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東ギスヴァジャの温泉〜ノルキャボ高原の戦い

 480.9.9〜10.3

 ギスヴァジャ地方に群発地震が起き、地方東部に地盤隆起と噴煙が発生。ギスヴァジャ地方の丘下では溶岩とガスが確認された為に複数の鉱山が緊急閉鎖され、収穫前のフルーツマツ(冬に果実をつける松)やタカマナナ(ヤシの木に似た冬バナナ)などが被害にあったが、灰根菜畑(火山灰に埋もれると茎や葉が枯れる代わりに根がぶっとく太って育つ不思議な根菜。牛蒡に近い)は豊作になった。噴煙の被害はサウゼンス、ラダミーアにまで及んだ。バウベ北東部以東、東果ギスヴァジャ以西の高地が若干盛り上がった他、サイラス湾の底にとてつもなく深い海峡が形成され、津波が発生。沿岸部全域に被害が及ぶ。

 津波の被害でヘカディロの重鎮が行方不明になり、開戦理由を欲していたヘカディロの司教がこれをサイラスの陰謀として処理し臣民を扇動。司教は教皇を言いくるめたが、教皇は自然災害とサイラスの手強さを理由に司教に慎重になる様に説得するが、司教は味方派閥と共に教皇に強烈な同調圧力をかけたが、教皇は同意しなかった。

 10月の初めにヘカディロ教皇が暗殺され、司教が強引に教皇となり、臣民を大いに扇動してサイラス王国に侵攻した。事前に情報を得て迎撃準備が整っていたサイラス王は東ギスヴァジャ王国に援軍を要請して軍勢を頂戴しようとするも、テヘズに「援軍なら前から差し向けている、それで十分にヘカディロを撃退できよう(我が手の者が万人の軍勢に等しい情報を流してやったのに、これ以上手を貸す必要があるのか?)」と答えてやんわりと断った。テヘズの言に何かを察したサイラス王は背筋が凍る思いをしたという。

 


 480.9.12〜12.8

 東ギスヴァジャ王テヘズは地震の被害にあった家族を慰撫してまわり、必要な物を融通。冬が越せる様に民衆を保護した。

 震災で国庫が悲鳴をあげていたので、テヘズをはじめ臣下達も質素倹約に務めることになったが、ギスヴァジャ王国の東西分裂時の困窮や凶作続きに大寒波、飢饉などを経験している臣下達は文句を言わずに淡々と努めたが、そうでない者達の半数近くは不満を訴えた。

 しかし、テヘズ自らのみならず王族や重鎮など、高官達も僅かな粗食に感謝し素朴な味を楽しんでいたので、それを毎日見ていた者達は不満を口にせず堪え続けた。

 

 481.1.2〜25

 ギロウとソルマ、ネシェが国庫を精査し、杜撰な帳簿の山を閲覧しても上から下まで綺麗にまとめて一切の計算違いも無い程の神算を持つネシェは倹約の効果が出ている事を確認し、予算の捻出見込みも纏めてテヘズに報告した。

 ちなみに約二日でギロウとソルマは一週間分の仕事を終えたのに対し、ネシェは半年分の仕事を終えていた上に実家の書記の手伝いもしていた。ネシェの縦横無尽の活躍にギロウとソルマは力不足と文官不足を痛感した。

 流民確保と凶作と大寒波に備えて毎年開墾・研究に勤しんでいた畑や果樹園から冬の収穫があって大量の食料が確保されると、テヘズはささやかな宴を開き、質素倹約に勤めてくれる臣民や商人達を労った。

 


