どうしようもない
「………………何から話せばいーのか、わかんねえ」
散々ためらって、やっと押し出せた最初の言葉がそれかよ。俺。
「どれからでもいい。思い出した順でもいい。話をしながら、何かを思い出したなら…していた話に割り込んでしまってもいいんだ。…抱えていたことも、ついでに話してしまうといい。…どんな話だって、どれだけ時間がかかったって…いいんだ。今はまだ話せないと判断したことは、無理に話さなくても構わないから。…抱えている重たいもの、下ろしていーよ」
指先で優しく髪を梳きつつ、子どもに話しかけるようにゆっくりと紡がれる言葉たち。
その空気につられて、肩の力がずこしずつ抜けてく気がした。
「最初はさ…最初は、あの日……ケガして運ばれて、後から聞いたら血がいっぱい出てたせいでかやたら眠くって。…その中で見た夢のようで夢じゃないような不思議な何かを、遠巻きに見てた感じで」
「うん」
「今考えたら、下手すりゃあのまま死んでたかもしれないもんな…って状況の中で、長い長い夢みたいなもんを見ていた気がするんだ」
「長い夢、かい」
「…ん」
相づちを打ちながら、あの日のことを思い出す。大きなことも小さいことも。
「ここじゃないどこかにいた俺。ここだけど今じゃない場所の俺。いろんな時間いろんな場所にいた俺がいて、俺が生きて…死んでった。見た目は全員違うのに、なんでか…俺、同一人物だって感じてて。っても、いっつも途中からなんだけどな。誰かの過去か未来か、どっちなのかはわかんないけど。で…そいつの名前は、いつもカリナ」
「…うん」
目線だけを少し上へ向け、その時の情景なんかを思い出しながら話を続けた。
「俺が死ぬ時。…泣くんだ、アイツが。俺を抱きしめて。死ぬ俺を、必ずアイツが抱きしめて泣いてんだ」
あの夢の情景が、頭の中でさっきよりも色濃く再生されていく。
ああいう叫びのような泣き方を、なんて表現すりゃいいんだろ。まるですぐそばでその叫びのような泣き声が聞こえていそうな、妙な感覚に襲われる。
切なくなるその声に、胸がキュッと痛くて苦しくなった。
「語彙力だっけ? それとも表現力? どっちもなさすぎて、夢の中の状況やそれをみて感じたことをこれだ! って感じで伝えたいのに…それが出てこねえや」
歯がゆさを吐き出すと、クス…っと小さく笑う息みたいな声が耳に入った。
「なに…? んなおかしい? バカにしてる? 頭悪いなーって」
プイと顔をそむけると、さらにクスクスと笑う声がした。
「違うよ…違うんだ。……息子だった時と同じだなって、懐かしんじゃっただけだよ。ごめんね」
別に謝ってほしいわけじゃないのになと、視線を彼へと向ける。
…と、オマケのようにもう一度、彼が囁くように。そして向けられている視線は、どこかあたたか。
「ほんと…ごめんな」
二度目の謝罪は、さっきよりもどこか近く感じられて。その不思議な感覚に、俺はまた顔をそむけた。
「いいのにさ。別に…怒ってねえし」
自分の口から出た言葉がどこかガキくさくて、顔が熱くなった。
「………きーてもいい?」
不意に思いつき、この人なら答えてくれそうな気がして問いかけてみる。
「ん? なんだい」
あの夢ような…妙に現実味を帯びた中で引っかかっていたことを。
「さっき俺が死ぬ時の話をしたと思うんだけどさ。必ず泣く奴がいるって」
「…うん」
「多分だけど、俺さ、毎回毎回…誰かをかばって死んでた。……ん? いや…違う。…アイツを生かすために…死んでた? かばって? 違うかもしれないけど、どうしてか俺が死ぬキッカケ……アイツだった可能性もあって。俺が死ぬのも生きるのも…アイツ次第? って、急に頭に浮かんだんだけど。なにこれ。…………ああ、もう、なんなんだろ。聞いていいかって言っときながら、聞きたいことがまとまってねぇ」
質問なのかひとり言なのかわかんない言葉を、急かすことなく聞いてくれている彼がポツリと呟いた。
「質問がある時って、案外そんなもんだ。聞きながら、新しく気になることが浮かんでは、忘れないうちに口に出したくなるもんだ」
