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128.泣いちゃ駄目だよ

「ていっ、やぁっ!!」

「腰をまっすぐに、もっと力を込めるのよ」


 今日、私は非番のアイラを引き連れて、訓練場に足を運んでいた。

 握っているのは、木でできた模擬刀。中学校の剣道の授業のおぼろげな記憶を引っ張り出し、ぶんぶんと素振り練習をしているのだ。

 この模擬刀、普通の剣よりは全然軽いけど、それでもずっしりと重たい。こんなものを軽々と振り回すなんて、やっぱり騎士ってすごい。


「……素振り、つまんない!」


 とはいえ、あんまり楽しくない。

 騎士といえば、もっと華やかでカッコいいイメージだ。もっとこう、シュッ、ズバッ、と剣で戦うような感じ。

 こんな地味な基礎練習だけじゃなくて、騎士っぽく実戦を模した練習をしたいんだよ!

 若干癇癪気味に模擬刀を放り投げた私に対し、アイラは手を腰に当て、平坦な声で私に語りかける。


「ルーナ、基礎練習を怠るようじゃ、立派な騎士になれないわよ」


 うわー、アイラが正論で殴ってくる!

 言われなくともそんなの分かってるよ、基礎練習が大事なことくらい!


「うー……」


 元はと言えば、私が「剣の練習をしたい!」なんて軽々しく言ったのが悪い。

 きっかけは、少し前にあったチーム対抗の剣技大会だ。隊で一番強い騎士を決めるための、訓練も兼ねた毎年恒例の催しみたいなんだけど――そこで戦う騎士の姿をみてすっかり憧れちゃったんだよね。


 そりゃあ、基礎もなにもない私に一番必要なのは、紛れもなく素振りなんだろうけど――でも私は、もっとこう体をたくさん動かして、いろんな技とか使ってみたいんだよ!

 そう思いの丈をぶつける……ことはなく、とぼとぼと剣を拾った私に対して、アイラは何かを思いついたように手を叩いた。


「じゃあ、やってみる? 模擬戦」

「や、やる!!!」


 そんな私の気持ちを分かってくれたのだろうか。アイラの素晴らしい提案に、私は飛び跳ねながら喜んだ。



「ルーナ、いいよ」

「私から?」

「そう」


 手招きをするアイラに、私はどっしりと構えながら模擬刀の切っ先を向けた。


 ……ふふふ、私も舐められたものだね。

 剣技の練習は、なにも今日が初めてじゃない。アイラだけでなく、ライルや他の騎士たちにも練習を付き合ってもらったのだ。基礎練習がつまらないとは言ったけど、別に怠っていたわけではない。

 もちろん、実際に戦うのは初めてだけど……イメージトレーニングは完璧だ!

 気分はもはや歴戦の戦士。蝶のように舞い、蜂のように刺す――私の頭の中では、自分の動きが完璧にシミュレーションできている。


「アイラ、私に負けても、泣いちゃ駄目だよっ!」

「ぷふっ……」


 こら、アイラ、笑うな!

 せっかく格好良く始めようと思ったのに、その雰囲気が台無しだよっ。

 でも、まあいい……私をかくも侮ったことを後悔するがいい! この手でけちょんけちょんにして、絶対に一泡吹かせてやるんだから!


「てやああぁぁぁぁ!!!」


 私は駆け出した。地面を蹴り出す、その推進力を使って、一直線にアイラの方へと向かっていく。

 そして剣を頭の上に構えると――シュッと一振り。


 ――カンッ!


 生憎、私の攻撃はアイラに防がれてしまった。木同士がぶつかり合う、高い音が訓練場に反響する。


「ふーん、悪くないじゃん」

「まだまだっ!」


 だけど私は諦めない。アイラの余裕そうな口ぶりを聞き流しつつ、弾かれた反動を利用して、今度は剣を私の右半身に持ってくる。

 まるで野球のバットを振るうかのように、ぐるりと刀身を旋回させて振るう。


 ――カンッ!


 またもや、アイラに防がれてしまった。くっ……手強い!

 だけど、まだ大丈夫。焦るような時間じゃない。アイラから一向に攻撃を仕掛けてくる気配がないってことは、それつまり防戦一方ってことだ。

 ……よしっ、そう考えたら勝てる気しかしないぞ。


 私は気を取り直して、一度アイラから距離を取る。プランは浮かんでいる。一旦これでリセットだ。

 新たな攻撃のために、剣を再び構え直す。深呼吸――私はまっすぐと前を見据えた。


「くらえっ!!」


 右足をぐっと踏み込んで、私は跳び上がる。頭上から振り下ろした剣は、重力を伴いながら重く振り下ろされる。

 ……へへっ、跳び上がるのは予想外だったでしょ!?

 ぶわっと自分の髪が舞うのを感じながら、完全に油断しきっているアイラの顔を見た。


 だが――アイラはしゅっと半身を逸らして、私の軌道から逃れてみせた。


「なっ……避けた……!?」

「隙あり~」


 地面にどしりと着地した私。その頭に、こつんと剣が乗せられた。

 その頭に伝わる感触は、私の完敗であることをはっきりと示していた。


「あー!! ずるいー!!」

「なんで!?」


 私の完敗なのだが、それを口にするのも癪だったので、とりあえず「ずるい」と言ってみた。別に根拠はないし、私自身もずるいとは思ってない。

 ぽかぽかと拳でアイラのお腹を叩いてみたけど、この歳の女の子にしてはあまりにも筋肉質な硬い感触が返ってきて、なんだか虚しくなったのでやめた。

 やっぱり、日々の努力ってのは大事なんだね……。


「むぅ……アイラ、強いんだね」

「そりゃあ、毎日練習してるからね。

 でも安心して。たくさん練習すれば、すぐに追いつけるから」

「本当!?」

「もちろん、ちゃんと練習したらの話よ?

 でも、ドラゴンってなんだか強そうだし……もっと訓練を積めば、私よりもずっと強く、それこそ世界一の騎士になれるかも」


 わしゃわしゃと私の髪をかき混ぜるアイラ。

 いつかアイラと対等に渡り合える日が……来ると良いな。今は壁が高すぎて、全然見えないよ。騎士ってやっぱすごいなぁ。


 遠い目をして思い浮かべていたところで、アイラが「そういえば」と話を切り出した。


「ルーナ、もうすぐ新入りが来るのは知ってる?」

「新入り?」

「そうよ。この春に騎士になったばかりの新人だって」

「その話、もっと詳しく!!」


 興味深い話に、尻尾がぴょこんと立ち上がる。

 拾いかけていた剣をぽいっと投げ捨て、アイラにぎゅっと抱きついた私は、話の続きを早く早くとおねだりするのだった。

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