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帝北両都婚姻〜バウベズ王家大乱

 北蛮大陸東北部ギスヴァジャ地方

 デルトム地方の東、フィルノスロー地方とソムトリケ地方の北、サウゼンス地方の南、カキャボとサイラスの西に位置する。

 地方北部は高原続きでサウゼンスへの往来が容易であり、地方西部は比較的往来が容易な広い山道があり、古の時代からサウゼンスやデルトムと交流があった。

 地方南部には複数の山脈を経てフィルノスローに繋がる山道があり、フィルノスローを飛び越えてソムトリケ地方に繋がる道もある。

 東西南部の三方が高山に囲まれ、サウゼンス以外から侵攻するには困難を窮め、デルトムからは堅牢な関所、フィルノスローからは山脈か死霊の森、ソムトリケからは複数の山脈を経由する必要があり、それらを越えても大軍が送り込めない難路が続く。

 地方最東端は道無き道が続く不毛の大地が広がり、所々に峡谷と奈落が存在する難所で、国境東端は全て断崖絶壁になっており、その先には大河がある。

 地方で唯一、丘上と丘下の二重構造になっており、実際の国土は北蛮大陸の中で一番大きい。

 丘上は高原地帯、丘下は密林地帯、地方中央部に流れるベヤセヌ川は丘上、丘下両方で流れている。

 丘上には高原でしか採れない全草が食用になる「芋と大豆が混じった」様な植物と寒冷地で育つ「リンゴやモモ、オレンジに似た果樹」が多く、丘下には寒冷地で育ち、なかには丘上まで育つ「ヤシの木」の様な樹木や、「瑞々しい果実をつける松」の様な樹木の他、ベヤセヌ川付近に群生する薬草と「ワサビ」の様な植物、雌伏の沼に群生する「ハス」の様な植物がある。

 ベヤセヌ川はアユやサケの様な魚やウナギの様な生物、スッポンの様な生物が多く生息し、丘下にはカニの様な甲殻類が多く存在する。毎年の様に産卵の為に大河から飛び跳ねて断崖絶壁の滝を登るアユやサケの様な魚の姿が見られる他、二枚貝が滝を登り、巻貝が滝をよじ登っていく姿も見られる。

 

 


 436.11.9〜456.12.20


 ギスヴァジャ地方を治める王家はダヤットの直系子孫だったが、ルタ以降の王は皆短命であり五代で断絶。代わりに副王バウベヤの直系子孫がギスヴァジャ地方の王家として存続していたが、ダヤットとその子孫が使っていた本姓のルスェフは使われておらず、バウベヤの子孫は副王バウベヤからとったバウベズ姓を使って王家と副王家を区別していた。

 現ギスヴァジャ王・イルマン・ギスヴァージャ・バウベズは副王バウベヤの直系子孫でバウベヤから数えて十五代目の王にあたる。正室は先代サウゼンス王の妹であり、ノルテニアにとってイルマンは義理の叔父にあたる。側室は商業都市リジインドの主にして建国の功臣イルデの末裔の家柄であるリジイン家の娘。

 剛毅で知略に富んだ人物であるが、身内には甘いのが欠点。ルスェフ王家が断絶して衰退したギスヴァジャの王家を徐々に立て直した王である。

 懸命に勢力拡大の礎を築いてきた父王・オヌガナの意志を継いで王位を継承し、謀反を起こしたサズルの子孫たちを蹴散らし、彼等の本拠地であるサズキャボと周辺郡を制圧。地方北部の反抗的な在地領主を次々と降し、野望の桟道及びメルカシア周辺も奪還して地方西北部を制圧し、サウゼンス王国との盟約を更新。その頃にサウゼンス王の妹を正室に迎えた。

 イルマンはサウゼンス南部で起きた反乱鎮圧に協力し、サウゼンス王はギスヴァジャ北部攻略を手伝うなど、両国の共闘態勢がとれており、両国に面する中小独立勢力は存続の為の従属か抗って独立を保つかの二者一択を迫られ、瞬く間に淘汰されていった。

