カリナ= 中編
二回目の回帰のキッカケは、案の定というかこれ以外ないだろうこと。
数日前に暗殺未遂があって、俺は何度目かの生還を果たす。
毒に耐性つける訓練は、今世も受けさせられてたから。
「はい、水飲んでね」
「はー…早く普通に食えるようになりたいや」
カリナとこんな風に会話が出来るほどの状態に戻るのも、予想よりは早かった。
「今回は食事じゃなかったね」
「そうだな。図書館でぶつかってきた女の子が手にしてた本だっけ?」
「そう。本の間に毒が塗ってあるナイフが挟まってて、その先端がかすっただけだったのにさ」
「効果が高そうだったな。この先、未知の毒でも使われちゃあ…解毒も難しくなるな。そういえばお前が臥せってる間に、反対隣の国で新種の花が見つかったらしい。毒の効果があるのかないのか、情報を集めなきゃな」
「そうなんだ」
「しかし、懲りないね。何回目? 殺されかかるの」
「もう憶えてない」
「…だろうな」
なんて会話をしたのが、暗殺未遂後一週間経過してたあたり。
その翌週には、話題にあがった新種の花を手に入れてて。
「例の新種の花。花粉と、根。この二か所に毒があるって。解毒方法は、検証中」
「検証中ってことは、もう」
「…ん。多分、これだろうって行きついたみたい。あとは、動物以外での検証。今、人手が少ないらしくて」
「あー…。じゃ、奴隷? 俺が先だって、別に」
どっちにしろ俺の体で耐性つけるためにってやるなら、同じことなのにさと口を開いたのに。
「お前、奴隷を使うの嫌がるじゃん? だから、その先が進まないんだよ。…お前が生きるためなんだからさ。奴隷でも何でも、使えるものは使わなきゃ」
聞き飽きた感がある、説教にも聞こえそうなことを言われる。
カリナのこの言い方は、父さんに繰り返された言葉だな。俺からYESをもぎ取ってこいって時に使う言葉が、お前が生きるため…だもんよ。
カリナ自身の気持ちから出るセリフには、それを使ってきてない気がする。多分だけど。
「ま、どっちにしたって、そろそろ耐性つける訓練に入りそうだよ。…死なないでよ?」
「アホか。生きるために慣らすんだろ? 毒に」
「ふふ、そうだね」
その毒に慣らす訓練は、あの日以降カリナも一緒に受けるようになった。
「お前も生きるんだぞ? わかってるか?」
「わかってるって」
それぞれで慣れるまでにかかる時間に差はあれども、同じ数の毒に慣れていることになる。
「ってことで、一足先にやることになりそうなんだよね。人手足りなくて、他に試しようがないからね。とりあえず俺で埋めとくよ。だからさ、数日ですむと思うから。…俺がいなくて寂しいって泣くことがないように」
本気で人手がないのと、こんなに短時間で慣らしがあるってことは何かあるのかもしれない。普段なら、カリナに慣らしの話が行くまでもある程度の時間を要してからになってるからな。
「だーれが泣くか」
「どうだか」
一足先に訓練に入るのも、いつものこと。
なんでカリナの方が先かなんて、俺はその理由を深く考えたことがなかった。
「今日の夜からだから、それまではそばにいる」
「…ん。じゃあ、こないだ話していた視察は、その訓練が終わり次第でか?」
「そうだねー。先に行くとかやめてくれよ? 領主さまにも、どこに行くにもくっついてって、悪いことをしないか見張れって言われてるんだから」
「その言い方だと、まるで俺が過去に悪いことをしたみたいに聞こえるじゃん。父さんと一緒になって、変なこと言ってんなよ?」
「変なことって…。俺は領主さまの話が難しかろうが眠くなりそうだろうが、コクコクと大人しくうなずいているだけだよ」
「それって、居眠りしてるだけだろ」
「バレないようにやれるようになったよ」
「居眠りの経験値あげてんなよ」
「あはは」
「あははは」
って、笑って夜まで一緒に過ごして、「早く戻って来いよ?」って部屋に戻るカリナを見送ったんだ。
部屋のドアを出てすぐの場所で。
暗殺未遂→回復→新種の毒の話→近々訓練→カリナが先に訓練に…って流れだった。
しかも暗殺未遂から、そこまで時間は経ってない。二週間かそこら。
カリナが新種の毒の耐性訓練に入る初日の夜。
見送ったはずのカリナが、訓練前か普通の状態で部屋を訪れて。
「今日さ、俺のベッドにメイドさんが水を派手にこぼしたらしいんだ。だから、ベッド貸して? お前、もう一つ部屋あるだろ?」
とか無茶言い出した。
「だったら、そっちの部屋の方をお前が使えよ」
「そっちの部屋には慣れてないから、嫌だ」
「ワガママだなー。俺だって、んな頻繁に向こうの部屋で寝てないっての。お前があっちで寝ろ」
俺的には、正当な理由で譲らないぞとごねたつもり。
「俺は…お前の匂いがいっぱいついているこのベッドがいい。よく眠れそうだ」
ったら、なんか気持ち悪いこと言い出すし。なんなんだよ、カリナってば。
「は? 気持ち悪いこというなよ。ってか、毒の訓練どうした?」
「やろうとしたら、メイドさんがさー」
どうにかしてこのベッドを使おうとしてやがる。
「俺の方が主人なんだけど? なんで言うこときかねえの」
「偉ぶる主人には、従いませんけどー」
偉ぶると聞いて、回帰前の自分を思い出す。この短い時間だけのことでも、誰かに威張るような真似はやっぱりしたくないもんな。
傲慢な王子は、殺されましたとさ。なんて、嫌じゃん。たとえ、単純に王位継承権があるから殺されたんだとしてもさ。
「悪かったよ。じゃあ、心優しい主人がベッドを貸してやろう。…あ。おねしょとか大丈夫か? それこそメイドに頼んで、水こぼしてもらえばごまかせるけど」
「…おい。おねしょの時期は過ぎてるっての」
「ははっ。じゃあ、枕だけ持ってくぞ」
「ああ、そういえばそうだっけ。枕が変わると眠れない人」
「うるせえな。じゃあな! 今度こそ、おやすみ」
俺の予備の部屋は、この部屋の隣の隣。ドアで繋がってるから、枕だけ持てば廊下を通らずに行き来可能だ。
隣が書斎というか執務室で、その部屋を真ん中にして左右に俺の部屋ってなってる。
一時はその片方にカリナをってなってたはずなんだけど、ある日を境に俺の部屋の真上になってたんだ。
(水をこぼしただどうしただのって、ドタバタした感じはなかったのにな)
こんなに夜遅くの、静かな時間帯。そんなバタバタしてたなら、たとえ広くたって音が響くはずだろ?
