辺境興亡雑史・人物列伝他雑表(〜480)
ルガット・スエフィル(443〜472)
遥西大陸東部の小さい郡を治めていた領主。バルコッタの父。インクルの叔父。
遥西大陸の軍勢により領地を追われ、一家離散してケヘテリ王国に庇護を求めたが、間諜の類と疑ったゼルギジェによって拘束された。
遥西大陸軍が彼の身柄を要求すると、ゼルギジェは関所からルガットを放り投げて応え、ルガットは遥西大陸軍によってその場で処刑された。享年29歳。
勤勉実直にして柔軟な思考を持ち、交易を通じて北蛮大陸や中央大陸、南夷大陸の情勢にも明るかった為、ヤージカル帝国の動員兵力と遥西大陸の動員兵力の差をよく理解していた。
王国の北蛮大陸征服計画を無謀と度々諫言していたが、大王の側近達は諫言を都合のいい様に捻じ曲げて伝えていた。
遥西大陸の王国側の領主で東部の異民族連合と協定を結び、王国との関係維持で重要な役割を果たした。また、交易を通じて北蛮大陸との関係調整にも関わった。
ケヘテリ王トラシェの火攻めによる異民族連合の壊滅により、王国が大陸統一計画を実行。遥西大陸東部を蹂躙し、征服した東部諸郡に役所を建設し、近隣集落から民を攫って強引に移住させた。
更に王国はヤージカル帝国の弱体化を北蛮大陸征服の好機と捉えて北蛮大陸の征服を強行した為、ルガットは異議を申し立てたが、反対に王国から反乱の首謀者に祭り上げられ、王国の大軍に領地を踏み荒らされて一族郎党散り散りになった。
志向・主義
領内の安定、大陸間の平和維持・中庸
成長タイプ
文治領主型
能力
統率力68 武力54 知略59 政務78 外交71 魅力70 野望26
特性
農耕 養豚心得 兵站管理 利殖達人 外交術 民心掌握
価値観
義理…重視 武勇…普通 才略…重視 名声…重視 悪名…普通
備考
※ヤージカル帝国の動員兵力は約400万人。帝王は15万人が限界と世間一般に流布。有事の際はヤージカルだけでも軽く60万人は動員可能で数年以上の戦役に耐えうる兵糧の蓄えがあり、消費基準は朝昼夜の3食かつおかずも多く、更に若干多く見積もられている。
※遥西大陸の王国の動員兵力は約36万人。470年代の遥西大陸は首都のデュノクス以外はほとんど開発が進んでいない。大王は一声で200万人は軽く集まると喧伝。王都だけで10万人程度動員可能だが、兵糧は二ヶ月程度の量しか蓄えがない上に消費基準は朝飯の粥一杯のみと低く見積もられている。その上、大王は十年分の兵糧はあると喧伝している。
遥西大陸の王国制度で兵糧消費が許されるのは首都の将兵に限られており、他の将兵は制度の適用外で敵地での略奪で賄うしか方法がない。
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ヤトル・ソムトン・デルトーア(416〜472)
デルトム王家第十四代目国王。母親はソムトリケ王家に連なるソムトン家の姫。妹はフィルノスロー王の正室でヤテリの母。正室はトラシェの叔母。ハスル達の父。
父の引退で王家の家督を継ぎ、サウゼンスやギスヴァジャとの関係を強化して対立するゴバル諸勢力に圧力をかけるが、挟撃の機を逸した事で結果的にサウゼンス王を戦死させてしまう。
サウゼンス王となったノルテニアに負い目を感じ、サウゼンスとの協調関係を維持したが、イルマンの死を契機にその関係も拗れ、トマシュが一方的に行った同盟破棄とデルトム東部略奪作戦で多くの重臣が殺害され、冬の備えがなくなった事で冬季の餓死者と凍死者が過去最大級となり、更に疫病も蔓延した事で臣民が激減。
人手不足になった事で行政機能が鈍り、ゼルギジェやトマシュらが調略を仕掛けた為、デルトム地方の大小領主が彼方此方の勢力に寝返り、デルトム王家は衰退していく。
トマシュの扇動により文官のほとんどが襲撃され、外交官がいなくなったのでケヘテリやサントラタとも敵対し、対策に奔走していたところで王太子のハスルが病にかかり、自らも病にかかり重篤になった。
ハスルが病死した翌日にヤトルも病死した為、王家の家督は末子のリハインハルが兄達を排除して実力で継いだ。
リハインハルが側室の子だった事が後々になって大災を招く事になる…。
ヤトルはデルトム王家でも特に革新意欲の強い王とされる。デルトム王国に優秀な人材が多いのはヤトルの人事管理が優れている事に起因する。ヤトルは人材を使いこなす事に定評があったが、同時にそれが最大の弱点でもあり、弱点に強力な攻撃をする事に天才的な勘を発揮するトマシュにより、ヤトルの手足とも言える人材のほぼ全てを失った。
ヤトルは知勇兼備とも名高かった。王家を継いだ途端に攻めてきたゴバル迎撃戦では劣勢兵力で長期間持ち堪え、逆にデルトム北部の周辺郡を奪還した。ノルテニアがサウゼンスを継いだ後の討伐戦でもゴバルにつけ入る隙を与えず、ノルテニアとヤージカル帝王の顔も立てている。対サントラタ調略戦では終始優位に立っており、逆にサントラタの交易権力を弱らせた。
