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とある曇りの日。彼は釣竿を持ってきて…


「おーい。釣り、いくぞ」


埋まってなかった予定。


せいぜい畑仕事の手伝いでも頼まれそうだなとか予想してたんだけど、まさかの予定が割り込んできた。


「急だな、おい」


俺は寝癖でぐしゃぐしゃの髪を手のひらで撫でつけながら、ふわぁとあくびをしつつイスに腰かける。


母親が木のコップに水を入れたものを、トンと音をたててテーブルに置いた。


笑顔で感謝を伝えれば、よく似た顔が同じように微笑む。


「もう、遊びに来ないとかなんとか言ってたろ? なら、俺が行けば問題ないだろ? ってよ」


いつものように偉そうな態度でそう呟くけれど、手にしてるのが釣竿だけあってカッコついてないんだけど?


俺はその呟きを聞いてから水を一気にあおって、空になったコップをテーブルに置き、盛大なため息を吐き出す。


「……なんでそうなる」


半ば、呆れたように。


「なんでも何も、コッチの言うことなんざ聞くつもりないだろ? お前は」


「はぁ? どの口が言ってんだよ。それは、そっちの方だろ? コッチの話なんか、通った試しがない」


俺がそう言うとジュークはいつもの笑みを浮かべて、どこか楽しげに肩を震わせつつ声を殺して笑っている。


「それわかってて、なぁー…んで無駄な抵抗するんだろうな? お前って、いつもいっつも」


ニヤニヤしながらそう呟くと、釣竿を俺の方に向けて。


「ま、それもどうでもいいや。ほーら、行くぞ。釣り。今日のお前んちの夕食は、俺の腕にかかってるといっても過言ではない」


とかなんとか言いながら、自信満々な顔つきで「来いよ」と示した。


「セバス。いってらっしゃいな、釣りに。今日は畑の手伝いは頼まないつもりだったから、コッチのことは気にしないでいいわよ」


母親の余計な一言が、ジュークの誘いを後押しする。


「え? いや、でも俺」


けれど、俺は行きたくないわけでさ。


「おばさんがいいって言ったなら、行こうぜ。セバスチャン」


母親の言葉に気をよくしたジュークが、嬉しそうに釣竿の先を揺らしながら早く行こうぜと手招く。


「だーかーらー、その名前で呼ぶなって言ってるだろ」


「はいはい、わかったわかった。……っと、ほーらよ。お前の釣竿」


部屋の角の方に立てかけてあった釣竿を、勝手知ったるなんとやらって感じでよこすジューク。


ささやかな抵抗も、結局は無意味になる。今日もジュークの願った通りに、一日が進むことになりそうだ。


「マジで勝手なんだから。……はあ。それじゃ夕飯に使えそうな物、捕ってくる。魚釣れなきゃ、最悪ウサギかキノコでも」


「釣りに行くってんだから、魚以外を考えるな! 俺のやる気を削ぐな!」


「俺が何か言って簡単になくなるやる気なら、最初っからゼロじゃねえかよ。…ったく。じゃ行ってくるわ、メンドクサイのが一緒だけど」


とか言いつつ、ジュークの手から釣竿を受け取る。


「お願いね、セバス。それと、釣りはいいけど、危ないことはしないでね? 川の水の量をよく見てね? それから」


母親がいつものように、いつまでも子供相手の行ってらっしゃいみたいな言葉を羅列していく。


父親が二年前に山でクマに襲われて亡くなって以降は、特に出かける前の声掛けが増えた気がする。


「あー…はいはい。わかってるって、気をつけるから」


それをなんとなく察してるくせに、思春期というか反抗期というかなんというか。ちょっと素っ気ない言葉で、母親の愛情を遮る俺。


大事にしてくれてんの、ちゃんとわかってるつもりだけどさ。ガキ扱いされるのをジュークに見られるのは、マジ勘弁。


「……もう。二人とも、気をつけていってらっしゃいね? ほんとに本当に、気をつけてね? 無事に帰ってらっしゃいね?」