 しかし、ギスヴァジャ東北部からサウゼンス東南部にかけて割拠しているドアンだけは滅ぼせなかった。

 ドアンはダヤットの直系子孫断絶後の混乱期に蜂起した賊の一つであり、ギスヴァジャ地方東北部で最も激しく暴れ回った超武闘派の賊で、初代ドアンは生涯で80を超える討伐を受けて全てに勝ち、その度に勢力を増してきた。バウベズ王家が弱小勢力にまで衰退したのはドアンの奮闘によるものが大きい。

 ドアンは代替わりするごとに衰退していたが、数が多い為に迂闊には手出しできなかった。

 イルマンはドアンの反撃を凌ぎ切り、サウゼンスと連携してドアンを北と西南から挟撃し、ドアンの勢力を削る事には成功した。

 ドアンはカキャボのマチェット・シュゼーリンやノスローのヌウロタ将軍にも痛い目にあわされており、そちらの対応を優先してギスヴァジャとサウゼンスと停戦した。

 サウゼンス王はドアンを牽制し、その間にイルマンは南征の準備を整える。

 三ヶ月後に出征し、リフズラヤ郡を制圧して更に南下し、リフカン郡、ベヤセヌ郡、ヒエガリオ郡、ホスエガリオ郡を制圧して商業都市リジインドを包囲。建国の功臣の家柄であり経済的影響力の強いリジイン家を懐柔し、従属の条件としてリジイン家から娘を迎える事となり、彼女を側室にした。

 リジイン家の協力により、リフカン郡から丘下にある諸郡がバウベズ王家に帰順し、死霊の森も制圧し、ベヤセヌ郡からベヤセヌ川を途河し、東部制圧の橋頭堡を得ると、今度は内政に励んだ。

 東部制圧前にギスヴァジャ地方東部の丘下にあるバウベ城と周辺郡を治める領主にして、父方の従兄弟にあたるモロトンから会談の申し込みがあった為、イルマンはそれに応じた。

