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リサ・ガスター・ヴェル・エルダーランド その3

 その日リサは母から呼び出しを受け、朝一番で国王の私的な居住場所である内宮を訪れていた。

 居間に招かれたリサはそこで母と一時間ほど話をした後、居間から退出して正門へと向かったが、その途中の渡り廊下で三番目の姉であるフェリシアが庭にいるのに気付き足を止める。

 フェリシアは目を閉じ右手に儀礼用らしき剣を持った状態でしばらくたたずんでいたが、やがて目を開けると剣をおもむろに振り上げた。

 そしてまるでペンで線をなぞるかのように、剣を持った右手をゆっくりと縦に横に斜めにと動かしていく。

 どうやら剣技の基礎である『型』を再現しているらしい。

 フェリシアはしばらくの間その動作を続けた後、上段に振りかぶった右手をゆっくりと振り下ろしまっすぐ前方に剣を突き出した状態で動作を止める。

 そして満足げな笑みを浮かべたが、渡り廊下でリサが自分を見ているのに気づくと、右手を下ろし妹に歩み寄る。


「久しぶりだな、リサ。

 母上との話は終わったのか」

「ご機嫌よう、フェリシアお姉様。

 剣の練習をされていたのですか?」

「私も母上に呼ばれてここに来たのだが、予定より早く着いてしまってどうしたものかと思っていたら、儀礼用の剣が目に留まったので、戯れに昔習った型をなぞってみたのだ。

 剣で戦わなくなってから久しいから、もうすっかり忘れてしまったかと思ったのだけど、一度身についたものは意外としっかり覚えているものなのだな」


 そういってフェリシアは笑ったが、それを聞いたリサの方は何とも言えない気持ちになってしまった。


 かつてリサがそうであったように、フェリシアも幼い頃から自分は将来軍人になると思っていたが、見事なまでに運動音痴であったリサとは対照的に、フェリシアは幼い頃から天才といってよいほどの剣の才能を示していた。

 フェリシアに剣を教えていた指南役などは


「フェリシア殿下は将来間違いなくこの国一番の剣の使い手となられるでしょう」


 と言ってフェリシアを褒め称え、フェリシア自身も自分の才能に奢ったりせず努力した結果、順調にその才能を開花させていった。

 しかしながら、そんなフェリシアの将来は思わぬ事態により閉ざされることとなる。

 というのは、フェリシアもこの世界の女性であるので、第二次性徴の開始と共に胸が急速に発育していったのだが、フェリシアの場合そのサイズがこの世界の女性を基準としても規格外と言えるほど大きく育ってしまったのである。

 具体的には、リサの前世の方式で表現するならば、フェリシアの胸は最終的にPカップにまで育った。

 流石にここまでになると、胸が剣を振るために動かす腕の障害となってしまうし、またその重さ故に、例え胸を支える下着を身につけ魔法によって重量を緩和したとしても、胸が揺れることによって体の動きがぶれたり痛みで意識が集中できなくなったりして、まともに剣を振ることが出来なくなってしまう。

 そのため十代半ば頃までには、フェリシアは剣士としての道を諦めざるを得なくなった。

 幸いフェリシアは魔法使いとしても優秀であったため、その後は攻撃魔法の担い手として軍人の道を進み、今は魔獣の討伐に携わることにより王家の女としての義務をはたしている。

 それでも、かつていずれはこの国一番の剣士となると剣の才能を讃えられたフェリシアが、現在の自分を内心どう思っているかを考えると、リサとしても複雑な思いを抱いてしまうことを免れられないのだ。


 そうして幾分気まずい思いと共に姉と別れたリサは、その後いったん自分の住む離宮に戻った。

 この日は気温湿度共に高く既にかなりの汗をかいていたので、リサは着ていたものを全て着替えてから昼食を食べ、それから塔に向かうために馬車に乗った。

 馬車の中は蒸し暑く、塔にたどり着く頃にはリサはアンダーバスト周辺の下着が既に湿ってきているのを感じていた。


(重さは下着や魔法で多少なりとも緩和できるけど、この汗の気持ち悪さはどうにもならないのよね。

 魔法で何とかできないものかしら)