トマシュの略奪に対しても後手に回っていたのは最初だけで、後半では遊撃隊による先制攻撃を複数回成功させている。特に疫病で亡くなる前に行われたデルトム東部の戦いは死力を尽くした戦いで、ヤトルとハスルの抜群の連携で終始優勢を維持し、トマシュ勢8000の内、約2500を戦死させ、4000を負傷させるという大勝を納め、トマシュ直属の猛将キアーロを討ち取り、リジイン家の一族を二人戦死させている。
志向・主義
デルトム地方統一、南北交易路の保全・強い革新→やや保守
成長タイプ
万能王様型→武闘派王様型
能力
統率力89 武力84 知略72 政務66 外交61 魅力88 野望84
特性
求賢の王 疾走 突貫 捨て身 猛攻 策士 堅守 不屈 根気 奮迅 起死回生 密使工作 野戦名人 歩兵調練 民心掌握 見切り
価値観
義理…重視 武勇…重視 才略…重視 名声…普通 悪名…普通
備考
青年期と壮年期とでは主義と成長タイプが異なる。
求賢の王は上級特性。人材登用・抜擢に補正、臣下の忠誠+1、臣下全員の能力経験値が多く入る。
起死回生は修得条件が厳しく、修得は終盤。
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ハスル・ケヘテリオ・デルトーア(439〜472)
デルトム王家第十四代国王ヤトル・ソムトン・デルトーアの嫡男。母はケヘテリオ正妃。妻はダンケヌ王家の王女。リハインハル達の兄。デクルスの父。
幼い頃はひ弱で将来を不安視されており、側室の子供達である弟達が虎視眈々と彼の廃嫡を狙っていたが、成年してからは後継者としての立場を確立し、父と共同して両国経営に携わり、領土拡大にも貢献した。
471年のデルトム東部の戦いでトマシュ勢を撃退したが、翌年に疫病にかかり、そのまま亡くなった。享年33歳。
ヤトルも翌日に病死した為、デルトム王家は後継者争いが起きて衰退し、リハインハルが後を継いだが、デルトムはかなり衰退してしまった。
兄弟の中でも力量と器量に優れ、ヤトルから「儂がおらずとも、ハスルがいればデルトム王家は安泰であろうな」と評価され、弟達も「兄がいる限り、下手な企みはできない」と恐れていた。
キンスも「王太子様は一代の傑物にあられる」と称賛しており、リハインハルに味方になる様に尽力した。
西ギスヴァジャの宰相ラオス・ユタ・リジインも「ヤトルよりも王太子のハスルの方が手強い」とトマシュに注意を促した。
東ギスヴァジャのテヘズ・ギスヴァージャ・バウベズとギロウ・ノスローア・タクルシャもハスルに一目置いており、対トマシュ戦略の要となる人物に彼の名前が入っている。
母の故郷であるケヘテリ王国の王であるトラシェとは親しかったが、その嫡子であるゼルギジェには極端に敵視されており、刺客を送り込まれた事もあるが、その全てを防いだ上で友好的に振る舞い、ゼルギジェを苦しめた。
ゴバル戦において先代サウゼンス王が戦死した後、サウゼンス王を継いだ若きノルテニアを支援し、ゴバル諸勢力を牽制してノルテニアの進撃を容易にした。ルミエのサウゼンス訪問にも手を貸している。
ヤージカル帝王の評価も高く、18歳の頃に一時期ではあるが帝王の参謀や親衛隊長を兼任した事もある。ヤージカル帝王は彼を「初代デルトム王・デルトアの再来であるな」と評し、ヤージカルの歴史について談笑したという。帝王の後を継いだスェランも彼を高く評価しており、スェランからよく国政について相談されていた。
豪剣の使い手で戦場では一騎当千の勇士にして優れた軍略家であり、政務も制度改革を成功させ、治水事業の成功や食料問題を解決するなど、行政官としても優れていた。
二千人近くの食客を養い、皆が義侠の勇士であったことからヤージカル帝王の評価の通りの名声を博した。しかし、本人は偉大な父母や優れた臣下達を立てて謙虚に対応した為、更に名声が高くなったという。
亡くなる直前に嫡子のデクルスに身を隠す様に伝え、デルトム王家の内紛から遠ざけさせ、養っていた食客達がデクルスの護衛につき、弟達の刺客を撃退してデクルスを守っている。
志向・主義
大陸北部の統一・革新
成長タイプ
覇王型
能力
統率力92 武力85 知略86 政務90 外交88 魅力87 野望83
特性
デルトアの再来 電光石火 槍衾 名将 猛攻 豪傑 捨て身 軍略家 智将 外交術 治水巧者 利殖達人 能吏 農政 求心力 民心掌握 見切り 堅守 守城心得 三軍調練
価値観
義理…重視 武勇…重視 才略…重視 名声…普通 悪名…普通
備考
三軍調練は上級特性。歩兵、騎兵、弓兵の調練効率が飛躍的に向上する。
