答え合わせの先の、ある意味アクシデント
「え、なに、それ。どんなお揃いだよ」
思わず口をついた俺の言葉に、ジュークが「ん?」と鼻を鳴らすように呟いてから俺を見て、目だけを動かして右斜め上をを見て、また俺を見て。
「たしかに!」
と言ったと同時に破顔する。
「これをお揃いって表現してくるとはなー。さすが、俺のセバスチャン」
「はあ? お前の俺になったつもりねぇし。ってか、変か? お揃いって表現」
そんなに笑顔になるようなこと、言ったか? 俺。
「まあ、あんましないよな。体に起きた変化について、お揃いって。身に着けるものだったら、お揃いって表現をしないこともないからわかるけど」
「そういうもんか」
「普通はな。…ま、セバスチャンだから別にいいけど。そういう言い方になっても、セバスチャンだもんなー…で片が付く気がする」
「俺の扱いって、んなもんか」
「ま、んなもんでもあるかな」
ふ…っ、と互いに笑ってから、慣れた感じで同じ空気に戻る。
「この話はここまでとしてさ、確認したいことあるってたじゃん。それって、いつやんの」
「さっき話してた確認したいってたやつ、やっていーか?」
そして同時に口から出てきたのは、言い方に違えはあれど同じ話題。
「なんだよー。先に言うなよ!」
「お前こそ」
あまりにもタイミングよすぎて、笑えてきちゃうな。
「ま、いーけど」
「俺もいーけど?」
「えらそうに」
「お前こそ」
「俺は偉いんだよ。ここんちの息子なんだからよ」
「はいはい」
またいつものような流れで話をして、目だけで笑い合って。
「じゃ、俺の方から話をしてくぞ」
「ん」
そうして話を本筋に戻すのも、たいていジュークだ。
「今から俺が持ってくる本を、お前が読めるか読めないか。答えがどっちかだとしても、どこまでやれるかやれないかの判断をさせてくれ」
ジュークがおかしなことを言い出した。
「お前さ、それって嫌味にしか聞こえないって」
「はいはい」
「俺が字を読めないのも、書けないのも、計算も買い物する時に使える程度しか出来ないって知ってんじゃん」
「はいはい」
俺の言葉を聞き流すような感じでジュークは椅子から立ち上がって、備え付けの本棚の方へと歩いていく。
「えー…っと、これと…それからこっちのジャンルのも確認してみるか。それと…あの資料も目を通させてみるか」
本棚のそばにある机に本を抱えたまま近づくと、引き出しからなにやら紙の束を取り出して本の上に載せた。
「よ…っと、意外と重くなったな。……ふう。お待たせ」
見ると6冊ほどか、結構ブ厚めの本を重たそうに持ってきて、ドサッと布団の上に置いた。
「これ、上から順番にザッと目を通してみてくれ。読むっていうより、目を通すって程度でいいから」
「目を通すと読むの違いが、この俺にわかると思ってるのが腹立つ」
こんな風に相手が環境とかの理由つきでやれないことを、ジュークが貶したりバカにしたりしたことなんかなかったのに。
(俺相手だから?)
けど、どんな理由だって俺んちの状況や環境を知った上で、こんなことをさせるっておかしいだろ。バカにしてる以外に何の理由が?
内心腹を立たせながらも、心のどこかで話せないことの中にこの行動の理由が隠れてるんじゃないかって、親友だからこそ信じたくもなってて。
(なんだかんだ言いながらも、俺ってジュークには甘いからな)
複雑な気持ちを抱えながら、一番上にある深い緑色の表紙の本を手にした。
「……え」
思わず自分で自分にびっくりだ。
(表紙になんて書いてあるのか、なんとなくだけどわかる)
驚きを隠せないまま、表紙をめくり本のページをめくっていった。
全部じゃないにしても、なんとなく…文章がどこかおかしいだけで文字自体は読めている。
なんだろう、この違和感。
他の国の言葉を間違えてこの国の言葉にしたみたいな?
