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僕のベース

作者: 沙汰

 あるキャラの立ち絵に一目惚れして書いた、友達曰く「怪文書」を、ちゃんと読めるようにしました。

 なのでありきたりだとは思いますが、是非。

 「ベース教えて下さい!!」

 ドアを勢いよくあける。

 床にすわってベースを弾いていたまことちゃんは手を止めて、ゆっくりとこっちを振り返って僕をじっとみる。

 「ベース、教えて下さい!」

 「え、何?君、誰?」

 「はっっ。申し遅れました!私、沙川千夏と申します。神山学園中等部一年A組、性別は男、好きな食べ物はしそ、今やりたいことはベース弾けるようになること!です!!神山学園高等部二年A組、性別女、好きな食べ物はチョコチップパン、今欲しいものは授業中寝てもバレない力、軽音楽部所属、豹堂舞琴ちゃん!ベース、教えて下さい!!!!」

 「…きもっ。」

 バッサリ切られた。未来から来たトランクスに切られたフリーザのようにバッサリと。

 「なんでそんな色々知ってんだよ。ストーカー?ストーカーなのか?気持ち悪い。通報するべきなのか?これ。あと、なんでそんなテンション高いの。まじついてけないんだけど。」

 バラバラに切られた。未来から来たトランクスに切られたフリーザのようにバラバラに。

 「まぁでも…沙川、だっけ?」

 「はい…」

 「気持ち悪いけど、」

 まことちゃんは少し笑って言った。

 「嫌いじゃないわ。」

 「えっ、」

 「いいわ、教えてあげる。」

 「本当ですか!!ありがとうございます!まことちゃ―」

 「私のことはまこと先輩と呼べ。」

 「えー…」

 「私の弟子になったからには、みっちり鍛えてあげるからな。感謝しろよ。」

 「は、はい…」

 「よろしい。」

 まことちゃんの微笑みに、なにか悪魔のようなものが見えたのは気のせいだろう。

 「じゃあ軽音楽部入部ってことね。ラッキーだったね。うちの学園の軽音楽部は中高一緒に活動してて。じゃあ用紙取ってくるから待ってて。」

 そう言ってまことちゃんは立ち上がる。取りに行こうとして、ふと足を止める。

 「あ、あとこれだけは言っておかないと。」

 まことちゃんは振り返って言った。

 「私が時代を変える。」

 その目には自信と、夢と、そして覚悟が詰まっていた。

 「今の、若者が流行りの音楽だけしか聴かない、この時代を変える。だから君は、私が先頭を歩くその世界に、一番近くで、ついてこい。」

 この人のところに行ったのは間違いではなかった。そう確信した。



 あれから2年間。僕は毎日まことちゃんの元に通い続けた。

 中等部の校舎から高等部の校舎までダッシュする僕は、高校生たちの間でちょっとした名物みたいになっていたらしいけど、全く気にならなかった。

 まことちゃんの近くで音楽をするためには、もっともっと上達する必要があった。

 しかし、やっぱり三年という差は大きかった。

 「じゃあ時代を変えてくるよ。」

 最後までほんとうに変わらなかった。

 「二年後、上達した沙川とまた会えることを楽しみにしてるよ。だから君も、私の活躍を待っていろ。」

 

 まことちゃんはいなくなった。けれど、まことちゃんに教えてもらったことは全部染み付いていた。まことちゃんが居なくても、僕はベースを弾き続けていた。

 「時代を変えてくるよ。」

 そのまことちゃんの言葉を信じ、そこにすぐ追い付けるようにと。

 正直、きつい時もあった。まことちゃんがいなくなって、目指すものが、いなくなって。

 ほんとうに僕とまことちゃんの差は縮まっているのか。どんどん離されていっているだけではないのか。

 けれどそう思いながらベースを弾くと、よみがえってくるのは、まことちゃんの厳しいけどどこか柔らかい声と、玄を押さえる左指に、そっと手を重ねてくた時に感じた温もり。

 「大丈夫。落ち着け。君は大丈夫だから。」

 そのおかげで僕はベースを弾き続けることができた。


 ずっと続けてたら腕は上達するもんで、高二ぐらいから始めてみた路上ライブは、「名前だけでも覚えて帰ってください」を言わなくてもいいぐらいになり、動画サイトでも登録者三万人に達した。それでもまだ、まことちゃんに会うために、という思いは変わらなかった。


