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しちめんどうくせぇ



(どこで見たことがあるんだろ。…でも、マジでどっかで嬉しそうに目尻を下げてたこの顔を…)


不確かな記憶がよみがえる。


(でも、それとは別の変なのもあるんだよな。…違うか。あれは夢の中の話?)


一人掛けのソファーにクランさん、俺と向き合うような位置にジューク。


出すものを出して、俺もソファーに腰をおろして紅茶に口をつける。


リンゴの香りに、肩の力が抜ける気がした。無意識のうちに、顔がゆるんでいたようだった。


「たまに淹れてくれよ、これ」


ジュークが紅茶に口をつける前に、クン…と香りを確かめて笑う。


「いーよ、別に。リンゴがあればね」


「一緒に飲みたいですね」


「リンゴがある場所にいたら、淹れますよ。ついでに」


ついでと言った俺に、ジュークが「酷っっ」と笑った。


ソーサーにティーカップを置く音がして、「セバスチャンくん」と呼ばれたのが聞こえ。


「…なんでしょう」


って、目を少し細めてから返事をした。


ソファーに腰かけたまま、両手のひらで両ひざを隠す感じで手をのせた姿勢をとってから頷くように頭を下げ。


「申し訳ないことをした。謝っても許されないと思うことをした。師匠として、セバスチャンくんが知る大人の一人として、一人の人間として。…力を持つ者として。ありえない態度だった。…認めるよ。あの時、ただただ君を責めた。見せてはいけない姿を見せた。だから、許してほしいとは言わない。が、まだ君のそばに在ることは許してほしい。……あんなことをしておきながらだが、君を護りたい。大事にしたいと思っているんだ。その許可だけは…どんな条件を出されてもかまわないから、なんとか認めてもらえないだろうか」


ゆっくりと、ハッキリと。言葉に迷う様子もなく、まっすぐに伝えてきた。


ただ、言葉に端々に引っかかりがある。


(ジューク、どこまでさっきの話をしたんだろ)


そう感じてしまう言葉が、ところどころあった気がするんだよな。


余計なおまけまでつけて、話を盛ってなきゃいいなと思いつつ。


「いいですよ」


即答する。


その早さに、クランさんが下げていた頭を勢いよく上げてしまうほどに。


「え」


疑問形にもならず、ただ驚く声をあげた。


「…撤回ですか? それならそれでいいですけど」


「え」


「それ、どっちですか? 俺は許可を出したのに、その反応って」


「え、だって」


本当にただ驚いてるだけか。


(笑っちゃいけないのに、顔がゆるみそうになる)


咳が出るわけでもないのに、こぶしを口元に持っていくフリをして、そのついでで口角が上がりかけた口元を隠す。


「ん、んっ。ゴホッ、ン」


「ん?」


不自然な咳払いに、今度はクランさんが不思議そうに俺の方を見ていた。


(されたことはされたことだけど、憎めないんだよな。なんでか)


