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リサ・ガスター・ヴェル・エルダーランド その5

 そしてそれからおよそ半月後のこと。

 王都郊外の軍の駐屯地。

 そこにいくつかあるうちの一番小さい演習場では、軍人たちが周囲を取り囲み、その中央では右手に練習用の模造剣を持った第三王女のフェリシアと、同じく模造剣を右手に持った同年代と思える女性が、10メートルほどの距離をはさんで向かい合っていた。

 そして二人のちょうど中間辺りには、四十代半ばと思われるいかにも武人という印象の女性が立っていた。


「静粛に!」


 武人女性がそう声をあげると、ざわついていた周囲が静まりかえる。


「これよりフェリシア殿下とメリンダ・スタントンによる練習試合を執り行う。

 両者、一歩前へ」


 武人女性の言葉に従い、二人は一歩前に出る。


「剣を構えて」


 右手に持った模造剣を中段に構える二人。

 その様子を見た武人女性は、しばらくの合間の後に告げる。


「始めっ!」


 その言葉と共に、二人は駆け出す。

 その距離が半分ほどに縮まると、剣を左肩の上に振り上げる二人。

 そうして互いが相手の間合いに入る直前に剣を右下に振り下ろすと、


 ガシッ!


 鈍い音と共に二人の剣がぶつかる。

 その後二人は位置取りを変えつつ剣を交えるが、それが七度か八度に及ぶと、二人は再び距離をとって対面する。

 しばらくその状態が続いた後、急にメリンダが剣を持つ右手を下げたかと思うと、姿勢を正した後に頭を下げた。


「申し訳ありません。

 自分はフェリシア殿下を侮っていたようです。

 無礼をお許しください」


 その言葉を聞いたフェリシアは、少し驚いたような表情をした後、


「いやいや、十年以上剣で戦ったことがなかった者が相手なのだ。

 無意識に手心を加えてしまっても仕方がないことだろう。

 私は気にしていない。

 どうか頭をあげてくれ」


 そう言って笑った。

 それを聞いて頭をあげたメリンダは、


「それではお詫びの印に、これよりは全力で当たらせていただきます」


 そう言って再び中段に構える。

 それに対してフェリシアは


「では、こちらとしては存分に胸を借りることとしよう」


 そう言って獰猛な笑みを浮かべる。

 そしてしばらくの静寂の後、


「参るっ!」


 というフェリシアの言葉と共に、再び駆け寄る二人。

 ガシッ、ガシッという音を立てながら、二人の剣は繰り返しぶつかる。

 そんな状況はしばらく続いたが、次第に戦況はメリンダヘと傾いていく。

 そして遂に、


 ガシィィーーーーッ!


 というひときわ大きな音と共に、フェリシアが手にしていた剣が高く空中に舞い上がり、しばらくの後


 ドンッ!


