セバスチャンって名前のイメージ、ある意味悪いだろ。
別に白髪でもないし、ビシッとしたそれっぽい服装でも何でもないのに。
「なあ、セバスチャン。いい加減にさ、俺んちで働かね? 従者をそろそろ決めろって言われてるんだけど、どうせならお前がいいんだよね」
幼なじみの領主の息子が内容が内容なのに、思ったよりも軽い感じで言ってくる。
「そんなこと言われたってさ、ただの平民の三男坊だよ? 俺。だいたいね? その手の勉強だってしてきたことないのに、俺が従者になったらオジサンになんて言われるか。ってか、その呼び方やめろって」
至極当然なことを言い返した俺に、ふんぞり返り呆れたような感がある盛大なため息とともに彼は告げた。
「お前の名前は?」
と。
目の前でふんぞり返っているコイツは、俺が暮らしているブロックリー公国の中にあるキャロッツ領の領主の息子。ちなみに、次男。年齢は俺と同じ15歳。
銀髪が混じった金髪で、瞳の色は淡い茶色。角度によっちゃ、金色にも黄色にも見える不思議な色合い。星が散りばめられてるみたいにも見えて、よく見せてって何回言いかけたか。……さすがに顔を近づけなきゃいけないから、したことないけど。
オジサンもオバサンも兄貴も、目の色は同じなんだけど髪色は全然違う。何か事情があるかもしれないとは思っていたけれど、それを野次馬根性で聞くことも出来ず。せず。我、静観すって感じでいた。
色合いがそんなもんなこともあってか、とにかく見た目がキラキラしてまぶしい男。晴れた日に会いたくない。まぶしすぎて、思わず目を細めてしまうほど。
そんな男が、ジューク・キャロッツ。
魚を捕りに行ってた川で、川上から流れてきたコイツを拾ったのが出会ったキッカケ。
仰向けで流れてきて、肩には怪我をしててさ。
なんとなくで胸のあたりをグイグイ押したりいろいろしてたら、ブハッと俺の顔に向かって水を吐き出した。
一瞬だけ目を開けて、俺を見たと思ったらすぐに意識がなくなって。
その後は魚を捕る気分になれなくって、そいつを背負って帰宅。川から家までが遠く感じたっけ。
「魚じゃなくて、人が捕れた。食えそうもないけど、どうしたらいい?」
そう言いながら、全身びっしょりなそいつを両親に引き渡した。
両親はジュークの素性を知ってたようで、慌てて服を脱がせて体を拭き、ひとまず俺の服を着せてから、うちで可能な限りで体を温めるために家中の布団を持ってきてグルグル巻きにしてた。
うちの貧乏布団は、薄っぺらいからな。一枚程度じゃ、温まるはずがない。ってわかってても、グルグル巻きにされていたジュークは面白かった。
ある程度のことをすませると、母親が看病している間に父親が慌てた様子で出ていってさ。
程なくして我が家には不釣り合いな馬車がやってきて、三人ほどの大人が家の中に入ってきた。
領主のオジサンってのと、領主夫人のオバサンってと、ジュークの兄貴ってのと。
外には、二人ほどの剣を腰に携えた騎士っぽいのもいたよな。
領主の息子だって聞いたけど、その時の俺の頭の中は違うことでいっぱいで。
「魚、もっと捕ってきたかったのにさ」
その日の夕食が下手すりゃなくなるって思ったら、思わず口をついたのがそれで。
俺のその言葉を聞いてオジサンは真っ赤になって怒り、オバサンは驚いた顔をした後になんでかうちの母親の方を見てから表情を和らげて、兄貴ってやつは何とも言えない顔をしてた。