気分的には、やれやれとかいってやりたいとこだけど、もういっか。


「もう…ああいうのナシで。お互いちゃんと本人の言葉で聞いてから、起きたことを判断しましょう。…ね?」


まるで上から目線な言葉だろうとしても、この状況だとこれが正解でもいいよなって思えた。


「で」


「…で?」


だから、これで気持ちを切り替えるキッカケにしよう。


そう思った俺は、クランさんに問いかける。


「紅茶のおかわりは、いかがです?」


って。


「あ…」


俺の言わんとすることが伝わったのか、こっちを見ていないジュークの口角がかすかに上がったのが視界に入った。


「もらえばいーんじゃね? クラン」


ジュークがそう告げると、「それじゃ」とクランさんが続く。


「じゃ、淹れちゃいますね」


うなずいて準備に取りかかろうとする俺に、「近くで見てても?」とクランさんが近づいてくる。


「お好きにどうぞ」


とだけ返し、同じ手順で準備を進めていく。


「うー…ん。同じようにやっているはずなんですけどね、どういうイメージでやってるんです? そこの魔力の流し方」


「あー…、ここはですねー」


なんて…真横の見よう見まねで魔法を発動させてるクランさんから、ちょいちょい質問が入るんで、紅茶が出来上がるのはまだ先の話。


――――なんて感じでやりとりをしたのが、一週間前。


今になって、あの日のうちに話が出来ててよかったなと感謝した。結果的にキッカケを作ったジュークに。


「まさかこんな風に、クランさんちに来ることになるとは」


俺は今、師匠でもあるクランさん宅にお邪魔している。


宅って言っていいのか、どうなんだ? 


ジュークんちほどのデカさじゃないけど、思いのほか広い。全体的にデカい。研究室は、ゴツい。その研究室がある関係で、ここまでの広さなのか? 実験っていうか検証とかもしなきゃだからか? でも広すぎやしないか?


「しっかし、急展開にもほどがあるな」


窓から眼下に見える研究室の頑丈そうな屋根を見下ろし、盛大にため息を吐いた。その研究室を囲むように、淡い光の膜が在るように見える。気のせいじゃなきゃだけどさ。


「結界? 防音の方か? ん? ここから見ただけじゃ判断できないあたり、まだまだ修行が足りてないな」


それを張ったのが本人なのか、別の誰かなのか。別の誰かなら、どんな奴なのか。どうやって構築したのか。


「話を聞いてみたいな」


なんてことを考えはじめるあたり、俺も研究者っぽくなってきたってことかな?


ボンヤリと考え事をしていた俺の耳に、控えめなノックの音が入る。


「入るよー。…どうだい、すこしは落ち着けたかい」


クランさんだ。普段とは違い、いつも着ているローブの前を開けて入ってきた。


「どうなんでしょうね。…状況整理には、もうちょっと時間がかかるかなーと。ただ、不思議なくらいここの場所の空気が心地よくて。落ち着けているといえば、かなり…と言ってもいいくらいです」


バカ正直にそう言えてしまえるほど、この場所に対しての緊張感はさほどないのだ。不思議なほどに。


これでも新しく行く場所があれば、いちいちあれもこれも警戒しまくる慎重なところだってある。場所と人に対して、人見知りな面だってある。…褒められた部分じゃないけど、どうしても最初は壁を作ってしまいがちな俺。


