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142.発覚

 突如走り出したセレス。彼女の目は焦燥に染まっており、ただならない事態が発生していることは明らかだった。

 エストラーダでの一件然り、セレスは離れていてもルーナの様子を探ることが出来るらしい。そんな彼女の見せたこの反応には、それなりの説得力があった。


「隊長!」


 迷うことなく、街を凄い勢いで駆け抜けるセレス。そんな彼女を追ってたどり着いたのは、砦へと続く通りに面した路地の一角であった。そこには数人の騎士の姿があり、ウェルナーのことを見つけるや否や、すぐに大声で呼びかけた。


 ウェルナーはそれに応えながら、人だかりの方へと駆け寄る。

 この時点で、只事ではないのは明らかだ。


「おい、何があった!」


 そこで見たのは、地面に横たわるアイラとライルの姿だった。2人とも意識はなく、騎士たちによって応急処置を受けている最中だった。

 アイラは比較的軽症なように見えるが、顔の左側にアザが滲んでいた。

 そしてさらに、ライルの方は明らかに酷い怪我だった。彼の騎士服がお腹の部分を中心に黒く染まっていて、地面にもその血痕が生々しく残っている。


「何者かに襲撃されたようですが……現場にこれが」

「……クソ、奴はどこにいる?」


 騎士の1人がウェルナーに差し出したのは、1着の制服。不自然に脱ぎ捨てられていたというその制服には、第8隊の所属を表す標章とともに、「ルシアン」の文字が刺繍されていた。

 ウェルナーは未だその”証拠”を見ても信じられないでいたが、とはいえ彼が関係していることは自明だ。


 ルシアンの所属部隊は近隣の村への遠征に向かっていると記憶している。本来なら、彼はこの街に今いるはずがない。

 そんな彼が、騎士の証ともいえる名前付きの制服を、わざわざ現場に脱ぎ捨てるなんて。もはやこれは……挑発といっても差し支えないだろう。


「……いや、それは後だ。容態は?」

「正直分かりません――って、ちょっと、セレスちゃん!?」


 ルシアンのことは一旦後回しにして、ウェルナーは一旦目の前の怪我人に意識を向ける。容態を尋ね、そして自身も処置に加わろうとしたところで――突然、セレスが騎士たちの体を押しのけるようにして、前に飛び出してきた。


「君は見ないほうがいい。隊長と一緒に――」

「どいて」


 まさに今、止血を行っている最中の男性騎士。セレスはそんな彼の体を引っ張り、ライルのもとから引き剥がした。後ろによろけながら「何をするんだ!」と声を荒らげる騎士だったが……すぐに彼はその認識を改めることとなった。


「傷が一瞬で塞がったぞ」

「……信じられない、奇跡だ」


 セレスにとっては当たり前に使える回復魔法。

 だがそれは、未だ人々の間では一般的でなく、理論も確立されていない未知の技術だ。それはひとえに、ドラゴンという魔力を大量に内包する種族ゆえの力技ではあるのだが、人間にとってそれは奇跡としか形容しようがない。


 アイラの顔にできたアザ、そしてライルのお腹にできた大きな傷は、セレスが手をかざしてすぐに治っていった。傷はみるみるうちに塞がり、悪かった2人の顔色はすぐに元通りになっていく。

 その一部始終を見ていた騎士たちは、ただ驚嘆することしかできなかった。


「……どこだ、ここ?」


 ライルが目を覚ます。何度か瞬きをして、差し込む日光に眩しそうに目を細める。

 いくら傷が治ったとはいえ、気分はかなり悪そうだ。口角を歪ませながら、その額には大粒の汗が滲んでいた。


「人間、ルーナはどこにッ!」


 その様子を見たセレスは、ライルに馬乗りとなり、その胸ぐらをぎゅっと掴んだ。

 柄にもなく怒号を放つような声は、震えているようにも聞こえた。そんなセレスは、ライルの体をがさがさと揺さぶり、行き場のない怒りを顕にしていた。

 

「セレス、……起きたばかりだ。乱暴にしてやるな」


 だが隊長にそう諭され、セレスははっとした表情でライルを離した。

 治療が済んだとはいえ、ライルはまだ目が覚めたばかり。失った血までは完全には戻っていない。最悪な目覚めに、ライルは苦しげな表情を浮かべていた。


「ごめん」

「クソが……」


 セレスはそのまま手を離したため、ライルは地面へとばさりと倒れ込む形となった。背中を固い地面に打ち付け、さらに表情を少し歪めるライル。

 その瞬間ライルは小さく悪態をついたが……それはセレスに向けたものではなく、この出来事に対する自身の無力さを嘲るものであった。


 ライルは空虚に空を見つめながら、ため息をついた。側に転がる長剣は、その無念さを物語っているようだ。


「すまない。……ルーナが、攫われた」


 悔しさを滲ませながら、ライルは震える声で言った。

 驚きの声が騎士たちに広がる中、セレスはただ何も言わずに、呆然と立ち竦むだけだった。

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