ち溢れた。それは、いつもと変わらない、朝の喧騒だったが、今日のレイアには、いつもより、ずっと大きく、そして、鮮やかに、聞こえた。それは、まるで、彼女の心を、鼓舞する、始まりの合図のようだった。そして、その騒がしさは、やがて、彼女の心に、安らぎと、そして、小さな、期待を、与えていた。

 

 ……ギルドの中では、冒険者たちが、朝食を取り、談笑し、そして、新しい依頼を吟味していた。テーブルの上には、焼き立てのパンや、肉の焼ける匂いが立ち込め、ギルドの隅にある暖炉では、薪がパチパチと音を立てて、燃えている。そして、それは、まるで、レイアの心を、暖めてくれるようにも、感じられた。

 

 ……そんな活気の中で、レイアの目は、すぐに、ある場所に、釘付けになった。そして、それは、彼女の、心の奥底にある、何かを、呼び覚ますように感じられた。

 

 ……そこには、薔薇色の魔力を纏った、細身の背中があった。整然と並べられた古文書の山。そして、優雅に紅茶を啜る、少し子供っぽい仕草。その手には、いつもと同じ、宝石が散りばめられた、魔術書の鞘が、光を反射して、静かに、輝いていた。その、あまりにも、整然とした佇まいは、周囲の喧騒とは、対照的に、見えた。


(本当に、この男は、いつ見ても、変わらないわね。けど、そんな、彼だからこそ、私は、どこか、安心してしまうのかもしれない)

 

 「相変わらずだな、坊や」

 

 レイアの声が、静かに響いた。そして、それは、ギルドの喧騒の中に埋もれることなく、その声の主に、きちんと、届いているようにも、感じられた。

 

 ……その声に、ルイス・アルバートはゆっくりと振り返った。王立魔術学院の制服を思わせる端正な服装。手入れの行き届いた銀色の髪。そして、周囲を威圧するような気品。しかし、レイアは見逃さなかった。彼の指先が、以前と変わらず、わずかに震えているのを。そして、彼の瞳には、以前のような、自信ではなく、微かな、不安の色が、宿っていることを。

 

「レイアさん。おはようございます」

 

 ルイスは、表面上は穏やかな挨拶をしたが、その声には微かな緊張が混じっている。沈黙の谷での冒険から二ヶ月。互いを認め合ったはずの二人だが、まだ、ぎこちない空気が漂っていた。それは、レイアが、魔術への、不信感を、完全に、拭い去ることができていないのかもしれない。


(……だけど、そんな、あんただからこそ、私は、信用してみたいと、思えてるのかもしれない)

 

 「もう来てたのか。貴族様が朝っぱらからこんな場所で待ってるなんて、珍しい」


 レイアは、からかうような口調で言った。そして、それは、以前のような、嫌味ではなく、親しみを込めた、言葉だった。

 

 ……ルイスは、その言葉に、一瞬だけ、眉をひそめた。しかし、以前のような、反発はなかった。代わりに、薔薇色の魔力が空気中で、かすかに揺らめいた。そして、それは、まるで、彼の、感情を、映し出しているかのように、優しく、そして、美しかった。

 

 「もちろん、レイアさんを、お待ちしていたんです。そして、今日から、レイアさんと、共に、新しい冒険を始めることができるのですから。そして、それは、きっと、私たちを新たな運命へと導くものだと、感じています」

 

 ルイスの言葉に、周囲の喧騒が一瞬止まったように感じた。そして、ギルドの中にいる、すべての冒険者たちの視線が、レイアとルイスの二人に集まっていることに、レイアは気が付いた。そして、それは、レイアの、心臓を、少しだけ、高鳴らせた。


 (……ああ、もう。そんな言葉を発してたら、とにかく目立つったらありゃしないわね。けど、悪い気分ではないわね)

 

 レイアは、大剣に手を置いたまま、カウンターに腰かけ、静かにルイスを見つめた。

 

 「前回の冒険が、妙な形で、広まってるらしいな」

 

 レイアは静かにそう言った。それは確認するように、そして同時にルイスの本心を探るように。

 

 ……ルイスは無言で頷いた。そしてその瞳には、以前のような傲慢さはなく、明らかな不安の色が浮かんでいる。

 

 ……沈黙の谷での彼らの活躍。古代遺跡の謎を解き明かし、魔物の脅威から街を救った冒険。その噂は、まるで誰かが意図的に広めているかのように、ギルド中に伝わっていた。そしてそれは、レイアの心を、どこか、ざわつかせ、そして彼女の、過去の記憶を、呼び覚ますように感じられた。


 (……なぜ?誰が?そして一体、何が目的なの?もしかしたら、これは、私を過去へと引き戻そうとする、誰かの、罠なのかもしれない)

 

 「オールドが、私たち二人に会いたがっていましたよ」

 

