カリナ= 前編
俺を隣国の王子だと知った上で、キャロッツ家の次男として育ててくれている家族。
前世のことがあったからか、俺は王子だぞと偉そうにする気持ちは失せてて。
そういう俺だったからなのか、そういう性格の方が愛されやすいのか。二度目の人生は比較的過ごしやすかった。なんというか呼吸がしやすいというか。
俺の権力をあわよくば利用してやろうとする汚い大人たちをも見ずに過ごせる環境は、思いのほか俺の肩の力を抜いていたんだ。
両親と話をした後から、一緒に過ごすようになったカリナとたくさんのことを学びながら過ごしていく。
カリナは俺と同じ5歳で、髪色も瞳もなぜか不思議なほど俺と同じ色で。双子の兄弟みたいだななんて、ちょっと感じたのは内緒だ。
俺の無茶ぶりにYESと応え、俺のワガママをワガママとしないカリナ。
あの国で王子だった時と似ている状況だけれど、たまの息抜きで俺にとって必要なことにだけうなずいてくれた。
「ジュークさまのそれは、ワガママとは言いません」
ここでの立場は領主の次男なのに隣国の王子としての教育も組み込まれていた日々に、疲れたと愚痴らない俺へ返された言葉だったはず。
「頭をたくさん使った後には、甘いものがいいそうです。そうやって時々甘いものを口にするのと同じで、時々自分にも甘くなってもいいと思いますよ? 人間、ずっと張りつめてはいられませんし、眠らずには生きてはいられないのと同じです。僕たちは、まだ…子どもなんですから」
この時のセバスチャンは、自分のことを僕って言ってたっけ。そばにいるようになって3年経過して、二人とも8歳になっていたと思う。
アイツが俺に語りかけるその言葉には、同い年と思えない大人くささが多々あった。まるで兄貴と話しているような錯覚を感じそうなほどに。
「カリナさ。俺のこと、二人きりの時だけでいいから呼び捨ててよ」
「それはちょっと」
「俺が許可しているのに?」
「領主さまに叱られてしまいます」
「だからだよ。俺と二人きりの時って、今ちゃんと言ったから!」
「もしも誰かに聞かれでもしたら、報告されてしまいます」
「そうなったら俺が父さんに話す。だから…!」
「ですが」
「呼び捨てと、ため口も。かしこまった仲でいたくない」
「ですが」
「…たまにワガママ言っていいんだろ? お前が言うから言ってみたのに、聞いてくれねえの?」
「それは…」
「もう寝ない。カリナがワガママ聞いてくれるまで、絶対寝ないからな! それで具合悪くなったら、お前のせい」
「………」
「寝なきゃ生きられない、だったよな」
「……誰よりも健康的な生活を過ごしていて、遅くとも10時にはほっといても眠るのに…ですか? 有言不実行になってしまいますよ?」
「なにそれ。ゆーげんふじっこ?」
初めて聞く言葉に、食いつく俺。
「…有言不実行です。言っておきながらやらないことを言います。ちなみにちゃんとやる場合は、有言実行と言います」
「へえ! 一緒に勉強してんのに、なんで俺が知らない言葉を知ってんの」
「どうしてでしょうね」
「ごまかすなよ」
「そんなつもりは」
「そんなつもりだろ?」
「…どちらにせよ眠らないということに限定して言えば、ジュークさまには無理です。体がちゃんと眠らせようとするはずです。それほどの健康体なので、その日の疲れを取れと言わんばかりに、睡魔が襲ってくるでしょう」
「健康体じゃなくても眠くなるだろ? 普通」
と俺が言い返すと、まばたき二つ分の間の後に「普通は、そうですね」と返してきて微笑んだんだ。
その言い方がどこか気になりつつも、続けて言い返す俺。
「お前だって、疲れてりゃ眠くなるもんだろ? 腹いっぱい食っても眠くなるし」
「普通はそうですね。ジュークさまは、普通の人の見本のような体ですから」
「普通は、普通は…ってばっかだな。っていうか、話を逸らすなよ。カリナ! 俺が命ずる。二人きりの時には俺を呼び捨てて、口調も友達に話すみたいなやつにしろ。いいか!」
最終的には命令してでも、実行させるってな。
命令って言いながらも、上下のある関係とは心のどこかで感じてなかった俺。カリナなら、俺の友達でいてくれるって。
最終的に告げた命令が、これ↓だもんな。
「俺の友達になれ!」
