星空行進曲
一度だけ満天の星を体験したことがある。
それは遠い昔のこと。
でも、忘れることの出来ない大切な記憶。
小さい頃、父が初めて見せた星空。目の前に広がる天の川はびっくりするほど大きくて、じっとしていると吸い込まれそうだった。
あの感覚。あの想い。
見上げて手をのばしても届かない億千の星。
これから未来も変わることなく輝き続ける星たち。
悠久の時を経て、未来永劫に変わることなく世界を見守り続ける星たち。
──いつか俺は掴み取ることができるだろうか?
☆
12月24日、今宵を世間一般ではクリスマスイブという。
煌びやかなイルミネーションに彩られた幻想的な夜の街は、そこを闊歩する人々の顔を一様に明るく輝かせていた。
「うおぉぉぉーーーっ!!」
そんな楽しい雰囲気の中、必死の形相でチャリを駆る若い男が一人。
その男の名を黒崎雅俊という。
まぁ、要するに俺のことなのだが。
道を幸せそうに寄り添い歩いていたカップルの脇を全力疾走。そして背後から罵声。
道で楽しそうに笑い合っていた親子の脇を全身全霊で爆走。そして後方から悲鳴。
しかし、んなこと知ったこっちゃない。なおも俺は最速で走り続ける。
「うおぉぉぉーー!!」
クリスマスイブとか、そんなこと関係ない。空気読むとか平安クサい。
「こちとら、遅刻するわけにゃ行かないんだよ!」
約束の時間まであと僅か。
更に俺は強くペダルを踏み込むのであった。
☆
12月24日。
その日、天文部に所属する俺たちは校舎の屋上を不法占拠し、天体観測を行うことになっていた。
そして意気揚々と家を出ようとしたときにふと気がついた。
──時計の針が止まっていらっしゃる。
慌ててケータイで時刻を確認。20時40分。約束の時間まであと20分である。
そこからの俺の行動は速かった。数秒で身支度を整えると、自転車に颯爽と跨る。そしてブースト全開、エンジン・フルスロットルで闇に包まれた夜の街を激走。
で、目的地である我が校の屋上に着いたわけなのだが……。
「……誰もいやしねぇじゃないか」
俺の呟き通り、そこには人っ子一人見当たらない寒々しい屋上が広がっていた。
風が冷たく痛い。
「……俺、泣いていいかな?」
口から漏れる息は白く、如実に冬の寒さを表している。
……帰るか。
既に約束の時間は回っているのだが、誰もいやしない。これ以上ここにいた所で、時間を無為に過ごすだけだ。帰るのが妥当だろう。
何となく、本当に何となく。ふと空を見上げてみる。
満天とは言えないかもしれないけど、充分に綺麗な星空。
天の頂。張り付いた星にはめ込まれたダイヤモンド。大きな天の蓋に神話の世界。
燦然と輝く空はただただ綺麗で美しい。
そう、綺麗で美しい、のだが……。
「……何やってんですか、先輩?」
「何って、天体観測以外に何があるの、後輩」
頭上からは何の抑揚もない淡々とした声。
見上げた先には星空だけではない。屋上に置かれた貯水タンクの上に見慣れた人影が一つあった。
人影はふわりと貯水タンクから跳躍。そして軽やかに着地。
着地した拍子にフワリと艶やかな漆黒の髪が揺れ、瞳は黒曜石の如く黒く輝きを放っている。
彼女の名前は明野真星。
天文部の部長にして我らが先輩である。
「いつからいたんですか?」
「キミが来る前からいたよ。ってか、キミ遅刻したでしょ」
やはり淡々と喋る先輩。恐ろしく整った顔からは何の表情も読み取ることができない。
「時計にイジワルされたんで遅れちゃいました」
にぱっと笑いながら先輩を見るも、
「何、バカなこといってんのさ。遅刻は遅刻だよ」
バッサリと切り捨てられてしまった。
「じゃあ、馬鹿なことついでに、もう一ついいですか?」
さっきからすっごく気になっていたことがある。先輩の優美さすらも、かすませるソレがどうにも気になってしょうがない。
「何ですか……? そのどでかいバズーカみたいなのは?」
先輩の背に担がれたものは、長い筒状のもの。月明かりを浴びて禍々しく黒光りするソレは、まるでゲームや映画といったエンターテイメントで度々見かけるバズーカ砲なるものと類似していた。
「そんなわけないでしょ。どうして普通の女の子が、バズーカなんて持ってんのさ」
先輩は呆れを多分に含ませた視線で俺を見る。
でも、俺は思う。果たして先輩は「普通の女の子」にカテゴリーされるのだろうか?
