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86.勝負(1)

 それは、隊長さんたちと一緒に要塞内の娯楽室でくつろいでいたときだった。


「おい、ルーナ。今日こそは相手してもらうぞ!」


 ついには要塞にまでやってきたヴァル。どうやって来たのかは分からないが、彼女の背後には焦ったような顔をしてヴァルを追いかける第10隊の騎士の姿があった。

 そのダイナミックな不法侵入っぷりに私は遠い目をしたが……ヴァルのその甲高い声ですぐ現実に引き戻される。


「えっと……ヴァル、昨日ぶりだね。名前覚えてくれたんだ」

「うるさい、さっさと勝負しろ!」


 ……またそれか。

 何度来ても私の答えは変わらない。


「嫌だってば、ヴァル。なんでそう私とばっかり勝負したがるの?」

「ふん、負けるのが怖いのか!」


 ぜーんぜん会話が通じていない気がするのは気のせいだろうか。

 負けるのが怖いのか、と聞かれれば実際否定はできないんだけど……。

 私は思わずセレスに助けを求めた――って、寝てる!?


「セレス、起きて! ヴァルが来てるの!」

「るぅな……」


 ソファーでうたた寝をしていたセレスのもとに駆け寄り、その方を揺らして起こそうとしたら……がばっと寝ぼけたままのセレスに掴みかかられ、そのまま抱き枕にされてしまった。ちょっと、ここには敵しかいないの!?


 とりあえず這々の体でセレスの腕から抜け出すと、私はヴァルの真っ赤な瞳をじっと見つめた。

 ふう、と一度大きな深呼吸。

 そして……私は覚悟を決めた。


「分かった、いいよ。勝負してあげる」

「えっ、いいのか!? ……じゃなかった、かかってこい!」


 ヴァルは、私の了承の言葉に目をキラキラさせて喜んでいた。

 ここだけ切り取って見れば、ただの無邪気な子供なんだけどね……。


「でも、やり方は私が決めるからね。……それと、負けたら相手の言う事を聞くこと」

「分かったぞ」


 はしゃぐヴァルを尻目に、私はこんな条件を付け加えた。

 当のヴァルも、それに対して素直にこくりと頷いた。


「おい、ルーナ。そんな約束して大丈夫か?」

「私にまかせて。作戦があるの」


 心配そうに隊長さんが尋ねてきたけれど、私は大丈夫だ。そんなこと言われなくても、この私が何の考えもなしに、いきなり殴り合いなんて野蛮なこと始めるはずがないのだよ。

 私には――ちゃんと作戦がある。ヴァルをぎゃふんと言わせるためのね!

 ふふふ……私をただのドラゴンだと侮ってもらっちゃ困るってわけよ。


 さて、言質は取った。

 私はその作戦を実行に移すため、おもむろに娯楽室備え付けの棚に近づく。そして、棚の中段に無造作に置かれたアレ(・・)を……、とり……取りたい……!


「あの……隊長さん、とって」

「ああ」


 棚が高すぎて私じゃ届かないというハプニングもあったが、隊長さんの助けにより事なきを得る。

 そんなこんなで私が手に取ったのは、チェスセットだった。木の板と駒、それをドンと机の上に置く。


「ヴァル、勝負だよっ!」


 てっきり私と肉体バトルができると勘違いしていたヴァルは、その様子を見て怪訝な表情を浮かべた。


「……なんだ、それ」

「なにって、チェスだよ、チェス。ボードゲームだよ」


 ヴァルよりも先にどかっと椅子に座り、呆然としているヴァルを眺める。

 これが私の作戦。名付けて「チェスでボコボコにしてやろう作戦」だ。


 だが……ヴァルは納得しなかったようで、心底不満そうに目尻を釣り上げると、私に対してぎゃーすかと怒鳴りはじめた。


「なんだこれは! こんなの勝負じゃない!」

「そんなことないよ。やり方分からないなら教えてあげるし」

「ルーナ、卑怯だ! 私はお前と戦いたいんだよ!?」

「やり方を決めて良いって言ったのは、ヴァルの方じゃん」


 私が「勝負のやり方を決める」と言って、ヴァルもそれをちゃんと了承した。殴り合いをするか、チェスをするか、――その手段をどうするかの決定権は私にあるのだ。

 勝手に勘違いしていたのはヴァルの方。今さら文句を言われてももう遅い。

 それに、そもそもチェスだってれっきとした勝負事。戦略と技が光る、ほぼスポーツみたいなもんだ。勝負事として、ちゃんと理にかなっていると思うんだけど。


 そうやって説得してみるも、全然納得する様子のないヴァル。


 ……ふう、仕方がない。

 埒のあかない現状を打開すべく、私はとっておきの秘策を繰り出すことにした。


「――負けるのが怖いの?」


 これはヴァルがさっき言ってきた言葉を、そのままそっくり返しただけだ。

 しかし、悪口や煽り文句というのは、それを言った人自身が一番言われたくない言葉であることが往々にしてある。相手がこの言葉で怒ると考えているからこそ、自然と口から飛び出してしまうのだ。


 だから私は、ただオウム返しをしたまで。

 ――ヴァルが自分で口にした、ヴァルが一番言われたくないであろう言葉を。


「ぐっ………………!」


 効果はてきめんのようで、ヴァルは苦々しい表情で葛藤していた。案の定、勝負を投げ出すことが出来なくなったヴァルは、渋々といった様子で私の向かいの席についた。


「安心して、やり方は教えてあげるから」

「あ、当たり前だ!」


 こうしてドラゴン対ドラゴンとかいう、おそらく史上初の組み合わせとなる対局が幕を開けることとなった。


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