デルトアの再来は固有特性。自部隊と周囲の味方部隊の攻撃力、守備力+10%。臣下の忠誠+1、低忠誠の臣下が調略にかかりにくくなる。拮抗・劣勢時に全味方部隊が潰走しない。
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ベルサ・ムーノン(ルガイナ)(430〜472)
タスダン王国の将軍。タクラート・ルガイナの末子。ガトロエとジェロの弟。キガタの叔父。ジラー・ムーノンの父。ホライト・ムーノン、ゾラディ・ムーノンの祖父。カルート・ムーノン、隻眼蝶ゼレヴェル・クァス・フヴァン、破軍公子ラダーヴェ・スハ・フヴァンの曽祖父。
459〜460年にラダミーアの要請を受け、ノスロー侵攻作戦の総大将に任命されたが、ノスローのラガナットに大敗した。
大兵を与えられて大敗したベルサに激怒したタスダン王は彼に散々罵声を浴びせた挙句に「無能」の意味であるムーノン姓を名乗らせ、棒罰30回の刑と二年間の謹慎を命じられた。この事からルガイナ一族から縁を切られ、タスダン国内で元上司から辛辣な嫌味を言われ続け、同僚や部下のみならず奴隷や下男達にも「無能将軍」と笑い物にされ続けた。
父のタクラートはそこそこ気にかけてきたベルサに対して何の躊躇もなく部外者の下郎と蔑んで家から追い出し、次兄のジェロはそれに同調して追い討ちをかけたが、長兄のガトロエは激怒してジェロに「ベルサの失敗は重罪なれど、家族にまでここまでされるべきではない、それよりも本陣の守備にあたっておきながら真っ先に逃げ帰った貴様こそがこの扱いをされるべきではないのか!」と言い、ジェロは「その場に居なかった兄上に言われる筋合いはない!」と反論したので、ガトロエは剣の切先をジェロの首筋にあてながら恫喝しジェロを泣かせた。
謹慎が解かれても将軍に返り咲く事はなく、ただの兵長として上司になった元部下達に「コイツは家柄だけの無能だから昔大失敗してこのザマだ、お前らはその反対だからまだマシだろう、コイツの言うことなんざ聞くだけ無駄だから他の先輩の言うことを聞いておけよ」と新兵達が侮る様に仕向けられながらも各地を転戦した。
タスダン南部にちょっかいを出してくるグセラン公爵家、滅亡したドゥイーラの残党、タスダン東部のヘクツェン付近で起きた反乱の鎮圧では電光石火の早業で反乱を鎮圧し功をあげ、ヴァネグリア、ノスローとの国境紛争でも敵軍馬を七十頭余り鹵獲し、二百人の敵部隊を壊滅させて敵将二人と敵兵長六人を生け取りにし、百三十人余りの敵兵を投降させるなど並ならぬ戦功を挙げているが、戦功は上司達が自分の手柄として喧伝し、大声でベルサ達は無能と貶めていたので、功績は評価されないまま俸給を減らされ続けた。ベルサを疫病神と信じて疑わない義父と義母によって強制的に離縁され、妻は激怒して両親と喧嘩し、縁切りしてまでベルサについてきた。妻と子のジラーを含めて共に貧困生活を送り、慎ましく過ごそうとしたが、妻の親族がベルサを闇討ちしたり、ジラーに毒を盛ったりした為、妻は親族を痛烈に批判したが、ベルサの祟りとシラをきられた。
妻の親族が近所の者達を洗脳して大勢でジラーに罵声と暴言を浴びせながら痛めつけている現場に居合わせ、堪忍袋の緒が切れたベルサによって妻の親族は完膚なきまでに痛めつけられ、ベルサと親しい役人達の協力によって妻の親族達は悪行を暴かれた為に余罪も徹底的に追及された上で公正に裁かれた。
472年に行われたヴァネグリア遠征作戦に従軍し、物見やタスダン派の盗賊達と協力して戦場の地勢とヴァネグリア軍の数と位置を調べ上げ、イレイズの誘引策と火攻めを看破したが、タスダンの総大将ランナズ・ゼアン・エンビマフや次兄であるジェロ・ルガイナ、甥のキガタ・ルガイナは彼の報告と献策を聞き流した。
ベルサは親しい元同僚達に働きかけて軍議の席で作戦会議を煮詰めてもらったが、己の作戦が絶対と信じるランナズは中央突破に固執して目障りなベルサ達を脇に追いやった。
ランナズ達がイレイズの火攻めに敗れ、味方に伝令も飛ばさずに一目散に逃げてくると、ベルサと親交のあった伝令兵達は彼に戦況を伝えた。
ベルサはなりふり構わずに一目散に逃走していくランナズら上司達と兄のジェロ、元部下達の姿を見て自身の不甲斐なさを痛感し、同時に死に場所を定めた。軍旗を力一杯地面に突き立てて不退転の覚悟を表明し、ヴァネグリア軍の追撃を食い止め、猛将ノレガンダを討ち、ヴァネグリア勢多数を道連れにして討ち死にした。享年42歳。ムーノン家は息子のジラーが継いだ。
タスダン王国は有能な悪大臣達が国政を運営していたが、複数の派閥を形成して牽制合戦を行っていたので政治が安定することは稀であった。不正の横行するタスダンにおいて珍しく真面目な性格で一切の不正をせず、戦利品も公のものにして全く手をつけなかった。褒美は全て部下達に振る舞い、自分の懐には一切いれなかったという。