言ってることがなんとなくわかる気がして、苦笑いを浮かべながら言葉を続けた。
「そう言ってくれんならいいけど、まとまりがなくて詫びても詫びても足りないや」
「いいよ、別に。そういうの見越した上で、話をする前に言っておいたんだ。どれからでもいい、とね」
言われたことを思い出してみれば確かにそうなんだけどと理解しつつも、申し訳なく思わずにはいられない。
それでも彼が許可してくれているのなら、甘えさせてもらうほかないか。すこしためらってから、会話を戻していく。
「………一回や二回ですまなすぎて、さすがに繋がってるんじゃないかと思ってしまう。俺と《《アイツ》》の死が。…どっちかの死が相手の死に紐づいてるとすれば、片方が生きてりゃ両方生きられるとかってことは…? いや……違うか。そもそもで、死ぬ状況や条件は毎回違ってたんだ。んなこと…起こりうるのかな」
「一体何回そうなっていたのか、憶えてる?」
何度か口にした”毎回”という言葉を拾ってか、逆に質問される。
「何回……何回…だっけな。夢の中だけの回数で合ってるのかはわかんないけど…えーっと」
思い出せるだけの回数分、指を折っていく。
「4か5…? 記憶ないだけで、もう何回かあるかもしれないけど、それを確かめる術がないな」
「思ったよりも多いんだな」
「うん…。記憶があるものの内容が、殺されてる回数が一番多いかも。あ、一回だけ溺れてるな。ここじゃない世界っぽいとこで」
「溺れて? 川で?」
「いや、海って場所だな。今の世界で行ったことないけど。なんかものすごく派手な色の短いズボンみたいなの穿いて、似たような格好した友達らしいのとそこに行って……? ん? 溺れた時も先に溺れかけてた誰かを助けに行ったような…。あー、モヤモヤする」
モヤモヤイライラして、両手で頭をガシガシ掻いてしまう。
「まあまあ、落ち着きなよ」
子どもをなだめるみたいに、また頭を撫でられる。カッコ悪いなぁ。
「それじゃ、ちょっと確認させてね」
「ん? なにを」
顔だけ斜め上にあげて、視線だけじゃなく彼の方へと向く。
「今さっきまで話していたことについてだけど、夢みたいだけど自分の身に起きたことだと認識している…? それも、何回も回帰してた…と」
改めて言葉にされて質問を投げかけられて、あの夢の中を思い出せば思い出すほどにリアルな感覚が戻ってきそうだったんだ。
(こう…感じた時点で、誰かの記憶じゃなく自分の記憶って思ってるのかもしれないよな。思い出したって感じとは違うのが、歯がゆいけどさ)
「多分だけどね。ちゃんと思い出したって自覚でもありゃ、自分のことだって言い切れるかもしれない…んだろうか。視点が俺が見ているように見える時や、宙に浮いてある意味高みの見物みたいに見ていたのもあったから、本当に全部がそうだったのか…わかんねぇなー。でも……」
頭の中で何度も再生されてた情景がクッキリしてきた頃、まるで肌に馴染んだみたいな感じがして小さく「…うん」と俺は声を出した。
俺はカリナという人間として、彼が決定づけたように何度も回帰したんだろう。
「俺、カリナだった…? やっぱり」
それだけの言葉にして、呟いてみる。自分で吐いた言葉が耳から入った途端、さっきよりももっとしっくりくる感覚がある。
「カリナ…だった」
今度は噛みしめるように、呟いた。クランさんという、過去に義父だった彼の目を見つめて。
ふた呼吸ほどの間の後に、彼の手がまた動き出す。さっきよりも前のめりになって、イイコイイコでもするみたいに。
そうして落とす呟きは、知ってることを確認しただけっぽくて。
「うん…そうだね」
なんて言うだけなんだから、そう思ってもしょうがないよな。
互いに視線をかわして同じことを確かめ合った俺たちは、同時に自然と体を起こし。
「カリナだった」
「ああ」
自分らに言い聞かせる、もう一度だけ。
「…で、何か知識とかこの世界のものじゃないことが思い浮かんだとか、無自覚で使った記憶があるとかは?」
