フィルノスローの暴熊ヤテリとギスヴァジャの俊英ギロウ
北蛮大陸東北部フィルノスロー地方
ギスヴァジャ地方の南、ケェヌジラの北、デルトムの東、ソムトリケの北西に位置するこの地方は、四方を山に囲まれた天険の要塞であり、守りやすく攻め難い地方。デルトム方面は大河、ケェヌジラ方面は山脈と桟道、ソムトリケ方面は山脈と奈落、ギスヴァジャ方面は山脈と比較的広い山道と攻め難いが、ギスヴァジャ方面とデルトム方面からは比較的攻めやすい。地方の内側は動きやすい地形。
地方北東部のフィルシム郡にフィルシム湖があり、そこからソムトリケに向かって流れるノスワヤ川があり、それらの水源と肥沃な土地が特産畑を育んでいる。
首都はフィルシム郡の南に位置するネルフィル郡にあるネルファシア城塞都市。
地方西部にはデルトム東部にも流れる大河があり、そちらは漁業が盛んで漁師町もある。
地方北部と地方東部は鉱山が複数あり、大量の石炭と鉄鉱石がとれる他、地方最南部は森林地帯であり、木材もよく取れる。
親戚国であるノスローに似て鍛治技術が発達しており、高水準の鍛治技術で製作された鉄鋼武具や農具が販売されている。
なお、武具や農具は交易商人によりギスヴァジャ地方やデルトム地方、ソムトリケ地方に流通する。
442.6.18
ギスヴァジャの王太子イルマン・ギスヴァージャ・バウベズとの戦で辛勝したものの、リジイン家が特権を条件に降伏を申し出てきたので、ギスヴァジャ地方南部の商業都市リジインドの占拠に成功したフィルノスロー王は、戦後処理もそこそこにネルファシア郡へ帰還。
ネルファシア城塞都市の診療所にてヤテリ・デルトーア・フィルシムが生まれた。母はデルトム王ヤトルの妹。非常に体格が大きい赤子だったので古の豪傑ヤトウに肖ってヤテリと名付けられた。
442.12.9
フィルノスローの傘下に入っていたリジインドがギスヴァジャに寝返ったが、フィルノスローは国境の豪雪で身動きが取れず。
457.10.3
フィルノスロー王は王太子のヤテリと共に湯治場に出かけて湯治に勤しんでいたが、盗賊に襲われる。
盗賊はヤテリと王を人質または殺害を目論んでいたが、ヤテリはブチ切れて張り手一発で盗賊の上半身を粉砕して倒した。
盗賊は七人一斉に襲いかかったが、ヤテリは気声を挙げて暴れ、素手で七人の盗賊を瞬時に倒してしまった。
458.3.21〜3.23
フィルノスロー王率いる正規軍がソムトリケ方面で反乱を起こした在地領主の討伐の為に出撃し、ヤテリはネルファシア城塞都市の留守居役を任された。先日の報復の為に集結した盗賊三百人がネルファシア城塞都市の門前に集結してヤテリを呼び出し、ヤテリは大薙刀を手に単身で盗賊の元に突っ込んでいった。
ヤテリは大薙刀を縦横無尽に振り回して先頭の盗賊を馬ごと両断すると、続けて二人、三人、四人と両断していく。
ヤテリは猛獣の雄叫びの如き気声をあげながら大暴れし、盗賊達は「なんだこのとんでもない豪傑は!?あれが王太子だというのか!?」と驚愕した。
その間にも城塞都市からヤテリの援護に弓矢が降り注ぎ、盗賊達は見る見るうちに数を減らしていく。
ヤテリの手がつけられない大暴れに盗賊達はすっかり戦意を喪失してしまい、ヤテリが盗賊の頭を討ち取ると、盗賊達はさっさと降参してしまった。
この一件でヤテリは「フィルノスローの暴熊」の異名を取り、盗賊やヤクザは鳴りを潜めるようになったという。
盗賊討伐の後、絶対儲かる商売があるとケェヌジラから来た商人に持ちかけられるが、ヤテリは財務官のオードムに問い、計算の末に問題がないと判断されたので投資した。
458.6.4