 481.2.6〜7.13

 バウベ郡北東部で岩盤を穿ち、用水路となる溝を形成し、耳の良い者と坑夫達が地下水脈がある見込みが高い地を突き止め、穴掘り師達が掘削作業に移る。

 だが、用水路に近い新たな畑にする予定の土地の整地中、岩盤を割ると同時に地下から水が噴き出した。…どうやら別の地下水脈を掘り当ててしまったらしい。


 「熱っい!テヘズ様、これでは畑にできそうにないですぜ」

 「…仕方がない、この周辺は畑の予定から外し外周の区画を新たに開墾する故、一旦作業を中止して休憩に入れ」


 農夫の言にテヘズは噴き出す水を見ながら農夫達に休憩に入る様に指示する。


 「………」


 テヘズは水を暫し見てから近づき、その水に触れた。


 「…臭くて熱いな、…そして塩に近い。これでは井戸にもならんか…、いや…これは使えるやもしれん」


 テヘズは熱い水を熱心に触れながら周りの地形を見回して何やら思考を巡らせている。これはテヘズの昔からの癖で思わぬ何かが出た時に資源としてそれを生かした施設を作ってしまうのである。

 ちなみに今回の視察及び調査の過程で2月6日から17日にはバウベ東北部にある丘上の作物の育たない土地の調査をしていたところ、石炭と鉄鉱石が豊富な事に気づき、炭鉱および鉱石採掘場を設けた。19日〜27日にはその周辺にある水源の付近にある小さな集落に手隙の鍛冶屋を移住させ複数の鍛治屋を構築した。後に東ギスヴァジャ王国の鉄器はここで生産される事になり、バウベ東北の鉱山街、鍛冶村として後世まで栄える事になる。28日〜翌3月15日にかけて街道の整備と案内柱、街路樹の設置を行って交通の円滑化を図り、17日から翌4月20日にはバウベ東部の畑の生育状態や土壌調査及び新畑開墾・果樹園拡張なども行い、バウベに拠点を移して以来の長期開発計画を地道に進めてきていた。

 6月10日にはバウベ東部のバウベ新城周辺の新区画開発に取り掛かり、さまざまな問題に当たっては解決の兆しを見出してを繰り返し、今回の熱湯出現に至る。テヘズは己の身体を使い、熱湯で身体を洗う事数度、ヤージカルを訪れた際に目にした施設を参考に何かを閃いたテヘズは、部下達に命じて熱湯水源から低地にある貯水地予定地の方向に流れる様に小さい水路を掘り、貯水地予定地に熱湯が流れて貯まるように仕向け、排水は近くを流れる排水路に流れる様にも仕向けた。

 次に熱湯が流れて貯まる貯水地予定地の床をギスヴァジャの狂った職人達が加工した綺麗な石材で敷き詰め、熱湯が溢れてしまわない様に大小さまざまな石材と土砂で囲いを作った。

 「私がこの様な真似をするのに何か疑問はないか?」

 テヘズの突然の問いに従者達は各々「祭礼」「利水」「道楽」などの答えを言うが、テヘズは「どれもこれも答えではあるが、違う」とだけ言うと、従者達は次の答えを各々言うが、正解者はいなかった。ギロウが「これで人々を癒やし、名所にもなって我らの衛生事情も改善されますな」とだけ答えると、従者達は何かを思い至ったかの様に正解を出すと、テヘズは微笑んだという。

 後にギスヴァジャが湯治に適した源泉が多いことが明らかとなり、東ギスヴァジャ王国内では多くの湯治場が建設された。この時代に領内のほぼ全ての集落で本格的な湯治場があるのは東ギスヴァジャ王国のみで、フィルノスロー地方は北部に数箇所、ケヘテリ地方も北部に二、三箇所程度あったが、他の地方では源泉はあれども貴族やゆかりのある一族もしくは集落が占領してそのまま利用するのみで、湯治場を築くまでには至らなかったらしい。ギスヴァジャ地方、フィルノスロー地方北部、ケヘテリ地方北部以外で源泉が発見されて湯治場が建設されるようになったのはかなり後の時代になってからである…。