 モロトンはイルマンに協力を約し、ギスヴァジャ地方東部の有力者たちを説得して回る。

 ギスヴァジャ地方東部の有力者たちはモロトンの説得に応じてイルマンに協力したが、後にモロトン達と共に離反する事になる。


 447.10.8

 イルマンの側室は側近を巧みに排除してイルマンに薬を盛り、暴走寸前のイルマンを巧みに誘って夜を過ごす。


 448.1.14

 イルマンの側室の懐妊が発覚し、イルマンの正室が動揺する。

 なお、イルマンは薬の影響で記憶がところどころ飛んでおり、正室に詰問されて謝り倒した。

 側室とリジイン家のメイド達が徒党を組んだ側室勢力に好き勝手にされ続けるのを潔しとしない正室は、これまで以上にイルマンと励むことになる。

 側室は正室の焦りを内心嘲笑っていたが、彼女は腹の子が王家を継ぎ、周辺王国を蹂躙してヤージカル帝国を滅亡させ、大陸を統一する天下の王になる夢を思い描いていた。


 448.12.6

 イルマンの側室が男児を出産し、側室勢力が一気に強勢になる。

リジイン家当主と側室の意向により男児はトマシュと名付けられ、トマシュ・リジインド・バウベズと名乗る。

 王族入りした事でリジイン家の権勢が非常に強まり、ギスヴァジャ地方では正当王族以外は並ぶ家が存在しない程の家格を持つに至る。


 449.5.2

 イルマンの正室が男児を出産。正室勢力が勢いを盛り返す。

イルマンと正室により男児はテヘズと名付けられ、正嫡の子であるので、ギスヴァージャ姓をつけてテヘズ・ギスヴァージャ・バウベズと名乗る。

 サウゼンス王自らが出産祝いに訪れ、教皇と大司祭から祝福を授けられ、正室はテヘズを溺愛した。

 正室はテヘズが王家を継ぎ、皆を導いていく立派な王になる様に願い、練り上げてきた教育計画を実行に移すと同時にテヘズを守る為に多くの味方を作るのに奔走した。


 450.2.4〜457.1.3

 正室勢力と側室勢力が一進一退の攻防を繰り広げ、拮抗状態が続く。この政争に巻き込まれた貴族は離合集散を繰り返して存続か滅亡かの道を歩むことになる。


 457.7.4

 正室がもう一人男児を出産し、男児はセルトンと名付けられた。

彼はセルトン・サウゼンス・バウベズと名乗る事になり、彼は正室とテヘズに可愛がられ、トマシュにも可愛がられたので、側室勢力はセルトンに対して手出し出来なかった。

正室がトマシュにも分け隔てなく接していた為であった。


 459.3.9


 ルスェフ王家断絶とバウベズ副王家の王家相続の転換・混乱期から版図を削られ続けてダヤッカス周辺のみを治める弱小勢力だったバウベズ王家は、イルマンの即位から20年間でギスヴァジャ地方の西部を統一するくらいにまで版図を拡大し、次はギスヴァジャ地方東部を統一するべく盛んに活動していた。

 

 459.4.19〜5.21

 サウゼンス王がゴバル諸勢力との戦いで戦死。この戦死は大々的に伝えられ、ギスヴァジャ地方にはすぐに伝わった。

 義兄で戦友である先代サウゼンス王の戦死はイルマンにとって衝撃的だった様子で、ノルテニアの援軍要請には即座に応じている。フィルノスローに背後を突かれたが堅守に務めたギロウによって国境線は維持された。やがてイルマンがギロウ達と合流し、イルマンはフィルノスロー王に決戦の是非を問う使者を送った。フィルノスローとの決戦は先方の都合により一騎打ち方式になったが、イルマンはすぐに承諾した。決戦はギスヴァジャが勝利する。

 決戦後はサウゼンス王の死を悼み、更に過労によりイルマンは体調を崩してしまった。


 461.1.8

 ヤージカル帝国第三王女ルミエがサウゼンスにお忍びで訪れ、偶然にも市中見回り中のノルテニアと遭遇し、暫く語り合って意気投合する。

 第一印象は「戦とは無縁そうな優男」だったが、たまたま賊徒達が暴れて民に迷惑をかけていた為、ノルテニアは現場に急行。

 ルミエもそれに同行し、ノルテニアの異名「北都の戦鬼」の由来にもなった猛将の顔つきを見て印象が大きく変わる。

 暴れていた賊徒達はノルテニアにも襲いかかるが、ノルテニアの体術によって一瞬で倒され拘束されてしまった。

 賊徒達は屯所の衛兵達によって連行され、ノルテニアはルミエに「私の至らぬところを見せてしまいました、己の未熟を恥じるばかりです」と謝り、ルミエは思わず「ここまで素敵なお方とは存じ上げませんでしたわ、こちらこそ未熟を恥じるばかりです、どうか末長く可愛がってくださいませ」と言い、ノルテニアはルミエの言の意味がわからないまま見回りを続行する。

 ノルテニアは老若男女問わず民から慕われており、行く先々で民に歓迎され、ルミエももてなしを受けたり揶揄われたりしていた。

 ルミエはノルテニアを「足りぬところを私が補えば必ずや世論に違わぬ傑物になる」と評し、急いでヤージカルに戻った。

 

 461.5.2〜6.8

 サウゼンス王ノルテニアとヤージカル帝国の第三王女ルミエが結婚。ルミエは「ノルテニア様と結婚致しますわ」とヤージカル帝王に迫り、娘の鬼気迫る勢いにヤージカル帝王は「さては見に行ったな」と思い、ルミエを見て「いい漢だったろう」と思いながら口端を吊り上げて笑うと、ルミエは真剣な眼差しで頷いた。

 ヤージカル帝王はサウゼンス王国に使いを送り、婚約と交際をすっとばして婚姻の話を聞かされたノルテニアは困惑して返答を保留したが、ヤージカル帝王とルミエが直々にサウゼンス王国に訪れると、ノルテニアは先日ルミエが言った意味を理解し、観念して婚姻を受け入れた。

 ノルテニアから王座を譲られたヤージカル帝王が直々にノルテニアに「君の事を信じて我が娘を任せたい、どうか娘を※北都の王室の月にしてやってくれまいか」と言われる。ヤージカル帝王にここまで言われては誰も婚姻に反対できるはずもなく、ノルテニアは臣下の礼を取ってルミエを貰い受ける意思を示したという。

