必要は、発想のキッカケだ
「…なあ、セバスチャン。お前ってさ…俺のこと、嫌いじゃないって言ってたよな」
あの日から数日後、寝起きのぼやけた頭のまま紅茶を淹れる俺にジュークが聞いてきたのがそんなこと。
「…お前、大丈夫か? 朝から聞いてくる質問にしちゃ、いろいろぶっ飛んでるような気がすんだけど」
質問への答えは、以前返したのと同じ言葉しか浮かばないけど、その前にいろいろ心配になるような質問だろ?
「何かあったのか? こないだまでオジサンが長いこと滞在してたのに関係あるか? それとも…新しく家庭教師がつくつかないって話も浮上してたよな? そっちか? それとも…見合いでも?」
不安や不満があって、それを吐き出す場所がないとして。俺に八つ当たりでもしたら、味方がいなくなるとか頭ん中によぎったとか? それとも?
「そのどれでもねぇわ、バカセバスチャン」
いつものように俺の名前の前にバカをつけてくるあたり、まだそこまで病んでない…のか? 本当にポンコツな状態になってくると、バカをつけて名前を呼ぶだけの気持ちの余裕なくなってるもんな。
「…うん。お前がまだ大丈夫そうでよかった。…で? それ聞いて、安心したいのか? お前は」
「安心っつーか」
と言ってから、顔をパッとそむけられる俺。よく見れば、耳が赤いな。
「そういう気持ち悪いっつーか、急に誰かが入ってきたら誤解を受けかねないような態度はやめろよ」
「んな態度、とってねぇし」
ってさ、今度は頬まで染めやがって。
「ぎぼぢわ゛る゛ーい゛」
自分で自分を抱きしめるようにして、数歩だけジュークから離れるように後退する。
「…おい」
「ま、それはそれとして。返事は以前と同じだっての。俺がお前に抱く気持ちは、きっとずっと変わらねぇよ」
初めて魔法を使った後でしてた、好きか嫌いかって話。
俺のこと大好きかよって言ったジュークに、大ってほどじゃないけど嫌いじゃないって返した俺。
平民の俺にやれることなんて限られてるっ知ってても、コイツに何かあったら力になりたいし、誰よりも味方でいたい。
「…ふーん。そっか、俺のこと大好きか」
「違ぇわ。勝手に言葉変えるな」
「いや、俺はお前が一番伝えたいことを一番理解しているつもりだ。安心しろ」
「安心出来ねえ」
呆れたようにそう言い返すと、わかりやすく安心したような表情になった。
「…どうかしたのか? んな顔して」
思わず聞き返してしまうほど、俺からすれば不自然。
「んな顔って」
自覚なかったのか、今度は困った顔になる。
「コロコロ表情変わりすぎ。…んなんで、将来お兄さんのサポートつけるのかよ。…なるんじゃなかったっけ? お兄さんのサポート役に」
どっかから、そんな噂を聞いた。今コイツが任されている仕事は、まだ15というには早そうな仕事も少なくはない。
けれど、領主になるだろうお兄さんのサポートとしてなら、早めに経験を積むのは必要だろうと。
「お前相手限定だから、問題ないな」
「ならいいけど。……で、そのおかしな質問の後に、何を話そうとした」
ジュークが変な前フリをする時って、話したいことがあるけど話した後の反応に不安があることがある…気がする。気の回し過ぎかもだけど。
「あー…えー…っと、ああ、そうそう」
そうして話しはじめたかも思えば、まるで今思いつきました! みたいな言い方だし。
「…下手くそかよ」
「ん? なんか言ったか」
よほど聞きにくいことか、どう聞こうかの文章化が済んでない場合か。
(もしくは、どっちもか。…か)
「いーや、なんも。…で? いつ本題に入る」
寝ぼけてた頭が、会話をしながら覚醒しつつある。
さっきまでの状態で魔力を練り上げていたら、失敗したかもしれなかった。実のとこだけど。
指先でソファーを指さし、座ってなよと示して見せてから紅茶の準備をしていく。
「あ。そういえば、ちょっと考えた方法で紅茶淹れてみてもいいか」
ティーポットを温めているうちに、あの日以降で試した魔法をジュークに…とリンゴを手にする。
「え? また何かすんの? 俺の心臓に悪いことはすんなよ?」
「…言い方、ひどくねえ? 美味い紅茶淹れてやろうとしてるってのに」
と俺が言えば、「普通に淹れる紅茶じゃねえくせに」なんて口を尖らせる。
「飲みたくなきゃ飲まなくていいけど」
「んなこと言ってねえし」
「はいはい」
とかなんとか話をしつつ、手はずっと動かしていた。