商人はヤテリから投資された元手を使って価格が暴落したケェヌジラの穀物を買えるだけ買い、食糧不足に陥ったデルトムで売り捌き、デルトムで増えた元手で特産品の炭薪や塗料を買えるだけ買い、それをフィルノスローのフィルシムで売り捌いて利益を得た。商人はフィルシムで岩塩や調味料と鉄製農具一式と荷車を購入してケェヌジラで売り捌き、再びケェヌジラで残った大量の穀物と薬草と香辛料を購入し、反乱討伐で何かと物入りなフィルノスローでどうにか捌き、商売に成功した商人から投資金の5倍が支払われた。
生活必需品が揃った事で相場が安定し、民の生活も安定したのを高く評価したヤテリは、オードムを財務長官に昇格させた。
オードムの進言に従いケェヌジラとの交易で来年分までの食料の備えを蓄える事にも成功したヤテリは、ちょっとした祭りを開いて貧困民に余った食料を調理して振る舞った。
459.1.8
ギスヴァジャ王イルマンの調略により、リジインドが再びフィルノスローからギスヴァジャに乗り換える。
459.4.20〜5.2
ゴバル諸勢力が大量の傭兵を雇ってサウゼンス王を討ち取ったという噂はゴバル諸勢力の間者が流しており、二日も経たずにフィルノスローにも伝わった。
ゴバル諸勢力の使者はフィルノスロー王と交渉しており、訝しむフィルノスロー王に対してゴバル諸勢力は山積みの銀塊を見せると、フィルノスロー王の態度は一変し、ギスヴァジャの背後を突くと返答する。
ヤテリは迅速にリジインドに攻め入るべきと言い、二千の先陣を率いて出撃し、本隊はフィルノスロー王が一万の軍勢を率いて出撃した。
ヤテリ率いる先陣は疾走し、速やかにギジルム山脈を越えてリジインドに近いヒエガリオ郡に迫るが、そこにはギスヴァジャ軍の将のなかで若き俊英と持て囃されるギロウ・ノスローア・タクルシャがフィルノスロー軍の動きを察知して先に陣を構えていた。
ギロウ率いる手勢は千二百、ヤテリは兵数が若干有利とみるや隊列を整えてから一当たりする。
ヤテリは猛攻を仕掛けるがギロウは兵を自在に動かし水の様に陣形を変化させながらヤテリの攻撃を受け流し、反対にフィルノスロー軍に損害を与える。
ヤテリは綻びを見つけて一点突破しようとするも、次の瞬間には隙がなくなっており、攻め口を探そうにも出来ず、暴れれば敵兵が避けて守りを固めてしまうので思う様に暴れることが出来ない。
ヤテリはやり難い相手と感じてこれ以上の攻撃を控え、後退していく。
並の将であればギロウは追撃を仕掛けて伏兵と挟撃したが、ヤテリの猛獣の様な戦い方をよく観察し、追撃を取りやめた。
ヤテリは挑発して釣り出す作戦に出たが、ギロウは相手の心理を読んだ上で挑発に乗らず、反対にヤテリを挑発したが、ヤテリは前回の手応えからぐっと堪える。反論しようにも口でもギロウに勝てる気がしなかった為に引き下がらざるを得なかった。
ギロウは敢えて追撃せずに様子を見た。
ヤテリは挑発を諦め、草罠を設置する作戦に移るが、ギロウによって整地されて防がれ、ギロウは牧草が不自然に刈り取られている事に疑問を抱き、ヤテリが立てるであろう次の作戦を予測した。
ヤテリは騎馬隊による一撃離脱を敢行するが、これもギロウのたてた砂埃と煙によって馬が立ち止まってしまった。煙の向こうから弓矢が放たれ、動きを止めた騎馬隊に矢が降り注ぎ、次々と落馬しては討ち取られていく。裏をかかれたヤテリは弓隊を蹴散らそうとするが、煙の向こうは対騎馬陣形で身を固めた部隊が突撃を待ち構えており、ヤテリは本能的に危険を察知して退却を指示した。
一撃離脱のつもりが騎馬隊は機動力を封殺されて矢の餌食、歩兵隊はギロウ隊の扱う長大な長槍による槍衾戦法で攻撃が届かず、一方的に槍で突かれて損害が出た為、ヤテリは相手が一枚上手であると認めざるを得ずに作戦を練り直す事にした。