「そう思ってもらえるなら、しばらくここにいても大丈夫そうかな? 下手な場所じゃ、気疲れしそうだからね」


「まあ、否定はしません。はい」


苦笑いを浮かべながら、彼に手で示されるがままにいわゆる応接セット並みの質がいいソファーに腰かける。


「軽いものでよければ、今のうちに食事をしておくといいよ。いつ何があってもいいように、さ」


テーブルの上。互いに向かい合わせになる位置に、パンのようで違うような物が置かれた。甘い匂いがする。しかも、はちみつの瓶が一緒に置かれている。


「スイーツ?」


皿を手にして、鼻先へと近づける。見た目的にはバターとはちみつ? あと、他に何か甘い匂いがする。


「固いパンを柔らかくして食べる調理法だってさ。牛乳と砂糖と、あとなんか…入れたっけな。漬けこんでから、バターで焼くとこうなった。好みではちみつかけたらいいよ」


なんて言われたけどさ、結構な量のはちみつがすでにかかってるんだよね。


「甘いもの摂りすぎたら、体に良くないと思いますが?」


どこかで聞いた話を伝えながら、ナイフとフォークを手にして小さく切り分ける。


「はちみつは体にいいっていうから、多分大丈夫じゃない?」


俺のアドバイスっぽいものに返してきたのが、ツッコミがいがありそうな言葉で。


「…それ、ツッコんでいいんですか。やめときますか」


そう聞き返した俺に「どこにツッコむ余地が?」と怪訝な顔つきをしてくる、クマ並みのはちみつモンスターがいる。


「えーとですね、こういう言葉を知ってますか? ”適度”という」


ほっとくと際限なく食べるというか、飲んでいるに近いことをやりがちなんだよね。はちみつだけに関しては。


「適度? 知ってるよ、当然だ」


「では、これは? 過ぎたるは(なお)及ばざるが如し」


「…どこの言葉?」


「何かの本で読んだのかもしれませんが、足りない方がやりすぎちゃってるよりもいいよっていう言葉ですね。言い方を変えると、やりすぎるのは、やり足りないのと同じくらいよくないよ、みたいな? 要約すれば、やりすぎはいけませんって話です」


ふと頭に浮かんだ言葉を伝え、限度があるだろう? と暗に示す俺。


そう話す俺を見ながら、彼の手ははちみつの瓶に伸びていて。


「…一切れだけ、追加でかけちゃダメ?」


一口大に切った甘いパンに、まるではちみつを食べるのか? と思えるほどかけようとしていた。


(あれもこれも禁止すると、反動が大きくなるっていうよな? なら全部はダメだけど、一口分だけとか約束をすればいい方に転がるのかな)


まるで子どもが親の機嫌を伺うような目つきで、チラチラ見てくるクランさん。


こんなんでも、俺の魔法の師匠なんだよな。


奥歯をグッと噛んで、口を尖らせ。本当はダメなんだぞという顔をして見せてから、短く息を吐く俺。


そして、「しょうがないですね」と切り出してはちみつの瓶を、彼の前にずらす。


「だいたい、この家の主は俺じゃない。どうしても”はちみつを”食べたいなら、好きにすればいいじゃないですか?」


という言葉つきで。


あえて強調した物言いで伝えると、わかりやすく肩を落とした彼が「まあ、うん」とだけ返事をしてから。


「じゃあ、二切れにかけるよ。間を取って」


なんて、間をとるような答えを出してから、もう一切れ分よけてたっぷりのはちみつをかける。


黄金色のとろりとした液体が、甘そうなそれを包み込んでいく。包み込むというか、はちみつを吸収しきれなくってかなり滴っているともいえる状態だ。びっしゃびしゃ?


最初に一切れ食べて、はちみつを追加していない方を食べ。最後に追加で切り分けた一切れを、はちみつを垂らしながら口に収めた。


「むふーっ」


って、いい大人が出す音? 呼吸音? なんだ、むふーって。


満足気すぎるだろ、たかだかはちみつで。


「好きなものは最後に残す派ですか、クランさん」


先に二切れとも食べちゃうと思っていたのに、意外だった。


「一切れだけだったら、最初か最後か迷うとこだったけどね。二切れに増やしたのがよかったんだと思う。最後の一口だけを待ち焦がれながら食べるのは難しかったんだ。…だから、本来は待ちきれずに最初に食べちゃう派なんだよ」


なるほどなと思った。


早くはちみつたっぷりのそれを今すぐ食べたい。待てない。→最初の一切れ。


好きなもので終わらせたい。→最後の一切れ。


苦肉の策でもなんでもなく、自分の欲をどっちも叶えたってやつか。


「意外と欲が深いんですね」


そこまでなにかに執着する印象がなかっただけに、彼からの長ったらしい言い訳を聞いているとイメージが変わってしまった。


「はちみつにだけ、ね」


「おかしな人ですよね、師匠」


あえて名前を呼ばずにいる俺。


場所が場所だけに、平民の俺がなれなれしくクランさんとか呼ぶわけにはいかない。


(こんな俺でも弁えなきゃいけないとこは、弁えられるんだってーの)