「俺、嫌われてるだろ。オジサンに。オバサンは会うたびに、何かと食い物を土産にくれるようになったし。お前の兄ちゃんだけは、毎回反応違うから、よくわかんないままだよな」
そうなんだ。
あの時の失言のせいで、領主のオジサンに俺は嫌われてしまっている。
かといってうちだけに厳しいことを言ってくるわけでもないから、悪い領主じゃなさそうではあるけれど。
「お前らにとっちゃ、死活問題だったんだろ? その日の夕食の魚がどれだけ捕れるかってよ」
「そうなんだけど……。今になって考えたら、お前が死にかけた場面で口にしちゃいけなかったってことくらいはわかんだよ。…でも、口にしちゃったしなー。だからさ、ここに呼びつけるのやめようっていってんだろ。オジサンが本当に知らないはずがないんだって、俺がここに遊びに来てるの」
まあ、そういうことだ。
お偉い人がいるんだろう場所に来たくないのもあるし、俺に対してあの日以降ずっと怒ってるオジサンに悪いなぁってのもあるわけで。
「――――このやりとりも、何回目だよ。俺は、セバス!」
あの日以降のいろんなやりとりや思いをを思い出しながら、こっちもため息まじりに返した。
「そもそもで、俺は執事だの従者だのってのに向くと思ってるのがおかしい。こんなに思ったことをすぐに口にするような奴がだぞ? 執事? 従者? 支えるどころか、足を引っ張る存在にしかなれねえよ」
そういう場所に向かないってことくらい、自覚してる。それをわかってるのか知らんふりしてるのか微妙な彼に、俺自身がハッキリと言葉にして言わなきゃと思っていた。
「この機会だから、もう……それぞれの立場を弁えた場所で生きないと。…だろ? ジューク」
なんだかんだでコイツの友人枠にいられたのは、正直楽しかった。振り回されてても、それでも楽しかった。ただの平民が夢みたいな場所に遊びに来られてたって事実だけで。
「もう、十分だろ。……楽しかったよ、今まで。お前は来年にはアカデミーに行くって聞いてるし。兄貴がいずれ領主になった時に支えるため、しっかり勉強しなきゃなんだろ? 俺なんかにかまってる暇がもったいないって」
「――唐突だな」
「唐突なんかじゃないって。いい加減潮時だなって思ってたからな、俺は。話すタイミングを計ってただけだ」
「タイミングねえ。……今って、そのタイミングだったのか? 判断基準がわかりにくいんだけど」
納得いかないって顔つきで俺を見ては、紅茶を優雅な仕草で飲み干すジューク。
そしてカップを下ろしたと同時に、彼はすぐさま表情を変えてこんな言葉を吐き出した。
「ま、お前が何を言おうと、どうでもいいんだけど」
と。
「は……はあ?」
普段から横柄な態度というか、えっらそうではあるジューク。それでも可能な時は俺の立場や気持ちを優先してくれた時だってあったはずなのに。
「どうでもいいって、何様だ」
ジュークだけは、“そういう”人間じゃないってどっかで信じてたのに。
「お前はこの先、俺のそばにいることにするんだよ。絶対に離さねぇからな」
「はあ?」
こんな態度で俺の未来を決めつけるとか、しないって!!
俺は立ち上がってジュークを見下ろしたまま、こぶしをギュッと握りしめる。
これでも一応、言っちゃいけない言葉ってモンがあることくらい知ってるからな。お・れ・は!