ハッキリとそう告げた俺を驚くように見てから、盛大なため息とともに目を細めて呆れた顔つきをして。
「呆れたもんだな。それ、極論だろ? わかるか? きょ・く・ろ・ん。極端なんだよ、お前」
って、普段の表情をどこかにやって吐き捨てるように言ったんだ。
しかも、呼び捨てしろって言ったのに、それを飛び越えて”お前”呼びしてきた。
じわっと胸の奥の奥がくすぐったくて、あたたかくなって。でもそれは不快感なんかなくて。
「いいじゃん! 別に! お前がワガママ聞いてくれなかったからだろ?」
「”俺”が言えばいいって言ったワガママは、そういうんじゃないんだけどなー」
”僕”から”俺”になった彼のふてぶてしくも感じるその口調は、俺にとっては心地いいものになった。
「いいじゃん、別に。家族の前ではこれまで通りでいいからさ、二人きりん時には息抜きにもなるし。この口調とその偉そうな態度でよろしくな? カリナ」
「はいはい」
「テキトーな返事してくんなよ」
「はいはい。…さ、この話はこれで終いにして、やることやっちゃいましょう」
「お前、切り替え早くない?」
「そう言われても、やることなくならない事実から目を背けさせるわけにはいかないからな」
「背けてるつもりないって。ちょっと長めに休んでただけだし、な?」
「な? じゃない。…はい、羽根ペンを持って。今日は騎士団の方から、時間が取れなかったと連絡があったので、座学に変更になったでしょう? 連絡があったのを忘れたとは言わせ…」
「口調、戻ってないか?」
「あー…んな簡単に調整できないだろ。普通」
「…そっか?」
「だいたいそっちは調整する側じゃないから、簡単そうに言えるんだ」
「んなもん?」
「…んなもんだ。これに限った話じゃなく、相手の立場や状況を想像して、自分の気持ちや状況だけを押しつけないようにした方がいいこともあると俺は思っている。…これからのお前に、いつか…これを考えなきゃいけない時が来るかもしれない。だから…必ずそれだけを念頭に置けとは言わないが、頭の端の方にでも入れといてくれ。いつか…どこかで思い出すことがあるかもしれないから」
「気のせいか、やけに生々しいような。そう思うような出来事でもあったのか?」
そう言いながら、俺は思い出していた。
カリナがここに来たのは、5歳の時。
どこで産まれて、どんな家族と暮らして、どんな日々を過ごしてきたのか。一切、俺には明かされていない。父さんも、何度聞いても話す気がないようだった。それはカリナも同じく。
「俺はよくある話だろ? と思ってる。でも、お前にはまだ経験値が足りていないなと感じた。だから、その経験の一部に、俺の今の言葉も存在させといてくれ」
俺は首をかしげながら、眉を寄せた。
「俺とお前は同い年で、5歳からはずっとどこに行くのも一緒だったろ? 経験値がって言うけど、同じのはずじゃ?」
俺の中ではごくごく当たり前に感じた、素朴な疑問のはずだった。浮かんだ疑問をそのまま口にした。
……だけ、だった。
す…っと、カリナの目が色を失くす。
その瞬間、ザワッと背中に寒気を感じた。
(…あれ? カリナの目の色って、こんな色だったっけ?)
色を失くしたように見える瞳に、俺は疑いを抱く。
(いや。そもそもで、カリナってどんな髪色で、目の色はなんだった?)
ざわつく心を抑えられない。と同時に、妙な不安と焦りが胸の中にどんどんあふれてくる。
目の前にいるカリナを見たいのに、見たらダメだと誰かが頭の中で囁く。
けれど人間、ダメだと言われたら逆にそれをしたくなる。
チラ…と、盗み見るようにカリナを見る。パチッと目が合った瞬間、なぜか微笑まれる。あの色を失くした瞳で、俺を見つめながら。
そして、こう呟いた。
「当たり前の話を、いまさら? 5つの時からずっと何をするのもどこに行くのも一緒だったのに?」
俺がぶつけた疑問に似た言葉を、ただ繰り返して。
「一緒にいた時間の経験値は、変わらないはず。 不思議なことを言わない方がいい」
色を失くしたその瞳で、まっすぐ俺を見つめてたんだ。
「そ…だよ、な? 俺、なに変なこと言い出したんだろうな? あは…は」
その瞬間、変な感覚が俺を満たしていったんだ。
俺とカリナは、何をするのもいつも一緒だった。
俺たちにとっては当然のはずのそれだけが事実だと、信じろって。