異なる未来へ向かえるなら?
適当に選んだ本を読み進めていくけど、頭にちっとも入ってこないや。
何の本だっけ、選んだの。
「冒険小説なんてもん、この部屋に置いてていいのかよ」
息抜きようなのか違うのか。本棚の中には、意外な一冊が紛れていることがあるんだ。
「こないだは、ここんちのオバサンの本か…刺繍の図面の本があったな」
その時のことを思い出しながらめくったページには、鍋のフタとその辺で拾ったみたいな太めの枝を手にした男の子の絵があった。
いわゆる挿絵っていうんだろ?
「こんな装備で戦える相手って、どんなんだよ」
頭に入ってこないけど、とりあえず読み進めていくとこの男の子の容姿について説明めいた文が目に入った。
「クセのある髪型だな、コイツ。洗っても必ず髪が立ってるって、どんだけだ」
エメラルドのような優しげな色合いの瞳は、二重で、大きくて。そして凛々しくて。いつも笑顔で、困っている人の声が聞こえたら、すぐさま駆けつけて。
「まだ序章だけど、勇者でも目指すのかな。コイツ。魔王とか出てきちゃったりしてなー。あとは、お姫さまが攫われたり? それを救いに行ったり? 最後は結婚とかしてー、めでたしめでたし?」
どこかで聞いたことがあるような流れを思い出しながら、ページをめくりかけて「………」無言になった。
本を開いたまま胸に抱えた格好で、ソファーに寝転がる。そっと目を閉じ、頭の端っこに残っている欠片みたいなものを拾う。
(回帰の回避、か)
ジュークがどうしてそれを調べさせているのかが、引っかかっていた。
オジサン絡みの仕事か、個人的なものか。その差だけでもかなり違う気がするんだよな。
「もしも…アイツ個人からの調査依頼でクランさんがやってるとしたら?」
俺の知らないところで、何かを抱えているんじゃないかと心配になる。
普段は明るくて、俺の扱いは雑に見えてもいろいろと気づかってくれてて。家族を大事にしてて、友達も大事にしてて。領民のことも大事にしてて。
たくさんのものを護ろうと、今は必死に学んだり経験している最中で。
まわりばっか見てて、時々自分のことをほったらかしにし過ぎて食ったり飲んだりを忘れる。俺に飯食え、寝ろってやかましいくせに。
「俺が力になれることってないのかなぁー」
目を開けると、見慣れた天井が見えた。
「回帰を回避させたいって、どういう状況なんだ?」
単純に考えれば、回帰させたくないってことで。もしもを想定してみたけど、俺だったら回帰してもしなくてもいっかなーってことにしかたどり着かなくって。
自分が回帰しちゃった先で、同じことが繰り返された場合。
「……まあ、同じことが繰り返されてるのに気づいているか気づいてないかとかも、回帰後の生活に影響は出るよな? 少なからず」
気づかずに、同じことを繰り返してた場合。
どのタイミングで繰り返しに気づく? もしくは、気づかないままで人生を終える?
「んー…、でも別に繰り返してるかもって気づいても、嫌だなってことがなきゃ気にしないな。俺は」
そう言葉にして、その声を自分の耳で聞き。「…あれ?」と気づきたくなかったことに気づいてしまった。
「あー……、そっか。そうだよな。回帰したいかも、俺も」
胸に抱えていた本を、顔に開いたままでのせた。
「うちの父親が、こんなに早くいなくならない未来が手に入る可能性あるなら…回帰の方法を探したいかもな」
けどさ、んな簡単に回帰できる仕組みがあるはずがない。この時間、この場所に――とかってことでしょ?
「魔法? アイテム? 何かの呪いとか? それとも違う方法?」
回帰しただろう人が、あれだけいるんなら。
過去に戻れるのなら、何の役にも立たなそうな平民の三男坊だけれど。それでも家族を両親とは違う形で守れるのなら。
「…さっきから、“なら”って思ってばっかじゃん」
そう呟き、顔にのせてた本を持ち上げてパタンと閉じて、胸に置く。
おれはさっきから、もしもの話ばかりだ。
「回帰が出来る人間の条件ってあるんだろうか」
ふと思う。
あの報告書は、25回目と表記されてた。さっき読んだ内容には、回帰者の条件に付いては触れていなかったよな。
「この部屋のどこかに、これまでの報告書とか他の調査データとかあるんじゃないか? 緑の箱に届くような書類なら」
今は何らかの理由で自由に動けないけど、その条件を満たせるようになったその時に自由に動けていたら…。
「試す価値はあるよな? きっと」
父親のこと以外で、人生やり直したいってことが浮かばない。
「報告書についてはジュークに直接聞くとして、あんな報告書が普通にやりとりされてるなら、ここの本棚にも参考に出来そうな文献が置いてあるのを探す方が早いかも」
ガバッと勢いつけて起き上がり、本を手に本棚へ。
一旦、本を元の場所に片付けて。
先にまずは本の一覧がある目録だとかいうやつを手にした。
「えっと、小説のところは飛ばして…っと、医学になるのか? それとも違うジャンル?」
小説以外のところを満遍なく目を通していく。
「医学、魔法…政治……経済…違う……ん? 呪術? 魔法とは違うのか。目録のタイトルだけじゃ、どこに書かれている可能性があるのか分かりにくいかも」
あの報告書では、前世の知識や経験が生活を発展させるとかどうとか書かれてもいたよな? じゃあ、政治の中にも含まれるか?