 そんなことを思いながら馬車を降りたリサだったが、正面玄関から建物に入ると事務員たちのいる大部屋から丁度出てきたところのアガサと遭遇した。


「こんにちは、リサ様。

 今日は午後からですか」

「ご機嫌よう、アガサ。

 朝から陛下に呼ばれて内宮に行ってきたの」


 そんな風に挨拶を交わした後、二人は並んで廊下を進んでいく。

 しばらくは収納魔法における亜空間への術者以外のアクセス方法に関する会話が続いたが、アガサが両手で抱えているものがリサの目に留まる。


「事務室で文献の複写をしてきたのね。

 何かおもしろい文献でも見つけたの?」


 理沙が問いかけると、アガサはまるでよく気づいてくれましたとでも言いたげな表情で応える。


「そうなんです。

 今やっている亜空間への術者以外のアクセス方法とは直接関係ないのですけど、亜空間に関してちょっとおもしろい検証を行った結果が論文にまとめられているのを見つけたもので」


 そう言って複写された文献を差し出されたので、リサは文献を受け取り、邪魔にならないように廊下の端に移動した上で文献に目を通し始めた。

 その文献の内容を簡潔に述べるとすれば、


 "空間魔法で生み出された亜空間に生物を収納するとどうなるのか?"


 となる。

 言われてみれば、リサも収納魔法で収納する荷物は無生物が当たり前だと思っていて、生物を収納というのは全くの盲点であったと言わざるを得ない。

 論文の著者たちは手始めとして、動物実験でよく用いられるシロコネズミと呼ばれる小型の鼠を亜空間に収納してみた。

 そして丸一日経過したところで取り出してみたところ、空腹であったらしく餌を貪るように食べたものの、それ以外は収納する前と特に違いは見られなかった。

 それではもっと長期間収納したらどうなるのかというある意味当然の疑問が次に思い浮かんだのだが、流石に餌も水も与えられない状態が長く続いては、通常の空間であろうとシロコネズミは生存できないだろうし、かと言って餌と水を一緒に収納すれば良いのかもわからない。

 そこで著者たちが注目したのが、ベニイロガメと呼ばれる陸生の亀である。

 この亀は甲羅の直径が30〜40センチの中型で、名前のとおり全身が朱色に近い色をした亀であるが、体内に生きるために必要な栄養分を蓄えることができ、栄養を充分に蓄えた上で頭や手足を甲羅の中に収めた状態になると、そのまま半年とか一年とかの期間を生き延びることができるという特徴がある。

 著者達はこの状態になったベニイロガメたちを各自が作成した亜空間に一匹ずつ収納して、その状態を約半年間続けた後に亀たちを取り出してみた。

 するといずれの亀も生存しており、その後一年間ほど経過を観察してみたものの、特に異常らしきものは見当たらなかったらしい。


「なるほど、確かにおもしろい検証ね」

「そうですよね。

 何というか、発想の勝利という感じですよね」

「でもベニイロガメが餌や水がなくても生存できると言っても、流石に呼吸はしているでしょう?

 半年間も亜空間に収納していたら窒息したりしないのかしら?」

「言われてみれば確かにそうですね。

 ベニイロガメを収納した亜空間の容量は書いてなかったと思いますが、通常で女性が維持できる最大の容量だったとしても、半年間だと窒息してしまいそうですよね」

「収納魔法で生成される亜空間は我々のいる空間とは隔絶されているというのが通説だけど、実はどこかで繋がっていたりするのかしら。

 それなら狭い亜空間の中に長期間収納されていても、窒息せずに済みそうだけど」

「なるほど。

 でももしそれが正しいとしたら、これまでの通説を覆す大発見ということになりますね」


 廊下の端に留まったままそんなふうに語り合う二人だったが、次第にリサの意識はふと頭の中に思い浮かんだことにとらわれていった。


(自分が生成した亜空間に自分自身を収納したらどんな感じなのかしら?

 でも人間を収納できるような容量の亜空間を生成するのは不可能よね。

 せいぜい腕や脚を収納するくらいが限界でしょうね。

 でもそもそも体の一部だけを収納することなんてできるのかしら?

 仮に可能だとして、例えば腕を水平に突き出した状態で収納した場合、腕の重さを感じるのかしら?

 そのままぐるりと体ごと一回転した場合、腕は体の動きを感じるのかしら?

 感じる?

 感じない?

 もし感じないのだとしたら────)


「……様?

 リサ様?

 どうされました?」


 そんな声に我に返ると、心配そうな表情のアガサがリサをじっと見つめていた。


「…ごめんなさい、ちょっと考え事に浸ってしまったの…。

 ………。

 ……。

 …。

 ところでアガサ、この後の貴方の予定を尋ねても良いかしら?」

「この後ですか?