 フィルノスロー地方、ケヘテリ地方の湯治場は場所によっては制限が厳しかったりするらしいが、東ギスヴァジャ王国ではテヘズの制定した法律により、身分に関係なく誰もが湯治場を利用でき、入浴する前に必ず温水で身体を洗う事が決められ、毎日決まった刻限には排水溝が開かれて皆で清掃する事も決められた。

 温泉好きな東ギスヴァジャ王国の人々は他の地方の民と比べて衛生や健康面でも上であり、並ならぬ頑健さと強さを持っていたので、傭兵としての価値が高かったといわれる。

 国内のみならず他国出身の囚人や奴隷ですらも十分な食事(ギスヴァジャの人々は働く為にたらふく美味いものを食べる文化である為、大食いが多い。その基準で最低限の食事量といってもかなりの量がある…)と休息(テヘズの制定した法律に「戦時中以外は明日の為にも日頃の休息と湯治は十分にとり、清潔にして疲労を残さないこと」とあり、ギスヴァジャの人々は日頃の睡眠時間が長い傾向にある。その分、体力仕事は得意で他の地方の人々の倍は働く。もっとも…戦では戦闘狂または狂戦士になって働き過ぎることも多いが…)、湯治は絶対に保証されたらしく、他国の囚人や奴隷達が荒み痩せ細っているのに対し、ギスヴァジャの囚人や奴隷達は健康そのものであった。

 

 ちなみにテヘズが最初に築いた湯治場は「ギスヴァジャの源泉」別名「テヘズの温泉」「バウベの秘湯」ともいわれるようになり、テヘズの存命中は源泉の熱湯量増加の為、拡張工事がなされて大衆湯治場も本格的に設置され、周辺集落の貴族達や庶民達が家族で湯治に訪れた記録が多く残り、テヘズが家族で利用した記録も残る。ラヴォジ政権中もその家族が湯治に訪れた記録があり、後世には更なる拡張がなされて地方のみならず大陸にも隠れなき名所になり、三千年経っても源泉は枯れなかったので歴史遺産になったという。



 483.1.3〜18

 西ギスヴァジャ王国の王太后デリア・リジインが死去。遺言により葬儀はダヤッカスで行われたが、彼女の出身地であるリジインドでも行われた。

 ダヤッカスでは数千人に及ぶ参列者があり、それぞれがデリアの死を悼んだ。

 ダヤッカスの葬儀はトマシュが喪主として葬儀を取り仕切ったが、ほとんどの者はトマシュを見て溜め息を吐き、ドルフ達を見て首を振った。

 中には「デリア様は素晴らしかったが、デリア様の子と孫には失望した」と言う者も居り、デリアに仕えていた者達はそれを聞いて「我らの生きる意味は失った、我らもデリア様の後を追うとしよう」と言って次々と殉死したという。西ギスヴァジャ王国を支えていた影響力の大きい人物が殉死していた為、その人物に仕えていた人物達はほぼ全てが西ギスヴァジャ王国から去っていった。

 リジインドに赴いていたラオスはデリアの死後の事を想定してさまざまな手を打っていたが、デリアに心酔している者達を抑える事はできず、去っていく彼らを止めることはできなかった。

 ラオスは粘り強く説得を試みたが、ほとんどの者は「故郷を離れて新たな主君を探す」と聞く耳を持たなかった。それでもなんとか末端の若手数名を引き留める事には成功した。

 しかし、西ギスヴァジャ王国を運営する重要な人材が一気に抜けたので、その分の負担が宰相のラオスとメテルスに一気にのしかかった。

 ラオスは王国に更なる多難が襲いかかる事を憂う余り気が遠くなり、身体の不調を気にする余裕すら失うことになるが、意外とラオスの負担を減らしたのは執権のメテルスであった…。

 そのメテルスもデリア死後の重鎮殉死に伴う大量の人材流出による人材不足の深刻さを認識して王国の先行きに焦りを覚え、これまでの我の強い態度を一変させる。長年いがみ合ってきた同族庶流のミシャンや見下していた他の庶流の者達や他の家門の者達とも和解して協調すらするようにもなった。

