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127.黒竜

 ここは、もぬけの殻となった洞窟。そこに、あの黒竜の姿はない。

 待てど暮らせど彼女が帰ってくることはなく、自分の心臓の鼓動の音だけが響き渡っていた。


 だが私は彼女を探そうとまではしなかった。

 今までの日々に戻っただけ。それ以上でも、それ以下でもない。

 セレスティアを育てたのはただの気まぐれで、そこに思い入れなんて微塵も無い。少なくとも私はそう思っている。



 ――でもなぜか、


 騒がしいあの日が恋しくなったんだ。



『師匠、見て』


 静かに洞窟内で眠っていた時のこと。聞き覚えのある耳障りな声で私は目を覚ました。

 その声は他でもない――セレスティアだった。


 さらっとした黒い髪は、可愛らしくハーフアップでまとめられ、顔にはその美貌を強調するようにほんのりとメイクが施されている。

 身につけるのは、純白のドレス。絹のような滑らかさを持ちながらも、幾層にも重ねられた薄いチュールが空気を含み、彼女が動くたびに微細な波を描く。その姿は咲き誇る花々のようで、彼女自身の幸せを体現しているかのようだった。


『私をこんなにも長い間ほっぽりだし、急に現れたかと思えば――それはなんだ?』


 私が最後に視線をやったのは、頭の上に載せられたティアラだった。

 夜空に瞬く星々を閉じ込めたかのように、繊細な輝きを放つ美しいティアラ。まるで空から落っこちてきたかのような美しい宝石たちは、その調和を乱さぬようひとつひとつ慎重に配置され、彼女が動くたびに、光の反射が髪に輝きを添えていた。


『そういうことか、分かったぞ。

 なぁ……お前は、国でも乗っ取るつもりか?』


 ティアラの着用が、王族だけの特権であることは私も知っていた。

 この存在こそが権威と気高さの象徴であり、それを身に着けているセレスティアはこの権威に近しい存在であるのだろう。

 セレスティアが近頃色気づいたことには薄々気付いていたが、その相手がまさか人間だとは――しかも、その人間の中でもトップに君臨する王族だとは思わなかった。


『似合ってる?』

『全く似合ってないな。どれもこれも、お前には勿体ない代物だ』


 私はあけすけなく言った。それは本当に似合っていなかった、あるいはただの私の強がりなのか。

 少しむっとしたセレスティアだったが、私はその程度で動じることはなかった。


『大切な人、貰った。悪く言わないで』

『そうか、それは悪かった。だがな、お前に安眠を邪魔される私の気持ちにもなってくれ。お前の色恋沙汰なんて聞きたくもないんだ』


 私はセレスティアから視線を外し、再び丸くなった。


『師匠、怒ってる?』

『怒って……――いや、まあ、そうだ。私は、怒ってる。お前のつまらない話を聞かされてな』

『……また来る、師匠』


 少しだけ寂しそうな声でそう呟いたセレスティア。私の強い語気にあてられたのか、今日のところは一旦帰る(・・)ようだ。

 私は彼女がどのような表情をしているのかまでは見なかった。


『早く行け。もう二度と戻ってくるな。そして私のことなど忘れるんだ』


 返事はなかった。だが彼女の足音が聞こえなくなるまで、長い時間を要した。


 ……なぜお前が寂しそうにするんだ。

 心のなかで、私は思わず吐露した。

 ふつふつと沸き上がるような、だが怒りとも悲しみとも異なる不思議な感情が、全身をゆっくりと支配していくかのようだった。


『お前を忘れようとした私が、馬鹿みたいじゃないか』


 私は静かに言った。

 その言葉は誰にも届くことなく、洞窟の中に反響し、そして消えていくだけだった。




 ――いい加減、私のことなど忘れろ、セレスティア。




 私はもう長くないんだ。

一旦は第5章完結となります。

またしばらくしたら第6章に移りたいと思います。ここまでお読みいただきありがとうございます。


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