俺のその気持ちを知ってか知らんふりか、母親の言葉はまだ続いてて。


「わーかったって」


「うん。いつもありがとう、おばさん。すっごいの釣ってくるから、期待して待ってて」


「無理も無茶もダメよ? 夢中になりすぎて、まわりが見えなくなるとかもダメよ?」


「それ、毎日聞いてるって。気をつけるから、もうやめてよ」


「セバスチャンのことは、俺にまかせてよ。あと、夕食もね」


ジュークが本当に嬉しそうに笑って、母親に小さく手を振る。


俺とは対照的なジュークの姿に顔を歪め、すこし俯きながら、いつまでもはしゃいだように喋ってる彼の背中を押して。


「口だけのくせして」


とか言いながら、家を出てく。


家の外まで出てきて見送る俺の母親へと顔だけ振り返りながら、小さく手を振り続けるジュークを急かすように。


川までの道を、二人で結構な速さで歩いていく。


速い理由は、主に俺が誰かへの文句を垂れながら歩いているからに他ならない。


「…ったく。最近になってやっとだろ? まともに釣れるようになったの。それに、まだ釣れた魚を素手で触れないくせによ」


「ははは。出来ないことばっか挙げるなっての。人は成長するんだぞ? 出来るようになったことを認めて褒めてやった方が伸びるって、知らねえ?」


「んなことしたら、調子に乗るやつがここにいるからな? 褒めていいやつと褒めたらマズイやつってのがいると、俺は思ってるだけだ。…お前は、後の方な?」


「……ひっど」


「ひどいって? 当たり前のことを、当たり前だって言っただけだ。…あ、川が見えたぞ。もう少しだ。しゃきしゃき歩けよ?」


「しゃきしゃきって」


「ダラダラ歩くなってことだ」


「歩いてんじゃん、俺」


「のんびり歩きすぎなんだっての。お前と歩いてると、川に着くのが夜になっちまう」


「そこまでじゃねえよ。っていうか、もう見えるくらい近いのに、夜になるわけねえだろ」


「いや? 遅いね、長い脚のくせに。宝の持ち腐れとかなんとかって、脚には該当するのか」


「あのなぁー」


「お。怒ると足が速くなるな。その調子で歩けよ?」


「……お前、俺のこと嫌いなんだろ」


ジュークのその言葉に、気持ち悪いものを見たように顔を歪めて距離を取る俺。


「俺がお前のことを好きだったら、気持ち悪くないか? ……え? まさかだけど、俺に好きって言ってほしいとか?」


そう言いつつ、手のひらをジュークへ向けて開いた状態で左右に振りながら、無理! と仕草でも伝えてみせた。


「……気持ち悪いこと言うな、お前こそ」


「だってよ、お前が言ってることって、そういうことじゃねえの?」


「ちっがうわ! バカかよ、お前」


「お前の方こそ、俺のことどう思ってんだか怪しいよな」


「は?」


「あの日、川で拾った子に、ここまで懐かれるとか思ってなかったからよ」


「懐くって……あのな? それに、子っていうけど同い年だろ? ガキ扱いすんな」


「あー、はいはい。そうやってムキになるのが、ガキの証拠でーす」


「あぁん?」


「なんだよ。やんのか? たまには勝つぞ? 俺だって。素手ならお前より強いはずだ」


「武器の扱い、一緒に教わろうって言ってんのによ。来ないお前が悪い。だから俺の方が武器じゃ上のまんまなんだよ」


「あのなぁ? お前んちのオジサンが」


と言いかけては、その続きを飲みこんだ。


(その先を言ったところで、どうせ無駄だとかなんとか言うんだろうから)


「なんだよ。言いかけでやめられたら、気持ち悪いって」


「……いい、別に。んなことより、ほら。あとは道を下ってすぐだ。行くぞ」


ごまかすように足を速めて、ジュークより数歩先を歩く俺。


「おい! 待てって、セバスチャン」


(だーかーら! セバスだっての)