 さらに空位になった要職に誰を付けるのかを厳選するようになり、独自にではあるが人材の調査・確保にも動く事になったという。



 

 483.2.4〜16

 デリアの死は西ギスヴァジャ王国の行政機能を著しく鈍らせたが、ラオスとメテルスとミシャンが複数の要職を兼ねる事で応急処置的には行政機能を回復させる事には成功し、トマシュ自身もどうにか政治を見る様になって守りだけは固められる程度にはなった。

 トマシュの直属の部下達もトマシュ自身の変化などを通じてデリアの死の影響の大きさを敏感に感じ取り、これまでは軍務のみに注力していた者達がダヤッカスの図書館に通う様になり、少しずつ勉学に励む様になった。

 賊上がり、罪人上がりの多いトマシュ派の兵達は半数近くが老齢となり、腰と膝の不調で動きが鈍くなってきたので現役から引退。

 トマシュは引退した者達に労いと感謝の意を伝え、僅かではあるが退職金も上乗せして渡したという。

 老兵達は後進達にトマシュを守る様に頼んでから去り、それぞれが隠居先で数年後に没したという。

 トマシュは新たに兵を雇用し直し、雇用した並外れた体躯を持つ不敵な面構えをした若い兵がトマシュに喧嘩をふっかけてきたので、トマシュはその若い兵をボコボコにした上に何度も地面に叩きつけて力の差を見せつけたが、若い兵は負けを認めずに何度も果敢に立ち向かった為、トマシュに気に入られた。その若い兵の名はチソモワといった。

 後にチソモワは武功をあげて武名を轟かせ、戦闘狂の修羅達がひしめき合う西ギスヴァジャ王国でも屈指の猛将に数えられる程の武勇を持つ武将となる。


 

 483.3.8〜17

 デリアの死の混乱を突く形で東ギスヴァジャのテヘズが動員令を発し、サウゼンスと共同でノルキャボを攻撃。ラオスが構築したノルキャボ高原の関所と予め配置していた防衛部隊は堅守に努めてサウゼンス軍と東ギスヴァジャ軍を足止めし、トマシュ達が援軍に訪れるまで守り抜いた。

 これには先日雇用されたチソモワが奮闘したのが大きい。彼はサウゼンス軍の先鋒である騎将エルゲンを見るや一目散に駆けていき、渾身の力を込めた一撃必殺を放つ。エルゲンも迫ってくるチソモワに対して渾身の力で迎え撃つ。

 両者の得物が激突し、戦場にとんでもない衝撃が走る。

 チソモワの一撃必殺を受け止めたエルゲンはその衝撃の凄まじさから只者ではない事を感じ取り「何奴!?」と叫ぶや、エルゲンの迎撃の衝撃の凄まじさに闘争心が刺激されたチソモワは「俺様はこれから最強の武将になるチソモワだ!初陣の手向けにお前の首を取って初手柄にしてやらぁ!」と大喝し、エルゲンは「俺は大陸最強の武将となるエルゲンだ!あべこべに貴様を討ち取ってくれる!」と大喝しかえすと「うおぉぉぉぉ!!!」「ぬおぉぉぉぉ!!!」両者とも咆哮し気迫とともに激しく打ち合った。

 チソモワの怪力から繰り出される戟とエルゲンの怪力から繰り出される大斧が激しくぶつかり合う度に凄まじい衝撃が走り、両者の猛獣の様な咆哮が戦場を震わせる。

 西ギスヴァジャ軍の太鼓台から盛んに戦太鼓が打ち鳴らされ、チソモワを鼓舞するのに対してサウゼンス軍からも戦太鼓が打ち鳴らされ軍楽隊がエルゲンを鼓舞する。

 遠くから自軍が足止めされている状況を確認したノルテニアが得物を持ち、メジェドとウレムザと共に前線に駆けていくと同時に東ギスヴァジャのテヘズとギロウも前線に向かった。

