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金獅子の復讐  作者: 永杉坂路
【序章】復讐の始まり
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1. 出会い

物語の始まりです!

人で溢れた街路を一人の男が歩いている。


 中折れ帽を被った紳士的な出で立ちの男だ。

背が高く、人混みの中で頭一つ飛び出ている。姿勢が良く、堂々としていて、むせかえるような雑踏の中にあっても余裕の足取りは崩れない。


歩行者の波の外を馬車が悠々と通り過ぎる。

 男の顔は見えない。強い陽光が降り注ぎ、帽子が濃い陰をつくっているからだ。


 真昼の首都の商店街。耳も目も麻痺してしまいそうな表通り。

 男は迷うことなく足を運び続ける。しかししばらくしてふいに立ち止まった。


 わずかに首を傾けて左手の路地に顔を向ける。

 濃い陰の落ちる裏路地に、一人の少年と若い娘。


 少年は物乞いだろう。

ごみの塊みたいな汚いなりをして細い体をレンガ塀に預けている。


少年がもうあと幾ばくも無いことは見るまでもなくわかった。男はそういう人間を嫌というほど見てきたのだ。


 反対に若い娘はかなり良い身なりをしていた。

こちらに背を向けているが、ときどき見える腕や頬ははっとするほど白く、羽織ったマントはよく見れば細かな刺繍が施されている。一目で高級品とわかるものだ。


 どうやら娘は少年の手に金貨を握らせようとしているようだった。


――世間知らずの令嬢か。無防備にも程がある。


 立ち止まる男の横を迷惑そうな顔をした町人たちが通り越していく。


 男は一つ溜め息をつくと、首だけでなく足もそちらに向けて人混みをかきわけて歩き出した。


 しかしそれは激流の中を歩いて渡るのに等しい。

 舌打ちを浴び、人波に流されながら、少しずつ進む。


 そうしているうちに路地の奥からガラの悪そうな若い男が二人出てきて娘に声をかけるのが見えた。


――間に合わなかったか。


 娘は思ったよりも強い態度で男たちに応えたようだ。

 会話は喧騒にかき消されて聞こえない。

 娘が男たちの一人と言い争っているうちにもう一人が少年を殴ってその手から金貨をもぎ取った。


「何をするんですか!」


 ようやく聞こえたのはそう叫ぶ娘の声だった。

 掴みかかろうとする娘の肩を男が軽く押し返すと、娘はすとんと尻餅をついた。その拍子にマントのフードがはずれて、眩い金髪がさらりと流れる。


「弱っちい姉ちゃん、よく見たらきれいじゃねえか。気が強いところも気に入ったぜ」


 肩を押した男はにやりとおぞましい笑みを浮かべた。


「こいつは遊び甲斐がありそうだ。ついでに身ぐるみ剝がして売っ払ってやろう。」


そう言って娘の細い腕を折らんばかりの力で掴む。


――あと少し……


 中折れ帽の男は顔をしかめながら、強引に人混みをかき分けた。


「離しなさい!」

 男の頬を叩こうとした娘の腕はもう一人の男に押さえられる。

「さあこっちだ。たっぷり遊んでやるからな」


娘は抵抗するが敵うはずもない。じりじりと引きずられながら、少年の方を振り向く。


――馬鹿か。自分の心配だけすればいいものを。


 中折れ帽の男はやっとのことで人混みを抜け、乱れた身なりを整えてから路地に足を踏み入れた。


「おい」


 三人の人間に向かって声をかける。


「あ?」

男たちがそろって振り返った。


「はっ、二人揃って間抜け面だな」

鼻で笑ってやると

「ぁんだとぉ?」

金貨を奪った方の男が娘から手を離しこちらに向かってきた。


「脳筋バカが」

その言葉を受けて、金貨の男はついに手を上げた。

「うおぉ!」

しかし中折れ帽の男はいとも簡単にかわしてみせる。


 バランスを崩したところを逆に掬い、後頭部を殴る。金貨の男は顎をしたたかに地面に打ちつけた。


「そういうとこが脳筋バカだっつってんだよ」

 中折れ帽の男はしゃがみ込むと黒い手袋をはめた手で倒れた男の顔をひっつかみ、じっと見てから言葉を継いだ。


「しばらく物が食えんかもしれないが自業自得だ。って言っても聞こえてないか」


金貨の男は白目を剥いて気を失っていた。


「さて」

 中折れ帽の男は顔を上げて、立ち尽くすもう一人の男とその足元で呆然とする金髪の娘に目を向ける。


 紳士的な恰好からは想像もつかないほど狂暴に光る眼に射すくめられて、もう一人の男の手からするりと娘の腕が抜けた。


「あ、あんたは……」


震える指でさされて、中折れ帽の男はゆっくりと立ち上がる。


「ああ、名乗った方がいいか。」


男は洗練された所作で帽子を取り胸に当てた。


「俺はライアン。」

 清潔感を与える漆黒の髪と、肉食動物を彷彿とさせる金色の瞳が露わになった。


「まさか……」

精悍な男の顔を見て、ガラの悪い男は顔面蒼白でガタガタと震えだした。

 ライアンと名乗った男は穏やかに微笑んで言う。


「たぶんその〝まさか〟だな」


不気味にさえ見える笑みと共に彼が一歩近づけば、ガラの悪い男はよろりと後ずさる。


「『金獅子のライアン』。昔はそんな風に呼ばれたものだがね。どうやらまだ語り継がれているようで安心したよ」


 さらに一歩近づけば、男はへにゃりとへたりこんだ。


「どうした?俺が怖いか?」


 腰を抜かして尚必死で後ずさろうとしながら、男はガクガクと頷く。


「そうかあ」


 後ずさりの努力も虚しく、ライアンの大きな手が男の顎を掴んだ。


「このまま顎を砕いてやってもいいかもなあ。相棒とお揃いだ。」

薄暗い路地で、ライアンの金の眼がギラギラと輝く。

骨の軋む音が聞こえるようだった。


「だが――」

ふっと手が離れて、解放された男は激しく咳込んだ。その目尻には涙が浮かんでいる。


「私はもう『金獅子』じゃないんでね。」

 そう言って息を吐くライアンの眼は、既に獅子のそれではなかった。穏やかな笑みもその言葉通りのものだ。

 あまりの変容ぶりに、男の咳と震えが一気に止まる。


「困ったことがあればここに行きたまえ。水と食料と簡易的な寝床ならすぐに用意してもらえるだろう。あと、簡単な治療もな。君の相棒も連れて行くといい。」

ライアンは懐から取り出した紙片を半ば強引に男の手に握らせると、すっと立ち上がった。

その上、

「立てるか?」

と男に手を差し出す。


 実際に立てるかどうかに関わりなく、男は頷くよりほかにない。

 ライアンの温かい手を握ってなんとか立ち上がり、片手に紙片を握り締めもう片方の手で気を失った男の襟首を掴むとおぼつかない足取りで奥の路地へと消えていった。


 ライアンは黙ってそれを見送ると一つ溜め息を吐いて中折れ帽を丁寧に被り直す。


――とんだ時間を食っちまった。


 急いで表通りに戻ろうと考えながら後ろを振り向けば、そこにはまだあの娘がいた。



読んでくださりありがとうございます。

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