やっと本題…?
意識が戻る前に、アイツに念押しされたことを思い出す。
奴が許可出すまで、絶対に目を開けないってことだったはず。
すぐそばに、人の気配。それと、自分よりすこし体温が低めの肌が、顔の何かを確かめるように触れては離れてく。
頬に触れる感じで、執事のジイさんが俺の目のあたりに包帯を巻いてるっぽいのは分かった。ジイさんの指先って、なんとなく…ほら、カサカサってか。若くないってか。そういうことをポンポン口にしちゃうから、執事のジイさんにもよく睨まれてたんだけどさ。
(ってか、この状況って)
俺の意識が戻ってることに気づいてるか、まだか。声をかけていいのか、状況がわからないだけにためらう。
(どうしてたらいい?)
大した頭がいいわけでもない自覚はある。悩んでも答えが出ないって知ってんのに、一応悩んどく。
(声がかかるまで待てばいい?)
そう頭に浮かんだ瞬間、釘を刺されたはずのことをやりかける。
危ない、危ない。
(やっぱ…なんとなく部屋にいる人の気配が極端に少ない気がするから、思いきってかけちゃう? 声)
寝たふりがバレないようにって思うのに、まぶたがピクピクする。包帯を巻かれただろうから、バレない? 多分? 大丈夫……?
(こういう時って、どうしたら震えなくなるんだ?)
誰かに相談することも出来ずにいれば、静かな部屋の中から変な声が聞こえてくる。
「ふ……ック」
なんだ? これ。
「くっ……はっ…」
くぐもった感じの、声? それとも、吐息? どういう状況なんだよ。
「ぷ……っ」
気になる。
ものすごく気になって仕方がないけど、俺は根は真面目だから目を開けない! 開けないったら、開けない!
(ガンバレ、俺。誘惑に負けるな。ジュークの言いつけを、絶対に守るんだ)
とか自分に言い聞かせてると、心の中にもう一人の俺が「待てよ!」と声をあげる。
(ジュークの言うことなんざ、今までお利口に聞いてきたことがあったか? 言うことを聞いたことがあったとしても、いいことがあったか? …いや! 無い! アイツの言うことを聞いて、ラッキーとか得したとかあったか? …いや! 無いな! ……なあ、そうだろう? 俺!)
思いのほか、ジュークに対しての愚痴っぽいものを含んだ言葉を吐いてた。
自分であって、自分じゃない誰か。
そいつの言葉には、何度かウンウンとうなずいてた。
ま、結局のところは、いわゆる俺の言葉じゃん! なんで。ようするに、自問自答(笑)
とか考えてる最中にも、ずっと謎の声ってーか呼吸は聞こえててさ。
「く、ふ…っ」
一体なんなんだよと若干ムカつきはじめた頃合いで、俺のひたいに痛みが走った。っていっても、軽めの。
パチンと爪を弾いた音。と同時に、ひたいに一点集中の痛み。ようするに、デコピンとかいうやつだろ。
(いってぇー)
さらにムカついたものの、真面目でお利口な俺は無言を貫く。ガンバッテル、オレ。
今度は自分で自分を褒めたところで、ハッキリと呼ばれた。
「いーぞ、もう。とっくにお前が起きてるってことくらい、気づいてんだよ。寝たふり、下っ手くそかよ。セバスチャン」
俺の名前であって、そうじゃない名前を。
「目隠ししてんのは、外していいのか?」
ゆっくりと体を起こす。ベッドに手をつこうとすると、背中と肩を支える腕の感覚があった。ジュークか、執事のジイさんか。
「それは、まだダメだ」
思ったよりも顔のそばで声がして、肩がビクッと揺れた。
「じゃ、なんで声かけたんだよ」
心臓がバクバクいってる。
「お前の演技が限界を迎えてたんだよ、バァカ」
「バカって…お前にだけは言われたくねえな」
「…は? お前に言えるのは、俺だけなんですけどねぇ」
「なんで敬語」
「腹が立ちすぎると、敬語にもなるってものでしてー」
「…気持ち悪っ」
「はぁあ? お前にだけは言われたくないんですけどー」
とかなんとか揉めてる間に、バクつきも治まってくる。
ジュークなんだろう相手とギャアギャアやりあってるその近くで、瓶か何かがぶつかる音がした。
カチャカチャ…と、小さく。そして、何回も。
「ま、それはどうでもいいとして」
その音に気を取られてると、ジュークが話をぶった切ってきて。
「あとすこししたら、知り合いがやってくるから。クランって奴が。そいつが来てから、準備が出来次第でお前の目をちょっと診てもらう」
「目…? こうして包帯か何か巻いてるってことは、俺は目を怪我したのか?」
「あー…まあ、近からず遠からず?」
「なんだよ、それ。なんでハッキリ言えねえの? 俺には自分の体について、知る権利ってもんがあると思ってんだけどな」
「あー…まあ、正解のようで不正解?」