 という鈍い音を立てて、剣は地面にぶつかり倒れた。


「それまでっ。

 勝者、メリンダ・スタントン!」


 審判役の武人女性がそう宣言すると、周囲からわっと歓声が上がる。

 フェリシアが剣を拾うと、両者は向かい合って一礼した後に歩み寄る。


「流石にこの軍団で一番の剣の達人にはかなわなかったか」


 フェリシアがそう言って剣を左手に持ち替えた後に右手を差し出すと、


「いやいや、十年以上ブランクがあったとは思えない見事な剣裁きでしたよ」


 メリンダもまた剣を左手に持ち替えた後に右手を差し出し、二人は握手を交わす。


「しかしながら、『乳房収納魔法』の効果というのは、実際に試してみると聞き及んでいた以上に凄まじいものだな」


 そう言って自分の胸元を見つめるフェリシアに対して、


「そうですね。

 しばらくは感覚の違いに戸惑いましたが、慣れると腕は振りやすいですし、動いても身体がぶれません。

 何といいますか、剣士として一段登ったような感じがします」


 右手で首にはめたチョーカーを触りながら応えるメリンダ。

 そんな二人の胸は、リサたちが開発した乳房収納魔法によって、見事なまでに真っ平らとなっていた。


「これまで軍においては片手剣が常識であったが、乳房収納魔法が実用化された暁には、両手剣の採用も現実的な選択肢となるのではないか」

「確かに。

 巨大だが動きの遅い魔獣が相手の場合などは、むしろ両手剣の方が効果的かもしれませんね」


 そんな風に二人が今後の展望について語っていると、


「それでしたら、軍としては乳房収納魔法の早期の実用化を望むこととなりますな」


 試合の審判をしていた女性─この軍団の軍団長が会話に加わる。


「現状だと、問題となるのはやはり魔法の継続時間か」

「そうですね。

 せめて丸一日は持つようになって欲しいです。

 ダンジョンに潜っての討伐などの状況を考えると、半月程度まで持ってもらえるとありがたいですが」

「あとは魔導具の価格か。

 全ての剣士に配布するとなると数が必要になるであろうし、また戦闘中の損傷による交換も考慮すべきであろう。

 となると、それなりに安価でなければ予算的に正式採用は難しいであろうな」

「それでは軍団の長と致しましては、王国軍による乳房収納魔法開発の支援を上申させていただきます」

「うむ。

 私としても陛下にこのことを働きかけることとしよう」

「フェリシアお姉様!」


 不意に聞こえた背後からの自分を呼ぶ声にフェリシアが振り向くと、そこにはこちらへと駆け寄るリサの姿があった。


「いかがでしたか?

 実際に乳房収納魔法を発動した状態で、剣で戦ってみた感想は」


 そう尋ねるリサに、


「素晴らしいの一言だな。

 胸がないから剣を振っても邪魔にならないし、動いても身体がぶれない。

 メリンダは、剣士として一段登ったように感じるそうだ」


 そう答えるフェリシア。


「そうですね。

 乳房収納魔法の効果がこれほどまでとは思いませんでした。

 これは一度使ってしまうと手放せなくなってしまいそうですし、私たちの試合を見ていた剣士たちは間違いなく自分たちも使ってみたいと思うでしょう。

 今でも何となく羨ましそうな視線があちらこちらから向けられているように感じますし」


 メリンダもそう言って乳房収納魔法を褒め称える。

 それを聞いたリサは、


「そう思っていただけるのでしたら、開発者としては苦労の甲斐があったというものです」


 といって嬉しそうに微笑んだ。


「それで我々としては乳房収納魔法を王国軍で正式に採用したいと考えているが、そのためには解決すべき課題がいくつか存在する」


 フェリシアがそう言うと、リサは表情を真剣なものに変えて


「具体的にどういった点が問題であるかお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 と尋ねる。


「まずは魔法の継続時間だな。

 乳房収納魔法を発動している時とそうでない時とでは、胸の形状が著しく異なる。

 そのためそれぞれの場合に応じて上半身に着用するものを着替える必要がある。

 しかし我々軍人は、一度戦場に出てしまえば戦いが終わるまでは着替えることなど不可能だ。

 となると、最低でも丸一日程度は継続して発動できるようにしてほしい。

 ダンジョンに潜って魔獣を討伐することもあるので、半月程度まで持続できればありがたいな」

「確かに魔法の継続時間に関しては、私たちもまだまだ改善すべき余地が大きいと思っています」

「後は魔導具の価格だな。

 このチョーカーを作成するのにいくらかかるか正確にはわからないのだが、きっと相当な金額となるのであろう?」

「そうですね。

 お姉様は夜会で着るようなドレスを注文することはあまりないと思いますが、もしこのチョーカーの作成にかかった金額を聞いた後で、ご自身がフルオーダーのドレスを注文されたとすると、ドレスと言うのは案外手頃な価格なのだと思われるかもしれませんね」