「コッチやってる間、リンゴでも食ってて」
そうしてリンゴの皮を剥いて、ジュークの前に出す。
「皮なんて、どうするんだ」
フォークにリンゴを突き刺して、シャクッといい音を立てながら食むジュークに。
「皮が重要なんだよ」
リンゴ一つ分の皮へと、魔法をかける。
前に絨毯にやった魔法の応用。
まずは生活魔法でキレイにして、それからあの魔法のように風と火の魔法で皮の中の水分を飛ばして乾燥させていく。
「乾燥させなくてもいいと思うんだけど、なんとなく乾燥させて使った方が身体によさそうだし、香りもいいはず」
二色の魔法が混ざり合ったままリンゴの皮をまぁるい球体状の光の中で、どんどん乾燥させてカラカラにしていく。
「…っと、こんなもんかな?」
魔法を解除すると、俺の手の中に乾燥しきったリンゴの皮が残った。
あたため終えたティーポットに、皮を半分ほど入れて、茶葉を入れ。宙で適温にしたお湯を、ティーポットに注いで…っと。
「甘みは控えめだと思うから、はちみつ置いとくから。好みで入れたらいい。…ああ、温かいうちに入れろよ? 溶けなくなるから」
茶葉を蒸らしている間に、他の準備をして…っと。
「…うん、いい頃合いだな」
そう言って、二人分の紅茶を注いでいく。
「……ああ、成功だな。いい香りだ」
紅茶の匂いに、リンゴの甘さの乗った香りが混じっている。
「飲んでみなよ、ジューク」
キョトンとした顔をして、なかなか紅茶に手をつけないジュークの横に腰かけて。
「じゃあ、先に飲んじまうからな」
猫舌のくせに、先に飲んでやると小さな意地悪を言う。
「…あ、あ…あぁ、俺も飲むし。…いただきます」
「どうぞー。感想聞かせてくれよ?」
リンゴの香りが、俺たちのまわりに漂っていく。
「こういう自然な匂いっての? 俺、好きなんだよ」
一口目の感想がそれかよ。
「あ、そ」
でも、言葉での感想よりも、ほころんでる顔の方がわかりやすく伝わってきた。
「楽しんでもらえたなら、それでいいわ」
俺もつられて、頬をゆるめる。
一口飲んで、ちょっとだけはちみつを落とし入れてからスプーンでくるくると混ぜて溶かしてっと。
「この紅茶なら、クランさんも飲んでくれそうだな。めっちゃはちみつ入れそうだけど」
俺がそう話すと、ジュークがむせる。
「…なに。クランさんの話題は、禁句にでもなったの?」
シレッとした顔をして、あえてそう言い返す俺。
「それはどっちかっていえば、お前の方だろ? …話題に出さないようにしてたってのに」
さっきのはちみつの話だって、あの日の雰囲気からすれば起きていそうなことをわざと言ったんだけどな。
「別に禁句にしたつもりはないよ。力のある人間が、弱きものにする態度かよってムカついていたとこがあったからね。人に事情も聞かずに、威圧してきてさ。…今の俺の状態だから、多少耐えられたからいいけど。普通の人だったら、気絶案件だわ。あれは、あの立場にいる人がする態度じゃない。そもそもで」
そこまで言ってから、リンゴのいい香りのする紅茶でのどを潤してから、もう一言。
「あの人って、俺が知っている大人の中じゃ、比較的ちゃんと会話が成立するタイプでしょ? なのに、それをしなかった。……言わなきゃいけない、伝えなきゃいけない。何か焦ってた。いろんな事情や状況があったとしても、俺は師弟としてそれなりに会話が出来る相手だと思われているってさ。だから…違う意味でもショックだったんだよ」
あの時と、あの後と。一人でいた時間が長くあったから、いろいろ考えていた。
俺なら。
あの人なら。
第三者なら。
いろんな視点に立ってと、これまでの俺とあの人との関係性もさ。
「あのさ、ジューク」
だから、ちゃんと話をしなきゃね。あっちからは、言い出しにくいと思うから。
「悪いんだけど、間に入ってくんない? ごめんなさいって言ってもらわなきゃ」
先に謝るべきは、クランさん。それと。
「俺も無視してごめんねって」
すこしは懲りてもらおうとしちゃったもんな。まだまだ子どもなのに、どっか上目線でさ。
「今後起きることに、俺もクランさんも…関わりがあるんだろうから。今、ここで揉めてる場合じゃないからね。そうじゃなきゃ、ジュークの足を引っ張るだろ? それは一番避けなきゃいけない事態だ」
俺が家族と離れてまでここに留まっている理由と意味が、なくなってしまうだろう?