 予め段取りを済ませていたのか、ヤージカル帝王はサウゼンス王国内で素早く結納の儀を済ませ、式もサウゼンス国内で行われた。

 ヤージカルからデルトム、ゴバルを経由してサウゼンスに往く輿入れの一向は、ヤージカル帝国正規軍五万人がヤージカル帝王とルミエを護衛しながら進み、人々はその豪華さと威容に帝国が天下の主であるという印象が強く残り、同時にサウゼンス王国とヤージカル帝国の繋がりが強固である事を示し、道中にはデルトム王やケヘテリ王も正規軍を率いて護衛を願い出た。帝国の輿入れの一向を襲撃する為に連合していた賊徒達はヤージカル帝国軍将兵の凄まじい闘志にたじろぎ、デルトム軍最強精鋭部隊の攻撃を受けて押された。デルトム王はケヘテリ王と連携して賊徒を挟撃し蹴散らしていたが、ケヘテリ王はサウゼンス王国との関係改善の一手として帝王の機嫌を取るために自ら剣を取って兵を鼓舞し、積極的に賊徒を攻撃していたという。

 賊徒達はケヘテリ軍の獅子奮迅の闘いぶりに圧倒され、戦意を失って潰走したが、ケヘテリ王は久々の戦場に血が騒いだのか無茶が過ぎて倒れ、息子夫婦に呆れられながら回収されたという。

 ケヘテリ王の奮闘は風の噂で自国に伝わり、惰弱な王を排除して革命を起こす政変を企んでいた将軍たちを躊躇させ、ケヘテリ王はすんでのところで政変を免れていた。

 ルミエは無事にサウゼンス地方に到着すると、ノルテニアが出迎えに訪れ、輿入れの一向と共に王宮に進んだ。

途中でギスヴァジャ王家一向とラダミーア王、エティホ王、カキャボのシュゼーリン公爵家、カリオス公爵家、バハカルンのスーノ公爵家も挨拶に訪れ、合流して式に参加した。



北都(サウゼンス)王国の旗は初代王サウルが用いていた北天の下に煌めく日輪と月。初代王サウルが日輪の王、初代妃フェルブが月の妃と呼ばれ、ともに北都で栄えた話に由来する。後世、日輪は王、即ちノルテニアを指し、月は妃を指す。即ちルミエを正室に迎えてくれないかという直球の意味。


 463.11.9

 サウゼンス王妃ルミエが男児を出産。折悪くゴバルで反乱軍が挙兵した為、ノルテニアは軍を率いてゴバルへ急行。討伐の行軍は僅か半日。反乱軍はノルテニアが来るまでどうしても三日はかかると踏んでいたが、ノルテニア率いるサウゼンス軍の神速のごとき行軍速度は反乱軍の予想を遥かに超えており、反乱軍は完全に虚を突かれた形となった。更に郡を守る領主がノルテニアに呼応して手勢を率いて打って出たので反乱軍は挟撃される。凄まじい勢いで迫り来るノルテニアとサウゼンス軍に反乱軍は完全に浮き足立ち、出会い頭でサウゼンス軍武将ドルエワによって反乱の首謀者が討ち取られたので反乱軍は総崩れになった。会戦から僅か20分で終わった討伐戦だった。ノルテニアは大返しにて僅か10時間で国に戻り、出産に立ち会った。男児はカミルと名付けられ、カミル・イスェラ・サウゼンスと名乗る。


 465.4.7

 ヤージカル帝王が王座に座したまま亡くなる。享年45歳。

 常に帝王の側に仕えていた側近が野心を露わにし、死を隠蔽して暗躍したが、宰相のノロフ氏が早馬を飛ばし各地方の王に帝王の崩御を伝えた。

 側近は帝王の子供達の野心を言葉巧みに煽り、同時に粛清の恐怖を伝えて後継者争いをする様に仕向けた。後継者に指名されていた嫡子のスェランが27歳で帝王を継ぐが、粛清を恐れた宰相のゼルム氏が側近と結託して第二王子ホロムを担ぎ上げ、スェランが帝王に相応しくないと非難すると、ゼルム氏の工作により官吏と武将が口を揃えて誹謗中傷した。