 サウゼンスでも屈指の猛将と名高いエルゲンを相手に一騎打ちで互角に渡り合うチソモワの姿に東ギスヴァジャ、サウゼンス連合の戦意は高揚し、彼らの勝負を見ようと前線に集まっていったのである。

 特に東ギスヴァジャのタクルシャ親子とセルクェソン家はこういった勝負に飢えていたといわれる。

 しかし、これはテヘズの仕込んだ釣り餌であり、これにトマシュが食い付いてくるのを彼は待っていた。


 チソモワとエルゲンの勝負は二百合打ち合っても勝負がつかず、やがて西ギスヴァジャ軍のトマシュが援軍に訪れたので勝負は引き分けになった。

 トマシュはチソモワを引き下がらせ、エルゲンとその愛馬をひと睨みで無意識の内に後退りさせると、西ギスヴァジャ軍から戦太鼓が激しく打ち鳴らされて歓声が上がった。

 トマシュのとんでもない威圧感にエルゲンは全身から冷や汗が吹き出し、愛馬は恐怖で後退。エルゲンは目の前の存在がとても敵わない相手と悟るや、馬の腹を蹴って瞬く間に自陣に逃げ帰り、それを見たサウゼンス軍の将兵は全員が足を止めた。

 しかし、東ギスヴァジャ軍はトマシュの威圧感を浴びても動じない。むしろ思いっきり暴れられる機会と見て将兵ともに闘志を漲らせている。東西ギスヴァジャ軍の軍楽隊がゆっくりと強烈に戦太鼓を打ち鳴らすと、東西ギスヴァジャ軍の将兵全員の戦闘狂の血が滾り、とてつもない闘志が戦場に満ちていく…。


 「国王陛下、先鋒はこのダラルにお任せ下され!瞬く間に道を切り開いてご覧にいれますぜ!」


 得物の大金棒を旋風の様に振り回し、興奮で鼻息が荒くなったダラルが先鋒を買って出る。トマシュ相手に誰が先鋒になるかで口論になっていたが、ダラルの一声で皆が納得して先鋒が決まった。

 

 「ダラル、くれぐれも義兄殿とはまともにぶつかるなよ」

 「はっは!もしトマシュ殿に出会ったら一撃ぶちかましてから逃げますんで安心を!」


 テヘズはダラルの剛勇ではトマシュには勝てない事を熟知して釘を刺すが、ダラルは豪快に言い放つ。


 「ギロウ、次鋒を任せる」

 「おう!ギロウ殿なら心強い!ささっ、共に行こうぜ!」

 「…やれやれ、たまにお前の性格が羨ましくなるよ」


 テヘズはギロウに「ダラルの手綱を握れ」とばかりに次鋒に任じ、ダラルはまた豪快に笑っていたが、ギロウはこれからダラルがしでかすであろう無茶とその後のテヘズがやる無茶を思い浮かべて胃が痛くなるのを感じた。

 

 少しの睨み合いの後、東西ギスヴァジャ軍の軍楽隊が同時に開戦の太鼓と銅鑼を打ち鳴らすと、両軍とも猛り狂ったかの様な雄叫びをあげて突進し、激突した。

 真っ先に突っ込んでいったのは東ギスヴァジャ王国のセルクェソン公爵家当主ダラル・セルクェソンである。彼は西ギスヴァジャ軍兵を大金棒の一振りで十人単位を吹き飛ばしながら突っ込んでいき、トマシュの本陣への道を切り開く。それに続くはタクルシャ家当主ギロウ・ノスローア・タクルシャである。

 しかし、西ギスヴァジャ正規軍の将兵は最強の精鋭で、如何にダラルが無双の剛勇の持ち主でも抜く事は困難である。そこでギロウは脆い部分を見つけてさりげなくダラルを誘導し続け、西ギスヴァジャ軍の陣形を切り刻むかの様に進み、反転して一気に突破し敵陣形を崩すなど奮闘していた。