 そんなある日、⚪⚪事務所と名乗る人に声を掛けられて、そこからあれよあれよという間にバンドを結成することになった。

 若くて才能のある人を集めてたらしく、オーディションみたいなのにも合格、そしてさらに、声が唯一無二だと評価され、ベースボーカルを務めることになった。   

 突然の出来事すぎて理解が追い付かないところもあったけど、真っ先に思ったのが

 「まことちゃんと会えるかも」

 ということだった。



 そして今僕は東京に来た。今日からここで暮らすのだ。未だに夢なんじゃないかと思う。だって何の電車に乗ればいいのか分からないんだもん!頭をフル回転させてるのに、目の前の路線図が全く理解できない。これは夢だという完全なる証拠だろう。なんだよ、もはやダンジョンだろ。

 仕方なく僕は人に聞こうと周りを見渡す。近くの女の人を見つけ、声をかけようとしたら、ベビーカーを引いていたことに気づいた。他の人にしようと向きを変えたその時、その人の

 「だめだよコトちゃん。静かにね。」

 という声が聞こえて立ち止まる。

 間違いない、あの人だ。ずっと側で聞いていた声。忘れることのなかった、声。

 「まことちゃ、」

 と言いかけて、ベースを教えてもらう初日にまことちゃんに言われた、「まこと先輩って呼ぶように。」という言葉がよみがえってきた。…心の中では最初から最後までずっとちゃん付けだったが。

 「まこと先輩!」

 まことちゃんは不思議そうな顔でゆっくりと振り返って僕をじっと見る。この独特な間も、変わらない。

 「…沙川?」

 「やっぱり先輩だ!まこと先輩!久しぶりです!!」

 「おー!沙川ぁ。久しぶりだなあ。元気してる?」

 「はい元気です!あっ、こんにちは初めまして。沙川千夏と申します。」

 ベビーカーに座ったままキョトンとした顔で僕を見つめてる赤ん坊に挨拶をした。まことちゃんによく似てる。

 「ほら、ことね、こんにちわして。」

 ことねと呼ばれた赤ん坊は僕の方に手を伸ばす。僕も同じように手を伸ばすと、その小さい小さい手で僕の人差し指を、握られているのか分からないぐらいの圧力でぎゅっとする。指の感覚はまことちゃんに似ていなかった(まことちゃんの指は毎日弦を押さえていた指だ。似ている筈がない。)が、同じ温かさを感じ、やっぱりまことちゃんの子だなと認識する。

 「これが彼女なりの挨拶だ。」

 「よろしく、ことねちゃん。」

 ことねちゃんは少し笑った。ように見えた。その笑顔でさえもまことちゃんに似ている。

 「それにしてもビックリしましたよ!まさかこんなところで会えるとは!髪も長くなってて、一瞬誰か分かりませんでした。」

 「いやこっちこそビックリだわ。お前は全然変わんないな。どうしてこっちに来たんだ?」

 「実は…⚪⚪事務所でバンドマンとしてデビューできることになったんです!!」

 「えっ、⚪⚪事務所ってあの!?やったやん!すごいな。」

 まことちゃんは僕の背中をバシバシ叩いた。僕が新しいことが出来るようになる度にされた、なかなか痛いこれは変わることがなかった。嬉しかった。けどやっぱ痛い。手加減してくれないかなぁ。

 「いやー、うれしいっすね。まだ実感ないんすけど。」

 「いやーそうだろうね。」

 「いつか先輩と対バンしたいっす!」

 この時、まことちゃんの顔が曇ったことに、気がついとけばよかった。

 「先輩と対バンが出来たら…僕はほんとうにそのためだけに音楽を頑張ってきたので、泣いて最後まで出来るかが心配っすね。あの曲をやりましょう!あの、先輩が高校の中庭のライブで最後に歌ったあの曲!僕はあのベースを弾きたくて始めたんですから!僕の一番好きな曲です!」

 まことちゃんは俯いて黙っている。

 「あっ、そうだ。先輩は今なんていうバンド組んでるんすか?」

 まことちゃんは俯いて黙っている。

 「先輩?どうしたんす―」

 「辞めた。」

 「…へ?」

 まことちゃんは顔を上げて言った。笑顔だった。

 「音楽、辞めた。」

 「なん―」

 「いやー、ことねも産まれて、こんなことばっかしていちゃダメだ!って思ったのよね。母親なら母親らしくしないとって。チャラチャラしてるお母さんとか嫌じゃん?私も考えないとなーって思ったわけ。」

 そう言うまことちゃんは笑顔だった。笑顔だったけれど、それは今まで見たことない種類の笑顔だった。

 「私は応援しているよ、沙川。どこにいても君の曲が聴こえるぐらいに―」

 「諦めたんすか。」

 「え?」

 抑えられなかった。

 「諦めたんすか!先輩言ってましたよね?『私が時代を変える。』って。諦めたんすか!時代を変えるんじゃなかったんすか!」

 抑えられなかった。だから逃げた。これ以上何か言うとまことちゃんを傷つけてしまいそうだった。いや、もう傷つけたのか。

 「あ、最後に。明日ここらへんで路上ライブやります。是非。それでは。」

 これだけは言っておきたかった。



 意外と地元と変わらない。いや、人の数は比べ物にならないけれど、ほとんどの人が通りすぎていくこの雰囲気は、地元路上でのライブと変わらない。みんな名も知らない人の音楽に耳を傾ける暇なんてないのだ。