また、どっかフワッとした返事だ。
「チッ。…なんなんだよ、気持ち悪い。そんなに言い出しにくいような病気なのかよ、俺。…なら、金かかるじゃんか。……俺んち、んな診察してもらうような金なんか出せねえの…知ってんだろ? ジューク」
骨が折れたって、足をくじいたって。俺たち平民は基本的にはガマンするか、すこしだけ効く治癒魔法を安価でかけてもらうってくらいだ。
金がなきゃ、物々交換。
我が家の財布事情をよく知ってるなら、こんな話にならないはずなのに。とか、また思った。
「だから、金の心配はすんな。お前んちに負担がかかんねえようにするから」
とか言われたところで、タダより高い物はないと思ってる俺としては。
「うまい話に、いいオマケがあった記憶ねえんだっての」
そりゃ、食ってかかるだろ? 当然の話で。
「余計なこと考えなきゃ楽だってのに、変なとこでくっそ真面目なのが邪魔してくるな」
「……悪いかよ」
「…いーや? いーんじゃね? それもお前らしさだ」
と言ったかと思ったら、まるで弟の頭でも撫でてるようにそっと撫でられた。すごく優しく。
そういうのに不慣れな俺は、どうしてもすぐに反応してしまうわけで。
「……おい。なんで赤くなってんだよ」
ジュークにツッコまれるような状態になっていた。
「ほっとけ。そのうち戻るから…」
口を尖らせて、プイッとそっぽを向くとか…。
「ガキかよ。…ぷはっ」
(俺も同じこと思ったから、返す言葉がないや)
「………」
無言でいるしかなくなってしまっていた。
「あ。そういえばよ、セバスチャン」
その無言を無視したかのように、ジュークが別な話を振ってくる。
「ん?」
短く返すと、上半身を起こしてる俺の肩に何かが掛けられたのと同時に。
「どっか痛むとこないか? クラクラするとか、吐き気がするとか」
至近距離から、俺を心配するような言葉が降ってきた。
ギャアギャアやりあうことは少なくないけどさ、口は悪いクセに家族みたいなことを照れもせずに言ってくる。
どっちが兄貴か弟かわかんないけど、そんな感じの家族みたいでさ。
(なんてこと思ってるのをジュークの父親に知られたら、どうせまた睨まれるんだろ)
だから言わない。思ってても、口にすることはしない。二度と。
「今んとこ、大丈夫じゃねえ? どこをどう怪我したのか、知らねえけど」
「他人事かよ」
「事実だろうよ」
「ったく。…いいか? 後からでも、どっかおかしいって感じたら言えよ?」
「わかった、わかった」
「わかりやすくめんどくさそうに返事してくんな」
「…ははっ」
「笑ってごまかすな」
「うるせえ」
実際のところは、そこそこ血が出てたんだろうから怠いって感じはするんだ。でも、それっくらい。
もしかしたら、後から何かしら何か変だなってなるのかもだけど。
控えめにコンコンコンとノックの音が聴こえてすぐに、いつもの癖でドアの方へと振り向く俺。視界は塞がっているのにな。
「すまん。遅くなった!」
聞いたことがない声。若そうな男の声だな。
「いや。急に呼びだして、これだけの時間で駆けつけてもらえたんだ。十分、速いだろ。…助かる」
ジュークにしては珍しく、相手への態度が”酷くない”んだな。こういう態度も取れんのか。
「セバスチャン。さっき説明してた相手が来たから。お前の目を診察してもらう」
肩を軽く二度ほどトントンと叩かれてから、挨拶とともに説明をされる。
「どうも、はじめまして。クランと言います。今からセバスチャンさんの目を診ます。特に触れることはありません。私が指示を出したら、それに数回お付き合いしていただくだけで終わります」
「…はあ」
「今からこの部屋のカーテンを閉めます。その後は診察用の明かりを使います。包帯を外した後に、私がお願いをしましたら、ゆっくりと目を開けてください。そして指示に従った後は、診察次第ではまた包帯を巻くことになるかもしれません。その時はそう説明しますので、指示に従ってください。……なにかご不明な点はありますか?」
「いや。特には…。とにかく指示に従っていればいいんですね」
「そうですね。目に負担がかからないようにはしますので」
目に負担とか、やっぱり何かの病気なのか? 俺。
(見えなくなっちゃうとかだったら、かなり嫌だな。家の手伝いも出来なくなっちまう)
じわりと滲むように不安が増していく。
こうして俺がここで眠っていた間に、家に負担とか迷惑とかかけてなきゃいいけどさ。
「…ふう」
考えてもどうしようもないって理解してても、頭の端っこにぶら下がったままの思考は消せない。
勝手にもれるため息。無意識で奥歯をグッと噛んでいた。
カーテンを閉める音や、さっき数回聞こえていた瓶か何かをいじってるような音。それに、足音。