 ルイスの言葉にレイアは眉をひそめた。そして彼女は、ギルドの奥からゆっくりと近づいてくる、オールドの姿を認めた。その表情はいつもと変わらず穏やかだったが、その瞳の奥には、何か重い決意がみてとれた。そして、それは、レイアを、どこか、不安にさせた。

 

 「よく来てくれた、レイア、それに坊や。ようやく出発だってな。お前たち二人のことだから、きっと、また何かとんでもないことをしてくるんだろうと思ってるよ。それに、今回の依頼は、少しばかり、特殊なものだから、お前たちのような、特別な力を持った冒険者でなければ、務まらないだろう」


 オールドの声はいつもより低く重かった。


(……このオヤジは、いつも、そうやって、私の心を、揺さぶるのね)

 

 「とにかく今回の遺跡は危険な場所らしい。どうやら古代文明が滅亡する直前に何かとんでもないことがあった場所らしいぜ。」


 レイアは、オールドの言葉に、警戒心を強めた。そして、彼女の心には、再び、不穏な予感が、広がっていった。そして、それは、彼女の過去の記憶と、深く、繋がっていた。


(……なぜ?どうして?今になって、私に関わるようなことが、立て続けに起こるのだろう?私を、どこへ、導こうとしているのだろうか?)


 「それに、今回の依頼主は、お前たち二人の力を必要としている。沈黙の谷の異変を解決したのが、お前たちだっていう噂はなぜかギルドの中に、瞬く間に、広まってしまった。まるで誰かが意図的に広めているかのようにな」


 オールドの言葉にレイアとルイスは先ほど感じたことと同様だったために、顔を見合わせた。ルイスの薔薇色の魔力が警戒するように揺らめき、レイアの大剣が、再び、震えた。そして、それは、二人が、これから、向かうことになる、困難さを、暗示しているように感じられた。


(……やはり、これは全て、仕組まれたことなのかもしれない。そして、その罠は、私を何かに引きずり込もうとしているのだろうか?)

 

 「そして、その依頼の内容は、その噂に見合うように、難しいものになるかもしれない。だからこそ、お前たち二人に、この依頼を託したい。お前たちの力を、信じている。そして、お前たちなら、必ず、その困難を乗り越えることができると、そう、確信している」


 重い沈黙が落ちる。それを破ったのは意外にもルイスだった。

 

 「私の解析魔術と、レイアさんの実戦経験。確かに、この組み合わせは、古代遺跡の調査には、理想的ですよ。そして、その先で、私たちは、古代文明の真実に触れることができるかもしれないですよ。本当に楽しみです」

 

 レイアは、その言葉に思わず苦笑する。

 

 「あんた、随分と自信がついたじゃないか」

 

 「いいえ」ルイスは真摯な表情で否定する。「ただレイアさんと組めば、きっと大丈夫だと、そう信じているだけです。そして、もしかしたら、私たちは、その先で、魔術と剣術が、一つになる、その瞬間を見ることができるかもしれませんよ」

 

 その言葉にレイアは目を見開いた。かつての高慢な魔術師は、確実に変わっていた。そして、その変化は、彼女自身の心にも、変化をもたらしていた。


(……。あ、もう。本当に。あんたは。けど、そんな、あんただからこそ、私も、この先を、共に、歩んでいきたいと思っているのかもしれない)

 

 「甘いな、ルイス」

 

 レイアは立ち上がり、ルイスの肩に手を置いた。その仕草には、以前のような敵意はない。代わりに、どこか保護者めいた厳しさがあった。そして、その手は、以前よりも、ずっと、温かかった。

 

 「もし本当に誰かが糸を引いているなら、私たちの連携を読まれているってことだ。沈黙の谷での戦い方じゃ通用しない。身を引き締めて行こうじゃないか」


オールドは満足げに頷いた。

 

 「その通りだ。だからこそ、お前たち二人に頼みたい。互いに弱点や長所を理解してきているだろう?でも、まだ完璧とは言えない連携。それは逆に、予想外の力を生む可能性がある。だから、もしかしたら、お前たちの、そのいまの不完全である連携こそが、今回の依頼を、成功に導く、鍵となるのかもしれない。」


 外の喧騒が徐々に大きくなる中、朝日が窓から差し込み、ルイスの薔薇色の魔力と、レイアの鋼の剣を同時に照らし出した。そして、それは、まるで、二人の未来を、照らしている、光のようにも、感じられた。

 

 「さて、いくか?」

 

 レイアが問いかける。

 

 「お受けしましょう」


 ルイスの返答に迷いはなかった。そして、その瞳には、希望と、そして、強い決意が宿っていた。

 

 二人は互いを見つめ、かすかに頷き合う。その視線の先には、まだ見ぬ危険と、深まるはずの絆が待っていた。そして、その絆は、どんな困難にも、決して、揺るぐことはないと、二人は確信していた。

 

 ……そして、ギルドの扉が再び開く音が響いた。それは、新たな冒険の幕開けを告げるように、そして、同時に、レイアの、心の奥底にある、過去の悲しみと、決別するための、合図でもあった。


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