「されるに決まってんでしょうが。キミはボクのことを何だと思ってんの」
相も変わらず淡々とした口調で続ける先輩。
「時間は有限。さっさと天体観測始めるよ」
そういうと先輩は背に担いでいた謎の物体をゴトリと置き、ポケットから長さ約二尺程度の脚を取り出した。どうやってそんなもんがポケットに入っていたかは知らないが、どうやら三脚らしい。
そして、更にその三脚を例のバズーカもどきと合体させてできたものは、
「なるほど、天体望遠鏡だったのか……」
しかし、そうなると先ほどまで先輩に担がれていたものは望遠鏡ということになる。
それを背負った状態で貯水タンクから飛び降りるって一体……。
改めて先輩の謎っぷりに唖然とする。やっぱり普通の女の子なわけがねぇ。
「キミ、なんか失礼なこと考えてない?」
ドキリと心臓が跳ね上がる。所謂図星というやつだ。
先輩の漆黒の眼差しは全てを見透かしているようで、俺は一瞬恐怖を感じた。
「まぁ、いいや。そんなことよりもキミは今日ここに来た目的をよもや忘れてはいまいね」
「天体観測、ですよね?」
「解ってるなら早くこっち来て。はい、座布団」
望遠鏡の前に置いてある座布団を指差す先輩。
どうやらそこに座れということらしい。確かに寒い冬に地べたに座るのはキツいだろう。もう、この座布団がどっから出てきたかなんてことは些末な問題だ。
「そういや、他の部員の姿が見当たらないんですけど、これはどういったわけで?」
同じく隣で座布団を敷いて座っている先輩に訊ねる。
着いたときから他の部員の姿が見当たらない。
先輩はいるが、他のやつらがいないのだ。
「みんなは『今日はクリスマスイブだから、恋人と過ごす』って。まったく、嘆かわしい。星をなめてるとしか思えないね」
なるほどね。クリスマスイブと言えばカップルにとっては一大イベントなわけだ。
「でも、先輩は良かったんですか? クリスマス」
先輩も彼氏なり恋人となりと過ごさなくて良かったのだろうか?
こんな寒い屋上で星なんか見てる場合じゃないと思うのだが。
「それはお互い様でしょ。キミもまた然りだよ」
まあ、悲しいことに俺に彼女はいないしな。
どうせ家の中でグダグダしてるよか、綺麗な星空を見てる方が建設的だろう。
でも、先輩は違うと思うのだが……。まぁ若干エキセントリックな所もあるが、容姿は抜群だし、彼氏の一人や二人いてもおかしくはないだろう。
「ボクは星の王子様ぐらいじゃないと付き合う気はないね。だからボクに彼氏なんていないよ」
それは甚だしく意外なことで……。
見てくれだけなら楊貴妃にも劣らないだろうに。まあ、楊貴妃に会ったことはないんだが。
それと、意外なことついでに言わせてもらえば、よもやあの先輩の口から『星の王子様』なんて乙女全開メルヘンワードが出るなんて思いもしなかった。
「例えの話だよ、後輩。少なくとも星を理解してくれる人じゃなきゃボクは嫌だ」
そう言うとじっと俺の顔を覗き込む先輩。
……む、俺の顔に何かついてるのか?