「…うーん。結局はあの報告書に紐づいてるやつを探した方が早い気がしてきたぞ」
送り返す書類だけじゃなく、こっちで保管している書類も少なくはないわけで。
俺が任されてまとめたものも、本棚の一角に収められている。
「でもなぁ、あの報告書が来た時に見たことがないって思ったほどだもんな。それをまとめたものを、俺が知らないっておかしくないか?」
ジューク本人とクランさんとだけで完結しているやりとりの書類で、俺に見せる必要がない書類なら。
「それこそ赤い箱に来てたってことか? だったら、ここにはない? …いや、でもどこかには置いていそうな」
目録を本棚の角に戻し、書類関係の棚へと横歩き。
単純に俺がまとめてないだけで、置いていないわけじゃないかもしれない。
時間もあることだし、どこにも出かけられないなら?
「別に、仕事の一環でってことで、過去の書類を確認してくのは問題視されない…よな?」
どっちにしろ、ジュークは早い時間帯には戻らないはず。多少の時間、ここで過去の書類を読んでいたっていいはず。
頼まれていた最低限の仕事は、もう終えている。
「なら、何をするのもある意味自由ってことで」
この部屋から出なければいい。交わした約束はその程度。
上から順番に手にして、立ったままでどんどページをめくっていく。
流し読むだけで、欲しい情報かどうかは判断できる。探している情報が特殊な内容なだけに、不要な情報の方が多いから読まないページはどんどん飛ばしていくだけ。読んでもいない。
確認し終えたものをどんどん本棚に戻し、次々と手にとっては確かめていく。
本棚にある書類らしいものを片っ端から確かめて、他にそれらしい物がないかを確認したっていうのに。
「どー…っこにも無い! 見つかんねえ! いっそのことクランさんに連絡つけて聞いた方が早い?」
とかなんとか、この状況の打開策を思い浮かべて出てきたのがそれだけ。他に調べようがない。把握している範囲は、手をかけたんだ。
それ以外といえば、ジュークの机の引き出しの中。
「でもなぁ…さすがにそれはマズいって知ってる。それこそ弁えてるからな」
そうなると、書類を作った相手に聞いた方が正解がもらえるかもと思っても仕方がないよな?
けれど、そんな風に特定の書類についてクランさんに質問をしていいのか分からない。なんていっても、あの人ってばなにげに偉い人だから。
「本当はこんな平民に魔法を教えてくれるわけないんだった」
気軽に親せきの兄ちゃんに話しかけるのとは、訳が違うんだ。
あとは、あの書類の内容がジュークの個人的なものにも感じられるから、向こうに俺からの質問が届いたとして。それをクランさんの書類を確認する誰かが目にして、大丈夫なのか否か。
内容をガッツリ書くのは、絶対にダメだ。なんだっけ守秘義務とかいうやつだっけ? よくわかんないけど。
質問の手紙を送っていいのか、立場と内容の両方で悩みはすれども、聞かずにはいられない。
送ってみて、クランさんが答える必要ないと思えば返事は来ないはず。その辺はハッキリしてる方だから、あの人。
羽根ペンと白紙と封筒と。それと、俺専用にってジュークが用意してくれた封蝋の準備もして。
腕を組み、天井を見上げ、目を閉じ、うんうん唸って。
「――決めた。クランさんに丸投げだ、ある意味」
羽根ペンを手に、簡潔で短く伝わるように。
「…よっし。これで何についてか気づいたら、返事が来るはず」
手紙を封筒に入れて閉じ、俺専用の小さな蝋のかたまりを大きめなスプーンみたいなものの上にのせ、火魔法でそれを温めて蝋を溶かす。
封筒に垂らして、温かいうちにその上に金属で出来たハンコ状のものをのせて…っと。
ちょっとしたらハンコ状のそれを外して、出来上がり。
「お。以前よりは上手く出来るようになったんじゃね?」
封筒には俺のためにと作られた模様が、青い蝋で描かれていた。
なんでか、魚が二匹。
「俺とお前が釣りが好きなんだから、それでいいだろ?」って言われて渡されたのを思い出す。
「ま、いいけど」
何枚かもらってたクランさんへの転送用封筒に入れ、それを緑の箱におさめて…っと。
「返事、来るといいな」
またさっきと同じように、魔石を指先で押した。
書いた手紙は、これだけ。
『さっき受け取った報告書について、質問があります』
どの報告書、とも。質問が何なのか、とも。一切書いていない、相手のアクション待ちの手紙だ。
「忙しいかなぁ、クランさん」
淡く光って、転送が完了して空になったその箱を撫でつつ。
「弟子の質問に答えてくれますように」
本人に直接言えないお願いを、箱に向かって呟いた。