 ミシャンは想定通りに動く東ギスヴァジャ軍に違和感を覚え、攻撃を仕掛けて何かを探ろうとするが、テヘズはミシャンが別の動きをしてくるのを察知して密かにククドンを向かわせる。

 ミシャンの攻撃はククドンに防がれ、分断作戦はギロウに利用されて破算したが、トマシュの直属部隊が持ち直した。ミシャンはテヘズの敷いている陣形がどの陣形にも該当しないので苦悩し、どこを攻撃しても対応され、矢はほぼ無駄撃ちにされ、火矢を撃ち込む事もできない。攻撃を受けると必ず打撃を受け、守備に回れば空振りになる。どこが前でどこが側面でどこが背後かもわからず、どこが攻撃されるのかがわからないので対応は直感に頼るしかなかった。

 トマシュの直属部隊もテヘズの敷いている陣の厄介さは嫌というほど知っているので、突撃しても決して深入りはしなかった。


 激闘は早朝から夕方まで続き、東西ギスヴァジャ軍の将兵はほぼ全員が修羅の形相で狂ったかの様に戦い、戦場全体で尋常ではない戦いが繰り広げられていたが、両軍とも休息のために後退した。

 軍勢の指揮ではテヘズがやや上手、部隊の指揮ではトマシュが遥かに上手で、トマシュを補佐しているのはミシャンである。全体的に見れば東ギスヴァジャ軍が優勢のはずだが、トマシュとトマシュ直属の複数部隊が異常なまでの戦闘力を発揮しているので、戦況は互角。その日の戦闘は引き分けになった。


 翌日11日も早朝から戦闘が開始され、東西ギスヴァジャ軍は激闘を繰り広げた。

 この日はテヘズが前に出て指揮を執り、先鋒はマフガとタンザーロが勤め、右翼にダラル、左翼にギロウ、本陣はソルマが守り、ククドンとバラットスがテヘズの両脇を守る構造となった。

 西ギスヴァジャ軍のチソモワが大暴れしたが、マフガは巧みにかわして突破し、タンザーロはチソモワに一撃加えてから去っていった。

 チソモワは二人を討ち取ろうとしたが、マフガとタンザーロの連携攻撃に翻弄され、討ち取る機会を見出せないまま後退するしかなかった。

 

 

 「テヘズ…得意の罠で俺を誘っているのか?それとも決着をつけたいのか?」


 トマシュは直感からテヘズの存在が近い事を感じ取り、自ら駆けて東ギスヴァジャ軍兵を弾き飛ばしながらテヘズの元へと駆けていく。マフガとタンザーロは慌てて転進。ダラルは軌道がズレたので空振りとなり、ギロウはトマシュが駆けていったのを感じるや直ちに転進してトマシュを追いかけ、テヘズはトマシュが突っ込んでくるのを察知して豪槍テランシャを手に構え、一直線に突っ込んできたトマシュの一撃必殺を捌いて渾身の力をトマシュに叩き付けるも受け止められる。


 「む!?しばらく可愛がっておらん内に俺と並ぶくらいにまで腕を上げたか、流石は我が義弟といったところか」

 「義兄殿こそ鍛錬を欠かしていなかった様子、今回は気が済むまで相手しよう」


 若年の頃とは雲泥の差とも言えるくらいに膂力と武芸の腕を鍛え上げていたテヘズにトマシュは嬉しい誤算とばかりにテヘズと激しく打ち合った。


 「ギロウ・ノスローア・タクルシャ見参!勝負に乱入失礼!」

 「ギスヴァジャの怪猪ダラル・セルクェソン参上!乱入いたす!」


 いまやトマシュとテヘズの膂力の差はなく、両者は互角の勝負を演じる。両者の激闘はしばらく続いたが、戻ってきたギロウがトマシュに一撃必殺を叩き込むが受け止められ、続いて戻ってきたダラルが咆哮と共に一撃必殺をトマシュに叩き込むが、これも受け止められる。