真面目な反面、少々融通が利かない性格で、タスダンの家門のほとんどはベルサを疎んじており、ノスローでの敗戦も彼の指揮に従わない者達が暴走した結果であったにも関わらず、讒訴も含めた敗戦の責任を全てベルサになすりつけていた。
真面目な官吏や武官はベルサと親しく、ベルサが討ち取られた後は彼と親しかった同僚や部下達は捨て身の突撃を敢行し、全員が数人の敵を道連れにした後に前のめりになって討ち死にした。100人にも満たないベルサ隊はヴァネグリア勢を400人近く道連れにしたという。
「ベルサの殿軍」で父に気絶させられ唯一の生き残りになったトトノア・フヴァンはジラーに仕え、ムーノン家の執事として存続した。
ルガイナ家はタスダンの建国時代から仕え、代々タスダンの軍事に携わってきた武門の家柄であり、謂わばタスダンの名門家系である。
ベルサは末子であったが、優秀と名高く兄弟の中で一番出世が早かった。長兄のガトロエはベルサを優秀と認めていたが、次兄のジェロはベルサを疎んじており、ベルサの大敗と没落を大いに喜んだという。ジラーは両親と屈辱と貧困を共にした為、ルガイナ家を憎悪したという。
志向・主義
タスダン王国の富国強兵と腐敗浄化・やや革新
成長タイプ
ベルサ型
能力
統率力87 武力84 知略79 政務62 外交66 魅力63 野望71
特性
槍衾 名将(→不遇の名将) 鉄壁 策士 斥候名人 捨て身(→背水) 不屈 堅守 死兵殿軍(→不死身の殿軍) 根気 見切り 不運(→悪運) (→封殺) (→死旗を超えた者)
価値観
義理…重視 武勇…重視 才略…重視 名声…普通 悪名…普通
備考
斥候名人は中級特性。自部隊の視界がかなり広がり、敵の奇襲を受けにくくなる。
死兵殿軍は上級特性。退却時に機動力と攻撃力と守備力+15%、劣勢時かつ少数兵力時に近くの敵を挑発し、士気を維持しつつ攻撃力が大きく上がる。兵が残っている場合、潰走・負傷・戦死しても兵が尽きるまで攻撃が続く(劣勢時のみ)。
特性名(→特性名)は条件を満たした時にアップグレードする特性。(→特性名)は未修得特性。大体は史実の死のイベントをクリアした時に修得。
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ノレガンダ・スジォフ(445〜472)
ヴァネグリアの武将。もとヴァネグリアの山間民族の猟師で若くして王城の将軍に憧れ、故郷を飛び出してイレイズの目に留まり、兵として召し抱えられた。
対北方辺境異民族、対タスダン戦で手柄を挙げ、イレイズ配下の猛将の一人に数えられる程に出世したが、タスダン迎撃作戦にてイレイズの火攻めが決まり、タスダン追撃戦に移行した際に手柄を立てる好機とばかりに一人で突出。
死兵と化したベルサ隊の逆襲で横槍を受け、落馬したところをベルサに首を刎ねられた。享年27歳。スジォフ家は妻のガウトーラが後見する形で僅か一歳の息子・ダヤランマ・シガエラ・スジォフが継いだ。
勇猛果敢で功名心が強い反面、視野が狭かった。武勇に頼った猪突猛進さや出世欲による独断専行が目立ち、ノレガンダの上司はイレイズに「こやつを単独で運用してはならない」とよく注意されていた。
イレイズに会う前に賭場で詐欺に遭い、持ち金を全て巻き上げられた事に怒り、大暴れして賭場を更地に変え、お尋ね者として逃亡生活を送ったことがある。逃亡生活中に倒した女盗賊ガウトーラ・シガエラを妻に迎え、ダヤランマを産ませた。
独占欲が強く、財貨を分け与えなかった上に部下に厳しく、人望が薄かった。
志向・主義
自己の栄達、武力による地方征服・やや革新
成長タイプ
粗野豪傑型
能力
統率力62 武力86 知略25 政務10 外交5 魅力36 野望89
特性
豪傑 気合 頑健 強欲 粗暴 猪突猛進 功名心
価値観
義理…普通 武勇…重視 才略…軽視 名声…重視 悪名…無視
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ジェロ・ルガイナ(427〜472)
タスダンの将軍の一人。タクラートの次男。ガトロエの弟。ベルサの兄。キガタの父。
兄のガトロエと弟のベルサの影に隠れて目立たない存在であり、タスダンの遠征作戦や反乱鎮圧に従軍したとあるのみで作戦行動も消極的で戦功を挙げた記述がない。
460年のノスロー侵攻では本陣の守備を担当していたが、ラガナット達の奇襲に驚いて真っ先に逃げ帰り、大臣に賄賂を渡して不問にしてもらった。
472年のヴァネグリア遠征作戦で総大将ランナズ・ゼアン・エンビマフに従い、息子のキガタと共にヴァネグリア勢に対して突撃を支持し、前方の兵達に発破をかけた。