そういうのをなんて言うんだっけ。
「……なあ、ジューク」
「んー?」
「よその国の本って、どうやったら読める?」
なんて聞けばいいかわからないなりに考えて、なんとかひねり出したのがこんな質問。
「あー…、そうだな。よその言葉を勉強するか、その本自体をまるっとこっちの国の言葉にしてもらうか」
「それって何て言うんだっけ」
「それって?」
「後の方に言ったやつ」
「あー…えっと、翻訳じゃないか。多分」
それだ! 間違いじゃなきゃ、多分それがおかしい感じになってる。俺の中で何が起きてるか知らないけど、ケガする前にはこんな本なんて一文字も読めなかったはず。せいぜい、自分の名前くらい。
「翻訳がおかしい」
パラパラと雑にページをめくるだけめくって、流し見て。パタンと音が鳴るほどの勢いで、本を閉じた俺。
「翻訳がおかしい? どういうことだ」
「…わからん。とりあえず他の物も見てみる」
「ん? ああ、まあ、ひとまず読んでみろ」
「……ん」
次はくすんだ赤い表紙の本。
「ま、じゅちゅ…の、つかう…? つかいかたって言いたいのか? んん?」
「そう読めてるのか」
「んー? わからん」
ペラペラとページをめくると、この本が魔法関係だってのは正解みたいで、魔方陣とかいうものだろうイタズラ描きみたいなものがちょこちょこ出てくる。
魔法は魔力さえあれば使ってみたかった。せめて生活魔法だけでも使えたら、家の助けになりそうなものを。
「いめぇ、じが、だいじ。ふだんみてい、るひを、けん? かん? かんさつか! かんさつして…いめぇじをする」
「お。読めてんじゃん、大体」
「っても、魔力なしに読んで無駄になる本ってやつな」
興味がある内容だけに、ページをめくる速さがさっきよりゆっくりになる。
「かわの、みず。ぐらすのみず。む…みぢか? にある、みずをかんさつして、おぼえ、て。めをとざ…とじて…うぉーたーととなえる」
川の水。グラスの水。身近にある水を観察して、憶える…か。ふ…とすぐそばにある水差しへ視線を移す。
(出るわけねえけどな)
目を閉じて、ただ呟く。
「ちょ…っ、セバスチャン?」
俺の様子に慌てたようなジュークの声と、俺の声が重なった。
「…ウォーター。なーんてな」
と、ビチャッと重たく湿った音がして目を開ける。
「…は?」
水差しのあたりに、バケツの水でもぶちまけたの? ってくらいの範囲で水がこぼれてた。
「え? 俺、目ぇ閉じてたから、何が起きたか見てないんだけどよ。何か起きたのか?」
アワアワする俺に、盛大なため息を吐きつつジュークが告げた。
「犯人はお前だよ」
何言ってんだろうなと即座に思って、右へと首をかしげる。
「ヨクワカリマセンみたいな顔すんな。お前、呪文唱えたろ? たった今。俺の目の前で」
次は左へと首をかしげた。
「おい。現実逃避でもしてんのか。それとも責任逃れか、こら。絨毯がビッチャビチャじゃねえかよ。さすがにメイドを呼ばねぇとな」
「だってよ、おかしいだろ? 俺なわけねぇじゃん? 俺、魔力なしだぞ? 平民さまだって知ってるよな? 平民と平民の間に生まれた、ザ☆平民! って感じでしかないこの俺のどこに、魔力なんてものがあると?」
母親に後でみんなで食べましょうねと言われてた肉を、ちょっと一口だけと思いながら、ちょっとがいっぱいになって…。気づいたら半分くらい食っちゃってた時のように、ものすごい勢いでいい訳みたいにまくしたてる。
「俺なわけねぇじゃん? んなこと、ない! ない!」
手をブンブン振って、違う違うと必死に訴える。
「じゃあ、今度は目を開けて同じことやってみろ。どうせ後でメイドに片させるんだから。悪化したって変わらないだろ」
「えぇええええ? 無理無理! 出来るわけない」
「俺の目の前でやったんだっつーの、たった今。ってことで、ほら、水差しの方を見ろ。ほーれ、イメージイメージ」
そう言いながら、ジュークの方へ向いていた俺の顔を、あごを掴んで無理矢理水差しの方へと向けようとする。
「いふぁいっふぇ」
結構強めに掴んできてるもんだから、口元が歪む。
「無理に決まってんのに」
グイグイ押されていたあごのあたりを手で撫でて、口を尖らせながら水差しの方へと目を向ける。
それから水浸しになっている絨毯を見て、もっかい水差しを見て。
(乾かす魔法があればいいのにな)
濡れたせいで絨毯の一部が色を濃くしてて。
(本当に俺がやったって確定したら、俺も片すの手伝おう。乾かすような魔法まで使えるはずないから、せめて雑巾で水を吸い取って絞って…って地道にやろう! うん)
これから片づけをすることになるだろうメイドさんに、自分の分も道具の準備を頼もうと決めた。
水差しだけじゃなく、目の前の濡れた絨毯を見ても、水へのイメージは十分すぎるほどで。
「……ウォーター」
イメージしたままに頭の中の姿が、まんま空中から出てきてパシャンと水音を立てながら水差しへと落ちていった。
水差しから溢れた分がこぼれ、床の絨毯をさらに濡らしていく。
「う…わ」
いろんな驚きで、そう呟くのが精いっぱいで。
「な? 犯人はお前で合ってるだろ」
「………」
「ってか、魔方陣もまともな呪文詠唱無しで発動って」
無言になった俺に構わず、ジュークが文句か何か言ってるけど知ったこっちゃない。
(いつから魔力が? 俺にも魔法が使える? 平民なのに? 俺の両親もじいさんもばあさんも、その前だって平民だったって聞いてるのに?)