 トマシュは「この手応え、それでこそギスヴァジャの強兵よ、我こそはと思う強者は何人でもかかってきて構わんぞ!勝負を愉しもうではないか!」と言うや、トマシュはテヘズ、ギロウ、ダラルの他、駆けつけてきたバラットス、マフガ、タンザーロをも同時に相手取った。

 六人は良く連携が取れているが、トマシュはそれを楽しげに捌き、弾き返しながら攻撃する。


 「はっは!タクルシャの優等生よ、相変わらず中途半端な腕だな!おかげで手加減が難しいぞ!」

 「くっ!久々に矛を交えましたが、全てにおいて破格…!相変わらずとんでもない人だ…!」


 ギロウは東ギスヴァジャ軍でも屈指の六人の猛者を同時に相手して拮抗を崩さない様に加減する余裕があるトマシュの破格の武勇を目の当たりにして戦慄しつつも、ヤテリ以来の猛者とやり合う事に武者震いし、全力でトマシュと打ち合ったという。


 「ほう…?タクルシャの優等生よりは力がある様だが、それが渾身の一撃では永遠に俺には勝てんぞ?」

 「ぬおぅうぅぅ!?このダラル様が…!こうも簡単に力負けするだとぉ!?」


 大木を引っこ抜いてはへし折り、巨岩を軽々持ち上げて投げ飛ばし、猛牛二頭の突進を容易く受け止めて楽々持ち上げる程の怪力と疲れ知らずの体力と怪我・不調知らずの頑健さ自慢のダラルも渾身の一撃をいとも簡単に弾き返され、トマシュの一撃は受け止めても弾き返せない上に馬が膝を折るという力の差を見せつけられて驚愕。気合いと根性でなんとか打ち合うもトマシュは六人同時に相手してもなお余裕があるという感じで格の違いが明確に出ていた。


 「この三人は雑兵か…」

「ぬっ!?うお!?」

「くっ!?わっ!?」

「クソッ…!手も足も出ねえ…!」



 歴戦の猛者であるマフガとタンザーロ、猛将の一人として数えられるバラットスもトマシュの圧倒的な力の差を前に攻撃を容易く弾かれ、片手間に繰り出される適当な攻撃を捌くのが精一杯である。

 トマシュはテヘズと互角に戦いながらギロウ、ダラル、マフガ、タンザーロ、バラットスを赤子の様にあしらいながら徐々に攻勢を強めていく。


 国王同士の激しい一騎打ち、重鎮・猛者達が束になってかかっているという状況に修羅と化していた東西ギスヴァジャ軍の将兵はしばし勝負を忘れて固唾を飲んで勝負を見守る。

 

 「あれがトマシュ・リジイン・バウベズ王か、聞きしに勝る凄まじい武勇だ、父上が我らを側につけなかった理由の一つはこれであったか」

 「す、凄え……親父と国王陛下にダラルのおっさんも鬼のマフガさんも剛腕のタンザーロさんもバラットスの兄貴も同時に相手できるなんて、あんな奴…いるのかよ…!」


 東ギスヴァジャでも名の知られた猛者達を同時に相手にして圧倒できるトマシュを見たギロウの子・サニスとスゼロはその凄まじい武勇に戦慄する。


 「このままじゃ親父達が危ねえ!」

 「待て!スゼロ、我らはやる事がある!」

「お待ちあれ、スゼロ殿」


 ギロウが押されている状況を信じられないという表情で見ていたスゼロは、ギロウの援護に向かおうとするが、サニスとネフに制止される。


「ギロウ様の予測通り、我らの背後にて不穏な動きあり」

「我らは招かれざる客を相手にしましょうぞ、それが国王陛下とギロウ様の援護となります」

「…奴らがもう動いたのか、こうしてはおれんな」

「アイツら…ついにやる気か…!」


 ネフとサゴの言にサニスとスゼロはギロウから聞かされていた内容を思い出し、転進して後方に下がる。

 東ギスヴァジャ軍の後方ではドアン残党と手を結んだ中小領主が1500人の兵とともに反旗を翻したが、動きを察知したサニスとスゼロ率いる200人が速攻で駆けつけたので、迎撃準備の整っていなかった反乱軍は瞬く間に蹴散らされ、首謀者は生け取りにされたという。