イレイズの火攻めにあって味方が敗走してくると、真っ先に逃げ出し、再戦の際はイレイズの流言を真に受けて中軍にまで出張ったが、イレイズの落石分断計にかかり、落石を避けきれずに岩の下敷きになって死亡した。享年45歳。
武門の家柄の責を押し付ける父や兄、情の薄い母にうんざりし、気にかけてくれる弟を妬み、甥のジラーを無視し、妻や子のキガタとも他人同然の冷えた仲であり、互いに関心が薄かった。
将軍よりも文官の道を望んでおり、実際に後方勤務の方が実績が多かった。ラダミーアの外交の使者を取り次ぎして歓待したり、ラダミーアへの外交の使者として赴き、レヴェンやハギンと粘り強く折衝して交渉を成立させたり、政務は真面目な勤務態度との評価と農業・畜産奨励においても実績が残る。
志向・主義
後方勤務、自身の安全確保・強い保守
成長タイプ
文官型
能力
統率力38 武力36 知略49 政務67 外交65 魅力40 野望52
特性
農耕 養鶏心得 外交術 小心者 惰弱 優柔 消沈
価値観
義理…軽視 武勇…軽視 才略…普通 名声…普通 悪名…重視
備考
養鶏心得は初級特性。領内で「養鶏」ができる様になる。
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キガタ・ルガイナ(453〜472)
タスダン王国の将軍の一人。ジェロの嫡男。
タスダンのヴァネグリア遠征作戦に参加したが、前半戦は火攻めに惑い、後半戦はイレイズの二段構えの策に乗せられて味方を分断され、混乱の中で一斉攻撃を受け、逃げ惑う味方に押し流された挙句にヴァネグリア勢の猛攻を受けて戦死した。享年19歳。
後継者がいなかったのでジェロとキガタの血統は断絶した。
槍の使い手であり、狼を退治したり市場で暴れる盗賊を倒した事がある。武勇は父以上と評判だったが、短気でよく下々の者達に当たる一方で権威を振りかざす上司には従順であり、部下や兵士・民からの評判が悪かった。
伯父のガトロエや寡黙な叔父のベルサとはソリが合わず、父母とも疎遠で一族とも関わりが薄く、婚約者からは忌み嫌われ、友人らしい友人もいなかったという。
志向・主義
武力による自己の栄達・やや革新
成長タイプ
武官・槍特化型
能力
統率力41 武力70 知略36 政務44 外交42 魅力40 野望59
特性
槍術 気合 短気 粗忽 功名心
価値観
義理…軽視 武勇…重視 才略…普通 名声…絶対 悪名…重視
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バンヨン・シガエラ(441〜472)
ドアンの勇士。もとカルファ郡の木こり。クラガ・シガエラの子。ガウトーラの兄。14人以上の子供がいる。
ラヴォジ直属の親衛隊ラシリアルのメンバーの内、20人以上は彼の孫達。ギスヴァジャの「鉄鎖の黒騎士」ラトエン・ヴァジャード・シガエラの曽祖父。
幼少期に野盗に襲われ、クラガが重傷を負い、妹を攫われてしまったことから、修練を積んで野盗に復讐を果たしたが、妹の行方がわからなくなっていた。
大木を引き抜く怪力の持ち主で、素手で薪割りをして炭薪商売をしながら生活し、妹の行方を探っていたが、行方が分からないまま時が過ぎて行った。
若い頃に猛獣を殴り殺し、ドアンの頭目を救った事が縁になり、妹の情報が得られる可能性の高さをネタに高禄でドアンにスカウトされた。
鉄鎖のついた錨や鉄槌を得物にし、多くの勇将を倒してギスヴァジャ地方東北部やサウゼンス地方東南部にて勇名を馳せる。
ギスヴァジャのイルマンやサウゼンスのノルテニアを二度も撃退しており、その度に部下を増やしたが、472年にギスヴァジャ侵攻
した際、テヘズとソルマが築いた防衛網に惑わされ、救援に駆けつけたテヘズ勢に敗れて生け取りにされ、テヘズに処刑された。享年31歳。
テヘズは彼の最期の望みを叶え、彼の部下達や戦奴隷、妻子は生涯保護された。
豪快で情け深く、民や部下達をよく可愛がったので人望が厚かった。商隊を強襲するシノギをしていたが、相手は必ず悪どい商売をしている者達に限っていた。商隊を襲っても殺害せず、鹵獲した戦奴隷を買い取り面倒を見てやるなどもしている。
筋骨隆々とした体格を持った男臭い色男という容姿で妙齢の異性に人気があった。少々女にだらしない面があり、多くの女性を抱いて面倒を見ていた。
初陣でバウベズ王家の者を撃殺して以来、一騎打ち以外は不殺が目立つ様になった。コレフの輜重隊を襲ったときはコレフの得物を弾き飛ばし、落馬させて手傷を負わせたのみに留め、輸送隊の兵は追い散らしたのみで一人も害していない。
志向・主義
家族の安否、力による勢力拡大と領内の安定化・中庸
成長タイプ
好漢型
能力
統率力87 武力88 知略59 政務51 外交46 魅力72 野望67
