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田中理沙 その1

初めてのオリジナル作品となります。

いろいろと至らぬ点があると思いますが、よろしくお願いします。

”出来ることなら巨乳になりたい人生だった”


 田中理沙の生涯を一言で言えばそうなるだろう。


 六十年以上続いた昭和が終わり時代が平成に変わった年の六月、田中理沙はとある県の県庁所在地で誕生した。

 全国的に有名な大企業の事業所で働く父、専業主婦の母、三歳年上の姉と理沙の四人家族の田中家は当初会社の社宅で暮らしていたが、姉の小学校入学を機に郊外の建売住宅に引っ越すことになる。

 新居のご近所には佐藤亮介という同い年の少年と、鈴木若葉というこれまた同い年の少女がいて、理沙はこの二人とすぐに親友になった。

 幼稚園・小学校と仲良く三人で過ごすうちに理沙は亮介にほのかな想いを抱くようになるものの、幼なじみにありがちな近すぎる関係ゆえに想いを打ち明けることが出来ないまま中学に進学し、そして一学期が終了した日の午後のこと。


「「理沙、俺(私)達付き合うことになったんだ(の)」」


 理沙は幼なじみである亮介と若葉にそう告げられた。

 実は理沙と同じように若葉もまた亮介に想いを抱いており、いつしか三人が三角関係のような状態にあることを全員が認識していて、それゆえ亮介も結論が出せずにいたのだが、最終的に彼は理沙ではなく若葉を選んだのだ。


「そう、二人ともおめでとう」


 理沙はそういって二人を祝福した。

 亮介も悩んだ挙句結論を出したのだ。

 ならば自分も彼の決断を尊重する。

 理沙はそうして初恋に別れを告げたものの、彼女の心の奥には小さなしこりが残った。


 理沙と若葉は、理沙の方が多少生真面目なのに対して若葉の方が親しみやすかったりするものの、別段性格に問題がある訳ではなく、二人とも家族・友人・ご近所さん・教師・クラスメートといった周囲の人たちに普通に親しまれている。

 また容貌に関しても、理沙がどちらかというと整った顔なのに対して若葉はかわいい系という違いはあるもの、二人ともまあそこそこに美人という感じで大差はない。

 しかしながらある一点において、この時点で二人にはどうにもならないほどの明確な違いがあった。


 小学校高学年の頃になると第二次性徴と呼ばれる過程が始まり、男女がそれぞれに特有の発育を示す。

 共通なものとしては腋や陰部への発毛、男性特有のものとしては声変わりや髭の発毛、女性特有のものとしては月経の開始(初潮)があるが、その中で第三者から見て最もわかりやすいのが女性の乳房の発達である。

 そしてこの点において、理沙と若葉には残酷なまでに明確な違いがあった。

 若葉の胸は初潮を迎えるのと前後して急速な発育を示し、見事に育った二つの山のせいで彼女が着ている制服のシャツは二番目のボタンが今にも外れそうになっている。

 一方の理沙はと言えば…彼女の制服のシャツのボタンには全く何の力も掛かっていない。

 そして二人共、亮介が頻繁に若葉の胸へと無意識のうちに目を向けていることに気づいていた。


(何だかんだ言っても結局男は巨乳が好きなのか)


