田中理沙 その2
二年度以降は勉強と就活を頑張った結果、理沙は大企業の開発職として就職することが出来た。
大学卒業後に上京した理沙は、半年間の研修の後に都内にある開発室に配属された。
そしてそこで、理沙はエリートと呼ばれる人物の下に付くこととなる。
伊集院和正主任32歳。
日本の首都の名前の大学で博士号を取得した後に理沙の会社に入社し、早速開発者として成果を上げて五年で主任になった正にエリート。
そんな人の下で働くことに恐れおののいた理沙だったが、主任は人格者で新人の理沙の世話を自ら焼いてくれて、それに報いるために理沙は全力で仕事に取り組んだ。
そして理沙が伊集院和正という一人の男性に惹かれていくのもある意味当然のことであった。
そして月日は流れて理沙が入社して三年目の秋、主任がアメリカに赴任するという話が持ち上がった。
アメリカの大学との共同研究が決まり、そのプロジェクトにおける理沙の会社側のキーパーソンとして赴くとのこと。
それを聞いて理沙の心は揺れ動いた。
主任にとっての理沙は、飽くまでも『新人の時から世話を焼いたかわいい後輩』でしかない。
それでも会えなくなる前にせめてこの想いを伝えたい。
でもそれで今の主任との関係が壊れてしまったら。
結論を出せないまま月日が過ぎ、年明け三月初めに開催された壮行会でのこと。
冒頭の部長の挨拶の後、乾杯の音頭をとるためにビールの入ったグラスを掲げた課長がこう言った。
「それでは、伊集院君のアメリカでの活躍と、ジェニファーさんとの幸せな新婚生活を祈念して、乾杯!」
どういうことだと思い近くにいた先輩の女性社員に尋ねてみたところ、
「あれ?理沙ちゃん知らなかったの?」
と言って説明してくれた。
何でも主任にはアメリカ人の婚約者がいて、二人は主任がアメリカに長期出張していた際に知り合って付き合い始め、その後海をはさんだ遠距離交際を続けていたらしい。
その後主任との歓談の際にそのことを話したら婚約者の写真を見せてくれたのだが、一目見てわかる巨乳の美人さんだった。
(金髪で美人で巨乳じゃあ勝ち目があるわけないか)
主任がアメリカに赴任する日の前日、昼休み後の昼礼での主任の挨拶を聞きながら、理沙はそんなことを思っていた。
四月になり年度が変わって社会人四年目に突入すると、理沙はこれまで好きになった男性と彼が選んだ女性のその後を相次いで知ることになった。
まず高校に進学してから疎遠になっていた幼なじみの二人から連絡があり、秋に結婚するので結婚式に出席してほしいと頼まれた。
そしてゴールデンウィークが明けるとテレビではドイツのブンデスリーガで活躍する日本人サッカー選手の入籍が話題になったが、それは高校時代に追っかけをやっていたあの彼とクラスメートだった彼女のことだった。
更に六月になれば海の向こうで伊集院先輩とジェニファーさんの結婚式が挙行され、その様子を撮影した写真や動画が部署内で回覧された。
最後に七月の半ばに大学時代の学科の同級生で作っているSNSのグループで、早坂君と横田さんが出来ちゃった結婚することを報告した。
次々ともたらされるこれらの事態に、理沙はこう思った。
(私って、もうこの先恋愛とか結婚とか無理なんじゃなかろうか)
六月に誕生日を迎えた理沙は二十六歳で、将来を考えればそろそろ焦りを感じ始めてもよい頃なのに、そういった感情が全く沸かないのだ。
(このままお一人様人生を歩むなら、仕事に生きるしかないなぁ)
何となく負けたような気がする理沙だが、一方で気楽になったようにも感じていた。
少なくとも今の仕事を続けている限り、巨乳だろうが貧乳だろうが評価に関係はなかろう。
もうこれ以上巨乳に敗北する目に遭わずに済むのだ。
その後の理沙はこれまで以上に仕事に打ち込んだ。