ヤテリは火矢を打ち込む作戦に出るが、ギロウはこれを逆手にとってヤテリを誘い込もうとしたが、ヤテリはギロウの防策の動きがギリギリで対応できる程度であった事に違和感を感じて作戦を中止し、ギロウは種明かしをしてヤテリの直感が正しかった事を称えると同時にヤテリを挑発した。
ヤテリはギロウを無視して通過する作戦を思いついたが、土地が不案内である為、作戦を保留し、父が来るまで設営した陣で休息を取ることにした。
459.5.3〜5.21
フィルノスロー本隊が到着し、ヤテリは先走って痛い目にあった事を父に謝罪したが、フィルノスロー王はむしろギロウを相手に無理攻めをしなかった事を褒めた。
フィルノスロー王は散々煮湯を飲まされた相手の子息が相手とあって備えは万全にしており、見張りを徹底してギロウに付け入る隙を与えなかった。
ギロウは奇襲で疲労の見える本隊を撹乱する作戦を取るが、フィルノスロー王は伏兵を用いて防ぎ、ギロウは煙玉を用いて撹乱したが効果は薄かった。ギロウはその日の夜には陣を引き払って防衛線を下げた。
フィルノスロー軍は攻撃に移ろうとするが、斥候によりギロウの陣がもぬけの殻になり、伏兵も居ないと報告があったので戦線を押し上げる。ギロウはわざと山まで陣を下げた為、フィルノスロー王は狭い山道に大軍を送るわけにはいかずに勇士を選抜して死地の突破を図った。
ギロウは岩陰に磁石を置いて勇士達の動きを鈍らせたが、歴戦の勇士達はそれをものともしなかった。しかし、登り坂に逆光を利用したギロウの巧妙な罠にかかり、フィルノスロー軍の勇士達は泥の段差に気づかずに滑り、動きを止めて渋滞を起こしたところを高台から弓の連射が放たれて悉くが負傷し退却した。
フィルノスロー王はギロウの動きを見て本陣奇襲を察知し、ギロウはフィルノスロー軍の動きを見て奇襲を中止した。
フィルノスロー王は追撃させるが、迷路の様な獣道に惑わされて失敗。ギロウは抜け道に工作したので、フィルノスロー軍はそれに引っかかって注意を逸らされてしまい、肝心な道を見落としてしまったものの、物見の念入りな調査により看破される。
フィルノスロー王はギロウの背後を突く作戦を立てるが、ギロウの対策により反撃にあって失敗した。
ヤテリも正面突破を試みるが、狭い道での戦いでは勇戦を続けなければ突破出来ない。しかし、登り坂に泥の急斜面、さらにギスヴァジャ兵が猛者揃いであるためにヤテリの怪力を以ってしてもなかなか抜けない。ヤテリは一か八かの賭けに出て捨て身で猛進し、斜面を飛び越え、ギスヴァジャ兵を踏み台にして突破したが、ヤテリは敵中で孤立。しかし、ヤテリはギスヴァジャ兵のわずかな動揺を見逃さずに大暴れし、後続の勇士達も速やかに猛攻に移る。
だが、ギロウの指揮によりギスヴァジャ兵は九つの隊伍を組んで一塊になり、ヤテリに向かって猛突撃を仕掛ける。逆落としからの面攻撃を食らったヤテリは怪力で受け止めたが、ジリジリと押され始めた途端に押されまくり、結局は山道の入り口まで押し戻された。
勇士達もヤテリと共に押し戻され、その日は皆が疲労困憊で引き返さざるをえなかった。ギロウはヤテリが配置したであろう伏兵を看破して追撃をしなかった。しかし、これはヤテリなりのギロウへの挑発の応酬だった。
翌日にはサウゼンス地方から引き返してきたギスヴァジャ王イルマンの本隊が到着し、イルマンから決戦か講和かを問う使者が遣わされた。
フィルノスロー王は予定していた決戦場を確保できなかったので、地の利がなく決戦は不利。されど戦わずして退けばリジインドに手を出すことは叶わなくなるとして決戦方式を勇士達による一騎打ちの勝ち抜き五本勝負と定めた。
イルマンはフィルノスロー王の決戦方式を承諾し、互いの勇士達を揃えて決戦場をギロウが布陣していた高地とした。