こんなの、今までの自分のひっくり返すようなできごとじゃねえか。無言になるわ、そりゃ。
「じゃ、ついでにもう一つ試すか」
自分と向き合いきれていない俺を置いて、ジュークが俺の手元の本のページをめくっていく。
「あー…っと、これだ。さっきみたいな感じなら、イメージだけでいけるだろ。…お前なら」
とか言いながら指さされたページの魔法を読む。
「どら、い? かぜと…ひの、ふくざ…ごう?」
「複合」
「ふくごう…まほう? あたたかいかぜ…いめぇじ? なつの…みち? あつ…いか、ぜ。せんたく、ものが、かわく」
夏の道? 薄っぺらい靴だと、歩くのも嫌な道がある。石だらけの道あたりは、そうなってるのが多いな。
それと洗濯物かよ。濡れた俺のシャツを干す母親。太陽がそれを照らして、夕方にはそれが乾いて。
「魔法はその魔法で何をしたいか、どういう流れで使いたいか。想像出来てなきゃ、正しく発動しねぇ」
ジュークが魔法をガンガン使ってるイメージとかないけど、この口調なら何かしらの魔法を使ったことがあるか、習ったことがあるのか?
(この手の話をしたことがなかっただけで、実は?)
今までの彼とのたくさんのやりとりを思いだすけど、やっぱり話題にすら出したことがない。お互いに。
「ドライは、乾く…だ。自分で濡らしちまったその絨毯、乾かしてみろ」
ドライは乾く。ドライは乾く。乾かす。絨毯の水分を、温かい風で。
(…いや。それだけじゃ無理じゃないか? あれだけ派手に濡れてるのに)
ドライと呟きかけて、開きかけた口を閉じる。
水を出せたんなら、水をどこかにやることも出来たんじゃないか。
水をどこかにやって、それでも濡れてるところなら乾かせるんじゃないか? さすがにあんなに濡れまくってるのを、ドライって魔法だけでどうにか出来るとか思えない。
そんなに簡単に願いが叶えられる魔法があるはずがない。
「この部屋って、一階だったよな」
「あ? ああ」
窓の方へと視線を向ければ見慣れた樹が見えて、風があるのか枝先がわずかに揺れていた。
(窓って開けた方が成功する? どうなんだ? 窓を開けていなくても、その水をそっちに飛ばすってイメージしたらいいのか?)
自分が思いついたことなのに、どうにも上手くまとめられない。
「ああ! もう! どうにでもなれ! 誰もいませんように!」
ドライと呟くわけでもなく、濡れっぱなしの絨毯を見つめてから窓の外へと視線を流す。チラッと見ながら、誰もそこにいなさそうでホッとする。
「……え、あれ? 水?」
ジュークが絨毯の変化に気づいて声をあげたけど、今の俺はそれどころじゃない。思いついていることをイメージできているうちに、試してみなきゃ。
「ドライ! ドライったら、ドライ! 乾け!」
うっすら濡れている程度の色合いだった絨毯へ、ドライの魔法をかけてみる。
一瞬の間の後に、小さくシューッと音がしたかと思ったら、絨毯は他の絨毯と同じ色合いに戻っていた。
「…はぁーーーっ。なんとかなったか!」
変な汗かいた。すごく焦った。
その俺の様子を見て、ジュークが窓の方へと早足で近づいたかと思うと、勢いよく外へと開けて下を覗きこんだ。
窓のふちんとこで固まってる彼の背中に「どしたの」と、ベッドから声をかける。
やや間があった後に、勢いよく振り返った彼の顔色が悪い。
「大丈夫か? 顔、青いけど」
俺の看病かなにかで無理してたのかな? なんて呑気に考えていた俺の耳に、彼の低い呟きが届く。
「俺の心臓、止める気か?」
って、俺が思ってもいないことを。