「それはまた…チョーカーの値段を聞きたいような、聞きたくないような」


 リサの例え話に、思わず苦笑するフェリシア。


「まあそれはさておくとして、正式採用となれば軍所属の剣士たちは皆このチョーカーを望むであろうし、魔法使いたちのなかにも望む者がいるだろう。

 相当な数のチョーカーが必要になるはずだ。

 また戦いの途中で損傷する可能性を考えると、予備のチョーカーもある程度必要となる。

 いくら王国軍は色々な面で優遇されていると言っても、それなりの安価でなければ予算的に無理だ」

「なるほど、確かにそうですね。

 しかしながら、継続時間の長時間化と魔導具の低価格化ですか。

 いずれも一朝一夕では解決しない問題です」


 そう言って悩ましい表情をするリサに対して


「リサ殿下。

 そのことに関してなのですが、我が軍団と致しましては、王国軍による乳房収納魔法開発の支援を上申しようと考えております」


 と軍団長が述べると、


「うむ。

 私からも陛下にこのことを働きかけるつもりだ。

 リサ達を支援することで、我々が得られるものは非常に大きい。

 どうか一日でも早く乳房収納魔法を実用化して欲しい」


 フェリシアも言葉を繋ぐ。


「かしこまりました。

 私たち研究者と致しましても、皆様の期待に応えられるよう、粉骨砕身して事に当たらせていただきます」


 リサは決意を秘めた表情でそう応えた。

 それに対して微笑んで満足げに頷いたフェリシアだが、しばらくすると姿勢を正し真剣な表情でリサに向かって語り出した。


「リサ、今から私が話すことは、ただのフェリシアが一人の人間として話していると思って聞いてほしい。

 私は幼い頃から剣の才能を見出されて、将来はこの国一番の剣士になるであろうと言われていた。

 そして私自身もそのことを誇りに思い、最も優れた剣士となることを夢見て研鑽を積んだ。

 しかしながら、長じるにつれて私の二つの胸は異常と言っても良いほどに大きく育ってしまい、剣を扱う上での障害となってしまった。

 そして最終的には、剣士としての道を諦めざるを得なくなってしまった。

 その後は魔法使いに転身し、王女としての義務を果たすべく軍人として魔物を討伐する日々を過ごしてきたが、私の内心としては、ずっと忸怩たるものを抱え続けてきた。

 いつだったか、内宮で儀礼用の剣を持って型を演じているところを、お前に見られたことがあったな。

 あの時は久しぶりであるかのようなふりをしたが、実は私は他人の見ていない所でああいったことを何度もしていたのだ。

 もう二度とかなわないと知りながら、それでも幼い頃に抱いた夢を諦められない、そんなみっともなくて情けない人間なのだよ、私は」


 そう言って自虐的な表情を浮かべるフェリシア。

 しかしすぐに真剣な表情に戻り、話を続ける。


「しかしながら、そんな私をお前は救ってくれた。

 乳房収納魔法を得たことで、私はまた剣を振ることができるようになった。

 もう二度とかなわないはずの幼い日の夢に、再び挑むことができるようになった。

 ありがとう、リサ。

 乳房収納魔法を開発してくれて。

 私に剣の道を取り戻してくれて。

 心から感謝している。

 お前は本当に、こんな私にはもったいないぐらいの自慢の妹だ」


 そう言って深く頭を下げるフェリシアに驚いた表情を浮かべるリサだったが、直ぐに


「お姉様。

 どうか頭をおあげください」


 とやさしく声をかける。

 しばらく後にフェリシアが頭をあげると、そこには声と同じようにやさしげな表情を浮かべたリサがいた。


「お姉様はかつての内宮での私との出来事について触れられましたが、実はあのことこそが、私が乳房収納魔法の開発を考えるようになったきっかけであり、いわば乳房収納魔法の原点なのです」


 それを聞いて驚いたような表情を浮かべるフェリシアに、リサは話を続ける。


「お姉様もご存知かもしれませんが、私も幼い頃は王家の娘として軍人の道に憧れておりました。

 しかしながら私もまた、その道を諦めることとなりました。

 もっとも私の場合は、その理由が極度の運動音痴だったので、誰が考えても当然の結果でしょう。

 言ってみれば私には、軍人としての才能が全くなかったのです。

 それでも軍人としての将来を諦めた時にはそれなりに悲しみ落ち込みましたが、逆に才能がないと断言されてある意味割り切ることができました。

 その後私は魔法と魔導具の研究者という道と巡り会い、今では王族としての責務を果たすことができていると自負しております。

 しかしあの時、お姉様の表情を見た私はこう思ったのです。

 軍人としての才能が全くなかった自分ですら、軍人としての道を諦めた時にはそれなりに落ち込んだし辛かった。

 ならば、剣士として天賦の才をお持ちでありながら剣士としての道を諦めざるをえなかったお姉様は、一体どれだけ苦しかったのだろう、どれだけ悲しかったのだろう、どれだけ悔しかったのだろう、と。

 そして同じ日の午後、私は塔で同僚から差し出されたある論文を読んで、乳房収納魔法へと繋がるアイデアを思いつきました。

 運命、いや天命だと思いました。

 天才でありながら剣士としての道を諦めざるを得なかったお姉様に、その道を取り戻して差し上げろと神が私に命じているのだと。

 それからの私は、乳房収納魔法の実現に向けて研究者としての私の全てを注力しました。

 その道程は必ずしも平坦なものばかりではありませんでした。

 試行錯誤を繰り返しても思うような結果が得られないことなど、何度あったかわかりません。

 それでも、お姉様に剣士の道を取り戻して差し上げたいという思い、その思いがあったからこそ私は前に進みつづけることができました。

 そうして何とか乳房収納魔法を形にすることができ、そして今日、剣士として存分に振舞われているお姉様のお姿を拝見することができました。

 そしてお姉様は、私を自慢の妹と言ってくださったのです。

 こんなにうれしいことはありません」

「リサっ!」


 リサの言葉に感極まったフェリシアが、リサに駆け寄って両手でリサを強く抱きしめる。


「ありがとう。

 ありがとう。

 こんなにも私のことを思ってくれる妹がいるなんて、私はこの国で一番の幸せ者だ」


 そう言って涙を流すフェリシアに、リサもまた目に涙を浮かべながら、そっと姉を抱きしめ返す。

 そしてそんな二人を、周囲の者たちは暖かく見守るのであった。


お読みいただきありがとうございました。

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