特性
豪傑 猛将 頑健 不屈 色男 慈悲 求心力 民心掌握 直情
価値観
義理…重視 武勇…重視 才略…普通 名声…普通 悪名…軽視
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ランナズ・ゼアン・エンビマフ(432〜477)
タスダンの貴族。ルドール・ザハ・エンビマフの嫡子。
セライト・イライン・エンビマフの父。剛鉄将軍グラン・エンビマフの祖父。
エンビマフ家はルガイナ家よりも家格が上の貴族で、代々軍事と政治に携わってきた名家であり、六人の宰相と五人の上級将軍を排出した名族。
462年に失脚したベルサの後任として将軍に就任し、対リナキア戦や対ヴァネグリア戦、対ノスロー戦で戦功を挙げた。
465年にヴァネグリア勢を三度も破ったが、当時無名だったヴァネグリアのイレイズ率いる30人の小勢に敗北し、それ以降は対ヴァネグリア戦の戦績は芳しくなかった。
468年にはサイラスと一触即発になるが、なんとか凌ぎ、侵攻してきたノスローのギシュフを撃退したものの、ヌウロタに手勢を蹴散らされて慌てて籠城し、ヌウロタをやり過ごした。
472年のラダミーア東征作戦に連動する形でヴァネグリアと一戦したが、イレイズに大敗して太鼓持ちのジェロとその息子のキガタを失い、腹心の部下も多数が討ち死にし、自ら殿軍になったベルサも討ち取られる惨敗を喫し、己を恥じた。
激怒したタスダン国王は宰相達も止められないと察し、後難を恐れて北方辺境に逃亡した。
中央系北方辺境の異民族に匿われ、しばらく異民族と共に過ごして人脈を広げたが、過激派の異民族と対立して北方辺境を追い出され、リナキアやヴァネグリアを避けて南進し、ヴェルノ近くまで流れたが、長旅で腰痛が酷くなった為にそこの田舎村で療養中に亡くなった。享年45歳。辺境伯系エンビマフ家はセライトが継いだ。
「ベルサの殿軍」当時に行われたヴァネグリア会戦時に従軍していた息子のセライトもランナズに同行しており、エンビマフ家はタスダン系エンビマフ家と辺境伯系エンビマフ家と分裂し、本家のタスダン系エンビマフ家はランナズの弟のクムロ・ゼアン・エンビマフが継ぎ、分家になった辺境伯系エンビマフ家はランナズが興したことになる。
ランナズは名家の嫡子であることから、常に貴族の中心にいる様な存在であり、貴族の取り巻きが非常に多かった。
ジェロ・ルガイナはランナズの太鼓持ちの一人で、ジェロの不始末を片付けてやったり、宰相に口添えしてやったりしている。
イレイズに大敗した後は激怒したタスダン国王により散々罵った上で指名手配されたが、ジラー・ムーノンの「思えば、我が父もこの様に罵られ、名誉を著しく傷つけられ、弁解の機会も得られずに逝きましたな…、国王陛下から賜りましたムーノン姓を将兵全員が名乗る未来が見えまする」と凄まじい威圧感を纏わせて諫言した為、タスダン国王はぐっと堪えて情状酌量の余地を設け、五年後には指名手配を取り下げたという。
家柄だけで将軍に取り立てられたとも言われていたものの、リナキアの将軍ダオウスを破り、ノスローの実力者であるギシュフを劣勢兵力で破るなど実力は相応にあった。
志向・主義
力による地方統一・やや保守
成長タイプ
統率型
能力
統率力71 武力65 知略58 政務67 外交64 魅力68 野望72
特性
疾走 気合 堅守 動員 振興 惰弱 動揺 消沈 功名心
価値観
義理…普通 武勇…普通 才略…重視 名声…重視 悪名…普通
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ヌウロタ・クシャゼリア(406〜478)
ノスローの将軍。クシャゼリア家は初代ノスロー王の兄弟の家であり、代々軍事を司ってきた由緒正しき家柄である。
ジルガント・ビンテシア・クシャゼリアの三男。ヌウロタの母のナリアはイレイズの祖母の姉にあたる。
ラガナットとリエンタの父。カークス、ドランク、ジンク、セレネ、ファリス、ルジャンの祖父。カナフの曽祖父。
ヌウロタはクシャゼリア家の末子として生まれ、「赤ん坊なのに笑顔が不気味過ぎて恐ろしい」と父親に忌避され、ラダミーアの親族に預けられて育った。ラダミーアでは村八分にされたが村長の協力もあって自力で解決した。やがてノスローの内紛に巻き込まれた兄達が死亡した為、クシャゼリア家の断絶回避の為に呼び戻され、家督を継いだ。
彼がクシャゼリア家の家督を継いだ頃のノスローは西北に大国のラダミーアとエティホ、西南にバハカルン、カキャボ、北に北方辺境異民族、東に大国のタスダン、東北にヴァネグリアがあり、内部は王家派と貴族派と在地領主とが争って崩壊寸前の最悪な状態。しかも、国王はタスダン王が擁立した傀儡の王だった。