 田中理沙、初めて挫折を知った十三歳の夏であった。

 そしてこれ以降、理沙は巨乳への敗北を繰り返すこととなる。


 高校は私立の女子校に進学したのだが、その運営母体である学校法人は男子校も運営しており、両校の間には幅広い交流があった。

 一年のゴールデンウィーク明けにクラスメートに誘われて男子校サッカー部の練習試合を応援することになるのだが、そこで出会った一人の選手に理沙は目を奪われる。

 全国大会の常連校である男子校サッカー部で、彼は二年生ながら司令塔として見事に味方の攻撃を組み立てていった。

 サッカーをよく知らなかった理沙でも、彼がこのチームの中心であることはすぐ分かった。

 それから理沙の高校生活はサッカーで染まっていった。

 おそらく理沙の彼に対する想いは初恋の時とは異なり、男性アイドル対する女性ファンのそれのようなものだろう。

 それでも理沙は幸せだった。

 しかしそんな幸せも唐突に終わりを迎える。

 三学期の修了式が終わって翌日の春休み初日、理沙は午後から買い物のために繁華街へと繰り出していた。

 そして目にする。

 チェーン店の喫茶店で、彼が理沙をサッカー部の応援に誘ってくれたクラスメートの一人と一緒にいるところを。

 彼女はふんわりとした雰囲気の美人で、さりげなく気遣いの出来るクラスの人気者。

 そんな彼女なら、彼が好きになっても当然だろうと理沙は思った。

 ただ一つ引っかかったのは、彼女が見事なまでにたわわな胸の持ち主だったこと。


(サッカーの選手ってサッカーボールみたいな胸が好きなんだろうか)


 帰宅途中のバスの中で、理沙はそんなことをぼんやり考えていた。


 二年生になって以降はひたすら勉強に打ち込んだ結果、理沙は地元の旧帝大に合格することができた。

 理沙は理系女子だったので、学部は工学部に所属した。

 一般的に工学部の学生は男子が多く女子が少ない。

 理沙の所属する学科もその例に漏れず、同じ学年の50人のうち女子は理沙を含めて4人だった。

 こういう環境だと女子は男子に優しくしてもらえる。

 とは言っても、授業を欠席した日のノートを写させてもらえるとか、試験の過去問で解らないのがあったときに質問すると親切に教えてもらえるとかの些細なことではあるが。

 それでも理沙は嬉しかった。

 そして理沙はそんな優しくしてくれる男子の一人に好意を抱いた。

 彼は外見も性格も典型的な工学部の男子学生で決してイケメンではないが、いつも教室の最前列で真面目に授業を受けていて、そういったところに好感が持てた。

 ただ告白する勇気が持てず春が過ぎ夏が過ぎ秋が過ぎて木枯らしが吹き始めた頃、このままでは埒があかないと思った理沙は思い切って彼に告白した。


「早坂君のことが好きです。付き合って下さい」


 しかしながら結果は無情だった。


「ごめん、俺既に彼女がいるんだ」


 理沙は驚いた。

 彼のことをずっとみていたが、彼女がいるような素振りはなかったからだ。


「…ええと、どんな人か尋いてもいい?ひょっとして同じ学科の女の子?」


 こくりと頷く彼。


「…ひょっとして川岸さん?」


 川岸さんというのは学科の女子学生の一人で、さばさばした性格の美人だ。

 理沙も正直あまりありえなそうに思うのだが、夏に彼氏が出来たという話を聞いた覚えがあったので言ってみた。

 ちなみに、彼女のバストは日本人の平均くらいのサイズで巨乳ではない。


「…違う」


 ぼそりとつぶやくように言う早坂。


「じゃあ誰?」


 理沙の問いかけにしばらく沈黙した後、早坂はまだぼそりと答えた。


「…横田」


 その答えを聞いて、理沙はショックを受けた。

 横田さんはもちろん学科の女子学生の一人だが、外見が悪い意味で理系女子の典型なのだ。

 瓶底のような眼鏡にひっつめ髪、無地の綿シャツにジーンズというおよそおしゃれとは言えないような姿でいつも大学にいる。

 それに同級生達との人付き合いも壁を作っているようなところがあり、遊びに誘ってもまず応じない。

 ちなみに理沙は女子校出身なこともあって、世間一般の女子大生のレベル程度には身だしなみに気をつけている。

 また男子学生達から優しくされていることで調子に乗ったりせず、謙虚であるように心がけている。

 そんな横田さんを早坂が選んだ理由など、理沙には一つしか思いつかない。

 そう、横田さんは巨乳なのだ。


(外見や性格があれでも巨乳なら彼氏が出来るのか)


「じゃあ」と言って立ち去る早坂を見送る理沙の背中に、木枯らしの寒さが身に染みた。


お読みいただきありがとうございました。

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