リサ・ガスター・ヴェル・エルダーランド その7
ある年の年末、リサは国王主催の夜会に参加していた。
一月ほど前に『美しさと快適性の向上』を謳った新型の乳房収納魔法を発表したばかりであったため、この日リサは多くの参加者から声をかけられていた。
いささかの気疲れを感じたため、夜会の会場を出て王宮の庭園を眺めていたリサであったが。
「リサ、ここにいたのか」
背後からの声に振り向くと、その気には軍の正装を纏ったフェリシアの姿があった。
「はい。
いささか疲れましたので…」
「仕方あるまい。
お前はこの夜会の、実質的な主役なのだからな」
そう言いながらフェリシアは歩み寄り、リサの隣に並ぶ。
「なるほど。
それが新型の乳房収納魔法か」
そう言ってリサの胸元を見るフェリシア。
「ええ。
亜空間内の温度と湿度を調整する機能を追加することによって、今日のような蒸し暑い日でも、胸に汗の気持ち悪さを感じることなく過ごせています。
またこれまで魔法発動中は胸が平坦になっていましたが、ドレスを着用した際などにはささやかに膨らみがあった方が胸元の見た目が美しくなると思いまして、発動中もささやかな胸があるようになるよう変更致しました」
ちなみに新型の発動中におけるバストのサイズは、リサの前世での方式で言えばCカップからDカップという程度である。
そしてこれをささやかと言うのは飽くまでもこの世界での話であって、これが前世であったとすると、日本人女性のバストサイズの平均値がちょうどこの位となる。
またリサはドレスを纏った際のバストラインの美しさを理由としているが、その裏には、前世での理沙のバストサイズがAAAカップのまさに絶壁であったことと、バストラインを美しく見せるためにはパッドを使わざるを得なかったということが、転生して尚ある種のトラウマになっているという背景があるのだが、当然そのことはリサだけの秘密である。
「ふむ。
後者はともかく、前者は我々軍人にも欲しい機能だ。
次世代の軍用乳房収納魔法には、是非その機能を追加してほしい」
「かしこまりました。
早急に製造元との検討に入らせていただきます」
「軍の方には私から話を通しておく。
よろしく頼む」
「はい。
こちらこそよろしくお願いいたします」
そう言ってリサが頭を下げると、フェリシアはリサの元を離れ、夜会の会場への戻っていく。
そんなフェリシアの姿を見送っていたリサだが、姉が会場内に入ると再び会場に背を向け、そして星の輝く夜空を見上げる。
(思えばこの世界に転生してから、本当に色々なことがあったわ。
女性が全員巨乳になる世界に転生したと知って喜んだものの、いざ自分が巨乳になってみると、前世で持てる者の自慢だと思っていたことが紛れもない事実なのだと思い知らされたり。
お姉様たちみたいに私も将来軍人になると思っていたのに、運動音痴なせいで諦めざるを得なくなったりもしたわね。
前世では特に運動が苦手だった訳でもなかったから、まさかこんなことになるとは思わなかったわ。
まあその結果魔法と魔導具の研究者としての道に進むことができたのだから、禍転じて福となすというところかしら。
そして、午前中内宮でフェリシアお姉様のご様子を見たその午後に、アガサから生き物を亜空間に収納した結果に関する論文を見せられたあの日。
あの時私は間違いなく神様から天命を授かった。
あれから私はただひたすらに乳房収納魔法の研究開発に打ち込んだ。
実用化に至るまでの道は決して平坦ではなかったけど。
それでも、剣士として存分に振舞われているフェリシアお姉様のお姿を拝見し、そしてお前は自慢の妹だと言ってもらえた時、それまでの全ての苦労が報われたと思えた。
その後乳房収納魔法はこの世界における魔物討伐に劇的な変化を与えただけでなく、この世界の全ての女性の胸にまつわる辛さ煩わしさを解消した。
そしてこれからもきっと乳房収納魔法は発展し続けていくわ。
私はそれに関わり続けていくんですもの。
前世とは比較にならないほど素敵な人生よ。
今世は)
この世界に転生した当初に思ったような、『成長したら巨乳になるから私は人生の勝ち組』というような単純な話ではなかったけど、それでもエルダーランド王国の第五王女として自分の信じる道を進んだ結果、嬉しい出来事も誇らしい出来事も報われたと思える出来事も経験することができた。
報われないことばかりだと思いながら人生を終えた前世の自分に、生まれ変わったら貴方には素晴らしい人生が待っているのよ、と伝えてあげたいと思った。
(神様。
私をこの世界に転生させてくれて、本当にありがとうございます。
色々なことがありましたけど、今の私は間違いなく幸せです)
そんなリサを、夜空の星たちだけが見守っていた。
End.
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