 スェラン派が反論してホロムの至らない点を暴露して追及すると、ホロムは怒鳴り散らした。

 スェランは「私ですらこの様に誹謗されても悠然としていられるのに、誹謗されて一々怒る弟が、どうして私より相応しい帝王だというのか」と笑って答えた。

 ホロムは顔を真っ赤にして言葉が出ずに去り、ゼルム氏は一年間の蟄居を命じられ、その一派は帝室不敬罪で棒罰100回の刑に処され、側近は妻にボコボコにされて自首してきた為に黥刑と長期強制労働刑に処された。

 頭を冷やしたホロムは、スェランに謝罪した後に身分を返上しケェヌジラにある村に篭って隠遁する事にしたという。


 467.8.3


 イルマンには正室との子で王太子のテヘズと側室との子のトマシュがおり、二人とも極端に仲が悪いのもイルマンの不調に拍車をかけた。

 テヘズは博学で武芸もこなす上、人を惹きつける魅力がある王器であり、トマシュは容姿端麗で武勇絶倫だが粗暴で全て力で捩じ伏せる暴君の気質があった。

 トマシュはテヘズよりも年上ということもあり、幼い頃から日常的に圧倒的な暴力をテヘズや周囲の人物にふるい、王位に相応しくないと分からせる行為が頻発していた。

 ※イルマンの正室は教養豊かな淑女で側室は狡猾で暴力に長けた女傑であるのと、イルマン不在時は側室勢力が正室勢力に執拗な嫌がらせをしている事も影響しており、トマシュは母から権威と暴力と恐怖の使い方の極意を教わりつつ、力づくで王権を握って当然とテヘズ排除の行動を取り、テヘズは二人の母の暗闘を見て王位継承の前に排除すべき要素を見極めていた。


 トマシュはわざと衆人の目のつくところでテヘズを貶めつつ、稽古と称し一方的に百叩きにして殺害を図ったり、テヘズの周囲を脅迫したり応じなければ事故に見せかけて殺害し、それをネタにさらなる脅迫または放置をしてテヘズの勢力を削った。

 しかし、テヘズには不撓不屈の心意気があって決して挫けず、後半には自身と味方を守る為に知略を用いてトマシュの足元を掬い、正当な手段でトマシュを弾劾した。味方になる者にはトマシュの対応は逃げの一手に限ると教唆し、自身もトマシュの考えを先読みして悉く対策したが、トマシュは強引な手を多用して常人には真似できない離れ業でテヘズの知略を飛び越えて対抗する。

 従者達は二人の関係に一時も心休まる時間がなく、テヘズ派とトマシュ派どちらに付いても常に死が近い状況にあり、騒動が起きる度に死者が出た。

 中立派は常に死か屈服かの二者一択を迫られ続けて精神に異常を来たし、発狂死した者も多かった。


 イルマンは自身が蒔いた種とはいえ、二人の殺し合いにも等しい兄弟喧嘩に心を痛め、度々仲裁に入っていたが、双方とも譲歩せず微塵も反省せず仲が改善する兆しすらなかった。

 イルマンは悩んだ末に思い切ってテヘズとトマシュを切り離す方針を示すが、それが自らの死を決定づけ、王家最大の危機を招く事になる。


 470.4.22


 イルマンは心労で不調になった為、隠居の準備を整えてからテヘズとトマシュを切り離す計画を実行に移す。

 血筋の正当性からテヘズは王太子となり、先祖伝来の豪槍テランシャと王者の黒鎧を受け継いだ。トマシュはサズキャボ公爵家の当主を務める叔父の養子に入る事になるが、トマシュは叔父と妻子及び反対勢力を容赦無く殺して公爵家を乗っ取り、叔父とその妻子の死骸を使って人肉料理と髑髏の皿を作り、それをイルマンに送りつけて叛逆の狼煙とした。