心の中でいつもの返しをしながら、無視するように無言で川への短い下り坂を駆けていく。


「セバスチャン!」


「…………」


一足先にたどり着いた川を前にして、釣竿を足元に放って両手を腰にあてて空を仰ぐ。


「…ふう」


短距離だけど勢いつけて駆けてきたから、思ったよりも息が上がってる。体力ないはずないのにな。


顔を前へと戻して視線を左右に泳がせて川の流れを見れば、今のところは問題なさそうな感じ。


「問題は、山の方に見えてる雲ってことか」


山の方はどんよりした空模様に見える。雨、降ったのかな。これからだろうか。読みにくいな。


「もうちょっと真面目に父親から教えてもらっとけばよかった」


亡くなった父親は、天気を予想するのが上手かった。


雲の流れ、肌に感じる何かからも予想をたてては、母親がそれに合わせて洗濯物を干したり畑に出向いていたっけ。


「降った後だったら、これから川の水が増えるかもしれないんだっけ。……様子見ながら、なるべく早く終わらせて帰るか」


この後の予定を考えて、足元に放った釣竿を拾って振り返る。


「ジューク」


すると彼はまだ坂を下ってる途中で、どこか不貞腐れた顔つきで「なんだよ」と返してきた。


「……やっぱ、遅ぇじゃん。早く来いよ。誘った方が遅いって、どうなんだよ」


さっきした会話を思い出して、揚げ足を取るようなことを吐き出す。


「走ってくこと、ねえだろ? さては俺と釣りに来たの、本当はめちゃくちゃ嬉しかったとかか? …お前って、捻くれてるもんな? 愛情表現が」


「は? んなことねえし」


「照れるなよ。…ったく、可愛いやつだよな? セバスチャンは。ほーら、追いついたぞ? やるか、釣り」


「違うって」


「ほら、ほら。とっとと釣るぞ」


「あのな」


「……多分」


ジュークがそう言いかけてから、ツイッと顔を斜め上へ向けたかと思えば真剣な顔つきになった。


「雨、来るかもな。長居はしない方がいい。まだ水が増えてないし、濁ってもいないうちに釣ろう」


その視線の途中には俺が入り込んでるはずなのに、まるで見えていないみたいに視線を戻された。


「なんせ俺は誰かさんとは違って、お前の親父さんから色々教わってるからさ」


そう告げた時には、どこか自慢げに口角をあげて俺を視界におさめているように見えたんだ。


「…そ」


正直なところ、面白くはない。俺が父親から得られなかったものを持ってるって言われたようなもんだから。


(なんで俺の感情を煽るようなこというのかな、時々)


ムッとしつつも、早めに釣りを終わらせた方がいいというのは同意見ってのだけ認めて。


「……釣って、さっさと帰るぞ」


「おう」


互いに場所を選んで、釣り糸を垂らしはじめた。


そんなにしないうちに、互いに二尾ずつ釣りあげて、さて帰るかという空気になっていたはずだった。


「…どうかした?」


ジュークの視線が、川の向かいに見える岩壁の一点にあって。


「俺の記憶が確かなら、あそこに咲いてる黄色い花って、結構珍しい薬草のはずなんだよな。なんとか採って帰れねえかな」


「あんな場所に? 珍しい薬草が?」


「まあ、あんなってか、こんなっていうか。それでも岩壁って場所を考えたら、採取は大変そうだからな。簡単に採れないから、貴重かもしれないよな。……でもなー、まずは向こうに渡ってから、あの岩壁を登るか上からどうにかして摂るかだろ?」


ジュークにしては珍しく真剣に悩んでるよう。


(普段真剣じゃないみたいで、失礼なこと考えてるって言われそうだから黙っとくけど)


「んな気になるんなら、ひとまず向こうに渡ってみてさ。使えるもんがないか、探してみようぜ」


岩壁をすこし過ぎたところに、ゴロゴロした岩が積み上がって坂みたいになってる場所がある。そこから岩壁の上に上がれれば、蔦とか使えるものが見つかるかもしれない。


「行ってみなきゃ、なんも始まらねえって。…気になってんなら、付き合ってやるよ」


「…セバスチャン」


「なんて顔してんだよ。こういう時にも普段みたいに言えばいいんだって。手伝えって」


しょげて見えるジュークの肩に、ポンと手を置いてから横を通り過ぎて。


「川の向こうに行くぞ、ジューク」


言ったと同時に、彼の手にあった魚を奪い。


「ほら! 身軽になった方が、さっさと進めよ? あっちに川をまたぐみたいに丸太があるぞ」


先を指さして、今度は一緒に駆けていく。


苔が生えてるのを見てから「すべるぞ? 気をつけろ」と言いながら、手を握りながら俺が先導してた。


ジュークに何かあったら、大変だからな。


半身を振り返りつつ、ジュークが一歩進むごとに声をかけていく。


その丸太の半分ほどまで渡ったタイミングで、「…ゴメン」と小さな声が聞こえた。


「あ? なにか言ったか」


聞こえなかったフリをして、、わざと聞き返す。


謝罪も、くだらないことも。どっちも言った瞬間に理解されなきゃ、バツが悪い。そうなったら、もう一回とか言えないもんだろ?


「だからさ!」


なのに、ジュークはもう一度と思ったのか声を上げて、その瞬間に握ってた手を思いきり払って。


「……え」


急に払われた手。半身を振り返りつつだったせいで、バランスが取れず。


「ちょ…っ」


目を見開いたジュークが遠くなっていくのに、どうすることも出来ず。


盛大な音をたてて、俺は落ちた。


まだ川の水は増えてなくて、俺たちは丸太の半分以上を渡ってて。落ちた先は、川の端っこの方。


溺れなくて済んだとはいえ、落ちた場所はあまりいい場所とも言えず。


「セバスチャン! セバスチャン!」


遠くなる意識の向こうで聞こえるアイツの声を聞きながら、心の中でボヤいてた。


(こんな時でも、セバスチャン呼びかよ)


って。



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