「……あと、乙女心も理解してくれる人じゃなきゃ嫌だ」
ふぃと先輩は拗ねたような表情でそっぽを向く。
何か気に障ることでもしたのかな?
☆
「しかし、それにしても色気のない話ですね。世間では恋人たちが愛し合っているというのに……」
澄み切った冬の夜空に輝くオリオンを見上げて呟く。
「それに比べて俺たちはロマンの欠片もないですね。クリスマスイブに、夜の校舎で、それも屋上で、先輩と、二人っきりで、星なんかを見上げて、見上げ……」
……あれ?
なんか滅茶苦茶ロマンチックな展開じゃないのだろうか、これは。
状況とか条件とかが完璧すぎるだろう。
いかん、急に先輩のことを意識し始めた。落ち着け俺、いつも通り接しろ。
「キミ、何顔赤くしてんの。そんなに寒い?」
何というか、どうやら俺はすぐに顔にでるらしい。何があっても絶対にポーカーだけはやめておこう。
俺がそう固く心に誓っていると、ふわりと柔らかいものが首に巻きつかれる。
「ふえ?」
どうやら先輩が顔を赤らめる俺を見て寒がっていると勘違いしたらしく、マフラーを掛けてくれたようだ。
「や、先輩。俺は全然寒くないんで大丈夫ですから……」
これは強がりでもなんでもなく、本音。別に本当に寒かったわけではないのだが、
「部員の健康管理も部長たるボクの使命だ。だからキミは大人しくマフラーを巻いてなさい」
頑として先輩は引くつもりはないようだ。
「いや、でも先輩が風邪をひいてはいけないので、これは先輩が……」
首に巻いているマフラーを外し先輩の首にかけようとするが。
「キミ、優しい先輩の命令が聞けないの?」
かけ返されてしまう。
こうなったら俺にも意地というものがあるわけで……。
「先輩こそ、可愛い後輩のお願いが聞けないんですか?」
再びマフラーを先輩の首に巻き付ける。
「キミ、意外としつこいね」
「その言葉、そっくり先輩にお返しします」
それから暫く。
もはや星そっちのけで、マフラーを掛け合っていた俺たちは現在冷戦状態に突入していた。
両者とも一歩も退くつもりはない。言葉も発さず、ただ睨み合う。
「ねぇ、後輩」
長い沈黙を破ったのは先輩の方であった。
「何ですか、先輩」
短く返す。その間、一瞬たりとも目は離さない。
「このまま睨み合っていても仕方がないと思うんだ」
「ええ、俺もそう思います」
「なら、こういうのはどうだろう?」
それは完全な不意打ちだった。
ぱさりと首に柔らかい感触。マフラーが首に巻きつけられる。
「……うぇ?」
しかし、マフラーは俺の首だけではなく、先輩の首にも巻きつけられている。
これはつまり、どういうことかと言うと。
要するにこれは二人で一つのマフラーを共有しているということで……。
「〜〜っ!?」
声なき叫びを発する。
「これなら、キミは風邪をひかないし、ボクもマフラーを巻いているからキミも満足でしょ」
満足げな先輩の顔。
しかし、当然マフラーを共有するということはお互いの距離も縮まるわけで……。
先輩の甘やかな吐息がすぐ側で感じられ、いい香りが鼻腔をくすぐり頭がクラクラする。
「それじゃあ、準備も整ったことだし……」
あぁ、ヤバい。
先輩のいい香りやら暖かさやらで、もう駄目かもしれん。
「天体観測を始めよっか♪」
薄れゆく意識の中で聞こえた先輩の声は、いつもの淡々とした口調ではなく、今まで聞いたこともないような……。
──楽しそうで幸せそうな、そんな声だった。
私の駄作、『お嫁サンタ』とリンクした話です。
よろしければ、そちらのほうもどーぞ。
……と、宣伝してみたり(〃▽〃)