ヌウロタは八方塞がりで詰みと悩む国王に協力し、ノスローの立て直しに奮闘する。
臨時に宰相を務め、それなりに城下村を整備して民の生活を守り、民から「変顔宰相殿」と呼ばれて親しまれた。
ヌウロタが着任してまもなく、ラダミーアが60人ばかりで攻めてきた時は采配を取って迎撃し、辛くも撃退に成功した。
息つく暇もなく、貴族派の同時多発蜂起や在地領主の独立騒ぎなどに悪戦苦闘し、更に東からタスダンがノスローを併呑するべく機を伺っていた為、両方を牽制する為にヴァネグリアとバハカルンとの同盟を模索し、ヴァネグリアとの同盟には先方の外交姿勢の悪さやヌウロタの容姿に原因があって失敗するものの、バハカルンとの同盟には成功し、西南の脅威をどうにか取り除いた。
バハカルンを通じてカキャボやサウゼンス、ギスヴァジャも手を結びたいと打診があり、互いに友好関係を築いた。
ギスヴァジャ側からすればドアン包囲網の形成、サウゼンス側からすればドアンへの牽制と東西交易の安全化、バハカルン側からすればドアンとラダミーアの牽制と東西交易の円滑化、カキャボ側からすれば東西交易路の確保、ドアン包囲網の形成、大国のラダミーアやサイラスに対する牽制にもなる為、互いの利害が一致した同盟となった。
428年冬から429年春にタスダンが2000、ラダミーアが1800、エティホが1700、合計5500の大軍がノスローに押し寄せて来ると、ヌウロタは王と作戦を練り、ひとまずタスダンに従属する旨の使者になるが、タスダン王は「手遅れである、全て蹂躙してやるから覚悟しておけ」と一蹴され、ラダミーアやエティホも同様の反応で戦は回避不可能であった。
ノスロー王はバハカルンとヴァネグリアに援軍要請の使者を送り、二百人の兵と千人余りの民と共にノスロー城に籠城し、三方から包囲されたノスロー城はすぐに落ちても不思議ではなかった。
ヌウロタはバハカルンに出向き、援軍の約束を取り付けた。
更に国王の許可を得て百人余りの兵を借り、ノスローへと急いで戻った。
ノスローに吹雪が到来してタスダン、ラダミーア、エティホは一旦囲みを解いて後退したので一時は持ち堪えたものの、タスダン軍が攻城兵器を投入して猛攻を仕掛け、城壁が崩壊したノスロー城は既に落城寸前だった。ヌウロタはタスダン軍の本陣に突撃し、狂った様に笑いながら暴れ回り、ダッサカがそれをいち早く察知して知らせたのでノスロー王も「我が策にはまったな!かかれ!」と打って出てきた為、タスダン軍は混乱して後退した。エティホに対しては夜襲を仕掛けて大将を負傷させて撃退し、ラダミーアに対しては自らが囮になって暴れ、バハカルンの援軍と挟撃してなんとか撃退した。
ヌウロタの縦横無尽の働きにより、ノスローはひとまずは滅亡の危機を脱したが、瀕死の獲物を狙う存在がまだあった。
430年から436年にかけて北方辺境異民族と東北のヴァネグリア、北東のリナキアが襲来し、ノスローは再び危機に瀕した。
北方辺境異民族はラダミーアやエティホと敵対していたことや先日ヌウロタ達に痛い目にあわされたこともあってか、ヌウロタ、ダッサカ、トギアロの仁王立ちを見て引き返し、リナキアとヴァネグリアは勝ったつもりでノスローに悠々と進軍するも、吹雪に足止めされ、ヌウロタ達の急襲を受けて撤退した。
437年から450年にかけてノスロー城周辺郡を次々と奪還していき、領土拡大にともなってヌウロタはノスロー王に進言して宰相の権限を文官のマセネに譲渡し、自らは軍事に集中することにした。
以後はノスロー王国の立て直しと外敵の対策に奔走し、ノスロー地方の統一が成るまで国王の直参の重鎮として活躍。
先祖の本貫地であるクシャン郡の奪還と復興が成った際に領主として滞在し、30年余り善政を敷いて領内を整備し、人口が百人にも満たない集落を2000人規模の集落にまで成長させた。
473年のドアン討伐、ラダミーア迎撃、タスダン撃退を最後に活動が途切れており、その頃にラガナットに家督を譲って引退したと思われる。
478年、クシャン郡の領主館で亡くなった。享年72歳。
根っからの戦好きで、戦場で狂気を孕んだ笑い声を出しながら大暴れする事から「狂笑将軍」の異名を取った。
会戦前は「儂が先陣を切る故、その方らは儂の背中についてくれば良い、恐ろしいなら腹の底から笑うがよいぞ、皆で笑えば恐ろしさなど消える故な」と部下達に言い聞かせた。戦後は「勝敗も戦功も時の運じゃ、その方らの働きは儂が見ておる故、次も生き延びて儂に元気な声を聞かせてくれれば良い」と勝敗に関わらず分け隔てなく接した為、ヌウロタの部下達は皆恐れ知らずの強兵と化した。