フィルノスロー側にはヤテリの姿があり、他にも武闘会で優勝候補のルエダン、ガハリク、テシン、リマーロの姿があり、ギスヴァジャ側にはイルマンとギロウ、マフガ、ヒリグス、タンザーロの姿があった。
互いの勇士達ということで実力がほぼ拮抗しており、戦いは熾烈を極めた。先鋒のルエダンとヒリグスは140合打ち合ってルエダンが勝利し、フィルノスロー側の将兵は歓声に湧いた。
次はギスヴァジャ軍の次鋒のタンザーロが勝ち、今度はギスヴァジャ軍将兵が大いに歓声を送り、太鼓を鳴り響かせた。
しかし、タンザーロは70合余り打ち合ってフィルノスロー軍次鋒のガハリクに敗北。今度はフィルノスロー軍将兵が歓声を上げ、太鼓と銅鑼を鳴り響かせる。
ガハリクは中堅のマフガに敗れ、マフガは100合余り打ち合って中堅のテシンに敗れ、テシンは副将のギロウに一合で瞬時に敗れ、副将のリマーロもギロウには僅か3合で敗れた。
ギスヴァジャ軍将兵の大歓声とギロウを推す声が止まず、太鼓と銅鑼が鳴り響いていたが、ヤテリが出た瞬間にフィルノスロー軍将兵から物凄い歓声があがり、熱烈な「フィルノスローの暴熊ヤテリ様」のコールが響き、フィルノスロー軍将兵が叩く太鼓が連打される。
大将のヤテリはギロウと相対した瞬間、場が緊迫感に包まれた。
「こやつ、一分の隙もない…!」
「なかなか出来る…!僕も本気でいきましょうか」
初撃を打ち合った瞬間、互いの手応えを感じ取った両者は強敵と認め合った。
右、左、右と瞬時に繰り出されるギロウの槍をヤテリは直感で捌き、返しに鋭い突きを繰り出すがギロウに捌かれ、連続で突きを繰り出すが、全てギロウにかわされ、反撃の鋭い連続突きがヤテリに襲いかかるが、全てかわす。
両者の戦いは凄まじく、フィルノスロー軍将兵とギスヴァジャ軍将兵が互いにヤテリとギロウを応援し、フィルノスロー王とギスヴァジャ王イルマンは固唾を飲んで両者の戦いを見守った。200合余り打ち合っても勝負がつかず、両者は途中で休憩を挟み、陽が落ちて辺りが暗くなっても、既に闘志に火がついたヤテリは勝負をやめず、篝火を焚いてまで戦い続けた。だが、300合以上打ち合った頃には両者の疲れがピークに達し、互いに決め手を繰り出す瞬間を狙っていた。
ギロウが計算に僅かな隙を見せた瞬間、ヤテリは勝機とばかりに必殺の突きを繰り出し、槍がギロウの胴体めがけて伸びるが、ギロウは槍を地面に突き出して上に舞い、ヤテリの突きを回避し、遠心力をつけて渾身の斬撃を叩きつけるが、ヤテリはすぐに防御。
しかし、次の瞬間にはギロウはヤテリの槍に着地してヤテリの首筋に槍の刃を当てた為、ヤテリは負けを認めギロウはヤテリの槍の上に乗ったまま勝利した。
直後にはフィルノスロー軍将兵とギスヴァジャ軍将兵の両方から
両者を称える歓声が響き渡り、負けたはずのヤテリは妙に清々しい気分になり、ギロウもヤテリに「勝てたのは奇跡だった」と答えて互いに礼を尽くした。
イルマンは自分と同じ匂いがするヤテリと戦ってみたいと武者震いをしながら待っていたが、ギロウが勝利した為に肩透かしを喰らう。
イルマンは決戦に勝てたので良しとし、戦功第一としてギロウが称され、ギロウは雑号の将官から準護国将軍に昇進し、リジインドに近いヒエガリオ郡を加増された。勇士達もそれぞれが昇進した。
フィルノスロー王は決戦の負けよりもヤテリを心配し、勇士達の奮闘も称えてそれぞれが団長に昇進した。
フィルノスローとギスヴァジャはその場で講和を結び、互いに条件を付けなかったのですんなりと和議がまとまり、しばらくは国境が穏やかになった。
459.8.17
ゴバル諸勢力が壊滅し、サウゼンスの若き王ノルテニアが「北都の戦鬼」と呼ばれる様になると、ヤテリは同年代の若き王に敵愾心を抱くと同時に興味を持ち、ギロウを介してサウゼンス王家に手紙を送ったが、ノルテニアからの返答はなかった。