伊集院先輩のような天才には及ばなくても、何か自分の成果だと誇れるものを残したい。
そう思いつつもなかなか結果に繋がらず、それでも試行錯誤を繰り返して迎えた入社十年目の秋。
理沙は遂に成果の芽と言えるかもしれないものを見つけることが出来た。
また理沙は今年度から主任に昇進していたが、これにより自らリーダーとしてプロジェクトを立ち上げることの出来る立場となった。
そこから芽を着実に育てつつ関係方面との調整などもこなしながら月日をすごし、迎えた入社十三年目の春。
遂に理沙が見出したネタが正式なプロジェクトとして開始されることが決定した。
自らがリーダーとしてプロジェクトを率いることによって、自分の成果と誇れるものを夢見る理沙。
しかしながらここでも運命は彼女に非情だった。
六月のとある金曜日の午後、唯一人会議室に呼び出された理沙が部長から告げられたのは、理沙がプロジェクトのリーダーではなくメンバーとして参加するということだった。
「…誰がリーダーになるのですか?」
しばらく呆然とした後に真っ青な顔の理沙が尋ねると、部長は言いにくそうな顔で一人の女性社員の名前を告げた。
彼女は理沙の三つ後輩で今年入社十年目だが、五年前に約二年間の産休&育休を取得したため、実質的には入社八年目の扱い。
しかしながら彼女の実家がこの会社と非常に深い関係にあるため、社内政治の結果今年度から主任に昇格した。
そして同様に社内政治の結果、理沙ではなく彼女がこのプロジェクトのリーダーを努めることになる。
おそらく理沙は彼女に代わって実質的なリーダーになることを期待されているのだ。
その上でプロジェクトの結果は、すべて彼女の功績として扱われることになる。
ちなみに彼女は社内である意味有名人なので理沙も彼女のことを見知っているのだが、何の皮肉か彼女もまた見事な巨乳の持ち主だった。
(まさか仕事で巨乳に敗北を味わされることになるとは…)
ところでこの日は理沙の三十五歳の誕生日だったのだが、理沙にはこの日のこの後の記憶が全くない。
そして気がつけば翌日土曜日の昼近くで、二日酔いによる酷い頭痛で理沙は目が覚めた。
(恋愛だけじゃなく仕事でも巨乳に勝てないのなら、私はこれからどうしたらいいんだろう…)
最悪な気分なまま週末を過ごすが、それでも月曜日はやってくる。
なけなしの気力をかき集めてベッドから起き上がり、身支度を整えて家を出る理沙。
徒歩で最寄り駅に向かい、電車に乗って六駅先で降りるとホームは通勤客でごった返している。
階段を降りて改札を通過し、しばらく歩いた後別の改札を通過して階段を上り、会社の最寄駅に向かう路線のホームにたどり着く。
いつものごとくホームは先ほど降りた路線のホーム以上にごった返しており、これまたいつものことであるが理沙は仕方なく一時的にホームの黄色い線の外側を歩いたりして奥へと向かう。
ところがしばらく進んだ後に二列に並んだ客の前を通りすぎるために黄色い先の外側を歩いていたとき、列の先頭にいた女性がふらりと理沙の方へ倒れてきた。
その結果理沙はホームから線路へと押し出されることとなるのだが、線路に向かって倒れる途中の理沙の目に映ったのは、二人の男性客に支えられた巨乳な女性だった。
(こんな時でも助けてもらえるのは巨乳なのか)
そんなこと思いながら理沙が転げ落ちたところに電車が入線してくる。
線路上に人影を見つけた運転手は急ブレーキをかけるが、残念ながら間に合わず理沙の体は電車に弾き飛ばされる。
(もし来世があるのなら、今度は巨乳に生まれたいな…)
遠ざかる意識の中、理沙はそんなことを思った。
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