「グハハハ!儂こそはノスローの将軍ヌウロタなり、勝負じゃ!勝負して儂を楽しませい!ガハハハハハ!」と叫び笑いながら名乗り、槍衾も矢の雨も恐れずに狂った様に笑いながら斧や双剣を旋風の如く振り回し、立ち塞がる者を怪力で剣や鎧ごと両断してくる姿は敵将兵にとっては恐怖でしかなく、ヌウロタと戦わされる事は将兵にとって死刑宣告に等しかったという。
万全策を用意してヌウロタと戦ったイレイズは四分五厘の敗勢となり、ヌウロタを「狂気の権化」と評して撤退し、ラダミーア兵はヌウロタの怖さと対策を熟知しているので、ヌウロタが来るとさっさと籠城した。
ヌウロタとやり合ったバンヨンも「狂気の将軍」と恐れて引き下がり、タスダンの将兵もヌウロタの笑い声が聞こえただけで及び腰になり逃げ出す者が多かった。
ヌウロタと戦い生還した武将は引退した際に彼を侮る若手を見て「ヌウロタを知らぬ若者達のなんとも幸いな事よ、かの恐ろしき存在を知る我らに証左の手段なく、口惜しいことこの上なし」とよくぼやいたという。
428年春頃に北方辺境異民族軍が二、三千人でノスローを荒らしまわった際にダッサカやトギアロと共に迎撃し、ヌウロタは単身で北方辺境異民族軍に突撃し、狂笑しながら暴れ回り、1200人を負傷させ、380人を斬り殺して北方辺境異民族軍を撃退した。以後、北方辺境異民族はヌウロタを「ノスローの笑う死神」と恐れた。
ノスロー王はヌウロタの武勇を「万の軍勢に分け入り、大将の首を取る事、露天商から物を買うが如し」と評し、ヌウロタの顔を「まるでパン生地を重ね合わせた様な顔つきで愛くるしいものに感じる」とヌウロタの頬を撫でながら褒めた。
野戦は得意で昂り、城攻めは苦手で冷めるという、わかりやすい武将であった為、部下達は不調のヌウロタを元気付ける為に野戦の舞台を整えると、不調が吹き飛んで元気になったという。
反対に落ち着かせる為に城攻めの必要があると思わせると、急激に落ち着いたという。
妻はラダミーア東部にある村の村長の娘であり、ラガナットは祖父似、リエンタは母親似だった。
戦場では目は見開かれ、口は大きく裂け、福々しい頬は筋肉質な頬になり、声は雷鳴の如く響き渡るが、戦場から離れると目力が緩んで3の字瞼になり、口は緩んでやはり3の字唇になり、筋肉質な頬は福々しいもちもちした頬になり、声は控えめになり、狂気のオーラが抜けてモブ顔の男にしか見えなくなる。どう見ても別人にしか見えないので、他国からは将軍のヌウロタと外交官のヌウロタが居ると思われている。歳をとった後はふっくらした外見の好々爺にしか見えなくなったので、町中にいると益々見分けがつかなくなった。間者や暗殺者達はヌウロタを見つける為に様々な試みをしたが、ヌウロタがすぐ近くを通り過ぎても気づく者は居なかったという。
外交時の正装や高官の正装で身を包んでも「間の抜けた顔とチビデブさが衣装を台無しにしている」と言われる始末だったが、高い教養を活かし外交官としての役割は「威風堂々、品行方正、理路整然」と言われるくらいに完璧にこなしており、宰相としても良い仕事ぶりを示していたという。
441年にケヘテリ王国に外交の使者として赴いた際、トラシェは「おお、外交官のヌウロタ殿か」と親しみを込めて出迎えたが、フリング・ガシャル・ケヘテリオは彼を一目で狂笑将軍ヌウロタと同一人物と見破り「外交の席はまずまずの手並みだが、これより良き条件を得たいならば、そなたが得意とする戦場で儂と手合わせいたせばよろしい、…如何か?」と問われ、ヌウロタは「御冗談が過ぎますぞ」と言うが、冗談を言っているように見えないフリングの凄みに戦慄して戦場の顔つきになったという。
ヌウロタはフリングを「儂を笑わせなんだのはフリング爺のみよ、あの御仁がノスローの近くに居たらば、今頃儂らは首だけになっておったわ…」と恐れた。
テヘズ・ギスヴァージャ・バウベズも見破り、ヌウロタを「存在そのものが他者を謀る策」と評し、ヌウロタはテヘズに「王様には及びません」と答えてテヘズを笑わせた。
出っ歯のデカ目小男武官のダッサカや脂ぎったデカ鼻でもっさりした小汚い武官のトギアロとは同郷出身で親しく「濃顔三勇士」と呼ばれて数多の戦場を共にした。ヌウロタの死後、ダッサカとトギアロも後を追うように亡くなった。
志向・主義
ノスロー王国の復興、北方の安定化、血湧き肉躍る戦の探求・中庸
成長タイプ
ヌウロタ型
能力
統率力90 武力96 知略78 政務69 外交71 魅力80 野望67
特性
狂笑将軍 電光石火 万夫不当 野戦名人 猛将 背水 奮迅 不屈 民心掌握 治水巧者 外交術 能吏 変装 守城心得 攻城下手
価値観
義理…重視 武勇…最重視 才略…重視 名声…普通 悪名…無視
備考
狂笑将軍はヌウロタの固有特性。自部隊の攻撃力と守備力1.2倍、劣勢時は更に攻撃力が上がる。
突撃で専用の台詞+敵部隊の士気が更に低下。
変装は外交効率と調略効率が上がり、暗殺の対象にならなくなる。