見えないってなると、こんなにも音に敏感になるもんなんだなと知る。
何をやっているのかが見えないってだけで、思いのほか不安が増してく。
「それじゃ、包帯を外しますね。合図するまでは、目は開けないままで」
また肩をトンと叩かれ、その指示にコクンとうなずく俺。
小さく耳元で包帯同士が擦れる音がしばらくしたかと思うと、ふ…と目のあたりがわずかに軽くなった。
ただ包帯を外しただけなのに。
「…………では、ゆっくりと目を開けてください。ゆっくり、ですよ?」
勝手に緊張しながら、ゆっくりと目を開けていく。
薄暗い部屋の中で、俺の右斜め前の少し離れた場所に光の球が浮いている。
昔、ジュークの知り合いってやつが見せてくれた魔法っぽい。なんだっけ、ライトとかいうやつ。
(でも、あの時に見たのより、まぶしくない。診察用とかって言ってたか。そういう風に明るさを調節できるのか。……いいな、魔法)
俺は、魔法なんてもんは使えない。
平民でもごくたまに魔力があるのがいるっていうけど、俺は残念ながら平均的な平民の部類。だから、単純にいいなと思う。
ボヤ―ッとしていた視界が、徐々にハッキリしていく。
(目が見えなくなったとかじゃなさそうで、ホッとした。これなら、家の手伝いは出来るかもしれないな)
やっと薄暗さにも目が慣れてきたなと思ったところで、左斜め前にアイツがいるのに気づく。
「あ。ジュークだ」
緊張感なんかどっか行ったみたいに呟いたそれに、ジュークが顔をそむける。
「え? なに」
失礼な態度とりやがってと文句を言えば、よく見ると半身を捩じってるだけで、なんか震えてるっぽいんだけど。
「どした? ジューク。感動の再会に涙が止まらないとかなんとかか?」
冗談めかしてそう言うと、ジュークが「ぷはっ!」と吹きだした。
「おっまえなぁ! なんなん?」
吹きだした後は、俺への文句だ。
「なんなん? って言われたって、どれへの文句だよ」
初対面の人がいる目の前で、ゲラゲラと笑われている俺。めっちゃ恥ずかしいっての。
「笑うなっての! 俺が変な奴みたいに思われるだろ? この人に」
ジュークへと、文句を言い返す。
「だ…だってよ! クックックッ…ぷははははっ! 緊張感、どーこ置いてった? 人の顔みた瞬間、緊張感なくしたろ」
それかよ!
「だってよ。何も見えないままだったろ? 声はお前だってわかってたにしても、姿見るとまた違うっていうか。ああ、アホジュークが突っ立ってるなーって安心してさ」
「あぁ?」
「…ほら。いつものお前だ」
なんてやりとりしていたら、別な意味でホッとした。
俺が怪我したんだろうタイミングで、ものすごく慌ててたコイツ。あんなに焦った声を出してるとこなんか、みたことなかったしな。
「よかった……いつものジュークだ」
安心した思いが、勝手に口からこぼれる。
「……セバスチャン」
笑ったり怒ったりと忙しかったはずのジュークが、わかりやすいくらい戸惑った顔に変わった。
「なんて表情してんだよ、お前は」
だから俺は、出来る限り笑ってそう言ったんだ。
すると戸惑った表情が、口元だけ歪む。その口元はかすかに震えてて。
「…なーに泣いてんだよ、バァカ」
呟くと同時に、両手をひろげて笑う。
「ガキじゃねえんだから、抱きつくわけねえだろ! …バーカ」
バーカと返してきた声は、いつもより弱々しくって。
「…じゃ、ハイ」
抱きしめるのはしないとか言われたんで、コッチに来いよと手招きをしてみた。
短いため息の後、二歩ほど俺へ近づいてきた。
ジュークへと手を伸ばすと、ギリギリ腰のあたりに触れた。
手のひらで数回トントンと軽く叩いて、「心配かけたな」と呟く。
重くならないように、って。
「当たり前だろ? お前は俺の執事にさせるつもりなんだから」
俺の言葉に帰ってきたのが、怪我をする前にも言われてたことだったもんで。
「しっつけえなぁ。俺のこと、名前だけで執事にしようとすんの、お前くらいだよ」
「だってセバスチャンだしな」
「だーかーらー、俺の名前はセバス! 勝手に名前を変えるな」
ジュークの腰にあててた手のひらで、思いきり腰を叩く。
「ってぇ!」
「ははっ」
多分これで空気が戻せたハズ。…多分?
自然と口元が笑みを浮かべてた。
「仲、いいんですねー。話には聞いていたんですけど…」
そこに入ってきた、別な声。
「そこまでじゃねえよ」
「そんなつもりないけど」
ジュークと俺とで、似たような言葉を同時に返すと。
「ほーら、仲良しだ。…ひとまず無事でよかったです。…ってことで、診察に入っても?」
のんびりした口調の彼が、俺たちの意識を”そっち”へと戻した。