 トマシュとテヘズは三百合余り打ち合ったが、両者は全くの互角であり、決着がつかなかったので両者とも一騎打ちを中断して自陣に戻っていった。

 ギロウ、ダラル、マフガ、タンザーロ、バラットスはトマシュと二百合程打ち合ったが、彼の足元にも及ばず得物を弾き飛ばされたので、結局は離脱するしかなかったという。

 西ギスヴァジャ兵達が得物を失って離脱してきたギロウ達を囲んで討ち取ろうとするが、一瞬で蹴散らされた。

 

 その後は東西ギスヴァジャ軍の激戦が続いたが、テヘズの軍略と指揮で東ギスヴァジャ軍が終始優勢に立つ場面はあった。しかし、トマシュの破格の武勇と陣頭指揮が強烈でどうしても攻めきれずに拮抗状態に戻され、攻防の波が続いて消耗戦の様相を呈した。

 その間にもテヘズはトマシュが兵糧を獲得できないように各地の有力者や商人たちから兵糧を高額で買い上げ、略奪の被害に遭わない様に領内へ避難させた。

 サウゼンス軍もノルテニアの指揮の下で勇敢に戦い、戦意が低迷していたエルゲンもなんとか持ち直して参戦。ノルキャボ高原の砦を陥落させ、関所に猛攻を加えていたが、トマシュの獅子奮迅の戦いぶりに圧倒されて関所を落とす事はできなかった。

 西ギスヴァジャ軍はドミ諜報機関の妨害で補給が間に合わなかった上に東ギスヴァジャ軍に先手を打たれて兵糧の調達にも失敗し、テヘズとノルテニアが阿吽の呼吸で後退したので追撃に移ることができなかった。

 チソモワが夜襲を提案するが、トマシュに「他の雑魚が相手なら俺も一緒に暴れてやっただろうが、テヘズ相手に夜襲は無謀だ、なにより疲れる」と反対され、チソモワは舌打ちしながら去り、溜まりに溜まった鬱憤を鍛錬で解消した。

 両軍とも夜になんの動きもなく、この日の関所での戦いは引き分けになった。

 翌日12日から15日にかけて小競り合いこそあったものの、初日の様な激戦は発生せず、睨み合いが続き…17日には両軍とも兵糧と国境に不安があったので講和を結び、軍を解散してノルキャボ高原での戦いは終わった。


 東西ギスヴァジャ軍ともに死者は四十人程度、一千人の負傷者を出し、サウゼンス軍は八百人相当の負傷者を出してノルキャボ高原の戦いは関所を守り抜いた西ギスヴァジャの勝利、しかし戦略的には後方の反乱軍を討伐したついでにノルキャボ周辺部の西ギスヴァジャ側の領主を寝返らせ、所領と馬資源を獲得した東ギスヴァジャの勝利である。


 テヘズはトマシュを反乱討伐に走り回らせつつ、ドミ諜報機関を用いて調略済みの領主を次々と寝返らせて着々と西ギスヴァジャ王国を侵食していき、ラオスの防策の穴を突いて更なる工作を進めていった。

 トマシュは帰還中に東ギスヴァジャ王国に寝返った領主達を討伐して回ったが、悉くがトマシュが来る前に一族郎党を率いて逃亡していた為、トマシュは振り回されたという。

 これにより、ラオスは過労で倒れ、メテルスが代わりに職務を担ったが、あまりの仕事量の多さに頭痛がしたという。

 

 

 

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