 まことちゃんの姿は見当たらなかった。やっぱり傷つけたんだろう。当然だ。まことちゃんは相当悩んだはずだ。あんなに音楽が好きで、ストイックで、大きな夢を恥じることなくに語るまことちゃんがそう簡単に辞めるものか。

 そう考えると、僕はなにも知らずに言いたいことだけ言ってしまった。

 「どーもみなさんこんにちは!『クロムウェル』といいます!僕たちの説明とかしてもしょうがないと思うので、とにかく聴いていってください。」

 曲が始まる。大丈夫、いつも通りだ。メンバーが居たところで、通りゆく人が増えたところで、僕は変わらない。


 二曲目を終えると、ぱらぱらと拍手をもらえるようになった。僕たちの曲は通用する。そう実感した。拍手している中にまことちゃんの姿を探しながら。


 「次で最後の曲になります!オーディエンス0人から始めたのですが、今ではこんな多くの人に立ち止まってもらって、ほんと感謝しかありません。絶対有名になるので、『クロムウェル』とこの音を、覚えてて下さい!ではラストは僕の一番好きな曲をカバーします。ぜひ、聴いてください。今日は本当にありがとうございました!」

 僕たちはいける。僕たちが時代を変える。こんなにたくさんの人が耳を傾けてくれているんだ。いける。

 いける!

 合わない音が出た。ギターじゃない、ドラムじゃない、ベースでも、ない。誰かがクスッと笑った気がした。

 声が、裏返ったんだと、気づいた。やっぱり本格的にボーカルを始めたばかりではきつかったか。いや、気にしてる場合じゃ、ない。あとちょっとでベースソロがくる。切り替えないと。僕は地面を強く踏みしめる。踏み…

 裏返ったベースが目の前に落ちている。落ちている?いや、落ちているよな、これ。だって地面がすぐそこだもん。地面がすぐそこ?

 あ、コケたんだ僕。滑ったのか。

 今の今まで鳴っていた音が止まっている。帰った人が見えた。かけよってくるメンバーが見えた。さっきまで見えていた新しい時代は、      。

 コケる?ライブで?笑。…これ、ネットにあげたらバズるんじゃね?見てくれていた人たちの中で誰か動画撮ってる人いないかな。バズれば…売れるな。ネタ路線で…いけるな。

 時代を変える?いや、こんなんで変えるとか本気で言ってんの?わらいしかでない。どう考えても無理。

 「どう考えても無理。」

 わらった。まことちゃんもこんな感じだったのかな。…これなら辞めてしまうのも仕方ないな。

 「だっせえ。ごめんみんな。」

 ベースが持ち上がった。拾ってくれたみたいだ。みんなの目が怖いけど立つか。いやまあ、そんな目なんてもう、関係ないか。

 わらった。

 ベースの音が聴こえた。

「『諦めるのか!辞めるのか!』

 君はいつも言った、僕の隣で。

 君はずっと言った、僕の中で。

 諦められなくなったんだよ。

 辞められなくなったんだよ。

 分かったんだよ。

 君の土台(ベース)を。

 僕の土台(ベース)を。   」

 ベースソロが始まる。細かく、速く。ズレてるようでズレないこのソロを完璧に弾きこなした。

  間違いない、あの人だ。ずっと側で聴いていた音。忘れることのなかった、音。

 「沙川。」

 僕は立ち上がる。

 「私、また音楽やるよ。私は私だ。豹堂まことだ。」

 まことちゃんはベースを僕に渡しながら、あの時と同じ目で、言った。

 「時代、変えようぜ。」



 「やっと追い付いたな。」

 「いやいや、追いかけてたのはずっと僕の方だったんすよ?」

 「そうなのか。じゃああの時期は本当に申し訳なかったな。」

 「いつの話ですか!けど今こうやって夢が叶うので!」

 「そうだな。中庭のライブの後にお前が部室に入ってきて、『ベース教えてください!』って叫んだ時からは想像もしてなかったよ。」

 「それこそいつの話ですか!もー、掘り起こさないでくださいよ。」

 「ははっ。驚きはしたけど根性のあるやつだなって思ったよ。」

 「そーすか。あっ、そろそろ幕が上がりますよ!」

 「そうか。じゃあいくか、時代を変えに。」

 二人同時に、マイクを握る。

 最後まで読んでくださってありがとうございます。

 ベース弾けるようになりたいです。

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