「…変なの」
変だと思いながらも、その先で行動に移すことがない俺。
ぼんやりした明かりの中で本を読み、サイドテーブルにしおりを挟んだ本を置く。
布団に潜り込み、そのあたたかさに眠りに入れそうだと頬をゆるめた時。
「…!!!!!」
すぐ近くから、数人の足音と何かが割れただろう音が続いた。
(俺の部屋の方角!)
ガウンを羽織るだけ羽織って、廊下に飛び出した。
手には護身用の剣を一本持ちながら。
「お前は誰だ!!」
廊下に出た瞬間、耳に入ったのはその怒鳴り声。
それが聞こえた時、俺は今すぐ顔を出すべきじゃないと察した。
騒ぎの中心は、元々俺が寝ようとしていた部屋だ。カリナがいる場所。
カリナのことが気になりつつも、音を立てないようにして、さっきまでいた部屋へと戻って息をひそめる。
廊下に配備していた警備の騎士が駆けてきたよう。
足音に混じって、装備の金属同士が擦れる音が廊下に響いていたから。
その音に少しの安心感を得て、細くドアを開けて様子をうかがう俺。
俺の部屋のドアは開けっぱなしになってて、部屋の中の会話がある程度聞こえてきた。
「こいつは、ジューク王子じゃないのか! じゃあ、誰だ。ここで寝ているのは」
二週間かそこらしか経ってないのに、もう来たのかよ。と、呆れる。
俺自身は、王位を継承云々する気なんてないのに、勝手に継承するかもしれないって設定で殺しに来るとか。本当にやめてほしい。
ドカドカと数人のまとまった感じの、重たい足音が部屋の方へと近づいていく。
それに気づいたのか、部屋の中にいた人間が大声で揉めている。
「窓だ! 窓から逃げるぞ」
その声がハッキリ聞こえたのと、警備の騎士が部屋に到着した足音が重なった。
「奴らを逃がすな!」
「おおおお!」
剣と剣がぶつかる音が、廊下に響く。
襲撃なんてのもよくあるといえば、よくある話。俺の日常の中の一部。それでも慣れないもんは、慣れない。
(カリナは、どうなったんだ? 一度もそれらしき声が聞こえてこない)
「窓から二人ほど逃げたぞ! 追え!」
の声の後にまた部屋でやりあった音と声が続いて、数分後に一気に静かになった。
「ジュークさま…ではないな、この子は…。ああ、カリナか。…では、ジュークさまの安否を確認しなければ。…おい、ジュークさまの捜索に…」
落ち着いたトーンの声が、俺の名を呼んだ。そのタイミングで俺は廊下に出て、「俺はここだ」と名乗った。
「何故、そちらに? 警備の方にそのような話はなかったかと思いますが」
怪訝な顔つきをされた俺は、別の部屋で寝ることになった経緯を説明する。
「…なるほど、そういうことでしたか」
と俺にうなずいた後で、部下らしき者に声をかけた。
「神官か医師を呼べ。もう、助からぬだろうが」
え? と俺は目を瞠った。
「カリナが被害にあったのか? どの程度だ! どうしてすぐに呼ばなかった? カリナに何かがあったらどうする」
もう助からぬだろうがと、目の前の男は告げた。
開け放されているドアから、俺の部屋に飛び込んだ。
「カリナ!」
これだけ騒ぎがあったのに、思ったほど部屋は荒れていない。
(…なんで?)
パッと見、ただ眠っている布団の膨らみにしか見えない。
ほんの少し捲られた布団。そこからカリナの腕が見えて。
ベッドに向かうとカリナは右向きに横になってて、浅い呼吸を何度も繰り返している。
「どうしたんだよ、カリナ!」
声をかけると、薄く目を開いて囁くような声で。
「俺の血、使って」
と、謎のセリフを吐きながら微笑む。
どう見ても苦しそうなのに、今まで見たことがないような笑顔で俺を見てた。