そこまで話してから、残っていた紅茶を飲み干す。
溶けきっていなかったのか、飲み終わりの紅茶はとても甘かった。
「ね。紅茶、もうちょっと飲まない?」
俺がそう言うと、ジュークも紅茶を飲み切る。そうして立ち上がって「ちょっと待ってて」と言ってから、隣に部屋へと向かう。
ちょっと待っててということは、飲まないわけじゃないってことかな?
同じ手順で魔法を使って、リンゴの香りがする紅茶を淹れる準備を進めていく。
「なんだったけな、こういう紅茶。…………ああ! フレーバーティーだ」
どこかで聞いたような気がしたなと考えたら、すぐさま脳裏に浮かんだ言葉がそれだ。
「どこで聞いたんだっけな」
二人分の使用済みのティーカップを、生活魔法でキレイにして…っと。魔法を使っていたら、隣の部屋からよく知る気配を感じて。
「紅茶、三杯分に変更ねー。…言ってからいなくなってほしいな、もう」
あたためておくティーカップを三つに変えて、程なくするとドアが開いた。
「お、はよ…う、ございま、す」
勢いよくドアを開けてきたジュークの後ろから、とてもじゃないが筆頭魔術師には見えなさそうな人がフードを深くかぶって姿を現した。
「もうすぐ紅茶が入りますよ。…飲みますよね? クランさんも」
ひとまず、いつも通りに声をかけてみる。
「え、あ、は、はい。いただきます。いただいてもいいのなら」
クランさんのその態度に、ジュークをギロッと睨む。
何か余計なこと伝えてないだろうな、と。
けれどジュークは残っていたリンゴをフォークに突き刺し、いい音をさせながらかじりついただけ。
「どうぞそちらへ」
クランさんへソファーを示して、紅茶の準備を進めていく。
俺が紅茶を淹れていく最中、ジュークがさっきまでのリンゴの皮の話を同時にしていて。
「…なんで、そんな発想になるんだ」
それを聞いたクランさんが、ブツブツと呟く。俺がなんでそんなことをしたのか、と。どうしてリンゴの皮なんてもので試したんだ、と。
クランさんには理解も納得も出来なかったようで、フードを被ったままで頭を抱えてたから。
「なんでとかどうしてとかどうでもいいじゃん。必要だと思ったから…でよくない? 道具だって魔法だって、そうなればいいな…から始まるもんじゃないの? 俺はなんでかリンゴの皮には体にいいものがあるって気がしたし、いい香りがする紅茶が飲みたかったら…そうした。単純な話でしょ? 師匠」
と、説明をする。俺の考えを。
俺の言葉を聞いて、固まったままのクランさん。
「…はい、出来上がりましたよ。はちみつはここに置きますね? 《《今度は》》温かいうちにどうぞ?」
なんて探るような言葉を置いてみると図星だったようで、彼がソファーから立ち上がりかけて中腰のまま固まって。
「…そうします」
そうしてソファーにボスンと勢いよく腰かけなおしたかと思えば、フードを外してから。
「声をかけてくれてありがとう」
って、小さく頭を下げた後に、はちみつを多めに入れ溶かした紅茶を一口飲む。
「香りがいい紅茶か。…これはいい発想だ」
目尻を下げてそう呟く彼の表情に、どこかで見たような顔をするんだなと頭によぎった俺がいた。