 イルマンは激昂したが、側室勢力に寝返った主治医によって薬湯に猛毒を盛られ倒れた。イルマンが倒れたと同時に主治医は後難を恐れて自ら毒をあおって自殺したが、怒ったトマシュの母により主治医の九族は王族殺しの罪で皆殺しにされた。正室は側室勢力により茶会を襲撃され、参加者が皆殺しにされ、正室は親友の肉を使った人肉料理を食べさせられて正気を失い、側室勢力が用意した「楽になる薬」を飲む様に勧められて服毒死させられた。


 謀反を察知したテヘズは素早く動いたが、トマシュは更に素早く動き、一万八千人余りの罪人を放ってダヤッカス全体を撹乱し、その内にあって剛力の殺人愛好家達を放ってテヘズ派の重臣達の屋敷を襲撃させて火を放ち、大半を葬り去った。トマシュは邪魔者を次々と肉塊に変えながら宮殿の母の勢力と合流してダヤッカスを占拠。

 サズキャボ公爵家の精兵達とも合流して周辺地域を次々と制圧していき、テヘズの排除を徹底させるが、テヘズは町や村のあちこちで匿われ、トマシュに付いた兵の一部もテヘズを見て見ぬふりをしたので、テヘズは無事にダヤッカスの宮殿に侵入でき、そこで遺体と化した母の姿を見つけ、テヘズは己の力不足を悔いたが、側室勢力が遺体の処理に動いた為にテヘズは離れ、続いて地を張っていたイルマンを発見。

 イルマンは毒が全身に回って目が見えず、喋れなくなっていたが、雰囲気でテヘズだと感じたのか、王家正統の印とダヤッカスの王族脱出路の地図兼鍵を渡し、最後の力を振り絞って「生き延びろ…」とだけ言い、息を引き取った。

 テヘズは敵の気配を察知するや、悲しみを押し殺して王族脱出路に向けて身を潜めながら移動し、途中で側室勢力やトマシュ派に抗っていたラルヘド・クレンドンやトマシュの放った罪人達を吹き飛ばしていたジグラス・セルクェソンらと合流し、更にギスヴァジャ王国の実力者であるギロウ・ノスローア・タクルシャや側近のライガン・ベヤル、フィルノスローとの決戦で名を上げた勇士のマフガ、ヒリグス、タンザーロ、伯爵家の騎士であるカイト、サズキャボ公爵家の末裔であるマルツらとも合流してダヤッカスから脱出した。

 セルトンは混乱の中で罪人に攫われ、行方不明になった。

 

 470.4.22〜4.26


 正室の遺体を見たトマシュは王太后勢力に命じて丁重に葬る様に命じたが、王太后勢力にとっての主は王太后である為、トマシュの命令に従う必要無しと考え、正室の遺体を野焼きにして乱雑に葬った。

 調査によりテヘズの脱出に勘づいたトマシュは精鋭数人を連れて直感のままベヤセヌ郡に向けて猛進する。


 テヘズ達はベヤセヌ郡から舟を使ってギスヴァジャ地方東部に渡り、少し遅れてトマシュ達が到着し、馬とともに泳いでベヤセヌ川を強引に渡り、広く見て回ったがテヘズ達を見つけることはでなかった。

 テヘズ達はギスヴァジャ地方東部の丘下の町で副王バウベヤと子孫達が代々治めた先祖由来の地である、バウベの町にて匿われ、隠れていた。


 バウベの城はオヌガナの弟の孫でテヘズの親戚にあたるソルマ・ギスヴァージャ・バウベズが治めており、ソルマは少年期に親族交流の会でトマシュにいきなりボコボコにされて木のてっぺんに吊し上げられ、トマシュの取り巻き達に弓矢と投刀の標的にされた過去がある。抗議すればトマシュの母がソルマとその両親を論破してやり込め、突然現れた暴漢達によってソルマ達は拉致され、ソルマと両親は死ぬ寸前まで痛めつけられ、簀巻きにされてベヤセヌ川に乱雑に捨てられてもいる。

 この一件が原因でソルマ達バウベズ副王家はイルマンとの関わりを断ち、東部勢力が一斉に反旗を翻してイルマンを攻める。イルマンは事実を知らされないまま東部勢力に協定を反故にされたので、やむを得ずに応戦して撃退している。