 いつも通り亜空間への術者以外のアクセス方法について調べたり考えたりするつもりですけど」

「それなら申し訳ないけど、今からしばらく私に付き合ってもらえないかしら?

 今思いついたことについて貴方に相談というか、意見を聞かせてもらいたいのよ」

「構いませんよ。

 それならどこか場所を変えましょう」

「そうね、私の部屋に行きましょう」


 二人は無言のままリサの居室へと向かう。

 居室に入ると二人はソファに向かい合って座り、リサは控えていた侍女に紅茶を出すように依頼する。

 侍女は部屋から出て行き、しばらくすると紅茶の入ったティーポットとティーカップ二つが載ったトレイを持って戻ってくる。

 ティーカップをテーブルのリサとアガサの目の前の位置に置き、それぞれにティーポットに入った紅茶を注ぎ終えた侍女が壁際に戻り控えると、リサはソファにあずけていた上体を気持ち前倒しにした後、真っ直ぐにアガサを見つめて話し始める。


「実はね────」


 リサの話を聞くアガサは、最初こそ少し困惑気味であったものの、間もなくソファにあずけていた上体を前傾姿勢にして、真剣な、それでいてどこか興奮しているような表情になった。

 そして自分の考えを話し終えたリサが


「────ということなんだけど、貴方はどう思うかしら?」


 と尋ねると、アガサは額に手を当てしばらく考える様子を見せた後、姿勢を正し、真っ直ぐにリサを見つめて口を開いた。


「そうですね。

 正直なところ、リサ様が説明されたことがその通りうまくいくかは、少なくとも今の私にはわかりません。

 でも、もしうまくいくのなら魔法と魔導具の研究としては非常に大きな成果となりますし、世の中に与える影響もとてつもなく大きいと思います。

 ですから、真剣に取り組んでみる価値は充分にあると思います」


 それを聞いたリサは


「ありがとう。

 貴方に相談してみてよかったわ」


 とほっとしたような表情を浮かべたが、直ぐに表情を改めると、


「それでね、貴方に一つお願いがあるの。

 私も今私が説明したことが、うまくいくかどうかはわからないわ。

 でも、成功であろうが失敗であろうがきちんとした結果が出るまでは、この件に専念しようと思っているの。

 それがいつ頃になるのかはわからないけど、出来ればその間貴方にこの件を手伝ってもらいたいの。

 もちろん貴方には亜空間への術者以外のアクセス方法についての研究があることはわかっているわ。

 だからそちらの方のを優先してもらった上で、余裕がある時に手を貸してもらえるとありがたいのだけど…」


 と言いながら、最後はアガサを伺うような表情をする。

 そんなリサに対してアガサは、


「もちろんです!

 むしろこちらからお願いしたいくらいです!

 リサ様、どうかこの私をこの件の研究に参加させてください!

 もちろん結果が出るまでは、この件に専念ということで!」


 かなり食い気味に即答した。


「えっ…でも貴方には亜空間への術者以外のアクセス方法についての研究が…」

「確かに私にとってそれは興味深いテーマですが、現状ではまだ何から手をつければ良いのかすらはっきりしません。

 それに比べると、この件は研究の方向性が既にかなり明確になっています。

 収納魔法の研究に携わっている身として、この状況でこの件に注力しないなんてありえないですよ!」


 戸惑い気味のリサにまだ興奮が残っている様子で応えたアガサだが、表情を真剣な物に戻すと、


「それに、もしこの研究がうまくいって新しい収納魔法が完成したら、リサ様にはそれを使ってもらいたい方がいらっしゃるのではないですか?」


 と半ば確信しているように問いかけた。


「えっ、どうして…」

「リサ様の様子から何となくそうなのではと思ったんですが、どうやら当たっていたようですね。

 それならばその方のためにも、何としてもこの研究を成功させて新しい収納魔法を完成させましょう。

 至らぬ身ではありますが、私も全力を尽くさせていただきます」


 そう言って満面の笑みを浮かべるアガサ。


「ありがとう、アガサ。

 貴方が協力してくれるのなら、これ以上心強いことはないわ」


 目に涙を浮かべながらもにっこりと微笑むリサは、女性であるアガサから見てもとても魅力的だった。


お読みいただきありがとうございました。

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