「名は体を表すっていう言葉があるだろ。お前の名前は?」
またかよと若干イラつきながらも、唐突な質問に眉間にシワを寄せつつ、こんな状況でもきちんと返す俺。
「セバス……だ」
「それは正解だけど、不正解。お前はうちの母親によって、セバスチャンとして認知されてんだからよ。今後は、セバスチャンとして生き、そのついでで俺に尽くせ」
無駄に長い脚を組みなおし、やれやれとでも顔の横に書かれていそうな顔つきでそう告げる彼。
「はあ? 言ってること、訳がわかんないってば。それと、本当にその呼び方がすっかり固定されちゃってて、俺自身は困ってるんだけど?」
「何がどう困るって? いいじゃねえかよ、セバスチャン」
「違うって! セバス! オバサンが、セバスちゃんって呼んだのを、俺のことを知らない人がその呼び名で認識しちゃってさ。それが本人の意思とは無関係に広がってって」
「それのどこに問題があるんだよ」
「おおありだろ? 今さっき、訳のわかんない理由の職業斡旋か勧誘か判別不能なこと言われたくらいだし」
「いいじゃねえかよ。お前の未来は明るい! 仕事が決まらない人間なんざ、ごまんといるってのに。お前は俺によって、安定した収入を得られることになった。ついでに言うとな、居住先も俺の部屋のそばに決まった。たった今」
「はぁあああ????」
また新たな意味不明な決定事項を吐き出したジューク。
思わず我慢できずに俺は彼へと踏み出し、長めの前髪をかきあげながら怒鳴りつける。
「いい加減にしろよ! そんな事はいろんな意味で認められるはずがないだろ! 目を覚ませ」
と。
いろんな意味でとはオジサンのこともあるけど、一番デカいのはやっぱり身分のこと。それと、過大評価されているような気がする……なんの力も能力もない俺のことだ。
俺が近づこうが怒鳴りつけようが、ジュークはさっきと変わらずに優雅に紅茶を飲んでいた。
「聞いてんのかよ! ジューク!」
クイッと残りの紅茶を飲み干して、カップの皿みたいなやつに音も立てずにカップを戻したかと思えば。
「……あー、うるっせぇな。ガアガアとアヒルみてえによ」
と、いつものようにどこか楽しげに笑うだけ。
「お…っ、お前な! 自分の将来の話だろ? 自分の立場ってもんがあるんだろ? もっと慎重に選べよ。こんな奴以外に、もっとすごいのがいるだろ?」
自分の胸元を指さしながら、他人事みたいな彼になんとか諦めてもらおうかと思いつくままにぶつけてみる。
「どこに」
「どっかにだよ」
「いるんなら連れて来てみろって」
「すごいやつが、平民の三男坊が見つけられる範囲にいるわけねえだろ。だいたいな? 自分のそばに置く人間なんだから、そういうのに詳しい大人か自分の目で探せよ」
「だーかーら、お前にしたって言ったんだろうが」
「はあ?」
「後者のだよ。自分の目で探せって、たった今…言っただろうが? 他の誰でもないお前が」
「だったら、その目は病気だ。今すぐオバサンに言って、医者に診てもらうようにしろよ」
「俺の目は、かなり向こうの畑まで見渡せるくらいにいいんだけどな」
「そういう意味じゃなくって」
「じゃあ、誰の目の話だよ」
「お前の!」
「じゃあ、問題ねえな」
「じゃなくって!」
平行線っていうんだったか、こういうの。話が全く進まないし、終わらない。
出来れば言いたくなかったことを言うしかないと、奥歯をグッと噛んでからボソッと呟いた。
「経験不足だし、そもそもで文字をそこまで読めないっての知ってるくせに。…遠回しな嫌味かイジメかよ。平民が、って」
事実でしかないことを口にするのが悔しい。
俺だって勉強してみたかった。いろんな本を読んでみたかった。仕事だって、文字が読めれば選択肢がもっと増えるってことくらい知ってる。だからこそ、俺は悔しい。
学べる環境下にないのを知っているはずのジュークが、この役立たずになりそうな俺に声をかけてくれたっていうのに、それに即答で「いいぜ」と返せない理由が重くて。悔しくて。歯がゆくて。
「お前をからかうのは、楽しいからな」
俺の気持ちの重さに反して、ジュークの言葉が明るくて軽い。
その温度差に俺はまた奥歯を噛みしめてから、顔を上げてジュークを睨みつけた。
「バカにすんな!」
そうして、それだけ吐き捨てて部屋を飛び出す。
「あら、セバスちゃん。もう帰るの?」
オバサンが玄関前でそう声をかけてきたけど、走り去りながら頭をかろうじて下げてつつ玄関のドアを思いきり開けて飛び出したんだ。
「ジュークのバカッ! もう二度と遊びになんて行ってやんねえ!」
なんて、本気じゃないことを叫びながら。
その三日後に、俺の人生が変わるとか知りもしないで。