 それ以来、ソルマは丘上の連中に関わりたがらずにいたが、トマシュが王位を継いだと喧伝したのを伝え聞くと、怒りが込み上げてなんとかして報復できないか思案していた。


 470.4.28〜5.16


 ギロウの折衝工作により、ドミとダラルがテヘズの両脇を固めてソルマと面会し、両者の利害が一致した事でテヘズは反攻の拠点を得る事ができた。ソルマはトマシュの異母弟のテヘズを評価していなかったが、トマシュに報復する協力者を得られた事で握手の手を力一杯握り締めつつもテヘズを厚遇した。

 ギロウは友の領地が近い事から、周辺領主に協力を呼びかけると、ギロウに恩義があった領主達は直ちに馳せ参じ反トマシュ勢力を形成した。

 ギロウは反トマシュ勢力召集の際に開かれた会議にて皆の前でテヘズに跪き、テヘズに終生忠誠を誓う儀式を行い、テヘズから許しを得ると、ギロウが忠誠を誓う程の者ならばと皆が揃ってテヘズに忠誠を誓った。ソルマの呼びかけもあってギスヴァジャ地方の東部の領主はほとんどがテヘズに付いた。テヘズとソルマは法整備の傍で農業生産力を高める為に荒地を開墾して食料増産を図る。これはトマシュが敷くであろう暴政で食いっぱぐれた流民が増えると予測し、できるだけ多くの流民を抱き込む為である。ドミは野盗に扮した部下達をトマシュ勢に潜り込ませて情報を集め、ダラルは兵を調練して内戦に備えた。


 470.5.12〜5.30


 トマシュはイルマンの葬儀を執り行い、トマシュの母はかつて正室だった存在をなかった事にし、王室最重要機密を守る一族を抹消して機密室の扉を毒で溶かし、ギスヴァジャ王室の歴史を改竄。サウゼンスとの婚姻も消去して失効させた。

 葬儀の翌日にはトマシュはギスヴァジャ王を名乗り、トマシュの母は王太后となった。トマシュは公然とサウゼンスとデルトムとの同盟を破棄し、デルトム東部に盗賊と傭兵くずれの大群を略奪に向かわせ、自らは一軍を率いてサウゼンス南部へと攻め込む。

 

 婚姻関係にあるはずのギスヴァジャが攻めてきた事でサウゼンス王のノルテニアは驚き、軽装の騎馬隊のみを引き連れてサウゼンス南部に急行し、トマシュ率いる蛮兵と罪人の混成部隊と交戦し、ノルテニアはトマシュに何の真似かと問うが、トマシュは「宣戦布告だ」とだけ言い、ノルテニアに覇王の剣を叩きつける。


 トマシュの鋭過ぎる太刀筋から本気で自分を討ち取ってサウゼンスを滅ぼすつもりである事を確信したノルテニアは、防戦の指揮をとって迎撃態勢を整え、民を避難させた。

 その間にもトマシュは怪力を遥かに超えた神力とも言うべき馬鹿力で覇王の剣を叩きつけ、ノルテニアの槍を粉砕したが、ノルテニアは折れた槍でトマシュの剣を捌き、その槍も折れると剣に持ち替えて切り結んだ。

 しかし、トマシュの覇王の剣は天下の名工を殺して奪った最高級の剣であり、ノルテニアのミスリル・ソードでは太刀打ちできなかった。


 手に持ったミスリル・ソードも砕けると、ノルテニアは「勝負は預けておく」と言って引き返そうとするが、トマシュは「逃がさん」と攻撃の手を緩めず、得物の無いノルテニアはトマシュの攻撃を避けながら距離を取るが、トマシュは岩を投げると、音速を超えた岩がノルテニアの愛馬の胴体をぶち抜き、ノルテニアを落馬させる。


 追撃の岩がノルテニアの両手足に迫っていたが、ノルテニアは直感で回避し、直後にトマシュが豪快かつ稲妻の様な速さで薙ぎ払い、ノルテニアがいた場所に覇王の剣が通過すると、物凄い風圧が周囲に吹き荒ぶ。