そうしてその後は、淡々と何を知ってて何を知らないかの確認めいた会話ばっかが続く。
魔法の使い方のイメージにも、回帰した時の記憶が反映されていたかもしれないなんて話にもなったりした。
「うん…そう……それじゃ、それについては、後でまた確認をしよう。情報として整理をしてから、補足説明として聞かせてもらおうかな」
「はい」
なんて話しながら、その合間には俺がやっていた淹れ方でクランさんが紅茶を淹れるのを試してみたりしてさ。
「どうしてこうなるのかな。魔術を扱う者としての練度は、上のはずなのに」
「単純に茶葉をどれくらいの時間蒸らせばいいのかが間違えているだけじゃないのかな。それと茶葉の量自体も多すぎだし」
「え? だって、同じくらいじゃなかった? 茶葉」
「倍じゃないけど、かなり多いと思ってみてたけど?」
とか俺が言えば、わかりやすくショックを受けた顔つきをして。
「見てておかしいなって感じた時点で、その場でツッコんでくれたらよかったのに!」
文句なのか愚痴なのかわかりにくいことを言い出す。
「こっちはさんざんやってるんで量を把握しているけど、そっちはそこまでじゃないんだから。さっきやる前に、茶葉の量を見せたでしょうに。その時に計るなり、何らかの方法で確かめられたと思う。もしくは適量を聞くとか。とにかく、そのどれかが思い浮かべばよかったのに、結果的にそれを怠った格好だよね。プラス、言っちゃ悪いけど、紅茶を淹れるセンスがない気もする」
魔法についての細かい気づかいとか工夫とか、そういうセンスはあるのに…なぜ。
(魔法の方が難しいと思うが)
世の中のあらゆる人に得意不得意ってもんが存在するなら、単純に目の前で眉間にシワを寄せている彼にとって、滅多に表れない苦手か不得意の分野が発見されたってことでいいんじゃないか。
「魔力の修練どうこうってあたりは、俺の師匠だけあって問題なんかあるわけがないんだから、紅茶ひとつ淹れられなくたって死にゃあしないならさ…俺が淹れるから……それでいいってことに…しねぇ?」
「えー…ちょっと、嬉しいこととガッカリなことが同時にくるのって、どうなんだ」
「どうなんだって言われても、しらねぇもん」
そう言い返してから、俺がちゃんと渋くない透明感のある紅茶を淹れてテーブルに置く。
カリナなんだと認識めいたものをしてからの、俺とクランさんの距離。それが口調も物理的な距離感も、いい意味合いで変化してる気がして嬉しいやらくすぐったいやら。
「はい、これ飲んで落ち着けば?」
そんな気持ちを抱えながら接してるせいか、ふと彼のためにと思いついたことを形にしたくて動き出す俺。
彼の前にちゃんとした紅茶を置いてから、元々置かれていた彼が淹れた濃いめの茶色い紅茶を自分の方へと移す。
「すこしだけ出てきていいです?」
なんて断りを入れてから屋敷の方へと戻って、ある物を手にしてきた。
「牛乳かい」
彼が淹れた紅茶をそのままにせず、彼が喜びそうな形で飲みたくなったんだよね。
「ここまで渋いと、いっそのことミルクティーにしたらちょうどいいかと」
ぬるくなった紅茶と、持ってきた牛乳を魔法で球体にしてあたためていく。
量を見て、牛乳の量も調整して…と。
ついでに持ってきた大きめのカップに、両方合わせてトプリと注ぎ込んだ。
二つが合わさった瞬間、一気に甘い牛乳の香りが部屋を満たしていく。
それに、彼の好物でもあるハチミツをすこしだけ溶かして。
と、ななめ向かいにいる彼がソワソワしだしたのが視界に入ってきた。
見ないふりしてても、めちゃくちゃ視界に入ってくる。
「飲みたいんですか? ハチミツも入ったんだし?」
視線だけ横に流して、わざとらしく聞いてみる。
「そりゃあ、飲みたいだろうよ」
彼の意見を聞いているはずなのに、その返しって何。
「他人事みたいに…」
やれやれって感じで、息を吐くように言い返す。俺の返しに、「えー?」と意外そうな反応をしてから。
