5. ライアン・ジョアンヴィル
「会長!まったく、今までどこに行ってたんですか」
ジョアンヴィル商会の商会長室では一人の男がライアンを待ち受けていた。
茶色のくせ毛に同じ色の瞳。童顔に四角い黒縁眼鏡をかけている。
「悪かったよフェデリク。ちょっと厄介な奴に捕まってたんだ。」
ライアンは中折れ帽をそっと帽子掛けにかけ、黒手袋を外し、上着を脱ぎながら上目遣いで相手を見た。
「そんな目で見たって無駄ですよ。」
フェデリクと呼ばれた男はもともとの童顔にさらに子供のような表情をつくる。
「業務が溜まってるっていうのに帰って来ない主人をハラハラして待つ秘書の身にもなってください。」
「悪かったって。」
二度目の悪かったを聞いて、フェデリクはようやく尖らせていた口を元に戻した。
窓の外からは賑やかな街の音が聞こえる。
馬のいななき。馬車の車輪が回る音。
人混みの騒めき。どこからともなく流れてくる音楽。
そういったものすべてが、閉じられた窓と白いレースのカーテンに阻まれて、まるで夢の中で聞く音みたいだった。
「それで、厄介な奴っていったい何なんですか」
こんだけ待たせておいたんだから、それくらい教えてくれてもいいだろう、と目でメッセージを送るフェデリク。
ライアンは小さく笑って答えた。
「『金獅子のライアン』だよ。」
訳の分からない答えに、フェデリクはあからさまに顔をしかめる。
「それって路地裏時代のご自身の異名ですよね?どうやったら自分で自分に捕まるんですか」
「ばか、比喩にきまってるだろ。っていうかお前ももうわかってんだろ」
窓から差し込む日がにわかに翳った。
その瞬間、全てが遠のいた。街の喧騒も、輝く真昼さえも。
まるでこの部屋だけが世界から切り取られて「無」の中に放り出されたみたいに、静けさが場を支配する。
ライアンの顔からは常に浮かべている微笑が消え、金の眼が冷たく光っている。
フェデリクは真面目な顔になってすっと眼鏡を外した。
「兄貴」
目を細めて呟く。
「ついに、始めるんですね」
その声は乾いた岩肌のように硬い。
「十二年前の復讐を。」
ライアンは否とも応とも言わない。
ただ上質なオークの机に手を置き、陰の中に金の瞳をぎらぎらと輝かせるばかりだ。
けれどもそれは、フェデリクにとってはこれ以上ない答えだった。
「本当に、やるんですね?」
「……」
部屋の中の静寂が苦しいほど膨れ上がった頃。
日が再び差し始めた。
「さあ、仕事するぞ。」
ライアンは穏やかな微笑を取り戻して執務机に座った。
賑やかな街の音が戻ってくる。
「……はい、会長。」
フェデリクは答えて眼鏡をかけ直した。
読んでくださりありがとうございます。
面白い!続きが気になる!と思ったら、ブックマーク・感想・評価等お願いします。執筆の励みになります!
これにて序章は終わり。次回からの第1章は過去の話になります。