 ノルテニアは風圧で吹き飛ばされ、トマシュはノルテニアの着地地点を予測して岩を蹴り、直後に間合いを詰めて逆袈裟斬りをみまうが、ノルテニアはトマシュの覇王の剣の剣先に乗り、別の地点に着地して態勢を整える。


 その間にもサウゼンス軍が続々と集結して略奪と放火を続けるギスヴァジャ軍と交戦し、ノルテニアを死なせまいと修羅の形相で駆けつけるが、トマシュは「雑魚一人と遊んでいて物足りんと思っていたところだ、全員纏めてかかってこい、少しは楽しませろ」とサウゼンス軍を相手に「さっさと来い」と言わんばかりに言い放つ。

 サウゼンス軍兵は血気に逸りそうになるが、ノルテニアは「貴公一人に兵を無駄死にさせられん」と兵達を制止し、将兵達にはギスヴァジャ軍の撃退を優先させ、自身は専用の槍を受け取ってトマシュの相手を続ける。


 ノルテニアは本気でトマシュにかかるが、トマシュは余裕でノルテニアの槍を捌いていた。

 ノルテニアは終始劣勢を強いられ続けられながらも軍勢を指揮しており、優勢が確定した頃合いにてトマシュから距離をとって一騎打ちから離脱。

 ギスヴァジャ勢はサウゼンス軍の猛攻に押し切られ、ところどころで潰走を始めていた。トマシュは潰走する味方を見て不愉快そうにし、トマシュの軍勢を撃退した事で十分と判断したノルテニアは軍兵を纏めて引き上げる。

 

 トマシュは総崩れになった味方を見てこれ以上の略奪は無理と判断して撤退。後方で住民反乱が起きて補給が断たれた為、急いでギスヴァジャへと帰って行った。

 デルトム東部での略奪は盗賊達と協力してデルトム軍にゲリラ戦を仕掛け、足止めしている隙に村や町で徹底的に奪っていった。

デルトムはこの略奪で冬の備えを全て失い、デルトムの民はみるみる内に飢えていった。


 470.6.10〜9.3


 ノルテニアがサウゼンスに戻った後、彼を待っていたのは各地の反乱とケヘテリの侵攻と北方辺境の侵略、ラダミーアの協定破棄、ヤージカル帝国からの第三王女ルミエとの婚姻解消、ゴバル北部の召し上げの報告であった。

 しかし、ノルテニアは迅速に問題解決に駆け回り、電撃的な速さで各地の反乱を鎮圧してみせ、ゴバル北部に侵入したケヘテリ軍を撃退し、北方辺境の異民族を撃破し、代替わりしたラダミーア王の軍勢を破った。ヤージカル帝国に対しては裏付けが無かった上にルミエ自身がそれを強く否定し、ゴバル北部の召し上げはケヘテリとラダミーアが共謀した虚報であることが明らかになったので、ケヘテリとラダミーアには外交で強く抗議した。


 トマシュによってギスヴァジャとサウゼンスの同盟破棄が真実と分かると、常日頃からギスヴァジャの王太后勢力の目に余る言動と仕打ちに我慢の限界に達していたルミエは、この報告とトマシュの影で動いていた王太后勢力がイルマンと正室を毒殺し、王室の歴史から正室の名が消去された事を知り、ついに堪忍袋の緒が切れてしまう。ヤージカル帝王を継いだ兄に手紙を送り、トマシュと王太后勢力を牽制した。バウベズ王家を正す為にトマシュと対抗出来うるテヘズの行方を探し、ギスヴァジャの背後のフィルノスロー、サイラスと連絡をとって対トマシュ包囲網の布石を築いていく。


 トマシュの母は新たにギスヴァジャ王となったトマシュの名代として参り、ヤージカル帝国に多額の献金を行った。ヤージカル帝王のカマかけにも見事に対応して帝王をやり込めたが、トマシュを正式な王にする件ははぐらかされてしまった。

 

 472.3.5

 デルトムに疫病が大流行し、デルトム王ヤトルが病死。

 王太子も病死した為、ヤトルの末子のリハインハルがデルトム王を継ぐ。



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