――今朝のことだ。


思い立って、俺の目にかけられただろう魔法を解きたくなった。


魔法を解くというか、同じものを自分がかけなおせるのか試したくなったから。段階を踏むなら、一旦解除をしなければ正式なものをかけ直せたのかがわからないだろう? と。


数日前に自分の目を至近距離で見つめ、分析というか解析というのか。それをして、うんうん考えて。やれるかもと思い、試行錯誤&四苦八苦。


で、諦めかけたのにやっぱりイケる気がしてやっぱやろう! って。


思い立った一番のキッカケは、あの日聞いた俺とジュークの違いに納得がいかなかった。腑に落ちなかったと言えばいいか。


ジュークは回帰者。俺と同じモノが目にあるのに、俺は回帰者じゃないとジュークは断言してくる。


頑な、と言えるほどに。


けれど、俺が見た範囲内の報告書の中身と二人の態度や発言に、その場はわかったよと言ったものの。


(信じていいんだよな? と一度は思ったくせに、なんかおかしくねえか? ってのがいつまでも消えなさすぎた)


この変な勘っぽいものは、良くも悪くもあるってジュークがぼやいてたっけな。


今回のこれは、ジュークがきっと望んでない方な気がする。


(…のに、このままほっとくのを許せなかった)


答え合わせをしたところで、俺が納得できるかどうかってだけでしかないのに。何らかの理由があって、自分のそばに置いて俺を護ってくれていただろう親友を裏切るような行動かもしれないって理解ってるのに。


「花でも摘んできましょうか」


どこぞのお嬢さんみたいなことを言ってみて立ち上がる俺に、口角をあげて微笑んでから。


「行き先はね、この部屋を出て左に向かっていくと」


俺が向かおうとしている場所を教えようとしてくれたクランさんだったんだけど、なんでかわかんないんだけどさ。俺。


「つきあたりを右へ曲がって、黄色い花畑の絵が飾られているとこの横のドアがそこですよね」


一度も来たこともないのに、あらかじめ邸宅の案内をされていたわけでもないのに。


「え…?」


「…え?」


その場所が頭にポンと浮かんで、ハッキリと言葉で説明できてしまってて。


言えた俺も、それを聞かされたクランさんも固まって。


「……」


「………」


なんでそれがスラスラと出てきたのか混乱しながら俺は、無言で部屋を出た。


部屋を出て左へ向かい、つきあたりを右へと曲がり。


「…なんで本当にあるんだよ」


黄色い花畑の絵が飾られていた隣のドアをノックして、そっと押し開ける。


「本当にあるし」


そこは間違いなくトイレで。


「なんで俺…知ってたんだ?」


用を足すこともなく、トイレのドアを開けたままでしゃがみこんでいた。


しばらく経って、俺の肩を叩くクランさんの声がした。


「はやく用を足しておいで?」


と。


「あ…あ、はい」


のっそりと立ち上がり、ドアの向こうへと向かう俺。鍵を閉めた音の後に、クランさんの足音が遠くなっていくのが感じられた。


用を足しておいでと言われたのに、足す気になれやしない。


時々自分の中におかしなものが混じってる感覚。


それを自分が全く知らないかというと、そうでもない。


「でも…あれは夢の中の記憶なんじゃねえの? 夢の中にいる、誰かの」


記憶違いじゃなきゃ、カリナとかいう誰かの体験してきたことやいた場所の記憶みたいな?


右目がチリッと痛む。まぶたの上から、手のひらでそっと押さえる。それで痛みが引くわけもないのに。


「……しちめんどうくせぇな」


混在する記憶。自分の物じゃないのに、自分の体験みたいにすら感じる。


「だから余計に、俺も…って思っちまうんじゃねえかよ。…ジューク」


目を押さえたまま立ち上がり、手洗いのシンクへと向かう。


そこの鏡に顔をくっつけんばかりに近づけて、何度も見たその目と見つめ合う。


「星が混じったみたいな…薄茶? ミルクティー? 何色って言えばいいんだろうな。これ」


左目の茶色とは明らかに異なるその目に、自分を映して。


「お前…何者だよ」


魔法を解き、暴いてしまった今の自分の姿をしっかりと見据えた。




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