「そうでもないんだけどね。…だってさ、結果だけでいえば合作だろ? 親子の時にもさ、何かと一緒にやったことが少なくなかったんだ。同じことをしたわけじゃないけれど、つい懐かしんでしまうよ。…過去と比較してはよくないと知っているけどね? それでも人は懐かしみたがる生き物だから」
とかなんとか長ったらしく呟いた。
その言葉を聞いて、一瞬ムッとした。カリナだったってことは、それに連なる過去があるって理解したけど。
(でも、それでもさ…今は今じゃん)
過去の俺はクランさんと義理とはいえ親子関係だったんだろうけど、でもさ。
「過去って、懐かしむのは程々がいいと思う。それよりも教訓みたいに、現在に活かせる何かの土台にした方が前向きって思う」
これも、素直な気持ちだ。
完璧に記憶がよみがえっていないとこもあるからか、余計にムッと来たんだと思った。
でもさ、それとは別で過去ばっか見てても、俺たちが生きているのは過去じゃなくて今だろ? って思ったから、過去ばっかはなんか違うってムカついたのかもしれなくてさ。
俺のその言葉を聞いて、クランさんはポカンとした顔を見せてから、目尻を下げてふわりと笑んでから。
「我が子であって弟子の心の成長を見せてもらえたようで、なんだか感慨深いね」
また過去の俺とクランさんの関係の名を口にした。
俺が何をどう言ったところで、クランさんの中にある記憶も過去も彼だけのものだし、その記憶も過去も彼自身がどうかかわりたいかを決めるのだって、クランさん…彼自身でしかない。他の誰かに決められていいものじゃない。
(気持ちの折り合いをつけるには、どれだけの時間がかかるのかな)
自分のように回帰してきた誰かは、どうやって折り合いをつけられたのか。聞けば、教えてくれるだろうか。それとも…。
(笑ってごまかされそうでもあるな)
何度となく繰り返されてきた俺の死の側にいたアイツに聞いたら、どんな返しがあるやら。
追い出された理由も何も伝えずに消えた俺。
しかも、クランさんが説明なしに”カリナは預かった”って誘拐犯みたいなメッセージだけ送りつけてるっていう状況。
実家に先に帰れば、あのオジサンのことだからしばらく外出禁止とかありそうだもんな。
(次にアイツに会えるのは、いつになるだろう)
カリナとして、か。
セバスとして、か。
どっちの顔をして、どんな感情を抱いて会えば正解?
「顔が赤いね。…うん。急にアレコレ思い出したり、考えたり。頭を使いすぎちゃって、パンクしたのかな」
クランさんが近づいてきて、大きな手のひらをひたいにあてながら頷く。
「部屋で寝るかい? それとも、ここで寝るかい?」
その言葉に含みはないのかもしれない。勘繰りすぎで、気にしすぎているのは俺だけなのかもしれないけれど。
「……ここじゃない部屋で」
過去を認めつつも、過去に浸りたいとは思えなかった。
「今は…まだ、嫌…だ」
俺は俺で、セバスでいたい。カリナだけど、カリナには戻りたくない。
重く感じる胸の奥に奥歯を噛みしめ、眉間にシワを寄せながら意識を手離す。涙を一つ、目尻からこぼして。
「思っていたよりも疲れていたんだ。…寝て起きて、また一緒に紅茶を飲もう」
彼が俺を抱き上げて、部屋まで転移をし。
「お帰りなさいませ、ジュークさま。思っていたよりも早いお着きで」
その先の部屋で待っていたジュークが、窓際から俺たちがいた研究室を見下ろして待っていたなんて知りもせず。
俺よりも悲しげな表情で、抱きかかえられている俺になかなか近づけられず。
「ベッドに寝かせてから、報告をしたいことが山ほどあります。お時間は…」
そう話を切り出したクランさんの言葉にかぶせるように、彼は低い声で呟く。
「セバスのためになら、いくらだって時間は作る。今すぐ報告を」
と。
「かしこまりました、少々お待ちください。楽な服装で寝かせてやりたいので」
その時の彼の表情は、俺と彼とが親子関係だったことをアイツに伝えるようだったらしい。
どれもこれも、後から知ったことだけど。




